<第1回> <第2回> <第3回>
<第1回>
LA MAR(ラ・メール。、東京郊外にあるフランス料理店。開店準備中の店内では従業員たちがヒソヒソと話をしている。ギャルソンの榎本徹(甲本雅裕)、コミソムリエの水谷裕(青木伸輔)、セカンドシェフの小西栄作(阿部サダヲ)、サードシェフの二宮渡(安村和之)、ホール担当の宮前香織(原沙知絵)。「フランス帰りのソムリエが今日から来るらしいよ」。そこへシェフの安藤高道(小木茂光)が口をはさんだ。「支配人が素人では何をしても客は来ない」。一同は大きくうなずいた。
大久保兼松(武田鉄矢)が従業員から軽んじられるのは無理もなかった。なにしろ本社勤務からいきなり支配人に配属されたのは1カ月前。事実上の左遷だった。ワインの銘柄も知らなければ、パソコンも使えない。ましてやフランス料理の知識など皆無に等しい。
今日も支配人室で自分の娘ほどの本社の主任、片桐冴子(鈴木杏樹)から叱責されていた。「そろそろ慣れて下さい。仕事なんですから」。赤字続きの売り上げを立て直すために、冴子はフランスからソムリエを呼び寄せた。間もなく成田空港に到着する。「私が迎えに行きます。この件は任せて下さい。要は人を使う側の問題ですから」。冴子はムッとした大久保には目もくれず、出ていった。
冴子が呼び寄せたソムリエ佐竹城(稲垣吾郎)はすでに成田に到着していた。ロビーで若い女の2人連れとひともんちゃくあった。ぶつかった拍子にその1人のバックと城のペンダントが絡み合ってしまった。実はこの2人連れ、木崎菜穂(菅野美穂)と秋野久美(田中有紀美)は、城と同じ機内で付け焼き刃のワインの知識をひけらかして、スチュワーデスにくってかかっていた。
「ちょっと何とかしなさいよ!」。菜穂が苛立たしげに城に叫んだ。「いいのかな」。確認すると城はポケットからソムリエナイフを取り出すと、こともなげに菜穂のバックの紐を切ってしまった。「何考えてんの!」。ぼう然と立ち尽くす菜穂を残して、城は足早に去っていった。
城がやって来たのはとある高級住宅街。その中の1軒こそは少年時代の彼が過ごした家だった。表札は見知らぬ他人に変っている。しばし城は6歳の時、彼のもとを去っていった美しいフランス人の継母ソフィアの思い出にふけった。城の耳に優しかった母親の声がよみがえった。「ママの国ではワインを飲むと誰でも幸せな気持ちになれるの」。城にソムリエの道を選ばせた一言だった。
同じ町内にカトリック教会があった。見るからに好人物の神父、渋谷春男(斉藤曉)が信者たちを集めてミサをしていた。そこへやって来たのは大久保。実はこの2人は旧知の仲。「従業員はソッポむくし、新しいソムリエは行方不明。俺に神の思し召しはないのか」。大久保は春男にグチをこぼした。
空港で城と行き違いになった冴子は本社に戻って、事業部部長の木崎要一(塩見三省)に報告していた。「そんなに凄い男なのか」
「ワインに関しては天才です。ただ放浪癖が抜けきれなくて」。
そこへ空港で城とモメていた菜穂が飛び込んできた。彼女は木崎の娘だった。「成田で変な男にからまれたのよ」。菜穂は大学を卒業してすでに半年。帰国すれば就職するという約束で、父親に旅費を出してもらったのだが、返事は「もう少し考えさせて」。土産のワインを手渡された木崎は落胆の色をのぞかせた。
生家をあとにした城がやって来たのは春男の教会。荷物を地面に置くと、勝手知ったる様子で屋根に上った。じっと遠くをながめていたが、足をすべらせた。落ちたのは大久保と春男の前。「貴様、泥棒だな!」「兼ちゃん、彼は傷ついています」。城につかみかかろうとする大久保を春男は必死に止めた。大久保は知るはずもなかった。この落下してきた青年がまさか自分の店に来るソムリエであるとは。
