<第10回> <第11回> <第12回>


<第10回>
 救急病棟から水島(中村俊介)という患者が移されてきた。「胃潰瘍で安静が必要です」。恵子(横山めぐみ)のカンファレンスを聞きながら、冴(財前直見)はあくびをかみ殺した。実は昨夜、久美子や同僚ナースたちと出かけたレストランで水島と出会った。「お久しぶりです」。水島は久美子の高校時代の先輩だった。水島は店を出ようとした矢先、腹を押さえてうずくまった。久美子は水島をタクシーに乗せて、セントマーガレット病院の救急に運んだという訳だ。
 学会出席で公平(吉田栄作)にしばらく会えないとあって冴は元気がない。ところが水島の入院申請書を見ているうちに目が輝きだした。エリート商社マンで、しかも独身。「気力がみなぎってきたわ」。冴はニンマリと笑った。
 冴が喜々として病室に向かうと、水島と久美子が言い争っていた。「早く退院させてくれ」「2週間は入院してもらわないと困ります」。なんとか入院は承諾させたが、それからが大変だった。女の触わった枕やシーツで寝るのはゴメンだ。女の運んできた食事なんか食えるか。とにかく冴をはじめナース全員をまるで人間相手にしない。しかも水島は退院していく夫婦にも食ってかかった。「女なんか心の底では何考えてるか分かりゃしないからな」。水島をかばい続ける久美子は「私の知っている先輩はあんな人じゃなかったのに」とため息をついた。「誰だって変わるよ」。いつになく冴が久美子をなだめた。
 久美子の部屋に結婚式の招待状が届いた。高校の同級生、高原薫(中本奈奈)からだった。当時、薫は野球部員だった水島と付き合っていた。しかし薫の結婚相手は水島ではなく、木村茂(近藤泰弘)とあった。水島が変わってしまった原因はこれかもしれない。久美子は本人に問いただすことにした。「薫と何があったんですか?先輩と結婚するんだと思っていたのに」「うるさい!あんな女関係ない!」。水島は血相を変えた。そこへ冴が口をはさんだ。「ふられたんでしょ。でもさ、女も別れて正解よ。アンタみたいな傲慢な男と暮らしたら一生地獄だもん」。水島は病室を飛び出した。「あんな無神経なこと言わないで」「自業自得だと思うけど」「先輩は純粋で心の優しい人だった。きっと何かあったのよ」。涙を浮かべて真剣に訴える久美子に冴は気押された。
 水島が病室から消えた。ロッカーの中も空っぽだ。水島のマンションへ向かおうとした久美子を冴が止めた。「落ち込んでいる時は昔なじみとは会いたくないもんだよ」。冴が代わりに出かけた。何度もチャイムを鳴らし続けて、ようやく水島が出てきた。「女に振られたぐらいで甘ったれるんじゃないよ。病院に戻れよ。その根性を叩き直してやるから」。冴が近づくと水島はおびえた。「愛せないんだ。俺はもう男になれない。ダメになったんだ」。不能になったのに気づいたのは薫と別れてからだという。「誰にも言わないでくれ」。水島は顔をゆがめて懇願した。
 その頃、久美子は薫の会社を訪ねていた。「水島さんと何があったの?」「悪いけど仕事があるから」。薫は久美子を振り切るように立ち去った。久美子が病院に戻ると、冴に付き添われて水島が帰ってきた。病室の水島はナースたちに食ってかかっていた時とは別人のようにしょんぼりと元気がなかった。「もういいじゃない。今は胃潰瘍を直すのが先よ」。冴はつとめて明るく振る舞った。帰宅した冴はあき(夏木マリ)と五郎(坂田聡)の前で誓った。「不能治療はあたしがヤルっきゃないか」。
 冴は学会から帰ってきた公平にそれとなく相談した。「女性に対する恐怖を取り除くのは段階を踏むことが肝心だ。例えば最初は手を握るとか」。早速試してみたが、水島には効果なし。聞けば薫が初めての女性だったらしい。「任せな。嫌なこと忘れさせてやるよ」。冴は水島を夜の街に連れ出してナンパさせてみることにした。ところが空振りばかり。それではとバーに連れて行くと、せっかくホステスから誘ってくれているのに「もう病院に戻ります」。ホステスと冴は顔を見合わせてガックリ。「薫のことを真剣に愛していたんだ」。水島は冴と久美子の前で重い口を開いた。薫が妊娠して2人は婚約した。そのまま幸せな結婚式をするはずだった。薫が水島のベッドで見知らぬ男(近藤泰弘)と抱き合っているのを見つけるまでは。しかも薫が身ごもっていたのはその男の子供だった。「その場で婚約解消したよ」。水島はたくさんの女と遊んでやろうとした。薫への復讐のつもりだった。「だけど、ダメな自分に気づいた。女たちは俺をバカにした」。
