<第5回> <第6回>


<第5回>
 城(稲垣吾郎)の一言でストライキを中止してから、ラ・メールの従業員の間には連帯感と仕事に対する意欲が芽生えだした。暗黙のうちに城に一目置くムードもできた。もっとも当の城は相変わらずのマイペース。同僚と対立するでもなく、打ち解けるでもなく、ソムリエとしての仕事をプロの誇りをもって淡々とこなしていた。支配人の大久保(武田鉄矢)はやっと苦労が報われたと手放しで喜んでいた。「もう何の問題もありません。従業員一同、一枚岩となって売り上げもアップしています」。大久保は得意満面で本社の木崎部長(塩見三省)と冴子(鈴木杏樹)に報告していた。
 その頃、ラ・メールに怪しげな男の2人連れがやって来た。「榎本って人はいるかな?」。男たちに気づいたギャルソンの榎本(甲本雅裕)は血相を変えると、厨房にさっと身を隠した。「殺されるよ」。菜穂(菅野美穂)らが訊ねると、友達の保証人になって借金の返済を迫られているという。「早く榎本を出せ!」。客たちはもちろん、従業員もおびえるばかり。ところが表情ひとつ変えることなく男たちに近づいて行ったのが城だ。この前の教会にたてこもったサラ金強盗犯の時のように、鮮やかに解決してくれるのではないか。
 「榎本はどこだ!」「あそこです」。城はためらうことなく厨房を指差した。裏口から全速力で逃げ出した榎本を男たちが追いかけて行った。「ひどいですよ」「見損ないました」「仲間を売りやがったな」。城は同僚から口々に非難された。「お客様のことを第一に考えただけです。それに借金取りならお金を返さない限り、何の解決にもなりません」。城は平然と言った。確かにその通りだが、せっかく城のことを認め始めていた同僚たちが軽蔑のまなざしを向けたのは無理なかった。
 連絡を受けて大久保があわてて店に戻ってきた。しかし当の榎本が帰ってこないものだから事情が分からない。ワインセラーでは菜穂が城に詰め寄っていた。「あんたって、ソムリエとしては優秀かもしれないけど、人間としては最低ね」「君はどうして僕につっかかるんだ。好きなのかい」。菜穂は呆れ返ってしまった。同じころ、榎本は教会で春男(斉藤 暁)に告白していた。「昔の相棒を信じたほうがいいでしょうか」。
 その夜、ラ・メールに派手なカップルの客が来店した。香織(原沙知絵)が気づいた。「あのー、たしか子供のころ」「あっ、分かる。VIP席に案内してくれる?」。男は落ち目のタレント、柳原(近藤芳正)。連れの若い美砂子(川合千春)はモデルらしい。「ウチもついに芸能人が来るようになったか」。喜んだ大久保がわざわざ挨拶すると、榎本のことを訊ねられた。「榎本とはどういったご関係で?」「知らないの。昔一緒にコンビを組んでいたんだよ」。なんと榎本はかつてこの柳原と漫才コンビを組んでいたのだ。  城が柳原の応対をしていると、冴子に連れられて榎本が戻ってきた。「お前、久しぶりに電話くれたと思ったら、いきなり保証人になれだなんて」「あいつら店まで来たか」。柳原には悪びれた様子はない。借りていた金はさっき返済してきたという。
「ギャラの振り込みが少し遅れただけだよ」。意外な展開に大久保も菜穂も胸をなでおろした。「これで一件落着ね」。冴子もそう思った。
「だったらいいんですか」。城は柳原が腕時計をしてないことに気づいていた。「タレントなら時間に厳しいはずなのに」「マネージャーがいるんじゃないの」。菜穂はあっさりと受け流した。
 榎本は翌日から仕事に復帰したが、レストランホールでぼんやりと立ち尽くす姿が見られるようになった。実は柳原から一緒に芸能プロダクションをやらないかと誘われていたのだ。「お前1人いなくても、あの店は大丈夫だろ」。柳原の声が榎本の脳裏でよみがえった。「いらねぇか、俺なんて」。忙しそうにホールを行き来している同僚の姿をながめていると、榎本は落ち込む一方だった。
 榎本は昼休みに柳原の事務所に寄ってみた。室内はまだ備品もなく、内装も新しい。「俺たちの新しい旅立ちにふさわしい場所だろ」「まだ何も返事してないぞ」。しかし榎本にその気がなければ事務所に顔を出すはずがないことを、柳原は見抜いていた。「俺たちの夢をこれからの新人に託すんだよ。ところで金は用意できたか?」。榎本は共同事務所の設立資金の入った封筒を柳原に手渡した。「ホントに大丈夫なんだろうな」「信じろよ、これからガンガン稼げるさ」。榎本は柳原との夢に賭けてみることにした。
「急な話ですみません」。その夜、営業時間が終わってから榎本はラ・メールを辞めたいと打ち明けた。「やっと和ができたと思っていたのに」「寂しくなりますよ」。しかし榎本の決意は固かった。「ありがとう。これ、事務所の住所ですから」。メモを手渡して、榎本は店を出ていった。
 翌日、榎本はスーツ姿で事務所のドアを開けた。ところが室内はマネキン人形の山。「あの、柳原さんは?」「ウチは婦人服の問屋ですが」「そんな!」。血相を変えてビルを飛び出した榎本。「ここが新しい事務所ですか。騙されてたんですね」。マネキン人形をかかえた城が立っていた。