そのころ店では従業員たちが浮かない表情で冴子を囲んでいた。
間もなく辛口で知られるグルメ評論家が来店するというのに、ソムリエがいなくてはお話にならない。急きょ水谷が代役を務めることになった。
「遅くなりました」。教会から戻ってきた大久保も参加して、評論家を迎える予行演習を始めた。雑誌に下手な記事でも書かれたら、店の命取りになりかねない。しかし自信満々だった水谷のワインの知識は、ガイドブックの受け売りばかり。「教科書通りのサービスで納得させられるような相手じゃないのよ!」。冴子は怒りを爆発させた。冴子はノートパソコンで城の立ち寄りそうな所を探った。なんとか評論家がやって来るまでに見つけなければならない。パソコンの画面に映し出された城の顔写真を見た大久保は、思わず声を上げた。「この男なら、いました」。大久保は支配人室を飛び出した。
ついに評論家が店にやって来た。従業員の間に緊張感が走った。
「お待ちしておりました」。冴子の挨拶にも評論家は苛立ちを隠そうとはしなかった。「それよりソムリエはどうしたの?」。厨房へ急ぐ冴子と入れ代わるように、ソムリエ姿の城が店内に入ってきた。城は食事している客の様子や、テーブルに用意されたグラスを手にとって見ている。「ちょっと、君、ワインを選んでくれ。今の私に一番ふさわしいワインを」。評論家は城に注文した。その時、厨房から出てきた冴子と城の目が合った。
「この店のソムリエはどなたですか?」「彼、見習いだけど」。城は冴子から引き合わされた水谷にそっと耳打ちした。
城は驚く冴子には目もくれず、厨房に入ると皿に盛られていた料理を手づかみで味見した。「誰が手をつけていいと言った」。シェフの安藤は城の胸ぐらをつかみあげた。「素晴らしい。しかしコピー物はどうしても本物を超えられない」。城は平然と安藤の手を払った。冴子は城を地下のワインセラーに案内した。「なかなかの品ぞろいでしょ」。そこへ水谷が泣きそうな顔で飛び込んできた。「評論家がさっきのソムリエを呼んで来いって」。城が選んだのは少し煮詰めたホットワインだった。「なぜこのワインが今の私にふさわしいと?」。評論家は城を問いただした。
「ズボンのシワです」。それは飛行機のシートに長時間座らされていた証拠。「その様子では眠れなくてアルコールもとりすぎたはず。
なのにまたフランス料理を食べなきゃいけないなんて大変な仕事ですね」。そこで評論家の疲れを少しでも和らげようと、城はホットワインを選んだのだ。「ありがとう。最高のワインだった」。評論家は脱帽した。緊張の面持ちで2人のやりとりを見ていた冴子が笑顔で近づいてきた。「新しく入ったソムリエの佐竹です」。しかし城の反応は冷ややかだった。「この店は僕にはふさわしくない」。城は足早に店を出ていった。
その後、事件は起こるのであった。
<第2回>
レストランで働きだした城(稲垣吾郎)は、いきなり在庫のワインをすべて破棄処分した。シェフの安藤(小木茂光)をはじめ従業員と対立しても城は引き下がらない。冴子(鈴木杏樹)はワイン好きの女優との対談を組むが、またもや城は歯に衣を着せぬ発言で相手を怒らせてしまった。一方、菜穂(菅野美穂)は城を困らせようと、ワインのないことを知りながら、レストランで誕生日パーティーを開くと言い出した…。
<第3回>
