<第1回> <第2回> <第3回>


<第1回>
 オーストラリアのパース郊外。海岸沿いの幹線道路を1台の四輪駆動車が走っていく。ハンドルを握っているのは高野朗(長瀬智也)。ラジオから流れてくるロックに合わせて、大声で歌っている。助手席の友田ひとみ(菅野美穂)と一緒に歌いながら交わす笑顔を見れば、2人が恋人同士であることは一目で分かる。後部座席からそんな2人を半ば呆れ顔で見ているのが沢井絵里花(奥菜恵)。
「楽しくないの? 絵里花」「楽しいさ!」
3人の笑い声が風の中に消えていった。
 朗は2級建築士を目指して、都内の設計デザイン事務所に勤めている。バカンスで恋人のひとみとオーストラリアへやって来た。絵里花とは同僚で、しかもひとみの友達。2人を引き合わせてくれたのも彼女だ。絵里花も恋人と来る予定だったが、相手に急な仕事が入ってしまった。
「こうなると邪魔だよね。せっかく2人きりで過ごすつもりだったのに」「ひどーい!」
互いにからかいながらもバカンスを思い切り満喫している3人だった。 「ねえ、寄り道しない?」。絵里花の提案でウエッジアイランドに立ち寄ることにした。観光客向けの砂丘地帯で、バギーやサンド・ボードを楽しむことができる。朗たちがボードを借りて入口に向かうと、目の前に1台のスポーツカーが停まった。降り立った2人の女性の顔を見て、ひとみは「ああ!どうも」と頭を下げた。
朗も気づいて軽く会釈した。
 2人は辻谷黎子(本上まなみ)と五十嵐麻衣(水谷妃里)。朗たちと出会ったのはパース空港の到着ロビー。どちらも同じ型のトラベルケースだったので間違ってしまったのだ。
「あの時は失礼しました」「いえいえ、気づいて良かったです」
互いに笑顔で別れようとした時、黎子が何気なく朗にたずねた。「バギーはこちらで借りられるんですか」「そうみたいですよ」。たったそれだけのやりとりだったのに、ひとみはムッとすると、朗の手を引っ張っていった。「タイプなんでしょ」。見透かされた朗は黙り込んでしまった。
 朗たちは砂に足を取られつつ、砂丘の頂上に登りつめた。思わず3人は歓声を上げた。観光客たちは思い思いの砂遊びを楽しんでいる。早速、朗がサンド・ボーディングで斜面を滑り降りた。続いてひとみも。そして彼女がボードから立ち上がろうとした瞬間、不意に砂の稜線を超えてバギーが突っ込んで来た。少し離れたところにいた朗も絵里花も動けなかった。砂煙がたちこめ、バギーが横転した。跳ね飛ばされたひとみの体が砂の上に落ちた。一瞬の出来事だった。
 朗と絵里花はひとみに駆け寄った。「ひとみ!」。頭を強打したらしく意識がない。近くにバギーの運転手も倒れていた。黎子だ。青ざめた麻衣が走って来た。
「お義姉さん!」。黎子もぐったりしたまま身動きしない。しかし数分後、ひとみも黎子も近くの事務所で手当てを受けて、意識を取り戻した。「もう全然平気だから」。ひとみはいつもの笑顔を見せた。
「あそこ、バギーが入っちゃいけない場所でしょ!」。絵里花は怒りを隠さなかった。「すみませんでした」。黎子はひとみに深々と頭を下げた。
「頭打っただろ?」「病院にご一緒します」
朗と黎子は精密検査を勧めたが、ひとみは「平気だから」と笑い飛ばした。留学中でパースに住んでいるという黎子は、自分の住所を書いたメモをひとみに手渡した。「じゃあ、何かあったら」。ひとみは首をすくめてメモを受け取ると、さっさと四駆車に戻った。「病院なんか行かないよ」。車が動き出すと、ひとみは黎子のメモを外に捨ててしまった。
 パースの街に戻った3人はカメラ片手に市内を歩きまわった。建築家を目指す朗にとっては、おしゃれな建物を見ているだけで楽しい。「あの建物イイね」。絵里花と専門的な話題で盛り上がっていると、すぐにひとみが割り込んでくる。表面的には仲の良い3人に見えても、朗とひとみは恋人同士。絵里花はどうしても一歩引いてしまう自分を感じていた。
 黎子と麻衣はフリーマントルの街に戻り、麻衣の宿泊しているホテルの部屋にいた。黎子はパソコンで日本へメールを送った。相手は恋人の五十嵐圭一(萩原聖人)。麻衣の兄で、新進気鋭の弁護士だ、麻衣のヤツ、迷惑かけてませんか。本当なら圭一がオーストラリアへ来るはずだった。もう半年も会ってない。風呂上がりの麻衣がバソコンの画面をのぞきこんだ。
「ふうん、インターネットで愛を育んでいるわけか」
…スワン川沿いのホテル。お腹いっぱい食べ、そして飲んだ3人は客室に戻ってきた。「じゃあね、明日」。絵里花と別れて、朗とひとみは部屋に入ると、そのままダブルベッドに倒れ込んだ。「ずっと好き? 永遠に愛している?」。ひとみは朗の胸に抱きついた。
「朗に会えて良かったよ」「変だよ、言ってること」
2人は長いキスをすると、やがてどちらからともなく安らかな寝息をたて始めた。「朗、寂しいよ」。眠りに落ちる直前、朗はそんなひとみのつぶやきを聞いたような気がした。
 パースの夜明け。ベッドの中の2人の顔に朝日が差してきた。ひとみを背後から抱くように寝ていた朗が目覚めた。「寒いよ。窓を開けっ放しなんじゃないの?」。ひとみは何も答えない。幸せそうな寝顔・・。
 朗はまだ気づいてなかった。ついに、運命の重い扉が開いたのである。その扉の向こうには先の見えない長い長い階段が続いていた・・。

