顔
#9 操られた記憶
瑞穂(仲間由紀恵)や加奈子(京野ことみ)たちは、連続通り魔事件の目撃情報を呼びかけるチラシを街頭で配っていた。そのチラシから埠頭の荷役係・園田(浜田道彦)が捜査線に浮かんだ。耕輔(オダギリジョー)と尾崎(品川祐)が埠頭へ向かう。園田は、耕輔が警察手帳を見せながら声をかけると、顔色を変えて逃げ出した。追う二人の刑事。耕輔が捕まえると園田は激しく抵抗する。と、その時、耕輔の脳裏に、首を絞められる母親の記憶が蘇った。人が変わったように園田を殴りつける耕輔。「やめろ!」。鶴田(益岡徹)に腕をつかまれ、耕輔はやっと正気を取り戻すのだった。
調べが進み、園田は、8件の事件を自供した。だが、ピアニスト・白川恵津子(長内美那子)の事件だけは頑なに否認を続けた。状況証拠は園田に不利であったが、刑事たちは、訝しがった。
そんなころ、耕輔は樋口(余貴美子)のカウンセリングを受けていた。「心を開いて昔のことを話して。そうしないと助けてあげられない」と言う樋口に、「助けてくれと頼んでない」と耕輔は席を立つのであった。樋口は、上司の鶴田に、耕輔をしばらく一線から外すように進言した。鶴田はそれに従い、耕輔に書類作成など内勤を命じた。
園田が自供しない事件の被害者・白川恵津子は、命は無事であったが、外傷性健忘症で自宅療養中であった。だが、記憶が戻ってきているとの連絡が入り、捜査一課は騒然となった。もし、犯人の顔を思い出し、それが園田であれば、すべて解決だからである。白川のケアを続けていた樋口は、3週間ほど前は、息子の顔も判別できなかったはずだと思い、どこか疑念が残る。鶴田は、犯人の顔を思い出せるほど回復しているならば、と、樋口に瑞穂を同行させ、似顔絵を描かせることにした。
記者室では、内村(海東健)が「園田、残りの一件も自供」という予定稿を書いている。とそこへ、先日亡くなった先輩記者・及川の妻・道子(松永麻里)から「渡したいものがある」と電話が入った。
樋口、瑞穂と佐藤(河原さぶ)は、白川宅に着いた。自宅でピアノ教師もしていたのだが看板も外されている。ベルを押すと、若い女の声。玄関に現れたのは竹内さえ(真木よう子)であった。「弦ちゃんも弦ママも中にいます」といかにも軽い感じの女であった。
恵津子は車椅子に座り、覚束ないながらも樋口に挨拶した。「本当に言葉が出始めたのね」と驚く樋口。横に座る息子の弦(鳥羽潤)。弦は、集中治療室から出た恵津子を、数カ月にわたり、親身になって介抱し続けていたのだ。樋口は「頑張ったわね弦君」と素直に弦を褒めた。
恵津子に対する樋口の聴取が始まった。一同は場所を移したが、瑞穂は部屋にピアノがないことに気が付いた。弦が「処分しました」と言う。「母がピアノを怖がりましたので。弾けないピアノを見るのが怖かったのでは」。さえが「だからって弦ちゃんまで音楽をやめることないのにね」と瑞穂に同意を求める。と、その時、恵津子が樋口に言った。「犯人の顔を見ました」。瑞穂が呼ばれた。恵津子の記憶のままにペンを走らす瑞穂。その顔は、園田であった。
鶴田は、その出来すぎた似顔絵に、不信感を持った。「何か気が付かなかったか」と瑞穂に問う。瑞穂は「白川さんの記憶は、熱気がなくて平板でした」と答える。さらに鶴田は樋口にも尋ねた。樋口は「園田の写真はすでに公開されています。それを見た記憶に基づく証言であることも否定できません」と言う。鶴田は「では、誰かが、例えば看護の過程で写真を見せて記憶を作り上げることも可能ということですか」と畳み掛ける。樋口は「記憶の刷り込みも不可能とは言い切れません」と説明する。
樋口と瑞穂に席を外させた鶴田は尾崎にさえのことを聞いた。さえは、弦がスタジオで知り合ったウエイトレスで、二人の交際に恵津子は不満であったとの証言が取れていた。だが、如何せん、弦には、その日レコーディング中というアリバイがあった。弦は、クラシックピアノの英才教育を受け、ポップスの世界では重宝されていたのだ。事件後も献身的な看護を続けたため捜査線からは外れていたのだ。
