<第10回> <第11回>

<第10回>
「もし仕事休めるなら、遊びに来ない?」。洋平(中村俊介)から平日2日間の休みがとれたと連絡があった。もちろん有羽(深田恭子)は仙台に行きたい。「バカねぇ、理由なんかデッチあげればいいのよ」。美津子(黒木瞳)は簡単に言うが、有羽はなかなか上司に有給休暇を切り出すことができない。ところがさんざん迷った挙げ句、杉本部長(森下哲夫)に願い出ると、二つ返事でOKしてもらえた。「私はいつも一人で勝手に答えを出してただけなのかもしれない」。有羽はちょっぴり反省した。
「洋平の生まれて育った街を見てみたいの」「いいよ、連れてってあげる」。2人は仙台市内を歩いてまわった。けやき通り、広瀬川沿いの道。伊達政宗像の前では記念写真を撮り、八木山動物園では有羽の手作り弁当を食べた。そして洋平のアパートへ向かった。有羽は買ってきた食材ですき焼きを作った。「やっぱりいいね。有羽がそばにいるのって」。洋平の何気ないつぶやきが有羽にはうれしかった。いつの日かこうして洋平のために毎日食事を作る日がくるのだろうか。野菜をきざみながら有羽は思いをはせていた。
 本能寺(阿部寛)がマンションに帰ってくると、さおり(松尾れい子)が立っていた。「書けないんだよ」。さおりは重い表情でポツリともらした。「寒いだろ」。本能寺はさおりを部屋に入れた。
「焦るな。最初は誰だってそうだ」。本能寺は連載小説が書けずにさおりが悩んでいるのだと思っていた。「書けないのは歌だ。あたし、あんたのことが気になって何も手につかないんだよ!」。さおりは本能寺の胸に飛び込んだ。「すまない。俺はお前の気持ちに応えることはできない」。本能寺は優しくさおりを放した。「そんなにあの女が好きなのか?」。美津子の存在はさおりにも打ち明けていた。
 その時突然、玄関のドアが開いて美津子が入ってきた。本能寺とさおりのツーショットを目にした瞬間、美津子の表情は凍りついた。本能寺は動揺を笑顔でごまかした。「紹介するよ。ウチの雑誌で小説を書いてくれている安野さおりさんだ」。さおりからまっすぐな目を向けられた美津子は気色ばんだ。「だからあんなに仕事に熱くなってたんだ?」「美津子、誤解しないでくれ」。
 さおりも「あたしたち、本当に何もないよ」と口をはさんだが、美津子の表情は硬いままだった。「心の中なんて見えないのよ。だからこんな現場を見せるなって言ってるの!」。美津子は踵を返すと玄関へ向かった。本能寺は美津子の背中に声を投げかけた。「俺は美津子を信じている」。美津子は一瞬足を止めたが、そのまま振り返ることなく出ていった。
 有羽が洋平のアパートに泊まった翌朝、ドアにノックの音が響いた。「おはよーっ。あ、飯島さん、来てたんだ」。貴子(高峰陽)だった。朝食の用意をしていた有羽は笑みで繕った。「買い物に付き合ってもらおうかと思って」「今日はダメ。また今度な」。洋平がきっぱりと断ると、貴子は有羽を気にして「じゃあね」と帰っていった。「会うの?」「そりゃ近所だし、会うこともあるさ」。有羽と洋平の間に気まずい空気が流れた。「ごめん」。謝ったのは有羽のほうだった。一瞬とはいえ洋平を疑った有羽は悔やんだ。貴子は幼友達にすぎないと洋平は言ったはずだ。しかし心の奥には穏やかではいられない部分があることにも気づいていた。
 楽しい時間はアッという間に過ぎた。しばらく洋平と会えないと思うと、自宅に向かう有羽の足取りは重かった。ところがそんな気分も自宅に一歩入るなりふっ飛んでしまった。食器が散乱したキッチン。衣類が脱ぎ捨てられたリビング。「たった2日で、なんでこうなっちゃうの?」「なんでだろ?」。美津子まで首をかしげている。いつもながらどっちが母親で娘か判らない。
「元気だった?田中様」「うん」。たった一言で美津子には見抜かれてしまった。「バイバイしたら、淋しくてたまらないってわけか」。有羽も美津子の浮かない表情に気づいた。「部屋に女を連れ込んでいたの。浮気したかどうかは判らないけど」。洋平も浮気することがあるのだろうか。有羽の胸にかすかな不安がよぎった。
 翌日の昼休み、有羽が会社近くの公園でお弁当を食べようとすると、奥山(鈴木一真)が姿を現わした。「モデルの話はどうしてもダメ?」「ごめんなさい」。有羽はどうしても引き受ける気にはなれなかった。奥山はちょっと考え込むと笑顔になった。「判った。今回は諦めるよ。その代わり、今度の撮影、遊びにおいでよ」。週末は洋平が仕事だから会えない。「どんな雰囲気か、自分の目で見てみればいいじゃん」。有羽はちょっと心が動いた。
 有羽は思い切って奥山の撮影現場をのぞいてみた。「もう少し、右に」。奥山は真剣な表情でモデルに指示している。有羽と同世代のスタッフたちが活き活きと働いている。会社では味わえない活気あふれる空気があふれていた。「私も手伝います」。気がつくと有羽もスタッフを手伝っていた。撮影が終わって、有羽はスタッフの打ち上げ会に加わった。話を聞いてみると、どのスタッフも経済的には苦しいながらも、夢に燃えていた。そんな生き方があるとはこれまでの有羽は思ってもみなかった。洋平のいない1人きりの時間も大切だと思えるようになりたい。有羽の心境にある変化が生まれつつあった。