 女性への劣等感を取り除くには自信を回復させることが重要だ。冴は水島が元野球部員だったことを思い出すと、2人してトレーニングを始めた。「無理して体を壊したらどうするの!」。最初は反対した久美子もいつの間にか、一緒になって汗を流すようになった。次第に水島の表情に明るさが戻ってきたからだ。トレーニングを始めて1週間。水島に面会者がやって来た。薫だった。

<第11回>
 退院間近とみられていた黛一樹(剣太郎セガール)の容態が急変した。「黛さん、分かりますか」。意識を失い、やがて呼吸も止まった。「人工呼吸よ」。久美子(京野ことみ)と公平(吉田栄作)の必死の治療でなんとか心臓は再び動き始めた。「いつまた呼吸が止まってもおかしくない状態だ」「そんな!」。公平の説明に冴(財前直見)は絶句した。
 セントマーガレット病院は慢性的な経営難に陥っていた。累積赤字は限界に近づきつつあった。理事長の意向を受けて、院長の吹雪(秋野太作)は採算の合わない科の閉鎖を決めた。総合医療科はとりあえず存続が決まったが、事務長の山田(増田由紀夫)はナースたちに長期入院患者へ退院もしくは転院を勧告するように命じた。病院としては次々と新しい患者を受け入れないと利益が上がらないからだ。一樹も慢性腎不全ですでに半年以 上、入院している。「黛さんはかまいません」。事務長は口をにごした。病院が一樹から多額の寄付をもらっていることはナースたちにとっても周知の事実だった。
 そのナースたちも賃金カットや派遣ナースへの切り替えがウワサされて落ち着かない。しかし冴が沈み込んでいるのは一樹のことが頭から離れないからだ。「なんで気づかなかったんだろう」。冴はいつも一樹に自分の悩み事を聞いてもらっていた。患者である一樹に甘えていた。それなのに一樹の異常を見過ごしてしまった。「なんて無神経な女なんだろ、最低だよ」。冴は自分を責めた。
 一樹が意識を取り戻した。「あなたの声が聞こえました。ボクを呼んでいる気がしました」。一樹はベッドから冴に微笑みかけた。「良かった!」。冴は思わず一樹に抱きついた。とはいえ一樹の容態は依然として危険な状態にあった。「ご家族に連絡をとってくれ」。公平は久美子に命じた。一樹は早くに両親を亡くしており、遠縁にあたる親戚しかいないらしい。久美子は退院勧告の件を公平にぶつけた。「ある程度の合理化は仕方ないと、オレも思っている」。久美子はもう一つ、最近病院内でささやかれているウワサについても聞いた。「ニューヨークの病院へ行かれるって本当ですか?」「もしそうなればオレよりも優秀な後任に引き継いでもらうよ」。公平が言下に否定してくれることを信じて いた久美子にはショックだった。
 久美子がナースステーションに顔を出してみると、書類を手にしたナースたちが口々に不満の声を上げていた。来月から一律給料パーセントカット。ボーナスはパーセントカット。「やってられへんわ」「ひどすぎる」。萌子(星野有香)もまゆみ(安西ひろこ)も憤懣やるかたない。「しかも知り合いの会社の健康診断を営業してきてほしいって」。主任という立場上、同僚たちに病院側の意向を伝えなければならない恵子(横山めぐみ)も、気持ちは一緒だった。しかし久美子だけは自分に言い聞かすようにつぶやいた。「でも、あたしは負けないわ。みんながこの総合医療科を見捨てても、あたしは最後まで戦うわ」。「何か聞こえませんか?」。冴が一樹の点滴を交換していると、遠くから花火の音が響いてきた。ベッドのかたわらには花火を見ている親子の絵が貼られていた。一樹が小学生の時に描いたものだという。「最初で最後でした。両親と花火を見たのは」。一樹が冴に両親のことを話したのは初めてだった。「あなたには自分を信じる力がある。だから自分も他人も幸せにできます」。冴のほうが一樹から励まされた。
