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<第4回>
「僕に恋人がいるって、どういうこと?何か勘違いしているよ」。有羽(深田恭子)は洋平(中村俊介)にホテルのラウンジで一緒にいた貴子(高峰 陽)のことを問い質した。「貴子は幼なじみなんだ。恋人じゃないよ」。有羽はようやく自分が勘違いしていたことに気づいた。そして洋平から思いがけない告白を受けた。「僕が好きなのは飯島さんです。キスしていいですか?」。有羽の心の中はパニック。何も答えられないでいると、洋平は優しく声をかけた。「驚かせてごめん。送っていくよ」。
 洋平は自宅まで送り届けてくれた。「お帰り、有羽ちゃん」。隣家の守屋(三田村周三)が声をかけてくれたが、有羽は洋平とのツーショットが恥ずかしい。「これ、宅配便。預かっておいたから」。有羽は上の空で受け取った。「それじゃ、お休みなさい」。洋平は笑顔で踵を返した。有羽は少し寂しくなって、洋平の背中をながめていた。
 宅配便の中身はさまざまな中華素材。「おばあちゃんからだ」。祖母の飯島善子(中原早苗)は小さな飲み屋を1人で切り回している。有羽はすぐに電話をかけた。「私もママも元気だよ」。善子は風邪気味らしい。「そうかい、あんまり仕事無理しないように言っとくれ」「今度ママと一緒に遊びに行ってもいい?」「でもママは来てくれるかね」。善子は自分の娘なのに美津子(黒木 瞳)のことになると声が沈んだ。有羽は物心ついた頃から2人の間に聞いてはいけない確執があることに気づいていた。
「有羽ちゃーん、ただいま!」。本能寺(阿部 寛)とヨリを戻した美津子はご機嫌で帰ってきた。「私の勘違いだったの」。有羽は洋平に恋人がいなかったことを告白した。そしてキスを迫られて断ったことも。「信じられない!なんでしないのよ」。上機嫌な美津子はリビングで有羽にキスの練習を始めだす始末。真面目な有羽は言われるまま目を閉じたり顔を上向きにしてみたり。ところが有羽が宅配便のことを切り出した途端、美津子の顔から笑みが消えた。「おばあちゃん、風邪ひいてたよ」「それで?」。美津子はそれ以上、善子のことは話したくないというように、2階の自室へ上がっていった。
 翌日、有羽は先輩社員の松岡(石塚義之)から叱られた。クライアントに渡す書類のコピーが抜けていたのだ。給湯室で落ち込んでいると「珍しいわね。あなたがミスするなんて」と声をかけられた。
 経理部の片山礼子(戸川京子)だった。「あなたは主張はしないけど、流行に流されない。そんな社員はウチではあなたしかいない。もっと自分に自信を持ちなさい」。礼子がそこまで自分のことを見ていてくれたと知って、有羽はうれしかった。そのうれしさを思わず洋平に伝えた。「僕だってちゃんと見ているよ」。有羽の喜びはさらに大きくなった。
 美津子との関係を修復できた本能寺は引っ越しを取り止めた。「やっと本当に好きな女が分かった。君のおかげだ」。本能寺は部屋探しに奔走してくれた洋平に頭を下げた。「じゃあ、その人と結婚することになって新居が必要になったら、また、声をかけて下さい」「もちろんだ」。洋平は笑顔で本能寺を送りだした。まさか本能寺の本当に好きな女が有羽の母親であるとは知るはずもなかった。
 本能寺は仕事に対してもやる気を取り戻した。「無駄口叩いてないで、使える写真、もう一度撮ってこいよ」。少し前までならあっさりOKしていた写真1枚にしても本能寺は厳しくチェックを入れた。「行ってきますよ」。本能寺を慕うカメラマンの奥山(鈴木一真)は仕事のやり直しを命じられてもうれしかった。
 その夜、本能寺のマンションに美津子がやって来た。「仕事を早めに切り上げて、病院へ行ってきたの」。美津子はバッグを開けると1枚の紙を本能寺の前に置いた。「これにサインして」。中絶同意書だった。本能寺はぼう然と同意書を見つめた。しかし美津子は淡々とした様子でワイングラスを傾けている。「どういうことなのか、分かってんのか!とにかくもっと時間をかけて考えよう」。美津子は首を横に振った。「決めたの。いいのよ、何も心配しなくて。私はあなたさえいてくれたら、それだけで十分幸せなの」。本能寺は戸惑いつつも「いつなの?手術は」と聞くのがやっとだった。「来週よ」。本能寺は気持ちの整理がつかないまま、中絶同意書にサインをしていた。
