<第7回> <第8回>


<第7回>
 「君を推薦してもいいかな?」。冴子(鈴木杏樹)は木崎部長(塩見三省)から念願だったパリ支局への異動を打診されて小躍りした。
「欠員が1名出たという。冴子がパリ行きを切望していたのはある理由があった。「ありがとうございます」。もう一つ、冴子にはうれしい出来事があった。城(稲垣吾郎)の着任以来、ラ・メール9号店の売り上げが他店に追いついた。そこで城を講師にして、チェーン店のソムリエを集めた研修会を本社で開くことになった。
 会議室には各店のソムリエ二十数名が集まっていた。「モンマルトルの丘から見たパリの夕陽はどことなく憂いを帯びていました」。呆気にとられるソムリエたちを前にして、城はいつものごとく詩人のようにワインを讃えた。「それではクイズです。お二人、ここに座って下さい」。見学者のつもりだった冴子と大久保(武田鉄矢)はレストランの客を演じるハメになった。「このお二人に薦めるワインを選んで下さい」。ソムリエたちは口々に高級な銘柄を言った。
「君なら?」。城からいきなり指名されて菜穂(菅野美穂)は戸惑ったが、彼女はまずワインの銘柄よりも2人の立場を考えた。「ソムリエにとって一番大切なのは、お客様をよく観察することです」。口調はそっけなかったが、城にホメられて菜穂は少しうれしかった。
 研修会を終えた一同がロビーにやって来ると、向こうから木崎部長が部下の男性社員を連れて近寄ってきた。冴子の表情が変わった。 「覚えているだろ、海外事業部の三井君だ」「ええ」。冴子の動揺は傍目にもはっきりと分かった。実は三井正浩(井田州彦)と冴子はかつて恋人同士だった。5年ぶりの再会だ。「用事があってパリから一時帰国したんだ。後で連絡するよ」。冴子がパリ支局を希望していたのは三井のことが忘れられなかったからだ。2人の親密なムードを菜穂は敏感に読み取っていた。「昔つきあっていたんじゃないかな?」。鈍感な大久保は首をひねっていた。
「面白い話があるの。冴子さんにねえ…」。店に戻った菜穂は同僚たちに三井のことを吹聴した。「そりゃ、もう結婚で決まりだな」「片桐さんもついに寿退社かあ」。大久保までが「彼女も可愛いとこあったんだな」とすっかり信じ込んでしまった。同じ頃、冴子は三井と会っていた。「久しぶりね、こうして2人で歩くのも」「話したいことがあるんだ」。
 5年前、冴子は三井からのプロポーズを断った。「あなたの奥さんとしてパリについて行くのはイヤだった。仕事で認められて、同じ立場になって考えたかったの。でもやっとパリに行けることになったの」。冴子の携帯電話が鳴った。グルメ評論家の榊原(陰山泰)が店に予約を入れてきた。「忙しそうだから、また今度話すよ」。三井の話を冴子は聞きそびれてしまった。
 冴子がラ・メールに戻ると、榊原が妻の佳代子と来店していたが、なにやら険悪なムード。結婚記念日だというのに、夫婦喧嘩の真っ最中らしい。冴子も大久保も手をこまねいて見守るしかない。「あのお二人には時間が必要なのです」。またもや機転を効かせたのは城だった。香りが開くのに時間のかかるワインを選ぶことによって、夫婦の気持ちを落ち着かせることができたのだ。
「たまには人がワインの時間に合わせてみるのもいいんじゃないでしょうか」「最高のワインだったよ」。榊原は城の心づかいに感謝した。
「今夜、久しぶりに食事でもどう?あなたとまた一緒に仕事ができそうだし」。翌朝、冴子は出社してきた三井を誘ったが、返事は予期せぬものだった。「俺、来月からニューヨーク転勤なんだ」。パリ支局の欠員とは三井のことだった。そこへ木崎部長が近寄ってきた。「例の顔合わせの件、今夜あたりどうかな?」「僕はかまいませんよ」。三井は何事か木崎に頼んでいたらしい。1人カヤの外に置かれた冴子は少しふくれっ面だ。その様子をたまたま菜穂と城が見ていた。「やっぱり間違いないわ」。菜穂は納得した表情になった。
 木崎部長からラ・メールに予約の電話が入った。「三井君が結婚を。ええ、部長が仲人を。それはご人徳で」。大久保の声をドア越しに聞いた香織(原紗知絵)はすぐさま同僚たちに報告した。「片桐さん、ついに結婚を決めたんだな」。菜穂は自慢げだった。「言った通りでしょ。今夜いきなり発表して、私たちを驚かせるつもりなのよ」。厨房に歓声が上がった。ただ1人、城だけはなぜか無言だった。
 その夜、木崎部長が三井を連れて姿を現わした。「もう1人は遅れて来るから」。大久保は万事心得ているとばかりに「ウチのをよろしくお願いします」と三井に意味深な挨拶をした。そこへ見慣れぬ美人が近寄って来た。「お待たせして申し訳ありません」。大久保をはじめ、厨房から様子を伺っていた従業員たちは首をかしげた。
「僕の婚約者です」。三井の言葉に大久保は絶句した。
「どういうことなんだ!」。厨房に慌てて戻った大久保は菜穂に詰め寄った。「あたしに言われても」。しかも間もなく冴子がやって来るはずなのだ。「片桐さんが入ってくるのをどんなことがあっても阻止するんだ」。ふだん冷静なシェフの安藤(小木茂光)が叫んだ。しかし手後れだった。必死にその場を取り繕う大久保と菜穂を振り切って、冴子がホールに入ってきた。三井と婚約者の姿に気づいた冴子はじっと立ち尽くしたまま、動けなかった…。

