あらすじ
<第4回> <第5回> <第6回>

<第4回>
 「やった!」。徳永(田口浩正)と留美子(石橋けい)は小躍りした。ついにハル(ユースケ・サンタマリア)が迷路競争で天才ネズミ、アルジャーノンに勝ったのだ。何度やってもハルは負けない。ハルの知能が高まっているのは間違いない。「勝っちゃってごめんね」。心優しいハルはアルジャーノンに謝ったが、つぎの瞬間には喜びを爆発させた。「すばらしい!」。
 ふだんは冷静な建部教授(益岡 徹)も興奮していた。「今はまだ初期段階ですが、これからどんどん高くなっていくはずです」。ただ一人エリナ(菅野美穂)だけは一抹の不安を感じていた。「なんかちょっと怖いな」。この先ハルはどうなっていくのか。そんな思いもハルの笑顔を目の当たりにすると消えた。「エリナ先生、キレイです」「そんなことも言えるようになっちゃうわけ」。エリナにもハルの変化が実感できた。
 「冗談でしょ?」。エリナからハルの知能が高くなったことを知らされた恭子(中島知子)は笑いとばした。ところが翌日から恭子もハルの変化を信じないわけにはいかなくなった。「ハル、手で数えていいぞ」。同僚の柳元(岡本竜汰)がいつものようにからかうと、ハルは何気なく手にした荷物をきちんと置いた。昨日までならそのまま床に落としていたのに。学校の授業でもいつもたどたどしい朗読をスラスラとこなしてしまった。とはいえ職員室でエリナと2人きりになると、ハルは首をかしげた。「どうしてお母さん、来ないんですか。明日は来るかな」。エリナはなんとかしてハルの願いを叶えてやりたかった。
 翌日、エリナは再び蓮見家を訪ねた。「会ってあげてもらえませんか」。ハルの変化を佐智代(いしだあゆみ)に説明した。「自分がいい子にしていれば、お母さんが迎えに来るって、ずっと信じてるんです」。エリナは必死に訴えたが、佐智代の考えは変わらなかった。「私はあの子を捨てたの。帰ってください!」。エリナは失意のまま蓮見家を後にした。
 「ウチにいらしたんですか」。エリナは佐智代の娘、冬美(山口あゆみ)から声をかけられた。前回訪ねた時に顔を見られたらしい。「あなたが家にいらしてから母の様子がなんか変で」。時々ぼんやりしているという。「私は関係ないと思うわよ」。セールスを装ったエリナはさりげなく冬美に聞いた。「兄弟は?」「いません。一人っ子で甘やかされてます」。冬美はハルの存在を知らなかった。
 エリナから手術の成功を知らされた高岡(吉沢 悠)はハルの気持ちを確かめたかった。エリナに結婚指輪を贈ったばかりだけに、彼女のことを好きだと言ったハルをどうしても一人の男として意識してしまうのだ。「お前、頭良くなったんだって?」「はい」。高岡はたまらずクギを刺した。「だからって恋をしてみたいなんて言うなよ」。
 高岡はハルから恭子とミキ(榎本加奈子)を紹介された。「エリナ先生のお友達です」「はい、そうです」。高岡が戸惑っているとハルが思いがけないことを言いだした。「料理をするんです」。どうやら以前から料理を作ってみたかったらしい。高岡から連絡を受けたエリナも駆けつけて、みんながじっと見つめる中、ハルは「オムレツを作るんです」と胸を張った。ハルが慣れない手つきで包丁を使いはじめると、恭子は心配で見ていられない。かたやミキはただぼう然と見とれた。そしてエリナと高岡は顔を見合わせて微笑んだ。
「出来たあ!」。とうとうハルはオムレツを作り上げてしまった。「お母さんのオムレツです。とってもおいしいです。ボクは一番好きなんです」。幼き日に目にした記憶を必死によみがえらせたのだろう。「ハルがねえ、どれどれ」。まだ信じられない恭子がオムレツをつまんだ。エリナもミキも高岡も口に運んだ。「まずい」「最悪」。ミキは泣き出しそう。ハルも食べてみた。「まずいです」と吐きそう。それでもみんなは笑ってしまった。なにしろハルが自分一人きりでオムレツを作ってしまったのだから。
 「明日は迎えに来てくれるかなあ」。母親が決して会いに来るはずがないことは恭子も知っていた。だからハルの気持ちをはぐらかせようとした。「さびしいなあ。ハルにはここにいてほしいもん。お母さん、迎えに来なくたっていいじゃん」。恭子にしつように言われたハルは頭をかきむしった。「ボクは─」。どうしても母親に会いたいのだ。誰もが黙りこんでしまった。
