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第34回(2001.09.22)
まえのひと >>

多田葉子

『奴らは、こまっちゃくれ。』

今日は、ちょっとヘンで、おかしな一団の話をしてみましょうか。


その先頭にいて、笛を吹きながらくるくる踊ったり、飛び跳ねたりしてるのが、頭領のウメと呼ばれる小鹿だ。(頭をふりまわしすぎたせいか、小鹿というには毛はとうに擦りきれてしまっているし、おしりといえばザンジバル島のおしゃべりマダム並みにぷりぷりしているから、誰も小鹿とは気づかないのではあるが)
ウメはいっぱい、いろんな芸を持っていて、いつもみんなを笑わせたり、呆れさせたりして喜んでいる。笛にはたくさんの穴があいていて、それを器用な指づかいで、うっとりするようなメロディーから、馬のいななき、鳥のはばたき、もぐらのいびきまで、耳にはいる音は何でも演奏してしまう。そんなすごい名人なんだけど、実はブーツのヒモを結ぶのには、みんなの3倍くらいかかったりする不器用名人でもある。演奏いがいのことはあまり頼りにはしないほうがケンメー、といわれている。

いつもうっとりとした表情で、ギーコギーコ弦を鳴らして、みんなで食事をするときにだって楽器ケースを抱えて離さないのは、マツ。
こいつは猿なんだけど、人の話とか、黙ってジーっと聞いていて、ここってときに一発、強烈な突っ込みを入れるのが大得意だ。まあ、頭がいいから、みんな悔しいけどふ〜ん、って聞いてるよ。でも、そうかと思うと存外、抜けてることも多くって、いつだったか次の旅に出かける準備をばんたん整えて、鈴を鳴らして、馬車がさあ出るぞっていうときに、マツだけがいない。友だちの猿たちと丘向こうの川べりでキャッキャッ遊んで、帰ってこないんだ。そんときゃ、みんなでぶーぶー言ったけど、ありゃ全然、こたえてないね。しょうがないね、猿なんだから。

そんなとき、煙草(中国の平原で育ったハーブの香りがする特製のやつだ)をくゆらせて、重心をかたっぽの足にかけた、ちょっとダンディなスタイルで「ふううむ」なんて唸っているのは、オオカミのセッキー。
こいつが鳴らす音といったら、世界中の空が裂けるくらいものすごいんだ。その割れ目から星のかけらが降ってきて、そこいら中がぴかぴかで、凍りついてた土もふわっとじゅうたんみたいに柔らかくなって、いい匂いがして、それは幸せになる。そして娘たちは最初に落ちてくる星くずを拾おうと、大騒ぎ。何か大切な願いが叶うって噂だけど、それはどうかな。まあ拾い損ねた連中だって、散らばった星くずを集めて首かざりを作ったりなんかして楽しそうにはしゃいでいるから、たいしたモンダイじゃないのかもね。そうそう。セッキーの吹くおおきなバケツのような楽器、あれは「てゅーば」と発音するんだ。「ちゅー」なんて、言いかけたとたんにぷいっていなくなってしまうから、くれぐれも気をつけないといけない。ずっと前、長老オオカミに、木と皮で、はじめて自分の乗る馬のために鞭を作ってもらったときだって、ノミを持った老に何度も「僕の名前はヘボン式だからね!」と念を押してたのを、何匹もの娘オオカミが見てたさ。なにしろ奴の好物はコダワリ草だからね。

たとえみんなが浮かれ過ぎて、草原をてんでかってにぴょこぴょこ飛び跳ねていって、それでどこかに迷ってしまったとしても、ぞう兄のコーチャンがいるから大丈夫だ。
怒るんじゃなくさりげなく「タ・タ・タ・パン!(ここだよ)」って合図を送ってくれる。そうすると、あら不思議、あんなにみんな離れていってしまったと思っていたのに、すーっと隊列に戻ってるんだ。それにコーチャンの叩きだすリズムは、よーく見ていると、いっこいっこの「おんぷ」がにこにこしながら弾け飛んでいって、赤ちゃんや、おじいやおばあのとこにも行って、こころをそれはうきうきさせてくれる。コーチャンは覚えているかな? 2年前くらいに、草原を旅して来た別の馬車隊とすれ違った日、ひと晩中、みんなで酒盛りをして。馬の酒を何杯もおかわりして、歌って踊って。あのとき、木の枝をスティックにして叩いていたあのリズムは、ころころと土にこぼれ落ちて芽を吹いて。1年中、なないろの花が咲き乱れる「虹の広場」として、旅人にはちょっと知られた名所になっているんだよ。