内村は及川道子に会った。道子は、及川の遺品を整理していたら、こんなものが見つかったと、及川の書いた予定稿を差し出した。そこには「ピアニスト殴打事件 犯人は息子」とある。恵津子を殴ったのは弦だというのか・・・。内村は残りの資料にも目を通した。「白川弦のアリバイ、レコーディング、譜面を確認」という手書きのメモに、内村は注目した。
そんなころ、樋口と瑞穂が恵津子のことで話していた。樋口は「心理テストの回答にぶれが無さ過ぎる。緻密で完璧で別の性格を演じようとしている」と疑念をぶつける。瑞穂も「どんなに嫌になっても、私は絵の道具を捨てない。ピアノを処分するのは不自然」と疑問を吐露する。
一方、内村は、弦のアリバイであるスタジオを訪ね、その時弦が使った譜面を見せてくれと頼んでいた。また、耕輔もその時、弦が制作したアルバムを眺め回していた。と、CDのスタッフや演奏家のクレジット個所で、9曲目だけ、弦がピアノを弾いていないことに気が付いた。
瑞穂は、弦がピアノを処分したと言う楽器店を訪ねた。店長は「恵津子さんはピアノから一日たりとて離れることがなかった。処分と聞いて耳を疑った」と今更のように驚きを語る。「恵津子さんは弦さんを育てることに没頭した。だから、弦さんがクラシックを捨てた時の落胆振りは凄まじかった。でも、弦さんもかわいそうだった。10歳で全国大会で優勝したが、母親が偉大過ぎて如何せん超えられない壁ですから」と親子の関係を話してくれた。優勝ならトロフィーがある。だが、白川家のどこにもトロフィーはなかった。瑞穂は、何かが読めた気がした。
瑞穂が急いで本部に帰ると内村が待ち受けていた。封筒を手渡し「これで弦のアリバイが崩せるかもしれない」と言う。二人は一課に飛び込んだ。
「弦の書いた譜面です」
事件当日書いた9曲目の譜面は、ほかとは全く違った殴り書きであった。内村が言う。「この譜面を書いている時、誰も弦の姿を見ていない」。さらに耕輔が言う。「この曲だけ、弦はピアノを弾いていない」。樋口もやって来た。「恵津子さんの回復が、園田の逮捕と符丁が合い過ぎている」。緊張する捜査一課。と、そこへ恵津子が発作を起こして入院したという知らせが飛び込んだ。
病室で寝ている恵津子の傍らに弦が佇んでいる。樋口が弦の腕をつかみ「何があったの」と問い質す。さらに耕輔が譜面とCDを見せ「なぜ9曲目を弾かなかった」と続ける。弦は観念したように頷いた。
恵津子が目を覚ました。樋口が言う。「恵津子さんはあなたを庇うためにお芝居していたのよ」
恵津子は狂乱した。だが、弦は微笑んで言う。「この半年間、幸せだった。それまで二人はずっとピアノに邪魔されてきたもの」。恵津子は、弦の気持ちを知り、愕然とした。弦は続けた。「あの日、レコーディング中に、母にボストンフィルのオーディションを受けるように呼び出された。才能を無駄にするなとののしられ、突きつけられた優勝トロフィーで母を殴りつけた・・・。スタジオに帰ったら手が痺れてピアノが弾けない。だから別の人を頼んだ」と事件の経過を供述するのだった。
これまで出頭しなかったのは「母が一人になってしまうから」と弦。恵津子も、自分が回復したのが分かると出頭するかもしれないと案じ、記憶の消えた振りをしていたのだ。
そんな母子の愛情劇を見ていた耕輔の心に、葛藤が起きた。が、その葛藤を振り切るように「弦、殺人未遂だ」と厳しく言い切った。だが、恵津子が叫ぶ「違います。本当の犯人は私です」。耕輔は無言にならざるを得なかった。
翌朝の東都日報朝刊の「ピアニスト殴打事件解決」の記事は「及川」の署名であった。内村が特ダネを亡くなった先輩に捧げたのだ。
瑞穂は、再び白川家を訪ねた。と、居間にはアップライトピアノが帰って来ていた。「楽しむためのピアノです」。瑞穂はこれをどうぞと楽譜を渡した。「弦さんから預かってきました」。子供用の教則本である。「会える日までこれで練習していて、と」。恵津子は笑顔でそれを受け取った。
