君が想い出になる前に
#9 消せない疑惑
祐輔(広田亮平)が新しい小学校に通い始めた。校外授業のアスレチックに奈緒(観月ありさ)と光彦(椎名桔平)も参加した。「ねえ。今度うちに来ない?」。クラスメートの母親が気安く誘ってくれた。楽しい1日だった。「思い出って、こうしてできていくものなんですね」。光彦も奈緒に微笑みかえした。
一方、ちひろ(加藤あい)に連絡がとれずに業を煮やした和也(玉山鉄二)は彼女の実家に押しかけた。「信頼できるスタイリストを探しているんだ」。彼女の才能を惜しむ和也は新しい仕事を紹介するが、ちひろは頑なに「私は辞めたんです」と繰り返すばかり。もちろん奈緒と和也が別れたこともまだ知らなかった。
「結婚はなくなりました」。奈緒はようやく早苗(大塚良重)と優子(中山 恵)に事情を打ち明けた。気まずい思いで事務所を出ると光彦の姿があった。「一緒に食事しませんか」。祐輔は友達の家に泊まりに行っている。外出はいつも3人一緒だったから、2人きりの外食は初めてだった。「また2人で来ましょう」。うれしくてうなずいた奈緒に突然通り雨が襲いかかった。2人がずぶ濡れになってマンションに戻ると、激しい雷鳴が響いた。奈緒はとっさに光彦にしがみついた。「ごめんなさい」。見つめ合う2人は互いに引かれるものを強く感じたが、奈緒が自制した。「お休みなさい」。
自室に引き下がった奈緒は胸の高鳴りを抑えた。光彦も亡き美穂(森口瑤子)の遺影の前でやりどころのない思いに耐えた。
生命保険会社の清瀬(小須田康人)が再び現れた。「保険金をすぐには支払えない状況になっております」。シンガポールの事件で現地警察が再捜査中だという。出社した光彦は順子(木村多江)にたずねた。「2億円!」。なんと美穂には2億円の保険金がかけられていた。しかも現地警察に逮捕された犯人2人組は当初、金目当てに日本人夫婦を襲ったと言っていた自供をくつがえしたという。「強盗はカムフラージュだったと」。「それ、どういう意味なんですか?」。しかし記憶の戻らない光彦は奈緒に何も答えられない。「いったい何があったの?」。奈緒のばく然とした不安は週刊誌記者、久野(小市慢太郎)の出現によって、さらにふくれあがった。「日本人に頼まれたらしい」。逮捕された犯人たちは日本人から美穂の殺害を依頼されたと自供したという。「ホントにお兄さん、記憶喪失なの?」「兄は被害者なんです!」。奈緒は語気荒く否定したが、久野は意味ありげな薄笑いを浮かべた。
光彦が会社で倒れた。「意識の奥の出来事が突然目の前に浮かんでくる現象です」。臨床心理士の二宮(水島かおり)はフラッシュバックと診断した。光彦は大事をとって入院することになり、奈緒が1人帰宅すると久野から電話がかかってきた。「最近婚約解消されたんですって?お兄さん、いい男だもん」。この男は何が言いたいのか。電話を切った奈緒の手は震えていた。
翌朝、奈緒がマンションを出ると久野が待ち受けていた。「お兄さんに情が移って恋人を捨てたんじゃないの?」。挑発する口調に先に反応したのは病院から帰ってきた光彦だった。久野に歩み寄ると、いきなり殴りつけた。「やめて、お兄さん!」。久野は口から血を流しながらも薄ら笑いをのぞかせた。「面白い記事になりそうだ」。奈緒は得体のしれない不安をひしひしと感じていた。
数日後、その不安は現実となった。久野の書いた記事が週刊誌に掲載された。『シンガポール白昼の銃弾』『海外赴任中の策謀・妻に2億の保険金』『渦中エリート社員、義妹と禁断愛?』。派手な見出しと扇情的な記事は、奈緒と光彦に注がれていた同情的な視線を一変させた。「会社としては君の名誉を守るつもりだ」。しかし柏木専務(平泉 成)は言葉とは裏腹に光彦に自宅待機を命じた。
しかも警視庁の国際捜査課の刑事までマンションに現れた。光彦は任意で取り調べを受けた。刑事は1枚の写真を光彦に見せた。逮捕された2人組に殺人を命じた台湾マフィア。現在逃亡中だという。「この男だけが依頼者の日本人を知っているんです」。けれど光彦は何も思い出せない。刑事たちは質問の矛先を変えてきた。「奥さんの保険を半年前に増額したのはどうしてですか?」。やはり光彦の返事は同じだった。「本当に覚えていないんです」。刑事たちの追及は容赦なかった。現地のハウスキーパーによれば、光彦と美穂は夫婦ゲンカが絶えなかった。「事件の3日前も激しいケンカになったそうだ」。光彦の脳裏に、美穂と祐輔の泣いている光景がよぎった──。