え? それでは僕は何者か、だって? ううん、そいつはちょっと説明がむずかしいなあ。にぎやかな服を着て楽器を吹いていると、ちんどん狸や、と言われることもあるし、みんなの食べ物を町で買い出ししたりするときにはギャラを入れた大切な皮袋を抱えているから、ギャラコって呼ぶひともいる。
あ、ギャラっていうのは、みんなで演奏をして、それで聴いてくれたひとたちがとっても幸せなきぶんになると、「お礼に」っていってくれる「しるし」なんだ。何か必要になったら、ほかのものと取り替えることができる便利なもので、紙とか石でできている。みんな石のほうをいっぱいくれるんだけど、皮袋にいっぱいになるとけっこう持ち歩きにくいんだよね。できれば紙でできたギャラのほうが僕は好きさ。

あっ、しまった!一番、だいじなやつのこと、まだ教えてなかったね。それは、通称さびしんぼうの羊、チャン。本人はきっとそんなことない!って強がったりするだろうけど、誰かが隊列から離れそうになると、たったったって駈けてきてさっさと連れ戻してくれるのがチャン。そんなふうに目くばりしてる奴は、きっとさびしんぼうに違いない、って、そう思わないかい。
チャンが両手をおおきく開くようにして、あの細いからだで演奏しているのは、アコーディオンという楽器だ。ふうーっと息を吸い込んだ「じゃばら」を珍しそうに覗きこんでいた草うさぎが、次の瞬間、ぶおーっというおおきな音の風にさらされて、風と一緒に飛ばされちゃった。その子の親は3日3晩探しつづけて、とうとう亀の石のたもとでのびていたのを見つけたというよ。
チャンの好物は、パンだ。パンを食べていれば、気げんがいい。いつも腰にくくりつけているバッグには、お気に入りのこっぺぱん(神戸屋パン)が入っているらしいよ。誰ものぞいてみたわけじゃないけどね。

実は、僕がこんな文章を書いているのも、チャンが紹介してくれたからなんだ。いや、正確にはマッキーという、おかしな声のメーメーが僕にバトンをくれたんだけど、このロボットやら羊やらが一緒に遊んでる、でっかくて、面白いワンダーランドのこと、教えてくれた。そういえば、チャンは草原のすみずみまで、知らないものはいない名作曲家でもあるんだけど、僕らの楽団でも、とびきりすてきな曲を提供してくれてること、じつはまだ知らないひともいるみたいなんだ。すっごく、いい曲だし、楽しい演奏だから、ぜひ聴いてほしいなあ。

僕たちは、演奏しながら旅をして、いい音をあつめて、おいしいものを食べて、温泉とかにも入って、それでギャラ(紙<石)をもらって、生きている。遊んでいるみたいだね、ってよく言われる。悩みがなさそうだね、とも。そうかい?
そんなふうに見えるかい? それなら僕たちは幸せだ。この広い草原にはいろんな動物たちがいて、中には死ぬほど嫌だと思うやつもいるさ。けど、でも、なんとかかんとかやっている。だってみんな同じ大地に住んでいるんだからね。大切な草を荒らしてしまったら、誰も生きていけなくなってしまうもの。

2001.9.19 多田葉子



こまっちゃクレズマ:
梅津和時(cl,sax)、松井亜由美(vl)、関島岳郎(tuba)、
新井田耕造(ds):support、多田葉子(sax)、張 紅陽(acc)

梅津和時うらサイトに、こまっちゃクレズマの活動ご案内、ライブインフォ、CD通販コーナーがあります。ぜひご訪問ください。
巻上公一さんから、このコーナーを渡されて、さあ何を書こうかとわくわくしていたら11日になって、あの事件が起きました。すっかり「楽しい原稿」を書ける自信がなくなってしまいましたが、そうだ!楽しい仲間たちのことなら書けるかも、と思い、このようなものになりました。
ワケわからない方は、どうぞライブに来てください。
10/10は高円寺ジロキチで「こまっちゃクレズマ+東京ナミィ(vo)」です。

こまっちゃクレズマのホームページ
http://webclub.kcom.ne.jp/mc/u-shi/

それでは、次は、草原にはなくてはならない雨の女神、おおたか静流(vo)さんにご登場いただきましょう。

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