あらすじ
<第1回> <第2回> <第3回>

<第1回>
早朝のパン屋『桜井パン』の工房。忙しく働く従業員にまじって、藤島ハル(ユースケ・サンタマリア)と田代ミキ(榎本加奈子)が簡単な作業をしていた。2人とも知的障害者だが、その表情は対照的だ。ハルはいつもニコニコと笑顔を絶やさないが、ミキはおどおどしてどこか自信なさげだ。一緒に働いているのは、原田文彦(井澤健)、柳元啓輔(岡本竜汰)、西岡義人(野口優樹)、成瀬和歌子(牛尾田恭代)といった面々。
 ハルが焼き上がったパンを運ぼうとしているのを見て、柳元と西岡がニヤニヤしながら目配せした。「ハル、追加してくれ。指で計算しないと」「はい!」。ハルは手を離した。パンが床に落ちた途端、どっと笑いが起こった。みんなが笑っているのがうれしくて、ハルもつられて笑った。「さっさと拾えよ、バカ」。原田が不快そうに吐き捨てた。
 そこへオーナーの桜井恭子(中島知子)が現れた。「どうしたの?」。誰も返事しなかったが、一目で事情をのみこんだ。ハルとミキが同僚たちからからかい半分にイジメられるのは日常茶飯事なのだ。「早く拾って」「はい!」。拾い始めたハルをミキが手伝って、そのまま売り場に向かおうとすると、和歌子がきつい調子で言った。「あんたとハルは店に出ちゃダメだって言われてるでしょ」。脅えたミキはせっかく拾ったパンを落とした。「なんで、こんなヤツと一緒に働かなきゃいけないのよ」。和歌子の叫びにミキは泣きだした。あわてて駆け寄ろうとしたハルは足をすべらせて、パン粉まみれ。「ハル、早く顔洗っておいで」「はい!」。こんな時でもハルは笑顔をくずさない。恭子は呆れながらも、つられて笑ってしまった。
 ハルには店の前を掃除しながら、つい道の向こうをながめるクセがあった。「お母さん、来ない」。ハルは母親の佐智代(いしだあゆみ)に桜井パンへ連れられてきた日のことをよく覚えていた。「いじわるされても我慢するのよ。いい子にしていれば、迎えに来るからね」。ハルは母親の言葉を信じていた。たとえあの日から20年の歳月が流れてしまった今日でも。
 ハルとミキは仕事が終わると、夕方から近くの小学校の知的障害者学級に通っている。集中しない生徒の多い中、ハルは真剣に授業に取り組んでいる。「ボクもミキちゃんも頭良くなって、売り場に出たり、パンを焼いたりできるようになりたい」。そしてハルは担任教師の遠矢エリナ(菅野美穂)のことが好きだった。「ボクはエリナ先生が大好きなので」「うれしいなぁ、告白されちゃったかな」。ミキも口数こそ少ないが、エリナに対してなら職場では見せることのない笑顔をのぞかせていた。
 エリナは恋人の高岡晴彦(吉沢悠)に、仕事に対する無力感をもらした。「頭が良くなりたい前向きな生徒がいるのに、私は力になれているのかなって」。ハルのことだ。外食に出かけた2人はいつしか桜井パンの前に来ていた。「ここ、さっき話したハル君が働いてるの」「なんか、ちょっと妬けるなあ」。冗談めかした高岡の頭には明後日のエリナの誕生日のことしかなかった。プロポーズするつもりだったのだ。
 なんとかハルの力になってやれる方法はないものか。エリナは友人の小林留美子(石橋けい)の働く大学の研究室を訪れた。エリナは建部教授(益岡徹)に引き合わされた。「人間の知能を増進させる研究をしています」。すでに動物実験では結果を出しているという。「あなたの生徒たちの知能を回復させられたら素晴らしいと思いませんか」。留美子が身を乗りだした。「ちかく最初の人体実験をするの。適性のある人、エリナ知らないかな?」。エリナは思わず気色ばんだ。「冗談じゃないわよ。私の生徒に実験台になれってこと!」。建部の説得もエリナの耳には入らなかった。「ごめんね。留美子の立場、悪くした?」。エリナは詫びたが、自分の生徒をそんな実験に参加させるなんて言語道断だった。
 授業を終えたハルとミキは夜道を歩いていた。その日はエリナの誕生日だった。山の植物園にさしかかったハルは以前遠足で訪れた時の記憶をよみがえらせた。あの時、エリナは大好きな花を教えてくれた。突然ハルは走りだした。「ハル君?」。1人残されたミキはパニック状態で動けない。「こんにちは」。閉園した植物園に人の気配はない。ハルは柵を乗り越えた。
 その頃、エリナは高岡とフレンチレストランで向かい合っていた。誕生日のお祝いにしては、高岡はいくぶん緊張気味。というのもポケットに婚約指輪を忍ばせていたからだ。「あのさ」。まさに高岡が切りだそうとした瞬間、エリナの携帯電話が鳴った。「えっ!」。ハルが警察に連行されたという。2人はレストランを飛びだした。
 ハルは警察の廊下で身を小さくして座っていた。服はボロボロ、殴られたのか口には血がにじんでいる。それでも花を1本だけ、ギュッと握りしめている。エリナと高岡が到着すると同時に、部屋の中から恭子が出てくると、ハルの頬を勢いよくひっぱたいた。「なんで約束守らないのよ!」「ごめんなさい」。エリナは黙っていられなかった。「何があったのか、ちゃんと話を聞いたんですか」「あんたなんかに関係ないわよ!」。恭子はエリナに嫌悪感をむき出しにすると、ハルを連れて帰ってしまった。