 翌朝、工場にハルの姿が見えなかった。「寝坊?珍しいね、ミキ、ハル起こしてきて」。恭子に言われてミキはハルの部屋をのぞくがいない。「いないって、どういうこと?」。まさか一人で母親に会いに行ったのでは。現在の佐智代の家をハルが知るはずない。だとすればハルが佐智代と一緒に暮らしていた頃の家ではないか。当時の記憶をよみがえらせた可能性はある。エリナはタクシーに飛び乗った──。

<第5回>
 ハル(ユースケ・サンタマリア)が母親の佐智代(いしだあゆみ)と暮らした生家は廃屋になっていた。「お母さんは迎えになんか来ないんだ!お母さんは僕を捨てたんだ!」。知能が増進したハルは冷酷な真実に気づいた。「僕はそんなことも分からなかったんだ」。エリナ(菅野美穂)は号泣するハルを強く抱きしめてやることしかできなかった。「ごめんね、ハル君」。手術の成功は本当にハルを幸せにするのだろうか。エリナの頬を伝う涙をハルは不思議そうに見た。「エリナ先生は悪くないです。泣かないでください」。エリナの携帯電話が鳴った。恭子(中島知子)からだ。「やっぱりそこにいたんだ」。恭子からハルの無事を聞かされたミキ(榎本加奈子)もようやく安心した。
 エリナはハルに元気を出してもらおうと遊園地に誘った。いつしか2人とも声をあげて笑っていた。「苦手なんだよね」と巨大迷路に尻込みするエリナの手をとってハルがドンドン進んでいく。アッという間にゴールにたどり着いた。「すごい、ハル君」。ハルは照れたように微笑んだ。ホメられたことより、エリナの手の温かさがうれしかったのだ。
 翌日からハルは工場で明るく働きだした。ところがこれまでできなかった作業を楽々とこなすハルを目の当たりにして、同僚たちの間にはシラッとした空気が流れた。柳元(岡本竜汰)と西岡(野口優樹)が目配せしてハルの足をひっかけた。粉まみれになったハルはもう笑わなかった。「顔洗ってきます」。陰湿なイジメだと気づいたからだ。
 ハルは寝食を惜しんで読書に没頭するようになった。そのものすごい知識欲に比例するように、研究室のテストでは驚異的な勢いで知能が増進していた。「すばらしい!」。ハルの口癖が移ったように建部教授(益岡 徹)は興奮した。「僕、追い抜かれちゃうかも」。徳永(田口浩正)はむろん冗談のつもりだったが、建部教授は真顔で「だろうね」とうなずいた。とにかくハルの表情は輝いていた。「毎日が楽しいです。皆さん、本当にありがとう」。
 エリナは部屋にハルを呼んで、高岡(吉沢 悠)と留美子(石橋けい)の4人でささやかなお祝いパーティーを開いた。料理ができてエリナと留美子がリビングをのぞくと、高岡がぶ然としている。「負けたよ、生まれて初めてやったヤツに」。なんとオセロゲームでハルが高岡に勝ってしまったのだ。4人で楽しく食事していると、突然ハルが泣き出した。「こんな楽しいこと、皆には普通かもしれないけど、僕には初めて。手術して本当に良かった」。帰りの夜道、ハルは留美子に打ち明けた。「なんか胸が痛いっていうか。病気とかの痛さじゃなくて」。留美子はさりげなく聞き返した。「ハル君はエリナ先生が好き?」「はい」。留美子には痛さの原因がつかめたような気がした。
 留美子は建部教授に報告した。「知能の高さに感情がついていってないんじゃないでしょうか」。つまりエリナへの思いがハルの胸の痛みになって現れたのではないか。「このままいくと本人がものすごく傷つくかもしれません」。しかし建部教授の反応は冷やかだった。「我々は科学者だ。ハル君のデータは人類にとって貴重なデータなんだよ」。建部教授が研究室を出ていくと、徳永が留美子に同情するようにつぶやいた。「気持ち分かるよ、ハルはいいヤツだからなあ」。
 桜井パンの同僚たちに対する苛立ちや悔しさも生まれてきた。つい、ふと気づいた疑問をそのまま口に出してしまう。「こうした方が効率いいですよ」「お前、俺に教えようっていうのかよ。ふざけんな!」。原田(井澤 健)はハルを殴った。「なにが友達だよ。あんた達はバカな僕を見て笑ってただけじゃないか!」。ハルは恭子にも怒りをぶつけた。「僕は皆をすぐに追い越してやるんだ、見返してやる!」。ハルは自分でも嫌なことを言っているのが分かったが、こらえきれなかった。
 恭子はため息をついた。「前のハルの方が好きだったな」「恭子さんもずっと僕のことを笑ってたんだ」。恭子の手がハルの頬に飛んだ。「そう思うなら、ここから出ていきなさい」。恭子は通帳と印鑑をハルの前に置いた。「これまであなたがここで働いたお金です。もうあなたはウチの従業員じゃない。今までありがとう」。
