<第7回> <第8回> <第9回>


<第7回>
 総婦長の玲子(鷲尾真知子)が来月に迫った救急救命士の資格試験の受験者を募った。「こんなにクソ忙しいのに、試験なんて!」。冴(財前直見)は鼻先で笑った。「看護婦を一生の仕事だと自覚している人には受験を勧めるよ」。公平(吉田栄作)の一言で冴はガラリと態度を変えた。「私、受験します」。いつものこととはいえ、恵子(横山めぐみ)とまゆみ(安西ひろこ)は呆然となった。
 萌子(星野有香)の妹、亜沙美(清水千賀)が急患で運び込まれてきた。軽い貧血だったが、萌子のたっての希望で入院することになった。両親を早くに亡くした萌子は姉妹どちらかが医師になると誓った。「うちは駄目やったけど、亜沙美なら医学部へ絶対に行ける。立派なお医者さんになってや」。週末には大学入試の模試テストが控えている。万全の体調で受けさせてやりたいと、妹思いの萌子が入院を強引に決めたのだ。「へえ、あんたの妹が医学部ねえ」「妹はデキが違うんです」。冴がからかうと、萌子はムキになって怒った。どんな自慢の妹なのか、冴は亜沙美の病室に、顔を出してみた。「あんた、良い姉貴を持って幸せだよ。萌子とは友達だから、あんたともヨロシク」。冴から手を差し出したというのに、亜沙美は握手しようとしない。「私、あなたとなんか友達になりたくありません。出ていって下さい」。冴はけんもほろろに追い出された。
「萌子の妹だから仲良くやろうと思ったのにさ」。その夜、冴が母親のあき(夏木マリ)と五郎(坂田聡)を相手にグチをこぼしていると、携帯電話が鳴った。「助けて、看護婦さん」「誰?もしもし」。しかし返事はなく電話は切れた。
「行ってみる!」。冴は深夜の病院へ向かった。
 冴が裏口から入ろうとすると、足元に女性物の財布が落ちていた。何気なく拾って、真っ暗な廊下を進んでいくと、突然懐中電灯の光を顔に当てられた。悲鳴が響き、やがて廊下の灯りが点いた。夜勤の恵子だった。「どうしてこんな時間にいるのよ」「それは電話があって」。そこへ入院患者の駒田(田根楽子)が血相を変えてやって来た。「あたしの財布が盗まれたのよ!」。冴の持っていた財布を見て、駒田が叫んだ。「それよ!まさか、あんたが盗んだの?」「冗談じゃないわよ」。いつしか廊下は騒ぎを聞きつけた患者でいっぱい。恵子は冴と駒田をナースステーションの中へ連れて行った。「みなさん、病室へ戻って下さい」。患者たちの一番後ろで、小さく微笑んでいる亜沙美の姿に気づいた者は、誰もいなかった。
 あの電話は騒ぎを起こすために、わざわざかけてきたものではないか。翌朝、冴は恵子に昨夜、廊下の公衆電話を使っていた者がいなかったか聞いた。「そんなの分かんないわよ」「それじゃ、私が困るのよ」。2人が言い争っていると、萌子が駈けてきた。「静かにして下さい。昨夜もうちの妹、えらい迷惑したんですよ。模試テストに響いたら、どうしてくれるんですか!」。萌子のすごい剣幕に、冴は返す言葉もなかった。
 模試テストまであと2日。萌子は久美子(京野ことみ)に無理やり家庭教師を頼み込んだ。「高い入院費を払ってんのよ。これぐらいのサービス、あってもええやろ」。呆れ返る春子(幸田まいこ)とかなえ(宮川由紀子)などお構いなし。萌子の頭の中にあるのは亜沙美のことだけ。
 冴は一樹(剣太郎セガール)から携帯電話を手渡された。さっき一樹の病室に亜沙美がやって来て、落としていったという。「あの女の子、すごく心が痛んでいるようで、それがとても心配なんです」。携帯電話があれば、消灯後でも病室からかけることができる。「これ、私が返しておきます」。冴はすぐに亜沙美の病室に向かった。
「病院じゃ使っちゃいけないんだよ。そういえば昨夜、私に悪戯電話してきたヤツがいたんだ」。しかし亜沙美は知らんぷり。そこへ萌子が入ってきた。「この人、夕べの騒ぎで、私がお姉ちゃんに告げ口したのが気に入らないの」「な、何言ってんだよ」。萌子は妹の言葉を信じた。「先輩のこと、見損ないましたわ!今後一切あんたとは口ききません。最低や!」。冴は病室から追い出されてしまった。
