<第10回> <第11回>


<第10回>
 「俺たちどうなるんですか!」。
 ラ・メールのスタッフにとって、店の身売り話は寝耳に水だった。
 本社サイドの窓口は木崎部長(塩見三省)。「パパに絶対身売りを撤回させてきます」「菜穂ちゃんが行っても無駄よ」。冴子(鈴木杏樹)は諌めたが、菜穂は聞く耳を持たなかった。「佐竹君、何かいい知恵はないもんかな?」。大久保(武田鉄矢)は城(稲垣吾郎)なら何とかしてくれるかもしれないと期待した。しかし返事は「会社が1度決めたことを覆すのは無理でしょう」。それでもいざとなればワインの魅力で城が解決策を見つけてくれるはずと、大久保は独り期待していた。
 翌日、東西物産の本社で全国の支配人を集めて、レストランの身売りの説明会が開かれた。「横暴だ!」「我々はどうなるんだ!」
「売却を白紙撤回しろ!」。深々と頭を下げる木崎に支配人たちは罵声を浴びせかけると、殴らんばかりに詰め寄った。その時、会議室のドアが開いてワインを持った城が入ってきた。「今のあなたにはワインが必要です。落ち着いて飲める場所へ行きましょう」。
 まんまと木崎を助け出すことはできたが、売却話はそのまま。「自爆してしまった」。城に一縷の望みをかけていた大久保と冴子は、頭を抱え込んだ。
「あんた、どっちの味方なのよ」。菜穂に問い詰められた城は冷静な口調で答えた。
「僕はただのソムリエです。どちらの味方でもありません」。他のスタッフは不満と不安を口にするばかりで、どうすればいいのか見当もつかない。
「もう一度、会社側とかけあってきます」。菜穂は本社で父親に直談判することにした。
「パパはラ・メールがなくなっても平気なの?」「会社の決定に従うのがパパの仕事なんだ」。反対に木崎は娘の菜穂に問い返した。
「お前は本当にソムリエをしたいのか」。その一言で菜穂はキレた。「サイテー!もう家に帰らないから」。菜穂は会議室を飛び出した。
「教会って困っている人を助けてくれるんでしょ」。菜穂が転がり込んだのは城の屋根裏部屋だった。「ベッド、あたしが使うからね。変なことしないでよ」「どうぞ」。菜穂は城のベッドを横取りすると、ワインを飲んで寝てしまった。
「スタッフみんなのことを一番に考えなければいけないのは私です」。これまで事なかれ主義だった大久保も意を決して、本社の事業部に乗り込んだ。ところが大久保の決意は木崎の一言でもろくも崩れた。
「売却先がほぼ決まりそうだ」。大規模なリストラで成功したファミリーレストランのOKシェフだ。ファミレスではとてもフランス料理のスタッフは、受け入れてくれないだろう。「君と片桐君のことはちゃんと考えているから」。大久保は本社への復帰、冴子はパリ支社への異動。それが木崎にできる精一杯だった。「そんな取り引きには応じませんよ」。大久保はもう自分の保身だけを考えている会社人間ではなかった。
 大久保が店に戻ってみると、すでにOKシェフの買収話は伝わっていた。「ファミレスじゃあ我々は必要ないですね」。どのスタッフの表情も暗く沈んでいる。「最後まで諦めないで戦いましょう。そうすればきっと何とかなりますって」「残念だけど、そうはいかないかもしれないわ」。菜穂の意気込みを冴子が打ち消した。今夜、木崎部長がOKシェフの小津社長を連れて、店の視察にやって来るという。
「よりによって何でウチなんですか!」「どういう神経をしているんだ!」。口々に文句を言うスタッフ。その席で小津社長がGOサインをだせば売却決定だ。
 菜穂の表情が変わった。「じゃあ、その社長に気に入られなければ売却話はつぶれますね」「買い手が見つからなければ、会社も考え直してくれるかも」。スタッフは顔を見合わせて、こっくりとうなずいた。城だけは1人、静かに考えるポーズをしていた。
 木崎に案内されて小津社長が店に姿を現わした。「おい、ちょっと!誰か」。木崎が呼びかけてもスタッフは2人を完全に無視した。
「申し訳ありません」「慣れっこですよ、買う方と買われる方、どこでも似たようなもんです、ハハハ」。平身低頭で謝る木崎に対して、小津社長はおうように笑ってみせた。
「これは嫌がらせか!」。木崎は大久保を怒鳴りつけた。「スタッフの気持ちを考えれば、致し方ないと思いますが」。厨房の前では菜穂たちが「ザマあみろ」と笑っている。食事をするのは無理とみた小津社長と木崎が席を立ちかけた矢先だった。「大変遅くなりました。食前酒でございます」。城がワイングラスをテーブルに置いた。
「本日はシェフの都合により、料理をお出しできなくなったことをお詫びします。その代わり、ワインのフルコースを堪能していただければと思います」。思いがけない歓待ぶりに小津社長は表情をゆるめた。「こりゃうれしいね」。
「どこまで邪魔したら気がすむの?」。菜穂は城に食ってかかった。
「敵も味方もありません。僕はソムリエの仕事をしているだけです」。
 それだけ言うと、城は2人のテーブルにワインを運んでいった。城のサービスは小津社長の気持ちをなごませた。「木崎部長、この店気に入りました。契約の日程は早いほうがいいですね」。ガックリとうなだれる大久保。スタッフもぼう然。小津社長に何度も頭を下げる父親の姿を菜穂はじっと見つめていた…。

