フジテレビジュツのスタッフ
アートコーディネーター
現場での美術の責任者。担当番組の美術の全てを把握し、隅々まで目を配り、美術制作を進行します。
インタビュー
※所属・肩書きはインタビュー当時のものです

株式会社フジアール
チーフ・アートコーディネーター
内山 高太郎さん
アートコーディネーター歴32年。
主な担当番組 『芸能人が本気で考えた!ドッキリGP』『何か“オモシロいコト”ないの?』『お笑いオムニバスGP』『IPPONグランプリ』『LOVE LOVE あいしてる』『堂本兄弟』『FNS歌謡祭』『A女E女』『本能のハイキック!』『トリビアの泉』『ワイドナショー』『とんねるずのみなさんのおかげでした』『キャンパスナイトフジ』 他
ーアートコーディネーターとはどんな仕事ですか
内山
一言で言うと“現場監督”というのが分かりやすいですね。現場には色々なジャンルのプロ、大道具や装飾、電飾や他にも美術スタッフがいますが、その人たちをまとめていく役割です。
ー自ら何かを作ることもありますか?
内山
自分で作ることはあまりないです。僕自身はあまり器用ではないので、どちらかというとアイディアを出して、番組がうまくいくように「こういうものをお願いします」と導いていく感じでしょうか。自分が器用だったら、作る側の仕事をしていると思うんですよ。
ーこの仕事を選んだきっかけは?
内山
最初は大道具のアルバイトで、スタジオにセットを建てる“大道具操作”の仕事を2、3年やりました。その時にはまだ、アートコーディネーター(美術進行)という仕事がはっきりと存在していたわけではなくて、そういう部署を作るかどうするかという感じでしたし、美術制作会社もほとんどありませんでした。その後、フジアールやテレビ朝日クリエイトなどの美術制作会社ができて、フジアールのアルバイト(美術進行)募集があったんです。面白そうだなと思って応募しました。
ー40年くらい前は、現場の分業化が最も進んでいたのがフジテレビで、現場をまとめる立場の人が必要だったのでしょうね。当時、美術進行(「番組デスク」とも呼ばれていた)は社員や契約者がその仕事をやっていました。
内山
私がテレビ朝日で大道具をやっていた時は、美術進行はいなくて、現場を仕切るのは大道具の営業でした。放送局の美術社員は、デザイナー兼美術プロデューサー兼もろもろ、という感じだったと思います。
ー現在、アートコーディネーターがつかない番組はありますか?
内山
ほぼないですね。ただ人手不足なので、アートコーディネーター出身の美術プロデューサーが兼務してやるということはあります。
ーそれだけ美術の中でなくてはならない仕事に成長したと言えますね。フジテレビで最初にやった仕事は何ですか?
内山
最初はアルバイトで入って、報道と情報番組をシフトで担当する美術進行でした。2、3年はやったと思います。その後、バラエティーなどの番組も担当するようになって、美術進行がフジアールの業務になったタイミングでフジアールの社員になりました。
ー今まで色々な番組に関わってきて、大変だった仕事は?
内山
沢山ありますね、一つには絞り切れないですが、最初に担当した大型番組が『LOVE LOVE あいしてる』でした。その流れで、デザイナーの越野幸栄さんのもとで音楽番組をやらせてもらい『FNS歌謡祭』も担当しました。全部が大掛かりなステージセットを建てるので大変でしたが、楽しかったです。その後は、『トリビアの泉』や『とんねるず』など、要所要所で大きい番組を担当させてもらいました。『トリビアの泉』はそもそもロケが大掛かりになりがちだったのですが、特に 「トリビアの種」というコーナーは、毎週のように募集して取材して比較するという内容なので、ロケの準備から収録までが追い立てられる大変さでした。『とんねるず』も“落とし穴”など大掛かりなロケが多く、それまでやったことがなかったことをやり始めた転換期だったと思います。『とんねるず』は結構長い期間担当しました。そうした経験の流れで、今は『ドッキリGP』を担当しています。
ーそういう大変な番組には内山さんが必要だと思われているのでしょうね(笑)。
内山
いやいや(笑)。でも仕事には恵まれていると思います。番組は自分が希望すればやれるものでもなく、基本的には制作サイドからのオーダーもあるので、経験の積み重ねも大事だと思います。
ー『FNS歌謡祭』はどうでしたか?
