君が想い出になる前に
#6 初めての嘘
奈緒(観月ありさ)は和也(玉山鉄二)をランチに誘いだすと、さりげなくちひろ(加藤あい)のことを話題にした。「昨夜、一緒だったの?」「あ、うん」。はぐらかせるような口調に奈緒の不安はふくれあがった。さらに弘樹(藤沢大悟)から、和也が仕事に復帰できたのはちひろのおかげと教えられては、もう黙っていられなかった。しかし奈緒から問いつめられても、ちひろはひるまなかった。「私、和也さんが好きです。彼の部屋で朝まで過ごしました」。覚悟していたとはいえ、奈緒はがく然とした。「奈緒さんより和也さんのこと大切にします」。奈緒はいたたまれずに事務所を飛び出した。
炎天下の撮影で立ちくらみを起こした奈緒が、早めに帰宅すると、和也がやって来た。光彦(椎名桔平)は祐輔(広田亮平)を連れて近所の公園に出かけてる。「ちひろちゃんから聞いた」。その一言で和也もこらえていた気持ちを奈緒にぶつけた。「お兄さんたちが帰ってきてから奈緒は変わったよ。俺のことは二の次でさ。お兄さんのこと、どう思ってるの」。思いもかけない言葉に奈緒はショックをうけた。「お兄さんは家族なのに、そんな風に見てたなんて。和也が信じられない。とにかく今日は帰って」。声を荒げた奈緒は息をのんだ。2人のやりとりを光彦に聞かれてしまった。和也は逃げるように帰っていった。
その夜、和也はちひろと会った。「ごめんなさい。イヤな女ですよね、私」。和也はけっして遊びでちひろと一夜を過ごしたわけではなかった。「どうするんですか」。しかしちひろの問いかけに和也は力なく首をふった。「わからない。ごめん」。それでもちひろは別れ際にきっぱりと言った。「急がなくていいです。私、待ってますから」。
「お姉ちゃん、どうしたらいい」。奈緒が美穂(森口瑤子)の遺影の前でぼう然としていると、光彦が声をかけてきた。「すみません、私のせいで」「男の人って同時に2人の女性を好きになれるものなんでしょうか」。光彦はかつて順子(木村多江)ともつきあっていたことを打ち明けた。「だから奈緒さんに何か言う資格はないのかもしれません」。その順子が光彦の留守中にやって来た。「そろそろ週5日勤務にしてはどうかと」。奈緒は思い切ってたずねた。「お兄さんとつきあっていたって本当ですか」。一瞬困惑した表情になったが、順子は言葉を選ぶように過去を告白した。
順子と美穂は同期入社で、2人の新人研修を担当したのが光彦だった。光彦と先につきあい始めたのは美穂だったが、順子は光彦に引かれる気持ちを抑えきれなくなった。しかし美穂の目を恐れながらの密会は長くは続かなかった。「みんな傷つきました。でも一番苦しんだのは美穂さんだったと思います」。けれど美穂は憎むことより、光彦を愛することを選んだ。「お姉さまは本当に素敵な女性でした」。順子は美穂の遺影を見つめた。
和也はちひろを呼びだした。「ごめん。俺、やっぱり奈緒とは別れられない」。これまで奈緒と過ごしてきた時間を想い出と割り切ることはできなかった。「わかってました。奈緒さんと幸せになってください」。ちひろは流れる涙をぬぐおうともせず、和也の前から立ち去った。和也は同じ思いを奈緒にも伝えた。「奈緒を裏切ったことはちゃんと背負っていく。だから俺のこと、許してほしい。もう一度信じてほしい」。奈緒は和也の謝罪を受け入れた。「私も和也との想い出がいっぱいありすぎて」。2人は出会ったころのようにためらいがちに抱き合った。「安心しました」。奈緒の報告を光彦は喜んでくれた。「お互いの前では自然な姿でいるのが一番なんじゃないでしょうか」。光彦が何気なくもらしたその一言に奈緒は胸をつかれた。これから和也の前で自然でいられるのだろうか。 和也と奈緒はこれまでのようにデートを重ねた。周囲からは幸せそうな恋人に見えたに違いない。奈緒はことさら陽気にふるまったので、時折のぞかせる沈んだ表情に和也は気付いていなかった。
なじみのダーツバー。「ちひろちゃん、最近来ませんね」。そんな瞬間、2人の間には気まずい空気が流れた。和也の実家の夏祭りに出かけるつもりでいたのが、急ぎの仕事で和也が無理になった。