<第11回>
 「妥協するくらいなら、潔くこの店を売り渡してしまったほうがマシです」。城(稲垣吾郎)の頑な態度は変わらなかった。買収先のOKシェフのファミレス・スタイルを受け入れるなら、城にとって働き続ける意味はない。「しかしみんなはどうなるんだ!」。大久保(武田鉄矢)が声を荒げても無駄だった。「ただし24日まではちゃんと働きます」。ラ・メールとして営業できるのはクリスマス・イブの夜までだった。
 スタッフが気まずい面持ちでホールに立ち尽くしていると、軍服のようなユニホームを着た女が部下とおぼしき男2人を引き連れてきた。「本日より諸君全員にOKシェフのやり方を学んでもらいます」。女はOKシェフの人事教育主任、島村亜紀(高橋ひとみ)。外見だけを取り繕ったマニュアル通りのサービスを、島村は押しつけてきた。当然ながら菜穂(菅野美穂)をはじめスタッフ全員が猛反発した。「あなた達は意見を言う立場にありません」。そして島村はワインセラーを壊してスタッフの控室にすると一方的に決めた。
 ワインは赤白3本ずつで十分。新しい店にソムリエは不要だった。
「どうして何もしてくれないの?」。冴子(鈴木杏樹)は城に詰め寄った。「僕にはもう何もできません」。菜穂には城が自らのことしか考えていないように思えた。
「あなたが好きなのはワインだけなのね。みんなのことなんかどうなってもいいのよ」。城は一言も反論しなかった。城の頭の中を占めていたのは、さっき冴子から聞かされたOKシェフの小津社長(黒部進)のことだった。小津社長は明日、木崎部長(塩見三省)を連れてワインのオークションに行くらしい。
 翌日のオークション会場には2人の姿があった。「いよいよお目当ての登場ですよ」「これがまた高く売れるわけだな」。小津社長はいきなり法外な買値をつけた。
 「6百万円」。どよめく会場に別の声が響いた。「7百万円」。声の主を見て2人は驚いた。城だった。互いに譲らず価格はドンドンつりあがっていく。「2千万円」。結局小津社長がセリ落とした。「私に勝てると思っていたのか」「あなたにワインを買ってほしくなかっただけですよ」。怒りに体を震わせる小津社長の横で、木崎は頭を抱え込んだ。
「24日までお客様のために頑張るしかないな」。閉店のウワサが広まったおかげで、皮肉なことにクリスマス・イブは予約客で早々と埋まってしまった。その中には半年ぶりで帰国する春男(斉藤暁)の弟夫婦も含まれていた。「ラ・メールの最後を見取ってくれ」。
 大久保は二つ返事で引き受けた。
 しかし有終の美でラ・メールの最後を締めくくろうとしていたスタッフの意気込みに、予期しない横やりが入った。
「24日の夜、小津社長がこの店で貸し切りパーティーを開かれます」。
島村の言葉にスタッフはぼう然となった。もしパーティーを断るなら、先日のOKシェフとの妥協案は白紙撤回。つまりスタッフ全員がクビということ。「社長はこちらのソムリエを大変気にいっておられ、どうしても彼の接待を受けたいと申しておられます」。オークション会場での報復であることは明らかだった。
「お客様の予約を断ることはできません」。城はきっぱり言い切った。「では、社長にそう伝えます」。
店を出て行きかけた島村を大久保が止めた。「イブの夜、お待ちしていると社長にお伝えください」。
 苦渋の選択だった。「みんなの生活には代えられないだろ」
「支配人!」。スタッフ全員、やり場のない悔しさにじっと耐えた。
城も無言だったが、その胸の内は誰にも分からなかった。
 翌日、大久保は東西物産の本社に乗り込んだ。このまま社命に素直に従っていれば、本社へ復帰できる。しかしもう黙っているわけにいかなかった。「私1人の抗議などで会社の決定が簡単にくつがえるとは思いません。けれどやっと築き上げた店とスタッフだけは何とか残してやりたいんです」。
 が、遅かった。OKシェフとの本契約はすでに完了していた。
 クリスマス・イブ、ラ・メール最後の夜がやってきた。予約客はすべて断った。
「間もなくOKシェフの社長がやってくるぞ」。
どのスタッフの表情も気乗りしていなかった。「最後の営業になりますが、よろしくお願いします」。大久保が挨拶をしていると、菜穂が血相を変えて飛び込んできた。 「来ました!」。しかしOKシェフの社長ではなかった。「しまった!」。大久保はある1組にキャンセルを知らせるのを忘れていたのだ…。


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