数々の有力選手を指導する長光歌子さんが
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歌子の部屋

vol.36

対談企画 ゲスト:中塩美悠さん

今シーズン現役を引退し新しい旅立ちに向かう中塩美悠選手。パワフルなジャンプを武器に活躍し、ジュニアグランプリファイナルへの出場経験もある中塩選手に、引退について林先生とともにお話を聞いてきました。

2019.3.25

中塩美悠さん
中塩 美悠(なかしお みゆ)
中塩 美悠(なかしお みゆ)
広島県出身、2014-15シーズン初参戦のJrGPシリーズではグランプリファイナルに進出する。2015-16シーズンの終わりに林祐輔コーチのもとへ移り、兵庫県西宮市に練習拠点を移した

引退を決意して―

中塩美悠さん(以降:中)今はちょっと安心しています。スケートヒロシマは地元ですし気分的に楽なので、今は次の引っ越しとかに向けていろいろ動いているところです。国体は、やはり最後の大きな大会でしたから、「いい点を取りたい」とか「ノーミスでやりたい」という欲がありましたけど、終わってしまった今は気が楽です。ただ、本当は全日本の後くらいから緊張は解けてきた感じはします。西日本のあたりが一番コンディション的にも精神的にも酷かったですね。

林祐輔コーチ(以降:林)釧路の国体では気持ち良く滑っていたよね。

はい!

見ていて気持ちが良かった、全部が凄くよかったと思う。

本当は全日本の後に靴を取り替えたかったのですが、でも替えられなくて、そのままインカレに挑んで、そこまでは良かったんですが、その後に靴を替えようとしたら、全然合わなくて足が痛くなってしまい、また古い靴に戻して、それで気持ち的にもすごく不安になって、全然何も跳べなくなってしまいました。でも、これで跳ぶしかないと腹をくくった頃から、練習も変わったかなと思います。靴が合わなかった時、本当に痛くて、練習の後泣きながらリンクから上がって、誰にも目を合わせないように1人で勝手に帰ろうとしていたら、田中刑事くんがいて、「そんなんでお前やっていけるんか」って言われたんです。

刑事、ちゃんと先輩しているんだね(笑)。俺は、彼が普段何を喋っているのか知らないんだよね(笑)

けっこうためになるお話を聞きました。自分はこうだったよとか。その後、自分もちゃんとしないといけないと思い、「がんばります!」と言って吹っ切れました。

刑事は俺とは普段普通に喋らないんだよね。刑事の場合、俺からは怒られてるイメージしかないだろうし(笑)。そうか、そんな事があったんだね。

頼りになる先輩がいるのは本当に良いことですね。

ラストシーズンはどんな気持ちで過ごしましたか

新シーズンでは新しい靴にして、怪我をしたのもあったのですが、飯塚杯の頃には靴も合ってきて、シーズンで一番良い状態だったと思います。気持ちも楽に滑れました。夏の合宿で足が痛くなって、すぐに靴をかえたのですが、それも合わなくて「自分の足がおかしいのかな」と思って、必死に靴にあわせようと頑張ったら、もうぐちゃぐちゃになって、そこから立て直すのにすごく時間がかかってしまいました。西日本の前までにはやっと普通に跳べるようになったかなというところまで戻せたのですが、西の前はもう靴や足の不安がありすぎて全然眠れなくて、その事を林先生に言ったら「それはやばい」と言われましたね。

「普通にやっていれば大丈夫」なんですけどね。

西の時、林先生はいらっしゃらなかったのよね。むしろ私は中四国ブロック選手権の時の方が心配でした。

ブロックの時が一番酷かったと思います。もうエッジの位置がおかしすぎて。あの時は本当に酷く、練習の時から私のテンションが低すぎて淀先生から「美悠ちゃん、大丈夫だから。普通にやれば通過するから」と励ましてもらいました。

僕は海外にいたんだよね、あの時。これは本当にやばいと思って…

あの時は私も心配していました。調子の悪さもありましたが、メンタルがすごく落ちこんでいるのが分かって、本当に心配でした。

何も跳べなくなって、自分は何でできないのだろうって思っていたんですが、先生方から必死に励ましていただきました。

最後の苫小牧合宿について

今年は髙橋大輔さん、田中刑事くんもいて、私よりも先輩がいらしたので、そんなに先輩らしいことはしていないと思います。雰囲気を盛り上げていたのは男子たちだし、女子大生たちは練習をこなすのに精一杯で、盛り上げて「オー!」みたいなのはできなくて、頑張ろうぜというよりは、自分が頑張っている姿を見ていてくださいって感じでしたね。