 美津子は中絶することを池辺(筒井康隆)にも打ち明けた。「妊娠には気をつけていたつもりなんだけど。一生の不覚ってやつね」「美津子さんの人生だ。自分の思う通りに生きればいい。私はいつでもあなたの味方だから」。池辺はおうように答えた。
 次の日曜日、有羽は洋平から誘われて水族館へデートに出かけた。熱帯魚の水槽の前、2人はいつの間にか手をつないでいた。「ほら、あそこの魚だよ」「えっ、どこ?」。2人はしぜんと顔を寄せあった。有羽は目を閉じた。洋平の唇がゆっくりと有羽の唇に重なった。「おめでとー!ね、ファーストキスの感想はどうだった?」。その夜帰宅した有羽のルージュが乱れているのを目ざとく見つけた美津子は興味津々でたずねてきた。「感想って、そんな」。有羽が照れているとチャイムが鳴った。「本能寺です」。美津子がドアを開けると、真剣な顔をした本能寺が立っていた。「どうしたの?」「結婚しよう」。本能寺はポケットから指輪のケースを取り出した。しかし美津子の口から飛び出したのは意外な一言だった。「別れましょう」───。

<第5回>
 飯島家の朝のリビング。「赤ちゃん、生んだほうがいいんじゃない?」。有羽(深田恭子)がためらいがちに聞くと、美津子(黒木 瞳)は面倒くさそうに答えた。「もう決めたことよ」。中絶する意思に変わりはないらしい。せっかく授かった好きな相手との小さな生命を葬るなんて!。有羽は美津子の気持ちがどうしても理解できない。有羽が割り切れない気持ちで出勤の準備をしていると、チャイムが鳴った。
「おはようございます」。本能寺(阿部 寛)の声だった。「子供を生んでくれ!」「そのことについてはもう話し合うつもりはないわ」。美津子は一方的にインターホンを切ってしまった。有羽は去って行く本能寺を追いかけた。「おはよう」「有羽ちゃん」。2人はどちらからともなく並んで歩き出した。有羽は出産すべきだと打ち明けた。「俺もそう思う。堕ろすなんておかしいよ。俺、絶対に美津子と結婚する。子供生ませるから」。力強く言いきった本能寺に有羽は信頼感を覚えた。この人ならママを変えてくれるかもしれないと。有羽は昼休みに公園で洋平(中村俊介)と一緒に弁当をひろげた。「友達の話なんですけど」。有羽は美津子の妊娠を友達の話とごまかして相談してみた。「生めない事情があるなら仕方ないよね。女性が中絶を決断するのは大変なことだと思うんだ」。言下に中絶を否定してくれるものと思い込んでいた有羽は意外の感にうたれた。
 本能寺は仕事が手につかなくなった。「結婚したい女が見つかったら、どうやってプロポーズする?」。本能寺からたずねられたカメラマンの奥山(鈴木一真)はこともなげに答えた。「強引にいくしかないでしょうが」。そのアドバイスを真に受けた本能寺は美津子のスタジオに押しかけた。「家の設計を頼みたい。子供部屋は2つ。もう1人生まれるかもしれないから」。熱っぽく2人の未来を語る本能寺に、美津子は冷ややかに言い放った。「土地もないのに設計できるわけないでしょ」。美津子は振り向きもせずに自分のデスクに戻った。
「俊彦ったら会社にまで来たのよ。しかも土地なんかないくせに家を設計してくれって」。美津子は夕食をとりながら有羽にボヤいた。「赤ちゃんができたから結婚するなんて間違っている。ママはこの子を一生愛してあげる自信が持てないの」。有羽は初めて美津子の心に触れたような気がした。美津子は洋平の話題に切り替えた。「有羽もちゃんと避妊だけは気をつけるのよ。方法、知っているの?」。恥ずかしさで真っ赤になった有羽はキッチンに逃げた。「そんなの、関係ないもん」。そう言った途端、有羽は手にしていた食器を落として割ってしまった。