 ハルが部屋で身の回りの荷物をまとめていると、ミキが気づいた。「ごめんね、元気でね」「行っちゃやだよ、ミキ一人はやだっ!」。しかしハルは振り返ることなく歩きだした。「ハル君!」。ハルは失っていた時間を取り戻したかった。「新しい人生のスタートだ」。ハルは自分に言い聞かせるとバスに乗った。佐智代の自宅へ向かうために。

<第6回>
 桜井パンを後にしたハル(ユースケ・サンタマリア)はバスに乗って佐智代(いしだあゆみ)の家に向かった。研究室の書類からひそかに住所を控えていたのだ。「お母さん!ハルだよ!僕は頭が良くなったんだ!」。ハルは手から血がにじむほどドアを叩いたが、佐智代は開けなかった。「今さらあなたに幸せを壊されたくないの。あなたを忘れてせいせいしてるのよ。帰りなさい」。ハルは背を向けたが、その目に涙はなく悔しそうにゆがんでいた。
「出ていったって、どういうことですか?」。エリナ(菅野美穂)は桜井パンの工場で恭子(中島知子)につめ寄っていた。店員たちは押し黙り、ミキ(榎本加奈子)は泣いている。「もうハルはここにいない方がいいんだよ。責任とりなさい。ハルを嫌なヤツにしないでよね」。
 ハルが大学の職員住宅に引っ越して1カ月がすぎた。特別扱いで暮らしには何の不自由もない。ハルは自分が大学にとって宝物のような存在であることを認識していた。知能の上昇は依然として止まらず、大学の授業には早くも見切りをつけた。周囲の大学生たちがくだらない俗物に見えてきた。「ヒーローだね、ハル君は」。学会の発表を来週に控えた建部教授(益岡 徹)は満足そうにうなずいた。「皆さんには感謝してます。僕をあの悲惨な暮らしから救ってくれた」。徳永(田口浩正)や留美子(石橋けい)、そして建部教授すら追い越す日も遠くない。そんな確信がハルの全身にみなぎっていた。
 エリナはハルと2人きりになると気になっていたことを聞いた。「もう私は必要ないのかな」「先生はいてくれないと困ります」。ハルは自分の知能の上昇に感情が追いついていないことに気づいていた。「人間が分からない。先生は僕にとって世界の窓口なんです」。
 エリナは気晴らしのつもりで映画に誘ったが、理詰めで見るハルは楽しまなかった。レストランで食事していると留美子と高岡(吉沢 悠)がやって来た。高校の同級生だったエリナと留美子は当時の思い出を楽しそうに語った。「皆けっこうバカなことしてるのよ。だからこれからは学習では学べないことの先生になろうかな」。部屋に帰るとエリナは高岡に打ち明けた。ハルが自分に好意を持っているのはエリナも感じている。「でもそれは母親みたいなもの。もっといろんな世界に触れたらきっと好きな女性ができるはず。ハル君が知能と感情のバランスのとれた人間になれるまで見届けたいの」「うん」。高岡はエリナの気持ちを理解してくれた。
 ハルは苦しんでいた。エリナに対する感情を理解はできても整理できなかったからだ。高岡はエリナの恋人なのにどうして銭湯に行ったり酒を飲んだりと自分に親切にしてくれるのか。自分は彼に憎悪をいだくこともあるというのに。「わからない」。ハルは高岡が一緒に選んでくれた洋服を腹立ちまぎれに投げ捨てた。
 ミキは寂しかった。ハルに会いたかった。ミキは昼休みにこっそり工場を出るとバスの停留所に向かった。ハルのいる大学へ行きたいがバスに乗る勇気がない。「何やってんだよ」。障害者学級の仲間たちだ。皆が一緒ならバスに乗れる。「次だ」。ハルのいる大学前にバスが停まった。
 研究室では建部教授がエリナを前にして頭を抱えていた。ハルが突然学会に出たくないと言い始めたのだ。「自分が実験材料みたいに好奇の目で見られるのが嫌なんだ」。エリナはハルの気持ちが理解できた。「まるで飼い犬に手をかまれた気分だよ」。建部教授の口から思わず本音がこぼれた。「何とか説得してもらえませんか」。もはやハルが素直に耳を傾けるのはエリナしかいない。
 ハルがキャンパスを歩いていると前方に人だかりができていた。ミキと障害者学級の仲間たちだ。「ハルはどこだ!なんで学校に来ないんだ!」。ハルは恥ずかしくて柱の陰に隠れた。


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