<第1回> <第2回> <第3回>

<第1回>
 飯島有羽(深田恭子)は大手不動産会社に勤めるOL。毎朝5時に起きると、洗濯と朝食の準備を手際よくこなしていく。その頃、母親の美津子(黒木瞳)はまだベッドの中で夢見心地。美貌の建築デザイナーとして、テレビや雑誌に引っ張りだこのキャリアウーマンだが、家事はまったくダメ。有羽を産んでまもなく離婚したため、シャレた一戸建てで2人暮らし。いつしか家事一切を有羽がこなすようになって、家庭内ではさながら母親と娘の立場が逆転している。
 性格も対照的だ。有羽は周囲に気をつかうあまり、万事控えめでおとなしい性格。恋愛に対しても臆病で、なかなか一歩を踏み出せないでいる。かたや美津子は自らの手で人生を切り開いていくタイプ。仕事を精力的にこなし、誰に対しても本音をぶつけていく。もちろん恋愛に関しても非常に自由奔放な考え方を持っている。母娘とは思えない水と油の性格だが、友達感覚でけっこう仲良くやっている。
 「朝ご飯ぐらい一緒に食べようよ」「じゃあ、ママがあと分早く起きてくれたらいいのよ。戸締まりと火の用心、お願いね。行ってきまーす」。有羽の作った朝食をおいしそうに食べている美津子を尻目に、有羽は家を飛び出した。これが飯島家のありふれた朝の光景だ。
 東西ハウジングの営業部。ここが有羽の職場だ。仕事はお茶汲み、コピー、電話応対といった営業マンのサポート。早い話が『社内の奥様』である。そんな仕事に不満を漏らす同僚OLも多いが、有羽は決してこの仕事が嫌いではない。有羽は毎朝人より1時間早く出社する。一人だけで過ごす朝のひとときは彼女にとって大切な時間なのだ。しかし、今朝はそんな時間に乱入者が現れた。「あ、あの・・・仙台支社から来ました、田中洋平です。」聞けば、仙台支社から今日転勤してきたという。満員電車が嫌いで人より早く出社するという洋平(中村俊介)の朴訥さは、有羽の心をなんとなく和ませるものがあった。
 その頃、美津子はテレビのワイドショーに出演していた。さっきまで有羽の前で甘えていた美津子とはまるで別人のよう。いつものごとく切れ味鋭く本音をズケズケ言うものだから、司会者は圧倒されっぱなしだ。「お疲れ様でした」。本番が終わると、編集者の本能寺俊彦(阿部 寛)が部下のカメラマンを引き連れて近寄ってきた。美津子の密着取材中なのだ。「奥様向けにしては手厳しいご意見でしたね」「相手が誰であろうとも、建築家としての私の考え方は変わらないわ」取材が済むと本能寺はいかにも自信に満ちた、そして慣れた様子で、美津子を食事に誘ってきた。さりげなく断わった美津子だが、本能寺と別れると秘書に本能寺の名刺を渡して、表情ひとつ変えずに言った。「この男、独身かどうか調べて」
 「お前なあ、ヤル気あんのか?」「すみません」。先輩社員と外回りから帰ってきた洋平が叱られている。どうやらカッコイイ外見とは裏腹に、仕事はイマイチのようだ。
それでも笑顔を絶やさない洋平を見ているうちに、有羽もいつしか微笑んでいる自分に気づいていた。
 「ナンパされた?」「それがけっこうイイ男なのよ」。帰宅するなり美津子はうれしそうに本能寺のことを有羽にしゃべった。「食事なんて、まどろっこしいの、パスパス。やっぱりセックスしませんか?でしょ」。毎度のこととはいえ、有羽は呆れ返った。だいたい有羽は、このテの話が苦手である。
その時、美津子の携帯電話が鳴った。「そう。分かったわ、ご苦労さま」。電話を切るなり、美津子は満面の笑みになった。「聞いて聞いて!例の男、独身だってえ」。鼻歌まじりの美津子を目の当たりにして、有羽はため息をもらした。
 有羽は1時間早く出社するのが以前にも増して楽しくなった。洋平と2人きりだからだ。「おはようございます」挨拶を交わすと2人はそれぞれ自分のデスクへ。とりとめのない会話をすることもある。何気ないひとときが有羽にはとてもかけがえのないものになっていた。かたや母親の美津子は実行あるのみ。本能寺の部屋へ食事に招かれて、そのままベッドを共にする。それは割り切った男と女の関係の始まりだった。
