あらすじ
<第7回> <第8回> <第9回>

<第7回> 「一番たいせつな人」
 ちはる(中谷美紀)が市長室で友枝(小野武彦)と小日向(高橋克実)から差し出された書類に面倒くさそうにハンコを押していると、ケータイが鳴った。マリ(山口紗弥加)からだ。「今夜あたしが出たドラマが放送されるの。一緒に見ようよ。ヤシオッチも連れて来てね」。というわけで、その夜藤田(松崎しげる)の店にいつもの顔ぶれがそろった。
 「始まったぁ」。ところがしばらくするとマリの表情がくもった。マリの出演シーンがカットされていたのだ。「チャンスはいくらでもありますよ」「ありがとう、ヤシオッチ」。八潮に励まされて、ようやくマリは微笑んだ。親しげな2人を目の当たりにして、ちはるはちょっぴり面白くなかった。
 地元の館浜新聞に市長の支持率が発表された。82パーセントもあった。「すごいよね」。雑誌には“21世紀に輝く女たち10人”に選ばれた。さらに全国ネットのニュース番組の特集コーナー「菊間千乃アナウンサーと21世紀の女たち」の出演も決まった。「世界的に有名な市長になっちゃったりして。まいったなあ」。ちはるがすっかり舞い上がっていると、ケーブルテレビの優子(奥菜恵)と風間(吉沢悠)が密着取材を申し込んできた。「仕方ないわね。いいわよ」。ちはるは内心のうれしさを隠して、もったいぶってOKした。
 ニュース番組では人気キャスター菊間千乃(菊間千乃)から市政の財政面のアイディアを聞かれた。「これといってないんですね」。姉妹都市との提携調印式ではチャールストン市市長とツーショットで笑顔をふりまいた。ちはるにすれば自然体だが、そんな彼女を複雑な思いで見ている人間が2人いた。1人は密着取材中の優子。「市民はあんな人を選んで後悔してるわよ。館浜市の恥よ」。もう1人はマリ。ドラマのオーディションは不合格はがり。藤田の店に顔をだしても、さすがにいつもの元気がない。見かねためぐみ(上原美佐)がちはるに耳打ちした。「なんとかできないんですか?」「無理よ。いくら市長だからってマリをドラマにだすなんて」。
 ところが願ってもないおいしい話が転がり込んできた。テレビ局からドラマの撮影を館浜市でさせてほしいと依頼がきたのだ。しかも高視聴率の人気ドラマだ。「撮影中ケガ人でもでたらどうするんですか」「市の責任になりますよ」。友枝と小日向は二の足を踏んだが、ちはるは「館浜市の宣伝になるでしょ」とロケをOKした。
 ドラマのプロデューサー笠倉(佐戸井けん太)が早速あいさつにやって来た。「市長のご活躍はいつも拝見させていただいております」「ひとつお願いがあるんですけど」。ちはるは脇役でいいからマリを出演させてほしいと頼んだ。「わかりました」。快諾してくれた笠倉にちはるは念を押した。「あたしが頼んだことは内緒にして下さい」。2人のやりとりを聞いていた八潮は険しい表情をのぞかせた。
 「あのドラマに出てくれって!」。マリが喜色満面で藤田の店に飛び込んできた。事情を知らない藤田とめぐみはもちろん、ちはるも初耳を装って「おめでとう」と祝福した。「しかも館浜でロケするんだって。みんな見に来てよね」。マリは台本をもらいに笠倉のところへ出かけていった。八潮はちはると2人きりになると聞いた。「コネで出演できたからって意味があるんでしょうか」。ちはるは事もなげに答えた。
 「マリは実力あるの。チャンスを与えてあげただけじゃない」。八潮の表情は晴れなかった。
 数日後の藤田の店、いらだったちはるの声が店内に響いた。「なんなのよ、この記事は!」。館浜新聞に“市長の支持率急落”の見出しがおどっていた。テレビ出演が多すぎるという、市民の声が紹介されていた。「もう、マジでやめたい」。グチをこぼすちはるに、ドラマ出演で優越感にひたっていたマリがしんらつな言葉を投げつけた。「ちはるは運だけでやってきたからね。これからは市長の実力をつけないと、メッキがはげるわよ」。