瑞穂が本部へ戻ると、樋口が言う。「恵津子さんを回復させたのは、弦君の母を強く思う気持ちだった。愛は奇跡を呼ぶ。今、必要としている人がいる。それが出来るのはあなたよ」。瑞穂は耕輔のことを思うのだった。
調べが進み、園田は、8件の事件を自供した。だが、ピアニスト・白川恵津子(長内美那子)の事件だけは頑なに否認を続けた。状況証拠は園田に不利であったが、刑事たちは、訝しがった。
そんなころ、耕輔は樋口(余貴美子)のカウンセリングを受けていた。「心を開いて昔のことを話して。そうしないと助けてあげられない」と言う樋口に、「助けてくれと頼んでない」と耕輔は席を立つのであった。樋口は、上司の鶴田に、耕輔をしばらく一線から外すように進言した。鶴田はそれに従い、耕輔に書類作成など内勤を命じた。
園田が自供しない事件の被害者・白川恵津子は、命は無事であったが、外傷性健忘症で自宅療養中であった。だが、記憶が戻ってきているとの連絡が入り、捜査一課は騒然となった。もし、犯人の顔を思い出し、それが園田であれば、すべて解決だからである。白川のケアを続けていた樋口は、3週間ほど前は、息子の顔も判別できなかったはずだと思い、どこか疑念が残る。鶴田は、犯人の顔を思い出せるほど回復しているならば、と、樋口に瑞穂を同行させ、似顔絵を描かせることにした。
記者室では、内村(海東健)が「園田、残りの一件も自供」という予定稿を書いている。とそこへ、先日亡くなった先輩記者・及川の妻・道子(松永麻里)から「渡したいものがある」と電話が入った。
樋口、瑞穂と佐藤(河原さぶ)は、白川宅に着いた。自宅でピアノ教師もしていたのだが看板も外されている。ベルを押すと、若い女の声。玄関に現れたのは竹内さえ(真木よう子)であった。「弦ちゃんも弦ママも中にいます」といかにも軽い感じの女であった。
恵津子は車椅子に座り、覚束ないながらも樋口に挨拶した。「本当に言葉が出始めたのね」と驚く樋口。横に座る息子の弦(鳥羽潤)。弦は、集中治療室から出た恵津子を、数カ月にわたり、親身になって介抱し続けていたのだ。樋口は「頑張ったわね弦君」と素直に弦を褒めた。
恵津子に対する樋口の聴取が始まった。一同は場所を移したが、瑞穂は部屋にピアノがないことに気が付いた。弦が「処分しました」と言う。「母がピアノを怖がりましたので。弾けないピアノを見るのが怖かったのでは」。さえが「だからって弦ちゃんまで音楽をやめることないのにね」と瑞穂に同意を求める。と、その時、恵津子が樋口に言った。「犯人の顔を見ました」。瑞穂が呼ばれた。恵津子の記憶のままにペンを走らす瑞穂。その顔は、園田であった。
鶴田は、その出来すぎた似顔絵に、不信感を持った。「何か気が付かなかったか」と瑞穂に問う。瑞穂は「白川さんの記憶は、熱気がなくて平板でした」と答える。さらに鶴田は樋口にも尋ねた。樋口は「園田の写真はすでに公開されています。それを見た記憶に基づく証言であることも否定できません」と言う。鶴田は「では、誰かが、例えば看護の過程で写真を見せて記憶を作り上げることも可能ということですか」と畳み掛ける。樋口は「記憶の刷り込みも不可能とは言い切れません」と説明する。
樋口と瑞穂に席を外させた鶴田は尾崎にさえのことを聞いた。さえは、弦がスタジオで知り合ったウエイトレスで、二人の交際に恵津子は不満であったとの証言が取れていた。だが、如何せん、弦には、その日レコーディング中というアリバイがあった。弦は、クラシックピアノの英才教育を受け、ポップスの世界では重宝されていたのだ。事件後も献身的な看護を続けたため捜査線からは外れていたのだ。
内村は及川道子に会った。道子は、及川の遺品を整理していたら、こんなものが見つかったと、及川の書いた予定稿を差し出した。そこには「ピアニスト殴打事件 犯人は息子」とある。恵津子を殴ったのは弦だというのか・・・。内村は残りの資料にも目を通した。「白川弦のアリバイ、レコーディング、譜面を確認」という手書きのメモに、内村は注目した。