 ある日、洋平が「いつもおいしいお茶を入れてくれてるお礼」と言って食事に誘って来た。戸惑いまがらも心踊る有羽。落ちつかない様子で洋平を待っていると、有羽のデスクの電話が鳴った。「有羽ちゃん、助けて!」「ママ?どうしたの」急いでタクシーで駆けつけると失敗した『パエリア』もどきや食器が散乱する中で美津子がベソをかいていた。
「俊彦に食べさせてあげようと思って練習してたら、焼きすぎちゃったみたいなのぉ」。安堵と同時に言いようのない怒りが込み上げてくる有羽。「こんな事のために私を呼んだの?」「だって・・・怖かったんだもん。有羽ちゃんが悪いのよぉ〜。お料理、教えてくれないからぁ・・・」
ついに有羽の中で何かがキレた。「いい加減にしてよ!なんで私がママにこんなに振り回されなきゃいけないの私にだって、やりたいことぐらいあるのよ!」

<第2回>
「なんでママにこんなに振り回されなきゃいけないのよ。私はママの召使いじゃないのよ!」。洋平(中村俊介)からの食事の誘いを断って、有羽(深田恭子)があわてて帰宅してみると、家は火事になどなっていない。美津子(黒木 瞳)が慣れない料理をしてパエリアを焦がしただけだった。珍しく有羽は美津子に怒りをぶつけた。
「私だってやりたいことがあるのよ!」。美津子も言い返した。「やりたいことがあるなら、やればいい。ママが反対したことがある?」。確かに美津子は有羽のやることに口出ししたことはない。有羽は反論できない自分が情けなかった。
 有羽は自分の部屋に戻ると、美津子に言いすぎたと後悔した。さらに自分にやりたいことがないことを空しく感じていた。一方、美津子も反省していた。有羽がやりたいと言うものだから、これまで家事一切を任せてきた。仕事を口実に母親らしいことは何一つしてこなかったことに後ろめたさを覚えていた。
 とはいえ、美津子は家を一歩出れば、頭の中にあるのは仕事と男のことだけ。その夜も本能寺(阿部寛)のマンションにいた。ここでも料理を作っているのは本能寺のほう。美津子が有羽とのケンカをぼやいていると、テーブルの電話が鳴った。若い女の声が聞こえてきたので、美津子は勝手に切ってしまった。本能寺には女友達が多いらしく、本人もそのことを美津子に隠す素振りはみじんもない。「妬けた?」「どうして?」。お互いに大人の関係と割り切っている。それでも美津子は面白くなかった。 本能寺のマンションを出て、美津子が夜道を歩いていると、あやうく車にひかれそうになった。車から人相の悪い男2人が飛び出してくると、美津子に因縁をふっかけてきた。「素人さん相手にもめるんじゃない」。後部席から降りてきた初老の男、池辺正太郎(筒井康隆)が仲裁に入ったが、美津子は怒りが収まらない。「文句があるならいつでもおいで!」。名刺を投げつけると、美津子は足早に立ち去った。
「だからあんなに怒ったのね」。有羽が昨日のケンカを謝ろうと美津子の寝室をのぞいたら、まんまと洋平とのデートの予定があったことを白状させられてしまった。「ごめんね。これからは絶対に有羽と田中様のデート、邪魔したりしないから」。有羽は恥ずかしさ半分、うれしさ半分。美津子のペースにごまかされた気がしなくもないが、とにかく母と娘は仲直りできた。
 洋平にどう謝ればいいのか。有羽はちょっと緊張して出社した。
「良かったね。お母さんが消防署に電話しなくて」。洋平の笑顔にホッとした有羽は美津子の母親らしからぬエピソードの数々を打ち明けた。「そんなふうに楽しそうにお母さんの話をする人、初めて見たよ。僕も飯島さんのお母さんに会ってみたいな」。有羽は洋平と話しているうちに、いつしか心がなごんでいるのを感じていた。
「食事はまた近いうちに」。有羽はうなずいた。