一方、ちひろ(加藤あい)に連絡がとれずに業を煮やした和也(玉山鉄二)は彼女の実家に押しかけた。「信頼できるスタイリストを探しているんだ」。彼女の才能を惜しむ和也は新しい仕事を紹介するが、ちひろは頑なに「私は辞めたんです」と繰り返すばかり。もちろん奈緒と和也が別れたこともまだ知らなかった。
「結婚はなくなりました」。奈緒はようやく早苗(大塚良重)と優子(中山 恵)に事情を打ち明けた。気まずい思いで事務所を出ると光彦の姿があった。「一緒に食事しませんか」。祐輔は友達の家に泊まりに行っている。外出はいつも3人一緒だったから、2人きりの外食は初めてだった。「また2人で来ましょう」。うれしくてうなずいた奈緒に突然通り雨が襲いかかった。2人がずぶ濡れになってマンションに戻ると、激しい雷鳴が響いた。奈緒はとっさに光彦にしがみついた。「ごめんなさい」。見つめ合う2人は互いに引かれるものを強く感じたが、奈緒が自制した。「お休みなさい」。
自室に引き下がった奈緒は胸の高鳴りを抑えた。光彦も亡き美穂(森口瑤子)の遺影の前でやりどころのない思いに耐えた。
生命保険会社の清瀬(小須田康人)が再び現れた。「保険金をすぐには支払えない状況になっております」。シンガポールの事件で現地警察が再捜査中だという。出社した光彦は順子(木村多江)にたずねた。「2億円!」。なんと美穂には2億円の保険金がかけられていた。しかも現地警察に逮捕された犯人2人組は当初、金目当てに日本人夫婦を襲ったと言っていた自供をくつがえしたという。「強盗はカムフラージュだったと」。「それ、どういう意味なんですか?」。しかし記憶の戻らない光彦は奈緒に何も答えられない。「いったい何があったの?」。奈緒のばく然とした不安は週刊誌記者、久野(小市慢太郎)の出現によって、さらにふくれあがった。「日本人に頼まれたらしい」。逮捕された犯人たちは日本人から美穂の殺害を依頼されたと自供したという。「ホントにお兄さん、記憶喪失なの?」「兄は被害者なんです!」。奈緒は語気荒く否定したが、久野は意味ありげな薄笑いを浮かべた。
光彦が会社で倒れた。「意識の奥の出来事が突然目の前に浮かんでくる現象です」。臨床心理士の二宮(水島かおり)はフラッシュバックと診断した。光彦は大事をとって入院することになり、奈緒が1人帰宅すると久野から電話がかかってきた。「最近婚約解消されたんですって?お兄さん、いい男だもん」。この男は何が言いたいのか。電話を切った奈緒の手は震えていた。
翌朝、奈緒がマンションを出ると久野が待ち受けていた。「お兄さんに情が移って恋人を捨てたんじゃないの?」。挑発する口調に先に反応したのは病院から帰ってきた光彦だった。久野に歩み寄ると、いきなり殴りつけた。「やめて、お兄さん!」。久野は口から血を流しながらも薄ら笑いをのぞかせた。「面白い記事になりそうだ」。奈緒は得体のしれない不安をひしひしと感じていた。
数日後、その不安は現実となった。久野の書いた記事が週刊誌に掲載された。『シンガポール白昼の銃弾』『海外赴任中の策謀・妻に2億の保険金』『渦中エリート社員、義妹と禁断愛?』。派手な見出しと扇情的な記事は、奈緒と光彦に注がれていた同情的な視線を一変させた。「会社としては君の名誉を守るつもりだ」。しかし柏木専務(平泉 成)は言葉とは裏腹に光彦に自宅待機を命じた。
しかも警視庁の国際捜査課の刑事までマンションに現れた。光彦は任意で取り調べを受けた。刑事は1枚の写真を光彦に見せた。逮捕された2人組に殺人を命じた台湾マフィア。現在逃亡中だという。「この男だけが依頼者の日本人を知っているんです」。けれど光彦は何も思い出せない。刑事たちは質問の矛先を変えてきた。「奥さんの保険を半年前に増額したのはどうしてですか?」。やはり光彦の返事は同じだった。「本当に覚えていないんです」。刑事たちの追及は容赦なかった。現地のハウスキーパーによれば、光彦と美穂は夫婦ゲンカが絶えなかった。「事件の3日前も激しいケンカになったそうだ」。光彦の脳裏に、美穂と祐輔の泣いている光景がよぎった──。