2023年度 支援国
パキスタン・イスラム共和国
2023年度 支援国
パキスタン・イスラム共和国
現地取材レポート
「忘れられた被災地」で見た現実
フジテレビアナウンサー 倉田 大誠
2023年8月1・2日『めざまし8』放送

約2週間に渡る取材期間、同行したディレクターから事前に伝えられていたのは「行く場所の被害状況のみ」。所謂、構成や台本と言ったものを目にすること無くロケが行われました。これは後日談になりますが、異国の地であり、ユニセフの協力無くして立ち入る事が叶わない場所でしたから、私以外のスタッフは勿論、台本を目にし構成を理解していました。見せてもらうと骨太な構成台本がちゃんと存在していました。長年テレビの仕事をしていると、制作ディレクターの思いを汲み取りながら、自分なりの準備をし、その中で着地点を見出す。その繰り返しで「仕事の形」を作ってきました。ただ今回は全く違いました。故に着地点の見えない心の葛藤、自分の中で物語を組み立てていく事が求められました。
洪水被害から1年という歳月が過ぎながら、あまりにも手付かずの今を目の当たりにし、人々の話を聞くたびに、私は涙ばかり流していました。文化や宗教、環境や価値観も異なり、日本と比較するものではなく、同情という言葉も相応しくない事は分かっていたつもりです。日本からは遠い国の現状、彼らの生い立ちも知らなければ、性格も分からない、ましてや、言語の違いもあり通訳を介しての会話。断片的に今を切り取り取材する自分自身の存在に疑問を抱く事も多々ありました。だからこそ当初「可哀想」という感情が先行して涙が込み上げていたのだと思います。しかし地球温暖化をもたらした責任は先進国にあり、日本も加害者の1つという現実を改めて突きつけられ、涙の感情は「可哀想」から「ごめんなさい」に変わっていきました。
洪水による衛生環境の悪化と食料不足から、幼い我が子を亡くしたアリさん一家。今回の取材で最初に出会い話を聞かせてくれ、結果最も長く密着させて頂いた家族です。仕事を失った夫のアリさんは1日数百円を稼ぐことしか出来ません。それでも家族5人の為に命懸けで畑仕事をしていました。挨拶をすれば笑顔で握手を求めてくれ、気温45度を超える酷暑の取材中でも、汗と涙で入り混じる私を気遣い何度も団扇で煽ってくれた心の優しいお父さんでした。

ただ「この被害は起きてしまったもので、私達は受け入れるしかない」その一言が心に刺さりました。その後、限られた時間の中で幾つもの村を訪れ、病院に行き、そして町の人や専門家に話を聞き多くの問題を知りました。被害にあった地方の村は、存在すら認識されず国もメディアも助けに来てくれない、完全に忘れ去られてしまった世界だったのです。信じられない現実でした。曲がりなりにも言葉で伝える仕事を生業としながら、一切言葉が浮かびませんでした。改めて自身に問う「自分は何を伝える為にここに来たのか?」台本無き取材を進める中で、最後にどうしてもアリさんの本音が聞きたい。アリさんとしっかり向き合わなければ答えが見つからない。そんな思いに駆られ再び村に行きました。これはオンエアー上、最後の場面で使用された一幕となりますが、インタビューに臨むにあたり、ディレクターからは「倉田さんの思う事を、思うがまま聞いて下さい」と言われ、私自身、2週間に及ぶ取材の答え合わせをしようと勝負をかけました。なぜアリさんはいつも笑顔なのか?なぜアリさんは助けてくれない国を怒らないのか?なぜアリさんは地球温暖化の加害者である日本から来た自分に嫌な顔一つしないのか?なぜ・・・・。こみ上げる感情をぶつけました。しかし、自分の思いは一瞬にして地に落ちました。「…じゃあ、アナタならどうしてくれますか?」アリさんからのたった1つの質問に答える事が出来なかったからです。やるせない涙が溢れました。現実を何も変えられない悔しさが込み上げました。そしてようやく1週間前にアリさんが口にした「…私達は受け入れるしかない」という言葉の意味が分かりました。怒りや憎しみ、悲しみや後悔はあっても、それをぶつける術もなければ場所もない。どうする事も出来ない事をアリさんは分かっていたのです。1時間以上に及んだインタビュー。話を聞かせてくれたアリさんに感謝しています。

常識も価値観も、全ての物差しの長さが違う異国の地パキスタン。でも確かな事実として、彼らと私達は「今」という同じ時間を過ごしています。改めて問う「自分は何を伝える為にここに来たのか?」その答えは「今」を伝え続ける事です。これが使命です。環境問題は世界課題。小さな1歩を踏み出す事が大きな結果をもたらします。誰もが理解している事かもしれません。では何故、こんなにも多くの命が失われてしまったのでしょうか?本当に命の重さは平等なのでしょうか?パキスタンの人口は今後2億5000万人を超えると言われています。しかし一方で食料不足や衛生環境の悪化で感染症が蔓延し、多くの幼い命が亡くなっているのも事実です。目の前の1日を必死に生きる子供達が、1カ月先、1年先、そして10年先の未来を思い描けるような環境を、今を生きる世界の大人達が残していかなければならないと感じました。欲張らなくてもいいから、確かな1歩を。

今回初めてチャリティー企画の仕事をさせて頂きました。ニュースでは報じられない被災地の今を取材する中で、貧困や格差や児童婚と言ったパキスタンという国が抱える深刻な問題も新たに知る事ができました。そして何より、現状を伝える事に加え「支援=募金」の重要性も強く感じた次第です。どれだけ彼らを思っても、支援無くして生活の前進は無いからです。放送を通して一人でも多くの方々にその思いが届く事を切に祈っております。また私自身も感情がこんなにも揺さぶられた時間は初めてで、大変貴重な経験をさせて頂きました。言葉が全てだと思っていたアナウンサーという仕事の枠を超え、一人の人間として多くの事を学びました。何ものにも代え難い唯一無二の経験を、今後は自身の仕事に、そして人生に活かし、還元していこうと思いました。
最後に、多大なる協力を頂いたユニセフの方々、そして長期間に渡り準備に携わって下さった制作スタッフ、全ての方々に感謝申し上げます。本当に有難うございました。
