数々の有力選手を指導する長光歌子先生が
フィギュアスケート界を楽しく語ります!

歌子の部屋

vol.12

対談企画 ゲスト:前田真美さん

ISU公認のジャッジで、国内外の大会ではジャッジやレフェリーなどを行う前田真美さんにお話を伺いました。

フィギアスケートとジャッジの仕事の魅力

前田真美さん

前田さんは長年フィギュアスケートに携わってこられていますが、どこに一番魅力を感じますか?

何でしょうね…。ご飯を食べるとか寝るっていう普段のことと同じ感覚が、フィギュアスケートにはあるって言いますか、いつもそこにある、みたいな感じですかね。生活の一部と言うか…。

昔からスケート一家でしたからね。

そうですね。でもありきたりな答えですけど、アスレティックな部分とアーティスティックな部分が要求される所で、単に身体能力だけで勝負がつかないところですかね。フィギュアスケートは頭も良くないと勝てないと思うんです。どんなに身体能力があっても、曲の理解だとか振付けの意図を自分なりに解釈して、観ている方々に伝えていかなきゃいけない。こんな競技は他にはないですよね。

そうですよね。そこを私たち周りがどうフォローしていくのかが大事ですよね。それではジャッジというお仕事の魅力は何ですか?

やっぱり自分のスケートの考えを数字に落とせるということが、許されているのはジャッジだけなんです。その数値化できるというのが醍醐味だと思います。

たしかに私たちは演技に対してああでもない、こうでもないって言いますけど、それを数字には絶対にできませんよ。ジャッジは理系が多いんですかね。

そうかもしれませんね。それでも私の場合、ジャッジをしている時は頭の中で色んな事を思い浮かべるんですよね。例えばスピンでは回転は速い、回転数は多い、でもポジションはいまいち良くない。ではそれを点数に落とすと何点になるのかっていうプロセスなんです。アーティスティックな部分でも、私はずっと曲のリズムをとりながら演技を見るんですけど、フレーズと演技のリズムがあっているかどうかを見て、最終的に色んなことを考えて点数に落とすんです。

私はアーティスティックなところとか好き嫌いで判断してしまい、絶対に数値化できないです(笑)

良いなって思うものも、ジャッジは第三者の目線で見ないといけないからなんていうんでしょうか…。演技を見ている自分を、一歩後ろから見ている感覚っていうんですかね…。

すごいですね。お母様もとてもジャッジに関しては鋭い感覚をお持ちでしたが、前田さんもその感覚は引き継がれているんですか?

母と私は全然違うと思います。母は天才だと思います。プロ野球でいうと長嶋茂雄さんみたいな感じでしたよ。バーンときてカーンって打って、みたいに瞬時に判断ができたのが母でした。私はこうきて、ああきて、こうだからって頭の中でめちゃくちゃ考えるんです。母は本当に感覚で点数が出せたんだと思います。

しかもそれが本当に的確な点数でしたよね。

はい。だから私は母に教わるのは無理なんです(笑)

親子でこんなにも違うのって面白いですよね。私は昔の6点法(6.0システム)の時は、お母様のつけた点数を基準に自分の選手たちの出来不出来を判断していました。

その他にジャッジの魅力といえば、ジャッジの世界というのは小さいコミュニティなんです。その中で、何十年という時間をかけて他のジャッジの方々と関係性を深めていくのは、この仕事の魅力の一つですかね。お互い切磋琢磨して色々な経験を積んでいくのは楽しいですよね。その感覚はこの小さなコミュニティでないと味わえないことかなって思います。

ジャッジの方々は、試合が終わっても遅くまでお仕事されていますよね。

そうなんです!色々ありましたよ。試合が終わって皆さんとミーティングをしてホテルに帰ったら、玄関の鍵が開いてなくて、「どうしよう!」って言ったこともあります。しかもロシアの寒いところで…。

共通の思い出が多いんですね。

そうですね。試験を受ける時は、一週間くらいかかることが多いんですけど、みんなで夜一緒に勉強会をしたりして、同じ釜の飯を食べたみたいな人たちばかりですから思い出も多いですね。でもコーチの方々もそういう部分では似ていたりするんじゃないですか?