「じゃあ一緒にお出かけしようよ」。奈緒は光彦と祐輔とともに海辺の街を訪れた。国道沿いのさびれた土産物屋の前に立った光彦の表情が変わった。「お兄さん?」。記憶がよみがえったらしい。光彦は祐輔の手を引いて、店の中へ入っていった──。
炎天下の撮影で立ちくらみを起こした奈緒が、早めに帰宅すると、和也がやって来た。光彦(椎名桔平)は祐輔(広田亮平)を連れて近所の公園に出かけてる。「ちひろちゃんから聞いた」。その一言で和也もこらえていた気持ちを奈緒にぶつけた。「お兄さんたちが帰ってきてから奈緒は変わったよ。俺のことは二の次でさ。お兄さんのこと、どう思ってるの」。思いもかけない言葉に奈緒はショックをうけた。「お兄さんは家族なのに、そんな風に見てたなんて。和也が信じられない。とにかく今日は帰って」。声を荒げた奈緒は息をのんだ。2人のやりとりを光彦に聞かれてしまった。和也は逃げるように帰っていった。
その夜、和也はちひろと会った。「ごめんなさい。イヤな女ですよね、私」。和也はけっして遊びでちひろと一夜を過ごしたわけではなかった。「どうするんですか」。しかしちひろの問いかけに和也は力なく首をふった。「わからない。ごめん」。それでもちひろは別れ際にきっぱりと言った。「急がなくていいです。私、待ってますから」。
「お姉ちゃん、どうしたらいい」。奈緒が美穂(森口瑤子)の遺影の前でぼう然としていると、光彦が声をかけてきた。「すみません、私のせいで」「男の人って同時に2人の女性を好きになれるものなんでしょうか」。光彦はかつて順子(木村多江)ともつきあっていたことを打ち明けた。「だから奈緒さんに何か言う資格はないのかもしれません」。その順子が光彦の留守中にやって来た。「そろそろ週5日勤務にしてはどうかと」。奈緒は思い切ってたずねた。「お兄さんとつきあっていたって本当ですか」。一瞬困惑した表情になったが、順子は言葉を選ぶように過去を告白した。
順子と美穂は同期入社で、2人の新人研修を担当したのが光彦だった。光彦と先につきあい始めたのは美穂だったが、順子は光彦に引かれる気持ちを抑えきれなくなった。しかし美穂の目を恐れながらの密会は長くは続かなかった。「みんな傷つきました。でも一番苦しんだのは美穂さんだったと思います」。けれど美穂は憎むことより、光彦を愛することを選んだ。「お姉さまは本当に素敵な女性でした」。順子は美穂の遺影を見つめた。
和也はちひろを呼びだした。「ごめん。俺、やっぱり奈緒とは別れられない」。これまで奈緒と過ごしてきた時間を想い出と割り切ることはできなかった。「わかってました。奈緒さんと幸せになってください」。ちひろは流れる涙をぬぐおうともせず、和也の前から立ち去った。和也は同じ思いを奈緒にも伝えた。「奈緒を裏切ったことはちゃんと背負っていく。だから俺のこと、許してほしい。もう一度信じてほしい」。奈緒は和也の謝罪を受け入れた。「私も和也との想い出がいっぱいありすぎて」。2人は出会ったころのようにためらいがちに抱き合った。「安心しました」。奈緒の報告を光彦は喜んでくれた。「お互いの前では自然な姿でいるのが一番なんじゃないでしょうか」。光彦が何気なくもらしたその一言に奈緒は胸をつかれた。これから和也の前で自然でいられるのだろうか。 和也と奈緒はこれまでのようにデートを重ねた。周囲からは幸せそうな恋人に見えたに違いない。奈緒はことさら陽気にふるまったので、時折のぞかせる沈んだ表情に和也は気付いていなかった。
なじみのダーツバー。「ちひろちゃん、最近来ませんね」。そんな瞬間、2人の間には気まずい空気が流れた。和也の実家の夏祭りに出かけるつもりでいたのが、急ぎの仕事で和也が無理になった。
「じゃあ一緒にお出かけしようよ」。奈緒は光彦と祐輔とともに海辺の街を訪れた。国道沿いのさびれた土産物屋の前に立った光彦の表情が変わった。「お兄さん?」。記憶がよみがえったらしい。光彦は祐輔の手を引いて、店の中へ入っていった──。