<第11回>
 「私、会社を辞めて仙台に行く。いいよね?」。有羽(深田恭子)は美津子(黒木瞳)に打ち明けた。洋平(中村俊介)との結婚はまだまだ考えられない。「先のことは判らないけど、変わりたいなって思ったの」。会社だけが人生じゃない。奥山(鈴木一真)の撮影現場で活き活きと働いている同世代のスタッフを見て、有羽は自らの生き方に疑問を持ったのだ。これからは自分の足で歩いていきたい。もちろん美津子は有羽の選択に微笑んでうなずいた。
 早速有羽は1人暮らしのマニュアル本を買ってきた。これまでの給料はほとんど手つかずで貯金してきた。洋服やバッグは美津子が買ってくれたからだ。「私、就職しても全然自立してなかったんだ」。有羽が心配なのは自分の新生活よりも、1人きりになる美津子のこと。まだ本能寺(阿部寛)と仲直りしていないらしい。「ママを裏切っていないって、ちゃんと判っているくせに」「だって」。以前までの美津子なら、好き嫌いがはっきりしていた。好きな男のことで悩んでいる美津子は美津子らしくなかった。「なんで今回は別れないの?」。有羽にじっと見つめられて美津子はうろたえた。「たぶん自信がないの。愛し続ける自信も、別れる自信も」「それって本当に愛しているからだよね」。有羽に指摘されて、ようやく美津子は自分の気持ちと向き合うことができた。翌日、美津子は本能寺に電話をかけて、いきなり切り出した。「結婚しよ」「!」。驚いた本能寺が聞き返そうとすると、すでに電話は切れていた。本能寺は受話器を握りしめたまま呆然とした。夕方、仕事を片づけると本能寺は美津子のスタジオに駆けつけた。「あれ、どういうことなの?本気なの?」「ええ、本気よ」。美津子はこともなげにうなずいたが、本能寺は信じる気になれなかった。「無理してるだろ。俺は結婚なんかしたくない。美津子と一緒にいられれば満足なんだ」「イヤ!絶対に結婚するわ」。
 美津子は指輪を取り出すと、無理やりに本能寺の左の薬指にはめようとした。ところが入らない。「こんなに指、太かった?」。美津子はあきらめて、ちゃっかり自分の小指にはめた。「あ、ぴったり。するよね、結婚」。気がつくと本能寺は美津子をしっかりと抱きしめていた。
 「今夜、東京に行くから」。洋平が急な出張で東京にやって来ることになった。「うちに来ない?ご飯、作るから一緒に食べようよ」。有羽はリビングで洋平と向かいあった。「僕のアパートに来るんじゃないの?」「私ね、1人で暮らそうと思っているの」。洋平は有羽が仙台に引っ越してくるのは、てっきり一緒に暮らすものだと思い込んでいた。「仕事を見つけて自立したいの。自分の足で歩いてみたいの」。夢を熱っぽく語る有羽に対して、洋平は現実的だった。
 「仕事なんかなかなか見つからないよ。一緒に暮らそう。僕が有羽を守るから」「どうして私には何もできないって、決めつけちゃうの?」。久しぶりに会ったというのに、2人の間には気まずい空気が流れた。
 同じ頃、美津子は本能寺のマンションにいた。「私、ウェディングドレス、着たい〜。白無垢も捨てがたいのよねぇ」。無邪気に本能寺に甘えていた美津子が真顔になった。「中学生の時、義理の父親にイタズラされていたの。そのせいで自分のことを愛せず、誰かを信じることもできなかった」。心の奥底に秘めたトラウマを打ち明けたのは本能寺が初めてだった。「よく話してくれたね」。本能寺は優しく美津子を抱きしめた。
 翌朝、美津子は有羽に報告した。「ママ、俊彦と結婚するから。一生愛しぬく覚悟を固めたの」。最初は信じられなかった有羽も、次第に美津子の真剣な気持ちが伝わってきた。「相手を縛りつけるつもりもないし、しがみつくつもりもない。だけど一生ともに生きていく覚悟を決めた証として結婚するの」。美津子は正座すると有羽に頭を下げた。「長い間、本当にお世話になりました。母親らしいこと、何もしてあげないまま嫁ぐママを許してね」。有羽はプッと吹き出した。「おめでとう、ママ。幸せになってね」。
 有羽は出社すると杉本部長(森下哲夫)に退職願いを提出した。「何で辞めちゃうのよ」。同僚の奈緒子(蒼和歌子)や美沙子(布施あい子)は驚いた。「結婚するの?」「違います。一身上の都合というか」。奈緒子たちの納得できない様子を見て、有羽は苦笑を浮かべるしかなかった。昼休みはいつもの公園のベンチで弁当を開いた。「よっ」。ひとなつこい笑顔をのぞかせたのは奥山だった。先日撮影した写真を届けに来てくれたのだ。「いい腕してるだろ。また焼肉食べ放題に行こうね」。
 有羽は写真を美津子に見せた。「すごくいい顔してる。こんなふうに、いい顔して働ける仕事、きっとあるわよ」。OLだけが仕事じゃない。アルバイトだってかまわない。仙台でもきっと仕事は見つかるはずだ。美津子は明日、本能寺の実家に出かけて結婚を報告するという。「有羽ちゃんも仙台行っちゃうし、ここは売り出すことにしたわ」「そうか、この家、なくなっちゃうのか」。もうママの部屋を掃除したり、ママのために料理を作ることもなくなる。これまでママの面倒を見ているつもりで、実はママに愛され、そして守られてきた。「不安で心細いけど、もう後戻りはできない」。有羽が自分の足で人生を歩き出す時がもう目の前に迫っていた───。


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