たしかにコーチも同じ様なところはあります。どこの試合に行っても同じ先生が来ますから、すごく長い時間を共有している感じがしますね。遠い親戚なんじゃないかって感覚になったりします(笑)

私はジャッジという仕事に限らず、フィギュアスケートをやってきてここまで関わらせていただいてよかったと思うことが、私が選手時代に周りにいた方々が、リンクの立っている位置は違うんですけど、結局スケートに関わっているんだなって思うことです。本当に面白いですよね。

そうですね。コーチになったり、ジャッジやコントローラーになったり。ご縁なんだなって思いますよね。

ジャッジとしての責任感

フィギュアスケートのジャッジのような採点競技は、タイム競技などに比べて採点や責任感がとても重要だと思うのですが。

それも込みでジャッジだと思います。そこは腹をくくってやっていかないといけないって思ってます。だから準備は必要ですし知識面で完璧にしていくことはもちろんですけど、競技当日の体調管理も自分で一番良いコンディションで臨むんです。そこは絶対にマストですね。

競技中は、気を抜く暇もないですよね。

そうですね。5~6時間ずっと集中していないといけません。

日本国内のブロック大会などでは、7~8時間の時もありますよね。

そうですね。本当に集中力が必要です。

それでも、以前前田さんはそういった過酷な大会ほど勉強になるっておっしゃっていましたよね。

はい。国内のブロック大会は、レベルの高い選手からこれからの選手までいますから、そこで上から下まで見ることが勉強になるんです。選手がミスをした時の対応は、やっぱり色々な経験を積んで学んでいくことが大事だと思いますから。

もう何年もジャッジをされている前田さんでも未だに勉強ですか。

そうですね。フィギュアスケートは何が起こるかわからない競技ですので、未だに勉強勉強です。

いつも思うのですが、ジャッジの方々は集中力がすごいですよね。

ジャッジは採点している時、すごく忙しいんですよ。迷わないでどんどん点数を入れていかないと、遅れるとあたふたしちゃうから選手がエレメンツをやったら「バン!」っていう感じで点数を入れていかなきゃいけないんです。

しかも一つ一つのエレメンツを追いかけながら、全体を見なきゃいけないんですよね。私には考えられない神業ですよ。

エレメンツの採点は演技の全体間を阻害してはいけないから、本当に迷わず出していかないといけないんですよ。だから訓練なんですよ。でも、エレメンツとアーティスティックな部分を両方考えながら採点するのは、とても面白いです。人数が多い試合では、競技が進めば進むほどテンションが乗ってくるんですよ。

へーそうなんですか?

はい!私は、フィギュアスケートは観客席で見ているよりもジャッジ席で見ている方が面白いんと思います。ジャッジ席で見ているとノリノリになるんです。何時間でも見ていられます(笑)

前田さんにとっては天職なんですね。フィギュアスケートを本当に心から好きなんですね。そんな中で採点に迷ったりすることはないんですか?

ジャッジをやりたての頃はあったかもしれません。でもそこも素晴らしい先輩方に恵まれたと思います。厳しくご指導いただきました。ジャッジの心構えから、大きい決断を下さないといけない時の心の持ち方とか。アメリカでジャッジをやり始めて、その後国内に戻ってきて国内の大会のジャッジをしていたんですけど、その頃どうしても他のジャッジの方の点数が気になってました。他の方と外れた点数を出したらどうしようって思っていて、平松(純子)さんに相談したんです。そうしたら平松さんが「あなた何言ってるの?若いんだから怖がらず自分の思った点数をつけなさい。」って言ってくださったんです。そういうことを言ってくださる方が身近にいたことで、今の私があるんだと思います。

長光歌子(ながみつ うたこ)
長光歌子(ながみつ うたこ)