 久美子あてに豪華な花束が次々と届いた。「何かの間違いじゃ」。久美子が首をひねっていると、花屋が冴の名前を呼んだ。「これ、請求書です。電話で注文されたの、あなたですよね」「えっ?」。冴は全く身に覚えない。花束だけでは済まなかった。ピザ、お寿司、天ざるがそれぞれ20人分ずつ届けられた。どれも冴が注文したことになっていた。こんな悪戯をするのはアイツしかいない。ナースステーションを飛び出した冴は、亜沙美の病室に向かった。「私のどこが気に入らないのか知らないけど、文句があるんなら、面と向かって言いな」。亜沙美がとっさに隠そうとした携帯電話を冴が取り上げた。「嫌いなのよ、友達って言葉、平気で使う人が!」。恵子とまゆみも亜沙美の激しい怒りに驚いた。
「まさか、先輩の名前を使ってお花を注文したり、ピザを頼んだのはあなただったの?」。亜沙美が黙っていると、萌子が血相を変えて食ってかかってきた。
「この子はそんなアホみたいな悪戯する子やありません。妹はうちの宝なんです。将来は医師になってくれる。それがうちの夢なんです。明日は模試テストです。出ていって下さい」。萌子は亜沙美を抱きしめた。冴は何も言えなかった。
 翌朝、冴がまだ自宅でまどろんでいると、携帯電話が鳴った。「もしもし?」。相手は一言も発しない。「あの子!」。冴は病院に駆けつけた。宿直は萌子。「妹は?一緒に来なよ。確かめる」「今日は大事なテストです。妹の睡眠を邪魔しないで下さい!」。病室の灯りを点けた。床には破られた参考書が散乱している。そしてベッドに亜沙美の姿はなかった─。

<第8回>
「あたし、子供大好きだから頑張ります」。冴(財前直見)が病院の恒例イベント、サマーコンサートの実行委員に選ばれた。憧れの公平(吉田栄作)からの指名とあって、冴は二つ返事で引き受けた。「あたしの美しさと優しさと音楽的才能を見抜いていたのね」。ご機嫌な冴がコンサートのポスターを廊下に貼っていると、首にカメラをぶら下げた少女が近寄ってくるなり、破り捨てた。「何すんのよ!」。冴が怒ると、その表情を面白がってカメラのシャッターを押した。「叫んでも無駄よ。あの子、耳が聞こえないのよ」。久美子(京野ことみ)の言葉どおり、冴が怒鳴っても知らんぷりのまま、少女は逃げていった。「耳が不自由な上に、生後すぐに母親を亡くして、わがままに育ってしまいました。ご迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします」。冴たちの前で頭を下げたのは少女の父親、神代征二(長谷川初範)。世界的な指揮者だ。娘の初音(谷口紗耶香)は交通事故で肋骨にひびが入っていた。けがは順調に回復していたが、精神的に不安定になると他人の物を盗んでは壊すという行動が見られた。「精神的なケアをよろしくお願いしますね」。総婦長(鷲尾真知子)から担当に指名されたのは冴だった。「初音ちゃんが!」。かなえ(宮川由起子)が血相を変えて走ってきた。火災報知器のベルが響いている。冴が初音の病室に駆けつけてみると、初音はMDカセットを燃やして、カメラでパチパチと撮っている。よく見ると冴の私物だ。「こんなことして、何が面白いの!」。恵子(横山めぐみ)が消化器で火を消した。「これはあたしが預かっておくよ」。冴は初音の手からカメラを取り上げた。「ちゃんと弁償させていただきます」。しきりに謝る神代に冴は譜面を差し出した。サマーコンサートの課題曲だ。「ピアノを教えてもらえませんか?」「私でよければ、お手伝いさせていただきますよ」「ヤッター!」。呆れ返る久美子などお構いなしに、冴は大はしゃぎした。
「世界的に有名な指揮者なのよ。これがまたイイ男でさ」。家に帰るなり、冴は早速あき(夏木マリ)と五郎(坂田聡)相手にのろけだした。「でも、その女の子がひねくれているのも分かるような気がするね」。あきが口をはさむと、冴はむきになって言い返した。「あたしは何でもかんでも親のせいにするヤツは嫌いなんだ!」。子供には厳しく、イイ男には甘い。「これがあたしのモットーなんだ」。母性のカケラもない冴だった。
 深夜勤務の冴が1人きりで巡回していると、階段の踊り場から身を乗り出している初音を発見した。何かを取ろうとしきりに手を伸ばしている。「危ない!」。しかし初音には聞こえない。ようやくジェスチャーで戻らせた。初音が取ろうとしていたのは1枚の写真。冴が代わりに取ってやると、初音は奪うように受け取ると逃げていった。「まったくしょうがないんだから」。初音の心を開かせるにはどうすればいいのか。冴にも分からない。