 本能寺は編集部で先日密着取材した美津子の写真を選んでいた。「適当に選んでおいてくれ」。本能寺はなげやりな口調で部下の香織(木谷映美)に任せたが、それにくってかかる声が聞こえてきた。「編集者なら写真1枚でも自分で選ぶもんでしょ」。カメラマンの奥山大輔(鈴木一真)は仕事に情熱を失っている本能寺に苛立ちを募らせていた。「俺が本当の写真を撮ってきてやるよ」。奥山はカメラをつかむと編集部を飛び出していった。
「先日はうちの若い者が失礼しました」。美津子のもとに池辺から電話がかかってきた。逃げ回ってもしかたない。美津子は覚悟を決めて池辺邸へ乗り込んでみると、意外にも池辺は美津子に将棋の相手をしろという。「私があと10歳若ければなあ」「ヤーだ、正ちゃんはいい男すぎてダメダメ」。池辺もすっかり美津子のペースに巻き込まれてしまった。「あなたには幸せになってもらいたいね」「王手!正ちゃん、弱いじゃない」。将棋にも勝って美津子はご機嫌で池辺邸を後にした。
 洋平が黙々とデスクで伝票のミスを直している。「昨日のミス?」。有羽はお茶を洋平の傍らに置いてたずねた。そういえば昨日、経理部の片山礼子(戸川京子)にチェックされていた。「好きだな、片山さんみたいな人。とことん主張して相手の話もちゃんと聞く。信用できるよね」。礼子のことを口うるさい先輩としか見ていなかった有羽は、洋平の言葉にハッとした。確かに礼子は相手が上司であろうが後輩であろうが態度を変えない。有羽は洋平の人を見る目の確かさに驚かされた。
 有羽が1人で夕食をとっていると、美津子が不機嫌そうに帰ってきた。本能寺とデートするからと朝は浮かれていたのに。「アイツ、私がそばにいるのに他の女とデートの約束したのよ。だから部屋には寄らずに帰ってきたの」。憤懣やるかたない表情でまくしたてた美津子は、有羽が何か悩んでいることにようやく気づいた。「私、どうして言いたいことを言えないんだろ」。礼子のように自分の気持ちを素直に表現したい。洋平に好きと打ち明けることができたなら。「自分のことを好きになるのよ。でなきゃ、人に優しくなんかなれないわよ」。恋に悩む有羽を見つめる美津子のまなざしは、母親の愛情に満ちていた。
「すごいぞ、田中!」。洋平が杉本部長(森下哲夫)から褒められた。土地売却をかたくなに拒んでいた地主から売り渡し申込書をもらってきたのだ。仕事はイマイチと思われていた洋平だけに、部内は驚きの声で騒然。有羽も自分のことのようにうれしい。もっとも当の洋平はいつものようにニコニコ笑っているだけ。「今夜、時間あるかな?」。ところが有羽が洋平に連れられていった先は・・・。

<第3回>
「どんな人だった?田中様の恋人」。美津子(黒木 瞳)は興味津々に聞いてきた。「きれいな人だったよ」。有羽(深田恭子)は平静を装ったが、内心の動揺はすっかり美津子に見透かれていた。「ホントに恋人なのか、田中様に確かめてみればいいじゃない」。しかし有羽にはそんな勇気はなかった。傷つくぐらいなら今のままの関係で良かった。
 何も気にすることなんかない。有羽は自分にそう言い聞かせたが、やはり洋平の前に出ると昨日までのように振るまうことができない。恋人なのか、それとも友達にすぎないのかもしれない。「あのー、昨日、仕事の帰りに」「えっ?」。洋平と目があうとそれ以上は聞けなくなってしまう有羽だった。
 美津子から別れを告げられて本能寺はようやく彼女の存在の大きさに気づいた。すべての女友達と手を切るために新しいマンションを探すことにした。部屋に案内したのはくしくも洋平。まさかこの人の好さそうな営業マンに、美津子の娘が好意を寄せているなどとは知るはずもなかった。「俺は結婚なんかしない。女なんて面倒だ」。本能寺は洋平にうそぶいた。
 同じ頃、会社に洋平あての電話がかかってきた。「本城といっていただければ分かります」。有羽は声を聞いて洋平と一緒にいた相手だとすぐに分かった。「田中が戻り次第、伝えております」。有羽は動揺を悟られないように受話器を置いた。洋平が戻ってくると、再び本城貴子(高峰 陽)から電話がかかってきた。「今夜?うん、別に何もないけど」。洋平は親密そうに笑顔でしゃべっている。仕事をするふりをしていたはるか(牛尾田恭代)と亜希(大野佳子)が洋平に近づいて聞き耳を立てた。