美悠ちゃんにはそういう過ごし方だったのかもしれないけど、前の年の合宿に比べると、凄く美悠ちゃんの個性が際立っていた合宿だと思いました。全体を見ていて、やはり一番上のお姉さんになって、後輩に後ろ姿を見せるという立場になったのだなと感じました。

ちびっこは自分たちの部屋では不満だろうし、うろちょろしたいと思うんですけど、今年はお盆シーズンの合宿だったので、周りには沢山の人たちがいる中で、そこをちびっこがちょこちょこ歩くというのが、私はすごく心配だったので、センターハウスに行くんだったら、お姉さんたちの部屋においで、と言いました。ちびっこたちは、私たちの部屋に来て、夏休みの宿題とかをしていましたね。

上野沙耶ちゃんも最後の頃はお姉さんをしていたけど、美悠ちゃんもいい先輩になって、後輩たちもきっとみんな美悠ちゃんを見ていい先輩になっていくんですよね。

あの合宿の本当に良いところだと思います。

中塩美悠さん

最後のプログラムについて

タイタニックはずっと使いたい曲でしたが、使う機会がなくて、最後の最後に今しか使う時はないなと思い、私から頼みました。鈴木明子さんにお願いをし、振り付けの時から楽しかったです。憧れの人が目の前で踊っているのを見るだけでもすごく楽しくて、今振り返っても本当によかったです。

タイタニックよかったよね。

良かったよ、最後に上手く作ってくれたなと思いました。音楽の編集も良かったよね。最初2パターンあって、1つはタイタニックの王道みたいなパターン、もう1つはあまりないパターンだったよね。本当はボーカルを入れたかったんでしょう。

私のタイタニックのイメージは、ローズとジャックの大恋愛だったのですけど、編集していざ手元に来たところに、それがまったくなかったんです。恋愛のいいムードのシーンになると流れる曲がない。それをちょっとでも入れたいと思って、入れてもらってみたんですけど、なんか不自然で、やっぱり最初に作ってもらった方がいいなとなりました。

申し訳ない事を言うのだけれど、前のラプソディ・イン・ブルーは、プログラムとしてとても長く感じていたんです。でも、タイタニックはすごく短く感じて。今回は本当に嬉しかったんです。

とても分かりやすかったよね。

最初聞いた時はびっくりしたんです。「ここ使うんだ?まだここ使うんだ?!」という感じで、ずっと出航しているんですよ。なかなか沈まない。で、最後の30秒くらいで沈没する(笑)

思い入れのある曲っていうのは、そんな感じになるよね(笑)

ショートプログラムは

一昨年の夏に怪我をして、あとどれくらいできるかと思った時に、もうちょっとしかできないなと思い、もうその時くらいから引退も考えていたので、ロヒーン(・ワード)に、「これが私の最後のショートになると思う」と言ったら、タイム・トゥ・セイ・グッバイを持ってきてくれました。ロヒーン先生の振付けは全く王道じゃないフリが多くて、(彼の動きを)見て、自分の身体を動かして、習得するのにすごく時間がかかりました。こだわりの強い人だし、すごい才能に溢れた人だと思いました。

ロヒーンの振付けを見て、大絶賛する人と、表現を感じ取ることが難しいという人に分かますね。

私はすごいと思いました。これは言っていいのかわからないけど、芸術家だからか、時間にルーズで、「何時からレッスンね」といわれて待ってたら、「え?ロヒーン帰ったよー」とか言われたこともありました(笑)でも、彼の才能は素晴らしいと思います。ロヒーンは競技を求めるより、作品を求めてる人なので、スピンとかにもフリを入れたりするんですけど、「そのフリ、レベルとれないじゃん!」って思ったり(笑)でも綺麗なフリだから練習したりするわけなんですけど(笑)ジェイソン(・ブラウン)さんみたいに、言う通りにやってプラスジャンプも入るみたいな人だったら良いのですけど、点数とるにはもっと柔軟に考えてもらいたいところですね。でも、やはりビジョンがあるみたいなんで(笑)

どうしても、侵しがたい部分があるってことよね。

ロヒーンには大学一年の時アメリカで出会ったのですが、彼はプエルトリコ出身で初めて全米選手権に出た人なんです。ホリデー・オン・アイスでずっと主役をやっていた人で、彼のために脚本が書かれたそうなんですよね。

私もホリデー・オン・アイスには思い入れがあるのですよ。私がスケートを始めたころ、ホリデー・オン・アイスが日本に来て、王子動物園の横に特設のリンクが作られて、そこに見に行ったことがあるんです。これが私が最初にスケートにのめりこんだ原因ですね。本当に美しくて我を忘れて何も聴こえないみたいになったんです。

長光歌子(ながみつ うたこ)
長光歌子(ながみつ うたこ)