 翌日、初音がナースステーションに姿を現わした。「少しは部屋でおとなしくしてなさいよ。そしたらカメラを返してあげるから」。冴が追い出そうとすると、初音は写真アルバムを差し出した。花、木、空、病院の風景、そして冴の怒った表情など、どれもうまく撮れている。「いい写真がずいぶんあるじゃない」。冴が思わず微笑むと、初音は冴の腕を引っ張って病室へ連れていった。ベッドの上には、冴のさまざまな表情のスナップ写真が置かれていた。
初音の差し出したメモには『昨日はありがとう』と書かれていた。冴は初音の顔を両手で抱きしめた。いつしか2人とも笑っていた。
「あの子にとって、カメラと写真が耳と言葉なんだよ」「あの子の目は、あたしたちよりもずっと多くのことを見ているのかもしれないわね」。初音の撮った写真を見せると、恵子も理解してくれた。そして初音の写真を廊下のカベに張り出して、ささやかな写真展をすることにした。「いつの間に撮ったんやろ」「よく見てるわよね」。萌子(星野有香)やまゆみ(安西ひろこ)は、自分たちのスナップ写真を素直に喜んだ。
 冴は初音の気持ちをもっと知りたくて、手話を学ぶことにした。「本人に習えばいいのよ」。久美子のアドバイスで初音本人から教えてもらうことにした。「お願いします」。冴が照れながら頭を下げると、初音は抱きついてきた。うれしさが冴の全身に伝わってきた。冴は初音のアルバムに父親の写真がたくさんあるのに気づいた。ところがどれも横顔ばかり。「どうしてなの?」。冴が手渡した紙に初音は『パパは私が嫌いなの』と書いた。
 堰を切ったように、初音は胸の内をつづり始めた。『パパは音楽の聞こえない私にがっかりしているの。私だって音楽を感じられるのに』。聞こえない耳の代わりに、初音は心で自然の変化や周囲の人々の感情を理解してきた。しかし父親は彼女を何も感じない娘として接してきた。「でも、あんたには写真があるじゃない。この写真をお父さんに見せよう。きっと初音の気持ちを分かってもらえるよ」。冴は手話で伝えた。しかし初音の表情は浮かなかった。
 神代が小児科の子供たちに楽器の演奏を教えにやって来た。冴は写真アルバムを手渡したが、神代は子供たちにかかりきりで見ようとしない。すると初音はアルバムを奪い取ると床に叩きつけた。さらに子供たちから楽器を取り上げて暴れた。「初音!なんてことするんだ」。初音はもどかしげに紙に走り書きした。『コンサートなんかさせない。音の出るものなんか、この世からなくなってしまえ』。神代は初音を殴った。そして手話と言葉で伝えた。「楽器を壊すような人間は私の娘じゃない!」。初音は神代の腕を振り払うと、逃げていった。

<第9回>
公平(吉田栄作)が現代医療の最前線を紹介するテレビ番組にゲスト出演した。「先生、今日はどうもお疲れ様でした」。収録を終えた公平に頭を下げたのは三上彩乃(とよた真帆)。このテレビ局を代表する敏腕ディレクター。「ウチの報道は三上ちゃんでもっているようなもんだよ」。プロデューサー森田(山崎大輔)からのお世辞も軽く聞き流している。「カッコイイわね」。スタジオの片隅から見学していた恵子(横山めぐみ)もウットリながめている。しかし冴(財前直見)は「ふん、そうかしらね」と冷ややかな反応。公平に近づくイイ女はみんな敵なのだ。
 公平がスタジオを出て行こうとした矢先、三上がめまいを起こした。公平が抱きとめた。「お疲れのようですね。うちの病院に一度、検診にいらっしゃいませんか」「先生に診ていただけるのかしら」。公平に微笑みかける三上を見て、冴のイライラはさらにヒートアップした。「あたしの公平先生に手を出すなんて!図々しい女ね」。
 数日後、セントマーガレット病院に三上が検診にやって来た。約束どおり公平が診察した。「詳しく調べたほうがいいですね」。三上は仕事の忙しさを理由に難色を示したが、公平はなかば強引に検査入院を決めさせた。「彼女はオレが担当するから」。冴はますます面白くない。三上は診察を受けながらも、取材のビデオテープをチェックしていた。仕事のことしか彼女の頭の中にはないようだ。