 公平の一人娘、未来(碇由貴子)が鉄棒から落ちて運ばれてきた。右とう骨を亀裂骨折していたが、他には大きな外傷はなかった。「担当はもちろん、あたしよ」。冴は未来の担当をかってでた。娘を手なづけて、父親のハートもついでにゲットしようというのが狙い。ところが未来は公平にまとわりついて離れようとしない。「イヤ!未来はパパといる」。母親を早くに亡くし、先月には長らく面倒をみてくれていた叔母まで急逝。父親まで失ってしまう不安が未来の胸の中にあるらしい。「そりゃ寂しいよね」。冴はつきっきりで未来の面倒をみた。
 一樹の親戚がやって来た。時田勝(小林すすむ)と里子(上村依子)の夫婦、中年の徳永静夫(石井愃一)、そして若い中本玲奈(林希)。病状を説明する公平の隣には、久美子と冴も同席した。「生命の危険も考えられます。ただ植物状態になった場合でも、黛さんご本人は延命措置を拒否されています」。親戚連中が顔色を変えた。「あいつが死んだら、今もらっている金はどうなるんだ」。4人が心配なのは一樹の容態ではなく、ばく大な遺産のこと。冴は怒りを殺して聞いた。「一樹さんに会わせたい方はいないんですか」。一樹には赤ん坊の時に別れた妹がいるらしい。「養女に出したんだから関係ない」「遺産を持っていかれたらたまんないよ」。ついに冴が怒りを爆発させた。「あんたたち、金のことしか頭にないのかよ。いくら遠縁だって、人が亡くなろうって時に、そんなことしか言えないのかよ!」。冴は親戚連中を追い出してしまった。
「オレの娘だからって考えてくれなくていい」。冴は公平から未来を特別扱いしないでほしいと頼まれた。未来は不安神経症気味だという。「それでもアイツはオレと2人で生きていかなくちゃならないんだ。だから余計な期待を持たせたくないんだ」。すかさず冴は聞き返した。「未来ちゃんのお母さんになってくれる人を探せばいいじゃないですか」「そんな簡単な問題じゃない」。公平はきっぱりと打ち消した。
 一樹の容態が再び急変した。なんとか意識は回復したが、目覚めた一樹の口調は弱々しかった。「ボクはもうダメなんでしょうか」「そんなことないですよ」。しかし冴の取り繕った笑顔を一樹はすぐに見抜いた。そして花火の絵に視線を向けると「あの頃は一番楽しかった」とつぶやいた。「あたし、妹さんに連絡とります。どこにいるのか分からないんですか」。妹の名前は田代かおり(藤谷文子)。「捜してくれよ、大至急」。冴は五郎(坂田聡)の友達を総動員して、かおりを捜し出すことにした。

<第12回>
 花火大会から戻った一樹(剣太郎セガール)はそのまま処置室に運び込まれた。「花火大会へ行ったのはボクの意志です。菅野さんの責任を追及しないで下さい」。一樹は息を引き取るまでの1週間、公平(吉田栄作)と久美子(京野ことみ)に繰り返し訴えた。しかし一樹の遺族たちは納得しなかった。責任を痛感した冴は院長(秋野太作)に辞表を提出した。「あなたが辞める前にこの病院がなくならないように頑張りたいと思っています」。セントマーガレット病院の経営はそこまで追い込まれていたのだ。理事会で結論が出るまで、冴は今まで通りの勤務を続けることになった。
 公平の娘の未来(碇由貴子)がICUから一般病棟に移されてきた。「今は発症を薬で抑えているけど、いずれはオペが必要でしょうね」。恵子(横山めぐみ)から聞かされて初めて、冴は未来の容態の深刻さを知った。病室の未来は一時たりとも公平から離れようとしない。公平がオペのため出ていこうとすると泣き叫んだ。「お姉ちゃんがずっとついているから大丈夫よ」。未来を抱きしめる冴の背中に、公平の声が飛んできた。「泣き止まなかったら、鎮静剤を打ってくれ」。