 ロケを明日に控えたマリは自信たっぷり。「最高の芝居見せるから、みんな来てね」。藤田とめぐみからチヤホヤされるマリを見ているうちに、ちはるは我慢しきれなくなった。「なに、エラそうなこと言ってるのよ。あんたをドラマに出してくれって、あたしが頼んであげたのよ」「市長!」。八潮が叫んだが手遅れだった。ちはるはすべてをブチまけてしまった。「そうだったんだ」。マリはぼう然としてつぶやいた。「けど、ちはる、何もわかってないよ。そんなことして、あたしが喜ぶと思ってたの? コネなんか使いたくない。自分の力で生きてきたいの」。それだけ言うとマリは店を飛び出していった。
 翌日、ちはるは重い気持ちのままドラマのロケ現場に到着した。マリの姿はない。
 ちはるが捜していると、物陰からプロデューサーの笠倉とスタッフの会話が聞こえてきた。その内容にちはるの顔色が変わった──。

<第8回> 「絶対負けない女!」
 「あれのどこが対話なのよ。あたし、文句言われただけじゃん」。ちはる(中谷美紀)は藤田(松崎しげる)の店でいつものように飲み食いしながら、マリ(山口紗弥加)にグチをこぼしていた。昼間、市民フォーラムに出席したところ、市民から苦情と要望を山のように突きつけられてウンザリ。「フォーラムなんかやめちゃおうかな」。ちはるが弱音をもらすと、八潮(柳葉敏郎)がさりげなくつぶやいた。「亡くなられた市長はフォーラムを大切にしておられましたよ」。
 父親のことを持ち出されて、ちはるがちょっと考えこんでいると、優子(奥菜恵)と風間(吉沢悠)が現れた。「織原市長! キャー!感激ですぅ!」。2人と一緒に入ってきた女の子がいきなりちはるに握手した。ケーブルテレビの新人・柏木薫(黒坂真美)で、部長の岡崎(岸博之)に命じられて見習い中。「私、絶対にメインリポーターになってみせます」。優子は一瞬ムッとなった。
 「しばらく裏方を頼む」。翌日、優子は岡崎からリポーターを薫と交代するよう命じられた。実は昨日、優子は舗道でこけて額にケガをしていた。「その顔じゃ、まずいだろ」。確かにそうだが、優子は釈然としない。風間も気の毒に思ったが、仕方がない。そんな2人の気持ちなどお構いなしに、当の薫は「頑張ります!」と大喜びだ。しかしカメラの前に立つと薫は短い原稿もまともに読めない。それでも本人は「インタビューなら自信あります」と反省の色は全くない。優子が移動中の車内で呆れていると、前方で男の子を抱えた女性が大きく手を振っている。「病院まで連れていってもらえませんか」。公園の箱型ブランコから落ちた息子がケガをしたという「乗って、早く!」。すぐさま母親と息子を乗せると、車は病院に向かった。箱型ブランコは100キロを超える。以前から危険性が指摘されていた。幸い子供のケガは大事にいたらなかったが、優子は市の管理責任を見過ごすわけにいかなかった。
 「国から撤去の通達があったはずですが」「そうなの?」。ちはるには初耳だった。それに子供が遊んでいてケガするのは当然の気持ちもあった。事情の飲みこめないちはるに代わって、友枝(小野武彦)と小日向(高橋克実)が弁明を始めた。「撤去するにも予算が必要ですから」。ちはるもブランコの危険性は認めたものの、予算がなければどうしようもない。
 テレビ局に戻った優子はこの事故の緊急リポートを制作することにした。早速美佐子に会ってインタビューした。ほどなく子供を持つ母親を中心に、市を訴える動きが盛り上がってきた。「母親がついていたんでしょ! なんでもかんでも、人のせいにしないでよ。訴えればいいでしょう!」。優子に訴訟をちらつかされたちはるは怒りを爆発させた。「真実を知ることが報道の使命ですから」。優子が市長室を出ていくと、友枝は小日向にそっと耳打ちした。「大事にならないうちに、手を打ったほうがいいな」。優子がテレビ局に戻ると、岡崎に呼ばれた。「当分リポーターは薫ちゃんでいくから」。風間と組んだグルメやデートスポットのリポートが視聴者に好評だという。