 翌日、有羽は洋平から食事に誘われた。家事のできない美津子のために夕食の用意をしなければならなかったが、洋平と一緒の時間を過ごしたい。「母には外で食べてもらいますから」。外回りに出かける洋平にはレストランに直接来てもらうことにした。窓際のテーブルで有羽が待っていると、洋平が飛び込んできた。ところが洋平は1人ではなかった。「さっき電話をしたら、これから飯島さんに会うって言うから、強引について来ちゃった。洋平が選んだ彼女って、どんな人なのか会ってみたくて」。本城貴子(高峰陽)だった。
「デートだからダメだと言ったんだけど」。洋平は有羽に済まなそうに謝った。貴子は「食事が済んだら邪魔物は退散しますから」と笑ったが、有羽を見つめる視線はどこかしら挑戦的だ。有羽が戸惑っていると、貴子は勝手知ったる様子でさっさと洋平のメニューまで決めてしまった。親しそうな洋平と貴子の姿を有羽は複雑な思いで見つめた。その頃、美津子は本能寺のマンションにいた。「家事も育児も手伝う。仕事もプライベートも俺が支える。美津子は何も心配しなくていい。だから子供を生んでくれ!」。本能寺は必死に懇願した。「俊彦と家庭を持つなんてイメージできないの。悪いのは俊彦じゃない。私の心の問題なの」。美津子はいつものように強気で横柄な態度ではなく、その表情は苦悩に満ちていた。「苦しいんだね」。本能寺は美津子の心に“触れてはいけない闇”があることを察すると、声のトーンを和らげた。「愛している。だから美津子の気持ちを大事にしたい。堕ろしていいよ。俺には美津子が一番大切なんだ」。本能寺は美津子をしっかりと抱きしめた。美津子は本能寺の深い愛情に気づき、いつしか涙を流していた。
 レストランでは有羽がショックに打ちのめされていた。「私たち、3年前まで恋人同士だったのよ」。貴子が陶芸家になるため単身上京して別れたという。有羽にとっては初耳だった。洋平からは単なる幼なじみだと聞かされていたからだ。「私は恋より夢を追いかけるタイプだけど、飯島さんは違うみたいだから、きっと洋平とはうまくいくわね」。貴子は明らかに有羽の動揺を面白がっている。「それじゃ、私はここで」。食事を終えると貴子は帰っていった。「ごめんね、貴子を連れて来たりして」「ううん」。有羽は笑みを繕ったが、2人の間には気まずい空気が流れた。
 翌朝、有羽が沈んだ様子で食事の支度をしていると、美津子が珍しく早く起きてきた。中絶手術の当日だ。「コーヒーを入れてよ」「なに言ってるのよ。今日は飲み物も食べ物も一切禁止なんでしょ」。その時、電話が鳴った。「はい、ママと代わります」。本能寺からだった。受話器を受け取った美津子はあっさりと言った。「赤ん坊を生むわ。だから手術は中止。まっかせなさーい。生んであげる」。美津子は一方的にまくしたてると電話を切った。傍らでは有羽がぼう然と美津子を見つめていた───。

<第6回>
 有羽(深田恭子)は、自分の部屋のベッドの中で洋平(中村俊介)と朝を迎えた。先に起きて朝食の用意をしていると、洋平が階段を降りてきた。「おはよう」。お互いに少し気恥ずかしかったが、テーブルに向かいあうと新婚カップルみたいでうれしかった。「天気もいいし、水天宮に行かないか?有羽のお母さんに安産のお守り、もらって来ようよ」。洋平の優しさに有羽はこっくりと頷いた。一方、温泉に出かけたはずの美津子(黒木瞳)は本能寺(阿部寛)のマンションにいた。有羽と洋平を二人きりにするための口実だった。「結婚式はどうしようか?」。あれだけためらっていた出産を決意したのだから、本能寺は美津子が自分との結婚を望んでいるものだと思っていた。「結婚なんかしないわよ。私にとって大事なのはあなたと一緒にいられる時間なの」。美津子は当然のように言った。本能寺は納得した訳ではないが、美津子の満足そうな表情を見ていると苦笑するしかなかった。
「嘘だったのね!」。その夜帰宅した美津子は温泉のみやげの代わりに、ベビーグッズを有羽の前に次々と並べた。すっかり父親気取りになった本能寺が買いこんだという。「バカよねぇ」と言いながらも美津子はうれしそうだ。そして興味津々で有羽に聞き返してきた。「それで田中様と二人きりの夜はどうだった?」。狼狽する有羽の素振りで美津子はすぐに飲みこめた。「そうか、有羽ちゃんだって、するよね」。美津子まで珍しく恥ずかしがっている。有羽は安産のお守りを差し出した。「いい男だね、田中様って」。美津子の言葉に有羽は笑顔でうなずいた。翌日のお昼、有羽は洋平と会社近くの公園で弁当を一緒に食べた。もちろん有羽の手作りだ。「これから毎日作ってきてもいいですか?」。有羽は自分の気持ちをこんなに素直に出せることに驚いていた。「お母さん、温泉は楽しかったって?」。有羽は苦笑を浮かべて「お守りもすごく喜んでました」と返事した。洋平が目の前にいるだけで有羽は幸せな気分になれた。