 退社時間になった女子休憩室はその話題でもちきり。「ホテルのラウンジで待ち合わせだって」「田中さんの彼女ってどんなタイプかしら。気になるわね」。盛り上がっている同僚からは少し離れて有羽はぼんやりしていた。
 会社を出た有羽はいつしか洋平が貴子と待ち合わせしているホテルへ向かっていた。「確かめてどうするの?傷つくだけじゃない」。しかし心とは裏腹に有羽はホテルの回転ドアの前に立っていた。ラウンジを見渡すと、いた!。洋平と貴子がテーブルで向かい合っている。有羽は後ろめたさを感じつつも洋平から死角になるテーブルについた。
 しばらくすると洋平たちのテーブルに中年男性がやって来た。「神崎さん」。貴子から声をかけられたその男は、洋平の姿に気づくと一瞬、戸惑った表情をのぞかせた。貴子は満面の笑みを浮かべて洋平を神崎に紹介した。「私の彼氏です」。耳に全神経を集中させていた有羽はがく然とした。やっぱり恋人だったのだ。有羽はたまらず席を立つと、ラウンジから逃げるように出ていった。
「今のなんだよ。びっくりするじゃないか。彼氏だなんて」。神崎が立ち去ると、洋平は貴子にくってかかった。「ちょっと先生に仕返ししてやりたかったの。だって私の前でも奥さんと仲いいんだもん」。貴子はケロリと言ってのけた。神崎英夫(浅野和之)は陶芸家で、妻がいる。貴子は神崎の唯一の弟子で不倫関係にあった。洋平とは故郷の仙台で同じ幼稚園に通った、文字どおりの幼なじみにすぎない。「貴子はそれでいいのか?」「いいよ」。洋平には不倫に満足している貴子が理解できなかった。
 貴子のことを洋平の恋人だと信じ込んだ有羽は重い足取りで帰宅した。2階から物音がする。「お帰りーっ!」。美津子が部屋の模様替えをしている。「女はウジウジ待ってちゃダメ。部屋も気持ちもリフレッシュよ」。タヒチのリゾートホテルの大きな仕事が決まったという。本能寺のことをふっきったわけではないが、美津子は仕事に打ち込むことで失恋のショックから立ち直ろうとしていた。「有羽こそ、どうなの?田中様の恋人疑惑、ちゃんと確かめたの」「やっぱり恋人だった」。口に出した途端、有羽は涙があふれてきた。美津子は幼子にするように有羽を抱きしめると、髪を優しくなでた。
 本能寺は女友達のもとを1人ずつまわって「別れてほしい」と頭を下げた。ある女の前では土下座した。別の女には平手打ちされた。喫茶店で水をかけた女もいた。それでもすべての女との関係を清算した本能寺はその足で美津子のスタジオを訪れた。「他の女とは手を切った。やり直したい」。本能寺は何本もの部屋の鍵を差し出した。「本当に君を愛しているって、分かったんだ」「ずいぶん勝手が良すぎない?」。美津子は平静を装って冷たく言い放った。「ダメなのか」。本能寺は肩を落としてスタジオを出ていった。
「ママとやり直したい気持ちで必死だったんだよ」「私がホロリとするとでも思ってんのかしら」。美津子は有羽の前でも強がって見せたが、本心はうれしくて仕方なかった。「つまんない意地を捨てれば、すぐに好きな人に手が届くのに」。有羽にしてみれば、美津子と本能寺の関係はぜいたくな悩みにしか思えなかった。
 翌日出社した有羽が給湯室でお茶を入れていると、洋平が近寄ってきた。「今夜あいていたら一緒に食事しませんか?」。どうして貴子という恋人がいるのに私を誘うのだろう。有羽は戸惑ったが、結局うなずいていた。
 一方、美津子はその夜、タヒチのリゾートホテルの仕事を依頼してきた浅見とホテルのレストランで食事をしていた。「今夜はごちそうさまでした」「私の部屋で飲み直しませんか?」浅見は美津子をビジネスのパートナーとは見ていなかった。美津子は屈辱とむなしさでエレベーターに駆け込んだ。1階に到着して扉が開いた。そこには本能寺が立っていた──。


戻る


[第1-3回] [第4-6回] [第7-9回] [第10-11回]