 「彼女には報道は無理です」。しかし岡崎の返事はそっけなかった。「いつからジャーナリストになったんだ。しばらくは編集業務につけ」。
 「元気だせよ」。藤田の店で風間が優子を慰めていると、ちはると八潮が姿を現わした。優子のリポーター降板を知ったちはるは冗談のつもりで言った。「あんたもあたしみたいにクレームがきたんでしょ?」。ふだんならすぐ言い返すところだが、優子は黙りこんだまま。見かねた風間が「市長の力でこいつをリポーターに戻してやってもらえませんか」と頼んだ。館浜市役所がケーブルテレビの筆頭株主なのだ。「じゃあ、戻してあげようか?」「あなたに借りは作りたくありません」。ちはるもムッとして言い返した。「可愛くないわね」。
 店を飛び出した優子を風間が追ってきた。「らしくないぞ。危険なブランコ、このままにしていいのか」。孤立無援と思いこんでいた優子にやっと笑顔がよみがえった。翌日から優子は編集業務のあいた時間を利用して、精力的に取材を続けた。  同じ頃、ちはるは薫からインタビューを受けていた。館浜市が400億円もの借金を抱えていると聞いて、薫は黄色い声を上げた。「信じられない〜。そんなの返せないですねぇ、絶対」。優子なら厳しく追及してくるところだが、薫は驚くばかりでまるで他人事。「じゃあ、市長の血液型は?」。優子との差は歴然。ちはるはつまらなさそうにあくびをもらした。
 地元新聞に衝撃的な記事が掲載された。母親が子供のケガは箱型ブランコのせいではなく、自分で転んだためと証言をひる返したのだ。「嘘ですよね」「困るんです。これ以上、騒がれると」。母親は優子を振り切ると、足早に立ち去った。さらに岡崎からは取材の打ち切りを命じられた。「これ以上、取材を続けるならクビを覚悟でやるんだな」。風間も黙っていられなかった。「あいつに取材を続けさせて下さい」。岡崎はぽつりとつぶやいた。「上からの命令なんだよ。うちの筆頭株主は誰なんだよ」。
 ちはるが圧力をかけたのか! 風間は直談判するために市長室に向かった。

<第9回> 「好きなんだもん!」
 「うそっ!」。ちはる(中谷美紀)は体重計の数字にショックをうけた。勝手知ったる我が家のごとく、公舎のリビングで朝食をとっていたマリ(山口紗弥加)が冷やかに言った。「女は25歳すぎると太りやすくなるんだって」。フリーターの頃と違って、毎日送り迎えされて、接待でおいしいものを食べる機会が増えた。ちはるはダイエットするために自転車で市役所まで通勤することにした。 困ったのは八潮(柳葉敏郎)だ。「それでは警護できません」「平気平気。行くよ」。仕方なく自転車に乗ったちはるを、八潮は公用車でついていった。友枝(小野武彦)と小日向(高橋克実)も難色をしめすかと思ったら、意外にもあっさりと自転車通勤を認めてくれた。
 太って美人市長の肩書きがなくなると、支持率に響くからだ。そんな思惑など知らず、ちはるは2人から受け取った駅前開発の完成予想図に見入っていた。「デパートやホテルもできるの!うれしい〜」。駅前開発は前市長、つまりちはるの父の長年の夢だった。「来週の記者会見で正式に決定を発表していただきますので」「了解」。ちはるは二つ返事でこたえた。
 ちはるは自転車に乗って、駅前の美容院に出かけた。「市長のあなたが市民の手本にならなくては」。八潮に注意されたが、ちはるは自転車放置禁止区域に自転車をとめた。すると美容院から戻ってみると、ちはるの自転車がちょうどトラックに乗せられているではないか。「ちょっと待ちなさいよ」。作業中の男性は市の職員のはず。
 しかしその職員は市長であるちはるを無視。トラックは走り去った。
 保管場所まで足を運んだちはるは、さっきの職員、自転車撤去係の佐藤清(小松政夫)に食ってかかった。「なんで、あそこで返してくれなかったのよ」「あんた、市長じゃないか。市民の手本になるもんだろ」。佐藤は相手が市長だからといって手加減なし。ちはるはしぶしぶ撤去保管料を支払って、ようやく自転車を返してもらった。
