F1 スーパースター列伝Vol.1
文・山口正己

シューマッハは、F1にデビューする前に何度か日本のレースを走っているが、最もシューマッハらしかったのは、1992年に走った仙台市菅生サーキットの全日本F3000レースの時だった。
F3レースで活躍していたシューマッハは、フォーミュラ・ニッポンの前身である全日本F3000に1戦だけスポット参戦した。当時のF3000は、"Qタイヤ"と呼ばれる予選専用タイヤがレース用とは別に存在していた。Qタイヤは、予選専用なので、極端に柔らかいゴムが使われていた。したがって寿命も極端に短く、まともな性能を発揮するのは僅か1〜2周と言われた。つまり、特殊な使い方が要求されたのだ。その僅か1周か2周のために、適温に温める方法もシューマッハの研究対象だった。
シューマッハは、日本のF3000に参戦した理由のひとつに、"F1を目指しているので、予選専用タイヤを勉強したかった"と予選タイヤの存在を挙げていた。当時のF1にもQタイヤが存在し、当時、全日本F3000は、唯一、Qタイヤを経験できる場だったのだ。

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