内山
いやー、あれは大変でしたね、体力的にも厳しかったです(笑)。当時は新高輪プリンスホテルの飛天の間だったので、搬入から建て込み・本番までほぼ1週間、監禁状態だったでしょうか(笑笑)。『FNS歌謡祭』は10年くらいやらせてもらったと思います。
ースタッフのチームワークがよくて、質の高い内容でないと長く続く番組にならないですから、そういう番組を担当してきたのは素晴らしいと思います。ところで、今まで失敗したことは?
内山
いっぱいありますね(笑)。発注内容を間違えたとか、納期を間違えたとか、まあ、ありますね(笑)。実は、違うスタジオにセットを建ててしまったことがあるんです。その時はたまたま隣のスタジオが空いていたので、そのまま押し通させてもらって事なきを得たんですけれど、冷や汗ものでした。あまり大きな声では言えませんが、『FNS歌謡祭』では生放送の本番中に曲中の“音きっかけ”のタイミングを間違ってしまったこともあります。
ー放送番組の仕事ではどんなことが起きても何とかしないといけない。そこで重要なのは現場の美術進行の力量ですよね。
内山
予期しないことと言えば落とし穴が崩落したこともありました。前日までに作っておいたんですが、当日が雨で現場に行ったら崩れていたんです。並んで3つある落とし穴の内の1つが崩れてしまったので、結局そこは埋めて2つでやれるやり方を考えることになりました。『FNS歌謡祭』のような番組では、越野デザイナーの判断を柱にしてチームで何とかしていきますが、落とし穴に関してはデザイナーというよりは現場の自分が矢面に立つと一番感じる状況ですから、まあ寝れなかったですね。前日は失敗する夢を見たりしました。
ー何とかしなきゃならないというプレッシャーが半端ないですね。アートコーディネーターという仕事は「忘れ物したら」「スタッフが失敗したら」などのプレッシャーを乗り越えられる人というか、腹をくくれる人じゃないと務まらないのではと感じてしまいますが、どのように凌いでいるのでしょか?
内山
うーん、慣れるしかなかったです。今も『ドッキリGP』をやっているので、日々「うまくいかないかも」のプレシャーなんですよ。どんな小さい現場でも。仕掛けがうまくいかなくてボツになることもありますが、何とか見せ方を変えてやれる手を制作サイドと一緒に考えることもあります。
ー『ドッキリ』で仕掛けがバレてしまったことはありますか?
内山
“落とし穴”は意外とバレたことはないです。
ー素晴らしい美術の力ですね(笑)。
内山
現場の空気から、出演者が何かあると察知してるなと感じることもありますが、ただ何があるかがバレたことはないです。失敗に話を戻しますと、落とし穴から出演者を救出する際に、他の落とし穴に気づかず自分が落ちてしまったことがありました。恥ずかしかったですね(笑)。その場面は演出で面白く扱ってもらって、番組でオンエアされました(笑)。
ーやりがいを感じるのはどんな時ですか
内山
自分が考えた通りに本番が進んで無事に終えた時は、それだけでも充実感はありますし、それがあるからやれていると思います。あとは、オンエアされてまわりから「面白かったよ」と言ってもらえた時は嬉しいですね。SNSでコメントもらうのも嬉しいです。
ー仕事する上で大事にしている事、モットーがありましたら教えて下さい
内山
この仕事は人と人とを繋ぐのが大きな役割だと思っていて、昔は現場の収録がうまくいけばいいと思っていたのですが、最近はそれだけではなく、そこまでの過程でも人と人との繋がり、相手はどう思うかなどを大事にしたいと思っています。昔は作業するスタッフの気持ちまで考える余裕がなかったんです。『とんねるず』の時代は特にそうだったのですが、制作側の希望と、現場美術スタッフの間に入っての苦労はありました。当時は、制作スタッフが若くて、ベテラン美術スタッフとのコミュニケーションが中々難しく、普通に「そんなもの出来ない」って突っぱねることもありましたから。番組をうまくやり遂げるためには、気持ちの部分までフォローできないといけないなあと感じています。制作のやりたいという気持ちに沿うか、美術のそこまで出来ないという気持ちを汲むかというバランスは、まあ今でも色んな場面でありますけれど、当時はそこを上手くやる余裕がなかったんですね。なので、今はいかにみんなが気持ちよく仕事できるかということを大事にしたいと思っています。それも常日頃の人との接し方一つじゃないかと思います。それぞれの仕事への感謝とかリスペクトは心の中ではあっても、「お前プロなんだからやれるだろう」みたいなことはなるべく出さない方がいいと思ってます。私は、普通にしていても圧が強いみたいなので(笑)。 そのせいか現場で真っ先に覚えてもらえることは自分の強みでもあり、弱点だとも思います。同じことでも、私が言うのと若いアートコーディネーターが言うのとでは聞こえ方が違う。自分が言うと、キツく思われてしまうのかもしれないとか気にしています。
ー若い頃、現場の美術スタッフに「そんなもの出来ない」って断られたことはありますか?