 その夜、ちはるは藤田(松崎しげる)の店でボヤいた。「あの親父じゃ、無理だな」。 藤田とめぐみ(上原美佐)も佐藤のことを知っていた。頑固ぶりは有名らしい。「お待たせしちゃって」。秘書課のユミ(松丘小椰)が現れた。職場でなにか悩み事をかかえている様子だったので、ちはるが相談にのろうと呼び出したのだ。「恋愛問題?」。ユミがうなずくと同時に、店に誰かが入ってきた。同じ秘書課の山田(正名僕蔵)だった。「ウソ!あんたたち、つきあっていたの」。ユミと山田は照れくさそうにうなずいた。生真面目な山田は交際を認めてくれるよう、ユミの父親に挨拶に行った。ところが父親から頭ごなしに怒鳴られた。ユミは早くに母親を亡くして父娘2人きりの生活だったが、あまりの頑固さに家出して、今は女友達の家に居候している。聞けば、ユミの父親も市役所で働いている。「明日、私からユミちゃんのお父さんに話してあげる。任せてよ。あたし、市長だし」。ちはるは自信たっぷりに説得役を引きうけた。
 ところが翌日の昼休み、ユミに案内されたのは自転車撤去係。「ウソでしょ」。ちはるの嫌な予感は的中した。ユミの父親はあの佐藤だった。「山田くんの良さは1回会ったぐらいじゃわかんないのよ」「あんたは黙ってくれ。とにかく俺はあの男とのつきあいは認めん」。佐藤はちはるの言葉にまったく耳を貸さない。「市長、もういいですから」。気色ばむちはるをユミが制止した。佐藤の頑固さにウンザリしたちはるは、2人に「勝手に結婚しちゃえばいいじゃん」とけしかけるが、山田はあくまでも佐藤に認めてもらいたいという。「父親にとって娘は特別な存在だといいますから」。その言葉はちはるの心にも響いた。翌日ちはるは父親孝太郎の墓参りをした。墓前で手を合わせるちはるに八潮が静かに語りかけた。「市長はあなたのことを自慢そうによく話していらっしゃいました」。ちはるは思わず苦笑した。「こんな娘のどこが自慢なんだろうね」。
 いつも一緒にいながら八潮とゆっくりと話す時間は珍しかった。「あなたも苦労するわね。お父さんとあたし、2人続けて頑固者の面倒みることになって」「私は筋が通った頑固者は好きですから」。八潮の穏やかな笑顔に、ちはるは少しドキドキした。「ちはるちゃん、珍しいじゃない」。叔母のすみ子(鷲尾真知子)も墓参りに来てくれた。「あなたたち、遠くから見たら若夫婦に見えるわね」「やだ」。ちはるは笑いとばしたが、八潮は動揺した。
 すみ子も誘って藤田の店で食事していると、優子(奥菜 恵)と風間(吉沢 悠)が現れた。「ルール守るのは当然だけど、ああいうものの言い方はないよな」。2人も駅前で佐藤に説教されたらしい。「無理ないわよ。あんな形で奥さん亡くしちゃったんだから」
「えっ!」。すみ子によれば、佐藤の妻が心臓発作を起こした時、駅前の放置自転車がじゃまになって救急車の到着が遅れた。「あと10分早く到着していれば助かったのに」。
 佐藤は妻を殺したのは放置自転車だと悔し涙を流した。「ユミちゃんはまだ幼かったから知らないと思うわ」。佐藤の頑固さに秘められた悲劇に、ちはるをはじめ全員が黙りこんだ。
 翌日ちはるが今月の定年退職者リストを見ていると、佐藤の名前が含まれていることに気づいた。あと1週間で定年だった。「駅前開発するんなら、でっかい自転車置き場つくろう」「ご安心ください」。友枝と小日向の説明によると、2千台駐輪できる最新施設を建設するという。「じゃあ、完ぺきだね」。ちはるは満足げにうなずいた。まさかその施設が駅から歩いて5分もかかる立地だとは、ちはるが知るはずもなかった。
 秘書課の電話が鳴った。「すぐ行きます!」。ユミが青ざめた。佐藤が駅前で高校生に殴られて、病院にかつぎこまれた。ユミとちはるは飛び出した──。


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