数々の有力選手を指導する長光歌子さんが
フィギュアスケート界を楽しく語ります!
歌子の部屋
vol.63
対談企画 ゲスト:本田太一さん
1998年8月2日生まれ。5歳の時にスケートリンクに出会い、幼少時はフィギュアスケートとアイスホッケーの二刀流で鍛えた。2021年の国体を最後にスケートを引退し一般企業に就職した本田家長男、本田太一さんと歌子先生にお話を聞いてきました。
スケートから離れてみて

本引退前、特に全日本の前後や3月くらいまでは比較的多く取材をしていただいていましたし、リンクにも3月頭くらいまでは居たのでスケーターという実感がありました。
気持ちとしては全日本・国体があった1月末くらいまでがマックスで、そこからちょっと気持ちが離れていますという話を歌子先生にしていたんですけど、ここ2か月くらいは完全に氷から遠ざかっているという状況です。
歌スケートが恋しくなったりはしない?
本練習したいとかは全くないですね。友人に会ったり、関大のメンバーでのあの雰囲気を味わったりしたいという感じはしますが、体を追い込むとかは難しいですね。
歌やり切ったのよね。
本そこは本当にそうですね。間違いありません。長い17年間を通して、最後のバックフリップへの挑戦とか含めて、やりたいことを好き放題やらせてもらえたので、やり残したことはないです。
一度ゴールデンウィークのアイスショーを観に行きました。仲がいい唐川常人くんや、中野耀司くんがデビューしたのと、本田武史先生も出演されていてすごく感動しました。素晴らしかったです。
歌そこで滑ろうという気持ちには?
本ならなかったですね、氷の上の人間にはもうなれないなと思いました。
歌幸せだよね。
本本当にそう思います。抜け殻にならないように仕事を頑張りますと表現をしていましたが、なる暇もないくらい仕事に集中していますね。
歌運動は続けてる?
本皇居ランをしようと思って、1回行ったんですが思ったよりキツかったです。出張が多い仕事なので、移動なんかも有効活用して最低限の運動はしていかなきゃなとは思っています。食事も現役の時は全然気にしていなかったんですが、引退して7キロくらい増えてしまったので、ちょっと気を遣わないといけないと思っています。競技生活の頃から特に何か我慢しろとかそういう事もない普通の大学生だったので。
歌そういえば「普通の」大学生という所にも私は感心していました。太一君は名前も通っているのに、大学から始めた一般の学生の皆の事もしっかりと見ていたし、ちゃんとやり取りしていたよね。
本フィギュアスケートは個人競技なので、自分のやりたいことを突き詰めるだけで結果に結びつくけど、逆に言うと独りよがりになってしまう。社会に出てもちゃんとチームワークができるようにと、後輩ともコミュニケーションをとるようにしていました。就活でもそういった部分が良かったかなと思います。
歌実際にちゃんと指導してくれていたからね!この経験をお仕事に活かして、これからも頑張ってください。
スケートを最後までやりきることができて本当に良かったです。お疲れ様でした。
本田太一さんがスケート場にデートに誘うなら
本スケート場でデートしようみたいなこと本当は無いんですよ。恥ずかしいので無いという事をちゃんと書いてくださいね!でも敢えて誘うとしたらこんな感じでしょうか…

本田太一さんのスケートあるある川柳
本これはノンフィクションですね。田村先生に多分人生で一番怒られました。男子スケーターなら皆爆笑してくれると思います(笑)

注:ブレードの調子が悪いと満足に滑れないため、研磨に行くというと大抵の先生は練習を休んで行っても良いと言ってくれる。
ありがとうございました!
- 長光歌子(ながみつ うたこ)