<第2回>
ひとみ(菅野美穂)の告別式が朗(長瀬智也)と絵里花(奥菜恵)によって、しめやかに営まれた。少ない参列者の中に見慣れぬ中年女性の姿があった。その女は朗に歩み寄ると、思いきり朗の顔をひっぱたいた。
絵里花をはじめ参列者たちは息をのんだ。女はひとみの母親、良枝(涼風真世)だった。
「あんたがオーストラリアなんか連れてかなきゃ、ひとみは死ななかったんだ」。良枝は朗を責めた。「あんたがひとみを殺したんだ」。ひとみの遺影を見上げていた良枝の目から涙がこぼれた。
 朗と絵里花はひとみのアパートに戻ってきた。告別式を終えて2人ともボウ然と座り込んでいた。
「俺が殺したんだ」「私が寄り道なんかしなければ」。互いに自分を責め合った。
 朗は設計事務所に出社しても、デスクに向かって心うつろで、仕事に身が入らない。
 その頃、絵里花は良枝から呼び出されて、彼女がママをしている駅前のクラブを訪ねていた。
安っぽい内装と照明。雑然とした事務所のデスクの上にはひとみの骨壷が置かれていた。
「葬式じゃ、あんたたちを責めるようなことばかり言って反省している。本当にありがとう」。良枝から深々と頭を下げられて、絵里花は戸惑った。しかし顔を上げた良枝はさらに絵里花を驚かせた。
「それで敵討ちはどうするんだい?人ひとりの命を奪ったヤツが謝りにも来ない。そんなの許せないだろ。罪は償うもんだよ」。
良枝は骨壷を見つめて言った。
 黎子(本上まなみ)もオーストラリア・パースのアパートで無力感に苛まれていた。「どうして死んじゃうのよ!どうして…」。
 そこへ突然日本から再び麻衣(水谷妃里)がやって来た。麻衣は強いて明るさを装っていたが、黎子の暗い顔を見ては事故のことに触れないわけにはいかなかった。
「責任があるのは私だよ。入っちゃいけないエリアに入っちゃったから」。麻衣は黎子に抱きついた。
「何言ってるの、麻衣ちゃんには責任ない。私が悪いの」。黎子は戸惑いながらも、麻衣を励ました。
「ひとみの敵を討ってほしいって言われた」。絵里花は良枝から呼び出されたことを朗に話した。そして野口は仕事に身の入らない朗を見かねて、仕事先から紹介された弁護士に会いに行くように言った。「若いのに優秀な弁護士らしいぞ。訴訟でもなんでもやって早くカタつけちまえ」。翌日、朗はその法律事務所を訪ねた。
「初めまして。ご相談の内容を聞かせていただきますか?」。朗の前に現れた弁護士は、くしくも五十嵐圭一(萩原聖人)だった。「あの女がひとみを殺したんです」。
朗はオーストラリアで恋人のひとみを襲った悲劇の一部始終を話した。圭一は平静を装っていたが、バギーを運転していたのが黎子であることに気づいた。
「考えさせて下さい」。即答を避けた圭一は、先輩弁護士の柏木(村松克己)に他人事のようにそれとなく相談した。自分の恋人を訴えようとする依頼人の弁護を引き受けてもいいものか。
「それはやめさせたほうがいい。」。柏木の返事は予想されたものだった。
 黎子がアパートの部屋にいるところに日本から電話がかかってきた。清水(河西健司)という弁護士からで、黎子の父親、修一郎(西岡徳馬)から今回の事故の対応を任されたという。「相手の家族から損害賠償請求の通知書が送られてきたんです。そこで事故の模様についてお伺いしたいんですが」。
黎子はとっさに答えた。「明日の便で日本に帰ります」「それは困ります。交渉事はすべて私があたります」。
 清水の声はさらに続いていたが、激しい自己嫌悪に襲われた黎子の耳には入ってこなかった…。