大久保(武田鉄矢)は木崎部長(塩見三省)から娘の菜穂(菅野美穂)をラ・メールで働かせてくれるよう頼まれて頭を抱え込んだ。城(稲垣吾郎)だけでも従業員たちの反感を招いているのに、菜穂まで雇えばとてもレストランの建て直しなどおぼつかない。「ソムリエールとして働きます、木崎菜穂です」。大久保の戸惑いなどおかまいなしの菜穂は、自分からさっさと挨拶してしまった。困惑の色を隠さない従業員たち。城だけは菜穂を無視した。それが菜穂には面白くない。「すぐにあんたの代わりくらいできるってとこ見せてやるわ」。それでも城はまともに菜穂の相手をする気にはなれなかった。
大久保は冴子(鈴木杏樹)に泣きついた。「個性の強い人間を使いこなしてこそ、支配人としての腕が評価されるんじゃないですか」。冴子も菜穂の一件では怒っていたが、大久保を助けてやる気もなかった。当の菜穂は言葉巧みにギャルソンの榎本(甲本雅裕)やソムリエ見習いの水谷(青木伸輔)に取り入っていた。「口先だけの中身のない男に決まってますよ」。城のことをけなせば、彼らが喜ぶことを菜穂は見抜いていた。
城がシェフの安藤(小木茂光)とモメた。城がワインのグラス売りを提案したのだ。これなら客に高級ワインも手軽に楽しんでもらえる。ランチタイムにも最適だ。しかし安藤はラ・メールの高級イメージにこだわった。「そんなワインバーみたいな安っぽいことができるか!」。2人の間にはさまれた大久保は「とにかく仲良くして下さいよ」とオロオロとうろたえるばかり。城も安藤も一歩も引き下がる様子はない。「面白くなりそう」。菜穂だけはこっそりとほくそ笑んだ。
そのころ冴子はとあるブティックにいた。多くの記者たちに囲まれているのはフランス人デザイナー、ポール・ジョバンニ。東西物産ではなんとか販売契約を結ぼうと、パリ支社長の杉村を同行させての来日だった。「お会いできて光栄です。あなたのデザインはとても気に入っています」。冴子の流暢なフランス語にジョバンニは表情をほころばせた。杉村と木崎は圧倒されてしまった。
「部長の馬鹿娘までお気楽な調子で働きたいと言い出しやがって。
従業員の和なんか、メチャクチャだよ」。大久保のグチを聞いてくれるのは神父の春男(斉藤暁)だけ。「みんなが腹の中に思っていることを全て話してみたらどうですか」「そうか、たまにはイイ事言うな!」。大久保の頭にひらめいたのは、城と菜穂の歓迎会。酒を飲んで大いに語りあえば、打ち解けるのではないか。大久保らしい楽天的な考え方だった。
ラ・メールに戻ると、くしくも榎本から「今夜、歓迎会を開くことになりました」と声をかけられた。場所は駅前のワインバー。渡りに船とばかりに、大久保は素直に喜んだ。しかし歓迎会を言い出したのは菜穂。城のソムリエの実力がどれほどのものか、恥をかかせるのが狙いだった。ところが菜穂の思惑は見事に裏切られた。城はブラインドテイストはおろか、ワインを一目見ただけで銘柄を次々と言い当てたのだ。
菜穂だけでなく、ラ・メールの同僚たちは驚きのあまり声も出ない。「ソムリエの仕事はワインの銘柄を当てることじゃない、観察することだ。客も、ワインも、そして店の中もね」。城はそれだけ言い残すと、バーを出ていった。
冴子はジョバンニと杉村をラ・メールに招待した。ここで点数を稼いで、冴子は念願だったパリ支社への転勤を申し出るつもりだった。「とにかく最高のおもてなしをするのよ」。冴子から念を押された城は「僕にはどなたも大切なお客様です」といつもの態度を崩さなかった。やがてジョバンニと杉村が来店した。厨房では菜穂が不敵な笑いを浮かべていた。「今度こそあいつに恥をかいてもらうわ」。菜穂は城を陥れるべく、あるとんでもないことを画策しているのであった…。