内山
それは多かったですね。ほぼそんな感じでしたね(笑)。昔は大道具さん強かったので、まあ話聞いてくれなくて、加えて照明もカメラも制作も強くて、怖かったですね(笑)。全ての板挟みだったので、あの時代に比べれば今は平和で、すごくいい環境だと思います。大道具も照明もみんな優しいです(笑)。若いスタッフも、今はキツくて辞めるってことはあまりなくて、辞める場合は他にやりたいことができたって理由の方が多いように思います。
ーチャレンジしてみたいことはありますか?ドラマとか。
内山
そうですね、大きな番組や様々な番組は大体やったかなーと思うので、自分から志願してという感じではないですが(笑)。コント番組をやったことがないので、やってみたいかな、と思います。自分としては、ドラマ現場での何カ月間とかギュッと濃縮した感じよりは、バラエティーの番組ごとに息が抜ける感じの方が合っているように今は思っています。
ー趣味を教えて下さい
内山
筋トレですね。週に4、5回は朝1時間半〜2時間くらい、仕事前にジムに通っています。もう10年くらい続けてますね。もともと体を動かすのが好きなのですが、スポーツよりも筋肉を鍛えたいと思ってます。それがストレス発散になってると思います。やり過ぎで筋肉痛になったりもしますけれど(笑)。
ーありがとうございました
(2026年5月)

株式会社フジアール
アートコーディネーター
鈴木 真吾さん
アートコーディネーター歴19年。
担当番組『MUSIC FAIR』『FNS歌謡祭』『R-1グランプリ』など
ー仕事の内容を教えてください
鈴木
一言で言えば番組美術全般の現場監督なんですが、収録の前までは制作と美術の橋渡し役です。美術打ち合わせの時間や場所も段取りますし、打ち合わせに必要な資料があれば用意します。制作ディレクターのやりたいこと、美術デザイナーのやりたいこと、その両方を理解して、セットが成立するのかどうか客観的な立場で判断して、上手くいくように橋渡しする感じです。
美術発注打ち合わせでは、デザイナーの隣で発注内容を確認する
美術発注の時は、デザイナーが描いた図面をスタッフの中で一番理解してなきゃなりません。大道具、アクリル、電飾、などなど、どこの部署が担当してやるのかっていうのを全体的に把握して、打ち合わせを進めます。
セットを建てるスタジオの現場では、打ち合わせと違っていないかどうかを一番先に確認しながら建て込んでいきます。
デスクでは、数々の番組に必要なものを整理する
ーこの仕事に就いたきっかっけは?
鈴木
もともとは建築設計事務所にいたんです。そこで図面を引いていたのですが、自分が建築業界に入った時が、ちょうど建築業界が下り坂というか、どんどん潰れていって、自分の会社も危うくなってきたので辞めました。次の仕事もそれまでの経験を生かした仕事がいいなと思っていましたが、テレビ美術の美術進行(アートコーディネーター)という仕事があると知って、やってみようと思い募集を見て応募しました。
ー初めて担当した番組を教えてください
鈴木
最初は報道・情報のデイリー番組を担当しました。バラエティー番組では『さんまの天国と地獄』を先輩から引き継ぎました。その時初めてさんまさんを生で見たのですが、普段から面白い人なんだなあとビックリしたのを覚えています。
『FNS歌謡祭』の複雑なCAD平面図も作ります
ー一番きつかった仕事は?
鈴木
まあ『FNS歌謡祭』ですかね。セットの規模も大きいですし、ステージの設備をゼロから作らなきゃならないですし、フジテレビを代表する番組を担当するという責任感もありますし、いろんなことがきつかったです。体力的にも精神的にも。
『FNS歌謡祭』の複雑なCAD平面図も作ります
ー今までやってきた中で、「これを見てほしい」という番組は?
鈴木
一番苦労して自分が成長できたなっていうのはやはり『FNS歌謡祭』なので、見てほしいです。他部署の研修で新人がスタジオ見学に来た時に、「これセットだったんだ!」と言っていたのを見て、「まあ、そう思うだろうなあ」って。セットの存在感も照明も歌も、上手く噛み合っているのかなって思います。
飛天の間のセットを建てる時は、シャンデリアの位置との関係から、1cmでもズレたら建たない大きなセットを、完璧に墨出しして建てられるのは美術チームのすごいノウハウだと思います。
ー過去に大きな失敗はありますか?