そんなころ、樋口と瑞穂が恵津子のことで話していた。樋口は「心理テストの回答にぶれが無さ過ぎる。緻密で完璧で別の性格を演じようとしている」と疑念をぶつける。瑞穂も「どんなに嫌になっても、私は絵の道具を捨てない。ピアノを処分するのは不自然」と疑問を吐露する。
一方、内村は、弦のアリバイであるスタジオを訪ね、その時弦が使った譜面を見せてくれと頼んでいた。また、耕輔もその時、弦が制作したアルバムを眺め回していた。と、CDのスタッフや演奏家のクレジット個所で、9曲目だけ、弦がピアノを弾いていないことに気が付いた。
瑞穂は、弦がピアノを処分したと言う楽器店を訪ねた。店長は「恵津子さんはピアノから一日たりとて離れることがなかった。処分と聞いて耳を疑った」と今更のように驚きを語る。「恵津子さんは弦さんを育てることに没頭した。だから、弦さんがクラシックを捨てた時の落胆振りは凄まじかった。でも、弦さんもかわいそうだった。10歳で全国大会で優勝したが、母親が偉大過ぎて如何せん超えられない壁ですから」と親子の関係を話してくれた。優勝ならトロフィーがある。だが、白川家のどこにもトロフィーはなかった。瑞穂は、何かが読めた気がした。
瑞穂が急いで本部に帰ると内村が待ち受けていた。封筒を手渡し「これで弦のアリバイが崩せるかもしれない」と言う。二人は一課に飛び込んだ。
「弦の書いた譜面です」
事件当日書いた9曲目の譜面は、ほかとは全く違った殴り書きであった。内村が言う。「この譜面を書いている時、誰も弦の姿を見ていない」。さらに耕輔が言う。「この曲だけ、弦はピアノを弾いていない」。樋口もやって来た。「恵津子さんの回復が、園田の逮捕と符丁が合い過ぎている」。緊張する捜査一課。と、そこへ恵津子が発作を起こして入院したという知らせが飛び込んだ。
病室で寝ている恵津子の傍らに弦が佇んでいる。樋口が弦の腕をつかみ「何があったの」と問い質す。さらに耕輔が譜面とCDを見せ「なぜ9曲目を弾かなかった」と続ける。弦は観念したように頷いた。
恵津子が目を覚ました。樋口が言う。「恵津子さんはあなたを庇うためにお芝居していたのよ」
恵津子は狂乱した。だが、弦は微笑んで言う。「この半年間、幸せだった。それまで二人はずっとピアノに邪魔されてきたもの」。恵津子は、弦の気持ちを知り、愕然とした。弦は続けた。「あの日、レコーディング中に、母にボストンフィルのオーディションを受けるように呼び出された。才能を無駄にするなとののしられ、突きつけられた優勝トロフィーで母を殴りつけた・・・。スタジオに帰ったら手が痺れてピアノが弾けない。だから別の人を頼んだ」と事件の経過を供述するのだった。
これまで出頭しなかったのは「母が一人になってしまうから」と弦。恵津子も、自分が回復したのが分かると出頭するかもしれないと案じ、記憶の消えた振りをしていたのだ。
そんな母子の愛情劇を見ていた耕輔の心に、葛藤が起きた。が、その葛藤を振り切るように「弦、殺人未遂だ」と厳しく言い切った。だが、恵津子が叫ぶ「違います。本当の犯人は私です」。耕輔は無言にならざるを得なかった。
翌朝の東都日報朝刊の「ピアニスト殴打事件解決」の記事は「及川」の署名であった。内村が特ダネを亡くなった先輩に捧げたのだ。
瑞穂は、再び白川家を訪ねた。と、居間にはアップライトピアノが帰って来ていた。「楽しむためのピアノです」。瑞穂はこれをどうぞと楽譜を渡した。「弦さんから預かってきました」。子供用の教則本である。「会える日までこれで練習していて、と」。恵津子は笑顔でそれを受け取った。
瑞穂が本部へ戻ると、樋口が言う。「恵津子さんを回復させたのは、弦君の母を強く思う気持ちだった。愛は奇跡を呼ぶ。今、必要としている人がいる。それが出来るのはあなたよ」。瑞穂は耕輔のことを思うのだった。