<第6回>
 安藤(小木茂光)が厨房で足首をねんざして病院に運ばれた。シェフがいなければ、夜の営業はできない。大久保(武田鉄矢)はセカンドシェフの小西(阿部サダヲ)をチーフに抜擢した。「そんなの自信ないです」「お前がやらなくて誰がやるんだよ」。同僚からも推されて小西もその気になった。
 そんな雰囲気に水を差したのは城(稲垣吾郎)だった。「小西さんでは無理です。今の彼は心が乱れています」。城は小西が何か心配事を秘めていることに勘づいていた。「いい加減にしなさいよ」。城の言葉をいいがかりと受け取った菜穂(菅野美穂)は語気を荒げた。
「小西君を信じてやりたいんです」。冴子(鈴木杏樹)は他店からチーフクラスのシェフを借りようとしたが、大久保の熱意に押し切られた。その期待に応えようと、小西は張り切った。ところが厨房に下げられてくる皿には食べ残しが多かった。「良きパートナーに巡り合えないワインがかわいそうだ」。城は菜穂に向かってつぶやいた。
 小西が客に呼ばれた。「素晴らしいお味でした」。その客、川渕(小林 隆)は食品メーカーの名刺を差し出した。「フランス産のバターを主に扱っております。これ、お近づきの印にお納め下さい」。素早く川渕は数枚の1万円札の入った封筒を小西に押しつけようとした。「お宅のバターを仕入れろって言うんですか。ふざけんじゃねえよ!」。小西は大声を上げて封筒をテーブルに投げつけた。
「どんなことを言われようと、お客様にあんな態度をとる人に臨時といえどもチーフは任せられません」。冴子に叱責された小西は肩を落とした。「やっぱり荷が重かったな」。同僚たちのささやき声が追い打ちかけた。
 小西が重い足取りで店を出ると、女が立っていた。「お兄ちゃん」。小西の妹、加奈子(青木みさよ)だった。
「3日後の私の結婚式、出席してくれるんでしょ?」。ただ1人の妹の晴れ姿を祝ってやりたかった。しかし出席する気にはなれなかった。父親の友義(天田俊明)と顔を合わせなければならないのだから。エリート官僚だった友義は業者からワイロを受け取って失脚した。その時の心労から母親は急逝した。「絶対許せない!それにチーフのオレがいないと、店やっていけないし。結婚式には出れないが、加奈子、幸せになれよ」。
 翌日小西が厨房に入ってみると、小さな箱が積み上げられていた。試供品のラベル。昨夜の川渕からだ。箱を開けると、試供品のバターの上に数枚の1万円札の入った封筒がのっていた。「バターを変えるんですか?」。後ろから二宮(安村和之)に声をかけられて、小西は反射的に封筒をポケットにしまいこんだ。「文句あるか!臨時だって今はオレがチーフだ。試しに使ってどこが悪いんだ」。小西は動揺を隠した。
「モタモタしてんじゃねえ」。昨日の汚名返上とばかりに小西は張り切るが、ごう慢な言い方に同僚たちはカチンときた。「味が乱れているのは心が乱れている証拠です」。城にじっと見つめられて、小西は思わず目をそむけた。ランチタイムが終わると小西は店を出てジュエリーショップへ向かった。「こういうのをやったら、加奈子は喜ぶだろうな」。小西はポケットの封筒を握り締めると、店のドアを開けた。
 ラ・メールに戻った小西を試供品のバターを手にした安藤が待っていた。「誰の許可でこういうことやってんだ」。小西は思わず言い返した。「オレだって自分の味を作りたいんです」。しかし安藤の次の言葉で小西は顔色を失った。「さっき、この会社から電話があってな。チーフいるかって言うから出たら、金の話をされたよ」。 小西は開き直った。「誰もがやっていることじゃないですか」。安藤の拳が小西のほおに飛んだ。
 小西がワイロを受け取ったことはすぐに同僚たちの知るところとなった。「アンタ、知ってたのね」。菜穂は城に詰め寄った。「いえ、僕が言ったのは別のことです」。菜穂には城の真意が理解できなかった。「最低の不祥事ね」「申し訳ありません。監督不行き届きです」。冴子の前では大久保が頭を下げていた。
 翌日、安藤は職場復帰したが、小西は無断で休んだ。手が足りないので大久保が皿洗いに駆り出された。「予約してないのですが、よろしいですか?」「はい、どうぞ」。香織(原紗知絵)がテーブルに案内した父娘連れは、加奈子と友義だった。
「こうしてお前と2人で食事するのも最後だな。お母さんみたいに、いい女房になれよ」。
父親は嫁ぐ娘を優しく見つめた。「お父さん、会ってほしい人がいるの」。加奈子は父親と兄に仲直りしてもらい、明日の結婚式にそろって出席してもらいたかった。
「チーフシェフにご挨拶したいんですが」。しかし出てきたのは兄ではなく、安藤だった。「兄はチーフじゃないんですか?」「小西はセカンドですが」。父親も娘も事情を飲み込んだ。
「アイツは勝手に家を出ていったヤツだ。今さら会う気などない」「お父さん、私の話しも聞いて」。しかし追いすがる加奈子の手を振り切って、友義は店を出ていった。そして小西親子は心を閉ざしたまま、加奈子の結婚式の日がやってきた。


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