鈴木
えーと、、、寝坊したことがあります。
ー仕事上のこだわりを教えてください
鈴木
一番こだわるのはやはり「いかにセットをきれいに建てられるか」です。デザイナーが「何が狙いでこのデザインを描いたのか」を、どのスタッフよりも一番理解して仕事したいと思っています。デザイナーがもともとの意図と違う図面を描いていると感じた時は、「これはその狙いからしたらどうなんですか」って意見を言ったりもします。
ーきちんと意見が言えるというのは、アートコーディネーターの大きな力ですよね
ー仕事をする上でのモットーは?
鈴木
「何がベストなのか」を探り出して、実現させるってことですかね。
ーやりがいはどんな時に感じますか?
鈴木
建築と違って、毎回違うことをやれるところですかね。
あと、大きい仕事の生放送を終えた時は「やったなー」という充実感があります。
ー今後やってみたい番組は?
鈴木
音楽番組をやって思うのは、美術だけでなく照明などの技術面とか、いろんなことを知ることができるんです。飛天での『FNS歌謡祭』も続けてみたいですが、『フジロック』のような大きな音楽フェスなどもやってみたいです。
ー日常生活で出る職業病はありますか?
鈴木
これは多分美術スタッフならみんな同じだと思うのですが、例えばポスターが曲がって貼ってあると直したくなるとか、額縁の飾り方がバランス悪いなとか、ライブとか見に行っても「舞台袖が見切れてるじゃねえか」とか(笑)。テレビでも映画を観ても、そういう欠点ばかり見ちゃう癖があります。
ー趣味は?
鈴木
庭いじりですね。今はガーデニングにハマってます。
ーありがとうございました
(2022年1月)

株式会社フジアール
チーフ・アートコーディネーター
森田 誠之さん
アートコーディネーター歴30年。
担当は「HERO」「のだめカンタービレ」、映画「翔んで埼玉」(2019年2月公開)など主にドラマ、映画。
ー「アートコーディネーター」とはどんな仕事ですか?
森田
デザイナー、美術関係各社間の調整をして収録に至るまでの段取りを組んで、収録現場では全スタッフの束ね役をします。現場責任者でかつ、すき間を埋めるために動きます。建て込みもする、飾り物も仕込む、スモークも焚く。メイクさんの代わりに演者さんの汗を拭くこともあります。「何でも屋」ですね。なので、各スタッフの仕事にも精通しているつもりです。
ー「特に大変だった担当番組は?
森田
『ファイアーボーイズ ~め組の大吾~』です。消防士のドラマで毎回火事場が出て来るのですが、 オープンセットで火事を撮るのはいつも夜から朝まで。で、火事以外の普通のシーンを昼に撮る。火事を撮った後に近くのホテルで2、3時間仮眠して、そのまま昼のロケに突入することもありました。あの時は体力的にしんどかったですね。
あとは『電車男』。登場するいろんな「オタク」をどう表現するかで悩みましたね。フィギュアや靴オタク、熱狂的阪神タイガースファンなどのオタクグッズを集めるのに苦労しました。
ー思い出深い番組は?
森田
『のだめカンタービレ』ですね。スペシャルドラマの方で海外に行くことも多かったので。苦労したのは「パリのアパート」のセットを作った時です。真ん中が抜けているらせん階段を作るのに、支柱がないので構造的に建てるのが大変でした。ドアノブやコンセント受けも日本では手に入らないので、パリで買って来て付けました。
ー自信作は?
森田
『HERO』に登場させた大きなテミス(正義の女神)像です。監督に「裁判所とかにありそうなのを作って」と言われて、三面図を描いて作りました。テミス像でも目隠しをしているもの、していないものなどいろいろなバージョンがあって、かなり研究を重ねて仕上げました。あれだけ大きいものは実際にはないですね。
ー今後やりたいことは?
森田
海外ロケのドラマかな。『のだめ』の時もそうでしたが、文化が違う国の美術スタッフと一緒に仕事をすると、面白い発見がたくさんあるので。
ー好きな時間は?
森田
連続ドラマの仕事は収録が終わると休みがまとまってとれるので、行ける時は海外旅行に行くのが楽しいです。特にヨーロッパが好きです。でも、観光名所に行ってもつい、道端の消火栓の写真を撮っちゃったりしてるんですよね……(笑)。
(2018年10月)