 その夜、本能寺がマタニティードレスを買って飯島家にやって来た。ところが美津子は一目見るなり「最低なデザインね」とにべもない。「命をかけてお腹の赤ちゃんを守るんだから、ミリタリールックがいいわ」。本能寺と有羽は思わず顔を見合わせたが、美津子は「大人の妊婦を見せてやるわ」と大はしゃぎ。名前もタヒチ語でかぐわしい匂いを意味するノアノアに決めたという。「男でも女でも、この子はノアちゃんよ」。本能寺は呆れ返りながらも美津子を優しい眼差しで見ている。「結婚もせず、何の保障もないのに、どうしてママはあんなに強いのだろう」。有羽は胸のうちでそっとつぶやいた。
 数日後、有羽は一人で居酒屋をきりもりしている善子(中原早苗)のもとを訪ねて、美津子の妊娠を伝えた。「でも結婚はしないんだって。彼とはすごく仲がいいのに変でしょ」。善子は複雑な表情をのぞかせると「私のせいなんだよ」と声をくもらせた。善子は2度結婚に失敗していた。とりわけ2度目の夫は生活力がなく、美津子にも辛い思いをさせたらしい。「そんな男と再婚した私を恨んでいるんだよ。美津子に会って謝りたい。けど会ってくれないだろうね」。有羽はようやく二人の間にある確執が理解できた。
 美津子は久しぶりに池辺(筒井康隆)のもとを訪れた。「そうか。生むことにしたのか。よく決心したね」「そう、ノアちゃんっていうの」。美津子は相変わらず屈託ない。「あなたには周囲を変えてしまう不思議な魅力があるよ」。池辺は感慨深げにもらした。
「どうしても美津子さんに会いたいって言って、きかないものだから」。フラフラに酔っ払った本能寺が部下のカメラマンの奥山(鈴木一真)に抱えられて、飯島家に現れた。「今夜はいいお酒なんですよ」。本能寺が編集長に抜擢されることになり、祝杯を重ねているうちに飲みすぎたらしい。「でも驚いたなあ。本能寺さんの本命が美津子さんだったなんて。しかも父親になるとはねぇ」。奥山が有羽にまくしたてていると、バスルームから美津子がバスローブ姿で出てきた。「ど、どうも、その節は」。奥山は目のやり場に困ってうろたえた。
 美津子の声で本能寺が目を覚ました。「俺、美津子とノアちゃんのために、いい仕事するから。絶対に幸せにしてみせる」。ところが美津子は「仕事は自分のためにするものよ。それに私は誰かに幸せにしてもらおうなんて期待していないわ」と相変わらず素っ気ない。かたや本能寺は再び寝てしまった。「親子なのにタイプ、全然違うんだね。今度モデルになってくれないかな?」「そんな私なんか」。奥山からの思いがけない申し出に有羽はあわてた。「じゃ、俺はこれで。おやすみ」。奥山は本能寺を残して帰っていった。
 本能寺はソファで寝息を立てている。「ママに会いたがってる。謝りたいって」。有羽は善子に会ってきたことを美津子に打ち明けた。「愛してもくれなかった、守ってもくれなかった母親よ!どうやって許せって言うの! あの人はつまらない男にしがみついて生きるしか能のない、最低の女よ」。吐き捨てるように言うと2階へ上がっていった美津子を、有羽はぼう然と見ていた。
「お帰り」。洋平がアパートに帰ってくると、貴子(高峰 陽)が部屋の前で待っていた。「これを渡そうと思って」。貴子は紙包みを差し出した。洋平が開けてみると湯飲み茶碗が出てきた。「初めて納得できるものが造れたの」「お礼に食事おごるよ」。二人が歩き出すと、貴子の携帯電話が鳴った。貴子は怒った口調でやりとりしていた。相手は神崎で、彼との不倫が奥さんにバレたらしい。「あの奥さんも呑気よね」。貴子は開き直っていたが、洋平は心配になった。その不安は翌日的中した──。


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