<第8回>
 本社の栗原社長(新井量大)が常務らとラ・メール9号店へ打ち合わせをかねたディナーにやって来ることになった。「い、いらっしゃいませ!」。支配人の大久保(武田鉄矢)はガチガチに緊張。「お待ちしておりました」。冴子(鈴木杏樹)は落ち着き払っている。スタッフはシャンパンタワーで本社のお偉方を迎えることにした。城(稲垣吾郎)がシャンパンを注ぎ始めると、ホールから拍手が起こった。「素晴らしい演出じゃないか」。栗原社長のご満悦ぶりに大久保もやっと表情をゆるめた。ところが栗原社長がシャンパンタワーに近寄ろうとした瞬間だった。他のテーブルの子供が走ってきた。シャンパンタワーが倒れた。子供は香織(原紗知絵)が抱きかかえて無事だったが、栗原社長は全身すぶぬれ。
 「ばかもーん!何やってんだ!」。
 スタッフや客たちが騒然とする中、割れたグラスを拾った城はポツリとつぶやいた。「ごめんよ、キミたちを傷つけてしまって」。
 「子供にケガがなくて良かったよ」。閉店後、スタッフは口々に香織を慰めたが、本人はがっくりと肩を落としていた。「よろしいですか?」。城が口を開けば、収まりかけていたムードがまた変わってしまう。大久保も菜穂(菅野美穂)もイヤな予感がしたが、城の提案は予想外のものだった。「明日から彼女にソムリエールとしてサービスをしてもらいます」。菜穂を囲んで喜ぶ一同。ただ香織だけは無言だった。
 念願だったソムリエールの初日。「いよいよデビューか」。菜穂は張り切っていた。初めての客は若いカップル。彼女にいいところを見せようと、男はメモ用紙を盗み見している。ところが男の注文した銘柄のワインはことごとく品切れ。ムードが悪くなりかけた矢先だった。「お客様のオーダー通り、ワインをご用意いたします」。
 機転を利かした菜穂が選んだのはモーツァルトというワイン。彼女のバイオリンケースからの連想だった。カップルは大喜び。厨房から様子をうかがっていたスタッフも笑顔。香織はそんな菜穂を羨ましそうに見ていた。
 香織は自分1人だけが取り残されたようで寂しかった。そんな矢先、友達から雑誌のモデルになってほしいという電話がかかってきた。「お店の宣伝もジャンジャン書いちゃうからさ」。店の宣伝になるならと香織は引き受けることにした。後日、香織は記事の掲載された雑誌を店に持ってきた。「モデルみたいですよ」「店の紹介もちゃんと出てる」「いきなり看板娘になっちゃったりしてね」。みんなにひやかされて、満更悪い気ではない香織だった。ところがこの記事が思いがけない波紋を呼んだ。
 「まったくなんてことをしてくれたんだ!」。本社に呼び出された大久保は、いきなり木崎部長(塩見三省)から怒鳴りつけられた。記事の写真で香織はテレビと写っていたが、それは本社の大手クライアントのライバル会社の製品だった。「営業からは来年の契約に響くと言ってきた」。大久保は3カ月の減給。そして香織には無期限の謹慎の処分が下された。
 憤然とした思いで大久保が店に戻ってみると、店の前はお客さんが長蛇の列。「すいませーん、雑誌の女の子はいますか」。店内はカメラ片手のオタク少年でいっぱい。さすがに香織はうれしそうだ。
「支配人、あたしもちょっとは役立っていますよね」。大久保としては元気を取り戻した香織がうれしかった。だから本社の処分を伝えるのは辛かった。「私の力不足だ。すまない」「いいえ、ご迷惑をおかけしました」。
 「香織ちゃん、1度くらいの失敗でめげないで」。冴子の励ましにも香織は黙りこくったまま。見かねた菜穂が気色ばんで口をはさんだ。「香織ちゃんは店のためを思ってしたことなのよ。パパに言ってどうにかしてもらうわ」。電話に走りかけた菜穂を冴子は押し止めた。「ややっこしくしないで。これ以上もめると大久保さんの処分だけじゃ済まなくなるのよ」「支配人も処分?」。大久保は香織に心配をかけないよう、自らの減給処分については打ち明けていなかった。香織はざわめくスタッフを押しのけて店を飛び出していった。
 翌朝、香織は東西物産の本社にやって来た。「支配人の処分を取り消して下さい」。香織は大久保の減給処分の取り消しを栗原社長に直談判した…。


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