<第3回>
   朗(長瀬智也)と黎子(本上まなみ)の再会は衝撃的だった。圭一(萩原聖人)の法律事務所へ向かうエレベーターの中。2人は一目で相手が誰なのか気づいた。
朗は無意識のうちに黎子の首を絞めていた。黎子は顔をゆがめたが、抵抗はしなかった。むしろ朗の手を優しく包み込んでいた。触れ合う手と手。2人ともいつしか涙を流していた。もし、その時ドアが開いて人が乗り込んでこなかったなら…。
 圭一が書類を片づけていると、黎子が夢遊病者のように入ってきた。「示談なら終わったよ」。
良枝(涼風真世)には解決金の名目で5百万円が支払われた。
「終わってないわ」。圭一はその言葉を封じ込めるように黎子を強く抱きしめた。ふと気配を感じて2人は事務所の入り口を振り返った。「どうしてあなたがこの人と!」。
絵里花(奥菜恵)が憤怒の形相で立ち尽くしていた。「示談は出来レースだったのね。お金も値切って」「それは誤解です」。圭一が何を言おうとも絵里花には弁解にしか聞こえなかった。「ごめんなさい」。突然、黎子は床に頭をこすりつけるように土下座した。圭一が黎子を起こそうとした時、絵里花は黎子の手を踏みつけた。黎子は激痛をじっと耐えた。
「…なんでだよ」。朗はアパートに戻っても興奮を抑えきれなかった。
朗の体は小刻みに震えている。そして黎子の首を絞めた両手をじっと見つめていた。
「朗、いるのね」。絵里花の声が廊下から聞こえてきたが、朗はぼう然とフロアにうずくまっていた。「会いたくないなら、そのまま聞いて」。そして朗も黎子と圭一の関係を知った。
「お父さん、ご存知だったんですね」。黎子は父親の修一郎(西岡徳馬)を責めた。
自分には知らせずに弁護士の清水(河西健司)と圭一で示談をまとめたことを。「相手も金を受け取った。だから終わったんだ」「右から左にお金が動いただけ。私の気持ちは相手に伝わってないわ」。黎子の気持ちも父親には伝わらなかった。
 朗は良枝の店を訪ねた。事務所の雑然としたデスクの上には、ひとみの骨壷と遺影が置かれていた。
「なるほど、あの弁護士さんもなかなかやるわね」。世知に通じた良枝は、圭一と黎子の関係を教えられてもたじろがなかった。朗は示談のやり直しを勧めた。
「だけど、示談は金の問題だろ。裁判を起こしたって必ず勝てるわけでもないしね」。しかも受け取った解決金の5百万円はすでに使ってしまったという。「もういいです」。失望して席を立った朗を良枝は呼び止めた。「話してくれない、あんたが知ってるひとみのことを。笑っているひとみのことをさ」。
良枝の意外な言葉に朗は改めてひとみの遺影を見つめた。
 麻衣(水谷妃里)が黎子の部屋にやって来た。麻衣は黎子の手の傷を見つめた。
「ヒドイことするわね」。黎子は首を横に振った。「当然だと思う。傷なら生きていれば必ず治るから」。そして黎子は麻衣に朗の連絡先を調べてほしいと頼んだ。
麻衣は圭一のパソコンから朗の設計事務所の連絡先を調べ、黎子にメールを送信した。
「高野朗!」。黎子はようやく彼の名前を知ることができた。
 その頃、良枝からひとみの墓の場所を聞いた朗は絵里花とひとみの墓を訪れていた。そしてその後2人が事務所に帰ってくると、朗は伝言メモを見つけた。黎子が近くの公園で待っているという…。


戻る


[第1-3回] [第4-6回] [第7-9回] [第10-11回]