「あのー、三上さんみたいな女性になるには、どんなことをすればいいのですか?」。冴はぎこちない笑みを浮かべて訊ねてみた。「そういうことは他人に聞かずに、自分で考えるっていうことかな」。にべもない返事に冴はまたもやむかっ腹を立てた。「相手は病人なんだから怒ったりしたらダメよ」。冴がナースステーションで不満をぶちまけていると、恵子にたしなめられた。久美子(京野ことみ)に三上の病状について聞いた。「メニエール病の疑いがあるのよ」。耳鳴りや難聴を伴う激しいめまい。「彼女の場合は仕事のしすぎが原因よ。このまま放っておけば過労死につながる恐れもあるわ」。ベッドの上でたっぷり休養をとることが一番大切だが、ワーカホリックの彼女がおとなしく従うとはとても思えない。
 三上の病状は悪化していた。「仕事のストレスにさらさないことが何よりの治療だ」。公平は入院治療を決めた。しかし三上は病室でおとなしくしていなかった。ひっきりなしにテレビ局に電話をしては、部下に仕事の指示を出している。「今はゆっくり休んだほうがいいわよ」。見かねた冴が忠告すると、三上は食ってかかってきた。「私たちの業界は休んだら、すぐ誰かにとって代わられるのよ。才能のあるヤツは、後から後から出てくるんだから」。三上は吐き捨てるように言うと、また携帯電話をプッシュし始めた。
 帰宅した冴はいつものように、あき(夏木マリ)と五郎(坂田聡)相手にグチをこぼした。「でも、まあいいじゃないか。そんなに夢中になれる仕事をしているなんて、幸せな人だよ」。あきは何気なくつぶやいた。しかし冴には三上が仕事に幸せを感じているようにはとても思えなかった。
 プロデューサーの森田が見舞いにやって来た。「驚いたよ。しばらく入院なんて」「検査が済んだら、明日にでも退院できますから」「そりゃ良かった。来週は絶対に現場復帰、お願いしますよ」。冴がにらみつけているのにも気づかず、森田は満足そうに病室を出ていった。ところが冴は森田が廊下の公衆電話で声をひそめてしゃべっているのを目撃した。「三上はしばらく入院だな。アイツもそろそろかなって思っていたんだよ。お前もチャンスなんだから頑張れよ」。
 三上は病室を無断に抜け出して、スタジオに駆けつけた。彼女が担当している生番組の本番直前だ。ディレクター席には部下のアシスタントディレクターの川崎(六角慎司)が座っていた。「やっぱり女はダメだな。これからは川崎ちゃん、キミの時代ですな」。愛想笑いを浮かべた森田が川崎の肩をもんでいる。そこへ三上はつかつかと近寄ると、川崎を席からどかせた。「そこは私の席よ」。川崎はムッとしながらも立ち上がった。「本当に大丈夫なのか」。森田が不安げな表情をのぞかせた。 本番十秒前。その時、三上は激しいめまいに襲われて倒れた。「やっぱりダメなのかよ。川崎代われ」。三上は薄れゆく意識の中で、森田の声と救急車のサイレンを聞いていた。
 三上はセントマーガレット病院に搬送されてきた。「かなり体が衰弱しているな。絶対に安静が必要だ。菅野君、後はよろしく」。処置を終えた公平が病室を出ていった。冴が付き添っていると、やがて三上が目覚めた。「私、また倒れちゃったのね」「どうしてそこまで仕事をするの。死んだら何にもならないじゃない」。三上はポツリポツリとしゃべり始めた。彼女は小さい頃に両親を亡くしていた。親戚からは冷たくされ、誰も相手にしてくれなかった。「でもこの仕事をするようになって変わったわ」。頑張れば評価された。周囲の人間も彼女を頼りにしてくれた。だから仕事をしていないと不安だった。仕事が彼女のすべてだった。「でも、もう終わり。放送中に倒れちゃうなんて」。冴は慰めの言葉すら思いつかなかった。
 三上は番組から降板させられた。後任ディレクターには川崎が抜擢されたらしい。冴は三上が取材ノートを焼却炉に投げ入れている姿を目撃した。「もう仕事なんか辞めるわ。あなたには本当にお世話になったわね」。三上はまるで抜け殻のようになってしまっていた。そんな彼女をたずねて、山口拓海(森 廉)という少年が病室にやって来た。少年はかつて三上が番組で取材した野球少年だった。


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