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第39回(2001.12.08)
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宮崎秀人

「…それに、いつか、必ず、完成させようね! フルアニメーション版ストレイシープ!」
これは第10回[You-Can]に書かれた、宇井さんの文章からの抜粋です。
それから、わずか1年足らずでこの夢を実現してしまった野村さんの底力には、今さらながら驚かされます。思えば、野村さんと出会って3年になりますが、いつも驚かされることばかりです。

僕が野村さんと出会ったのは、3年前の夏…ストレイシープ第9話「ポーの子供たち」作画の時でした。その頃作画スタッフが足りなかった野村さんが、ポーグッズを作っている会社「ベネリック」の市川さんに、誰か絵のかけてヒマな人はいないかなあ…と漏らしたところ、ちょうど、たまにベネリックの仕事をしている以外はフラフラしている宮崎という奴がいる! ということで、野村さんに僕を紹介してくれたことが始まりでした。

多少絵に自信のあった僕は、雑誌などの仕事で描いたイラストを持って、野村さんのアトリエ「ロボット・ケイジ」に行きました。野村さんの第一印象は、朗らかな笑顔と、眼鏡の奥にある、あの目です。「集中力のありそうな人だな」と思いました。野村さんは僕の持ってきたイラストを見て、「あまり、上手じゃあないなあ」と言い、ポーの書き方とポーの見本を僕に渡すと、同じように描いてくるようにと言いました。
家に帰った僕が、スケッチブックに何十匹ものポーを描いたのは言うまでもありません。その時初めてプロの目のきびしさを知ったのですから。

おかげですっかりポーを描くのが上手になった僕が、ストレイシープの手伝いを始めて1週間ほど経ったある日、いつものようにアトリエに行き、先に入っていた野村さんを見ると、なんと、野村さんのおでこに、真っ赤になった4cmほどの丸いあざが出来ているのです! しかも微妙にもりあがってさえいます。僕がそこに目をやると、野村さんはバツが悪そうに目をそらしました。「あっ、なんか聞いちゃまずいものなのかな?」そう思った僕は、チラチラと野村さんに目をやりながらも、仕事を始めました。おでこのあざはだんだん青紫色に変わっていきます。「…なにか毒虫に刺されたんじゃあないだろうか…」と、心配になりながら、ふと、野村さんの机を見ると、半球型の吸盤があるのです。そして野村さんはおもむろにその吸盤を手にとると、おでこにポコポコと吸い付けだしたのです! そして、ポコポコしながら言いました。
「いやあ、これ、くっつけてたら、あとになっちゃってさあ…」

こういった、一見おちゃめな行動も、野村さんの実験精神の一端なのだと思います。NHK教育のプチプチアニメ「ジャム・ザ・ハウスネイル」では毎回テクニカルテーマがあることを御存じでしょうか。つり、音楽、岩の回転、水、火、メカ、雨、虫、というようなテーマが毎回かかげられていて、そのテーマをいかに表現するかを試行錯誤しているのです。たとえば、「火」がテーマであった「ジャムのうそ」の回。カメラの前にガラス板を置いて、油絵の具で1コマずつ炎を描いているんですよ。また、「雨」がテーマの「ジャムとつのむし」では、地面に落ちる雨粒ひとつひとつを置き換えて撮影してるのですが、その数が500個もあるんです。手伝っているスタッフも大変ではあるのですが、モデルを動かしている野村さんなんて、10時間も立ちっぱなしで作業してたりするんです。その集中力たるや…恐ろしいくらいです。

野村さんと仕事をしていると、時々その感覚の差に、めまいのようなものを感じます。アニメーション制作の時間感というものが、何時間も作業したものが、映像では一瞬になるというような、非常に凝縮されたものですから、野村さん自身も、もしかすると凝縮された時間の中で、生きているんじゃないか、と、僕はにらんでいます。そのため、実際の年齢よりも上に見えるし、人よりも多く食べるんじゃないかと。

そんな野村さんの「ストレイ・シープ、フルアニメ化」のはなしは、去年までは「実写版ストレイ・シープ」とならんで、恐ろしい冗談のひとつとして語られていたのですが、「ポーのちっちゃな大冒険」の作画作業も、もう、あと最終回を残すのみとなりました。おそらく、野村さんの頭の中では、次の、とんでもない構想が出来ているのだろうと思いますが、僕達仕上げチームは、最終回の、膨大な動画を前に、ただ立ちすくむばかりです。


次回は、先日結婚式を挙げたばかりで、しあわせいっぱい、まつげパーマかけたての、ベネリックの市川理恵さんです。


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