 その一言は父親の顔を知らない冴にとってもショックだった。「イヤだろうな、父親にあんなことを言われたら」。冴はあき(夏木マリ)から亡くなった父親は医師だったと聞かされていた。「本当はどっかで生きてるんじゃないの?」。冴は軽い気持ちであきに聞いた。「バカだね、この子は。死んじまったんだよ。とっくの昔に」。一笑に付したあきの口調には、どこかしら不自然さが感じられた。
 翌日、あきは五郎(坂田 聡)たちを連れて、健康診断を受けるためにセントマーガレット病院にやって来た。「受付はどこでしょうか?」。あきが声をかけたのは院長だった。
 院長はあきの顔をじっと見つめると聞き返してきた。「ひょっとして、あきさんじゃないですか?横須賀の病院前の喫茶店でウェイトレスをしていた?」「いいえ、違いますよ。人違いです」。あきは即座に否定した。「あまり似てらしたものですから」。院長が立ち去ってから、五郎はあきに聞いた。「昔、横須賀で医者と恋に落ちて、冴さんを産んだって言ってたじゃないですか」。あきの返事は素っ気なかった。「そんな昔のことは忘れたよ」。
 深夜、未来が発作に襲われた。公平は学会で出張中だ。冴は夜通しつきっきりで看護にあたった。翌朝、2人は未来のベッドで目覚めた。「行っちゃイヤ」。未来は冴にしがみついた。「未来のママになってくれる?ダメなの?」。すがりつくような未来の目を見て、冴は思わず「ダメじゃないよ」と答えてしまった。未来は安堵の表情をのぞかせた。  冴は学会から帰ってきた公平に猛然と食ってかかった。「仕事なんかみんなやめて、どうして未来ちゃんについててやらないんだよ!あんた、それでも父親かよ!」「菅野さん、口がすぎるわ」。久美子が割って入っても、冴の怒りは収まらない。公平は来週、ニューヨークへの出張が予定されていた。「そんなに自分の出世が大事なのかよ!寂しがっている娘はどうでもいいのかよ!」。公平はようやく重い口を開いた。「オレは父親失格なのかもしれない。しかしキミに言ったはずだ。患者に感情移入をしすぎるなと。そんなことはナースの仕事じゃない。これはオレと未来の問題だ。余計な口をはさまないでくれ」。医局を出て行く公平の背中に、冴は何も言えなかった。「ちょっと甘やかしすぎなんじゃない?あなたは未来ちゃんの専属じゃないのよ」。恵子から注意されても、冴は未来との約束を裏切るわけにはいかなかった。「見捨てられないわよ。あの子は小さい頃のあたしと一緒なんだよ」。
 未来の病室へ向かう冴の後ろ姿を見て、萌子(星野有香)とまゆみ(安西ひろこ)はため息をついた。「完全にハマっちゃったわね」。 冴が未来の遊び相手になっていると、総婦長(鷲尾真知子)に呼び出された。理事会で冴の辞表受理が決まったという。「懲戒免職は免れたわ。今までご苦労さまでした」。覚悟していたとはいえ、冴はショックを隠し切れなかった。「お世話になりました」。冴は頭を下げると総婦長室を出ていった。「でも未来ちゃんとは別れたくない。ニューヨークなんかに行かせたくない」。冴はあきに苦しい胸の内を打ち明けた。「お前の子供じゃないんだからね。他人様のお嬢さんなんだよ」。あきの言葉は冴の耳にうつろに響いた。
「今までお世話になりまして、ありがとうございました」。冴はナースステーションで同僚たちに最後の挨拶をした。「先輩、元気を出して下さいね」。冴が未来の病室にやって来ると、公平が立っていた。「未来にはもう会わないでくれ。娘はオレが一生かけて守りぬく。誰の助けもいらない」。冴は公平をにらみ返した。「分かったよ。未来ちゃんをニューヨークに連れて行かないでほしい。あたしが言いたいのはそれだけだ」。冴は未来に会うことなく病室の前を通りすぎた。  病院の玄関前に五郎のライトバンが停まっていた。冴の荷物を運ぶために来てもらったのだ。「ありがとう。ちょっと待ってて」。冴に続いて五郎も車から離れた。物陰から2人の様子をうかがっていた未来が素早く荷台にもぐりこんだ。やがてライトバンは冴の実家へ向けて走り出した。「未来ちゃんがいない!」。その頃、病院では大騒ぎになっていた。


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