 エリナは警察官から事情を聞いて切なくなった。ハルは花がほしくて植物園に入って、見つけられた警備員と格闘になった。「説明してくれたら私も殴ったりしませんよ」。警備員もさすがに後味が悪そうだった。ハルが最後まで握っていたのは、遠足でエリナが大好きと言ったあの花だった。「ごめんなさい。出ていけなんて言わないで」。うなだれるハルに向かって、恭子は優しく微笑んだ。「ずっといていいのよ」。恭子の夢は女優になることだった。しかし父親を亡くしてパン屋を継ぐことになって、ハルとミキを守っていくことを決めた。「でも先生に惚れるなんてのは勘弁してよ」。恭子はハルがエリナに心引かれていくのが許せなかった。「こんなことをしたんだから学校はしばらく休みだよ」。ハルはうなだれてしまった。
 翌日からハルとミキは登校しなくなった。エリナは2人の空席を見ているうちに決心した。ハルに建部教授の手術を受けさせたい。エリナは恭子に事情を打ち明けた。数日後、ハルはエリナに連れられて、建部教授の研究室を訪ねた。脳の手術を受けたマウスがいた。複雑な迷路をアッという間にゴールまでたどりついた。「すっごーい!」。ハルは歓声をあげた。マウスの名前はアルジャーノン。ハルはノートに記した。「きょう、ともだちがいっこできました。ともだちの名前は、アルジャーノン」と──。

<第2回>
 建部教授(益岡 徹)の研究室でハル(ユースケ・サンタマリア)の検査が始まった。「ハル君、これは何に見える?」。研究員の徳永(田口浩正)がロールシャッハテストの絵をハルに示した。「黒いペンキをこぼした絵!」。徳永が絶句するとハルはうれしそうに拍手した。「すばらしい!」。
 今度は留美子(石橋けい)がハルに一枚の絵を見せた。父、母、兄、妹の4人家族の絵。「この絵を見て、お話をつくってくれないかな」「ボクはパンをつくる人。お話をつくるのはミヤザワケンジのような人です」。もちろんハルは大真面目。2人のやりとりを見ていた徳永が苦笑した。
 ハルのおかげで研究室が明るくなった。「みんなに愛されています。それに彼には向上心がある」。建部教授はエリナ(菅野美穂)に向かって満足そうにうなずいた。「手術には肉親の承諾書が必要になります」。ハル本人には無理だ。当然エリナの役目だった。 「おやすみなさい、エリナ先生」「うん、また明日」。ハルをアパートに送り届けたエリナは、営業を終えた桜井パンの売り場に目をやった。無人の店内でミキ(榎本加奈子)がうれしそうにショーケースをふいていた。「毎晩のようにやっているのよ」。恭子(中島知子)が哀れむようにつぶやいた。ミキが殺風景な工場より、明るい売り場に憧れるのは分かる。しかしその気持ちを察して、ミキを売り場に立たせたらパニックになった。ハルもパンを焼きたがったが、やはりお話にならない。「でも私は今のままでいいと思うんだ」。恭子は手術でハルの頭が良くなるなんて少しも信じていなかった。かたや手術に望みをかけるエリナは翌日、承諾書をもらうためにハルの母親、蓮見佐智代(いしだあゆみ)を自宅に訪ねた。「あの子のことは忘れたんです。ですからお任せします」。署名を書き終えた佐智代にエリナは思わず聞いた。「どうしてハル君と一緒に暮らしてあげないんですか?」。佐智代は微笑を浮かべて答えた。「私ね、あなたみたいな人が一番嫌い」。
 ハルの知能が幼児のままだと医師から宣告された時、佐智代は運命だと思おうとした。けれど周囲の反応は厳しかった。酒におぼれた。夫はそんな妻と子供との暮らしが嫌になって、2人の前から姿を消した。「あの子を殺して私も死のうとしたわ」。そんな最中、佐智代は妊娠に気づいた。「怖かった。またハルみたいな子なんじゃないかって」。  佐智代の不安は杞憂だった。生まれてきた女の子は同じ年の子の中でなんでも一番早くできた。「母親同士の中で誇らしかったわ」。ところが自宅で誕生日会をしようとしたら、誰も来なかった。ハルがいたからだ。「この子さえいなければ」。佐智代はハルを桜井パンに預けた。以来一度も会っていない。親子の縁を切ったも同然だった。エリナが蓮見家の玄関を出ると「こんにちは」と声をかけられた。大学生に成長したハルの妹、冬美(山口あゆみ)だった。彼女は兄の存在を知らなかった。
 エリナが桜井パンまで帰ってくると、恭子をはじめ従業員たちが大騒ぎしていた。ハルが大きな木の上にいる。今にも落ちそうなのに本人は笑っている。「私が行く」。柳元(岡本竜汰)と西岡(野口優樹)がはしごを持ってくると、エリナが上りだした。「それ何?ハル君」。ハルの隣りに腰を下ろしたエリナは、ハルが握りしめている紙に気づいた。「家族のお話です」。研究室の検査でもらった家族の絵だ。どうやら風で飛ばされたのを取ろうとして、木に上ってきたらしい。「ボクのおかあさんはとってもやさしいです」。佐智代に会ってきたばかりのエリナは胸を締めつけられた。ハルはエリナの亡くなった弟にどこか似ていた。「頑張ろうね、ハル君」「はい!」。ハルは元気いっぱいに返事した。
 高岡(吉沢 悠)はせっかく買った指輪をエリナに渡しそびれていた。一緒に暮らしていてもエリナはいつも何かに気を取られていたからだ。「ハル君のことで忙しいんだろ」「うん」。高岡はいつしかハルに対して嫉妬にも似た感情を抱いている自分に気づいた。思い切って本人に会ってみることにした。「俺もハル、晴彦っていうんだ」「あなたもハル?すばらしい」。ハルの屈託ない笑顔を見ている内に高岡のわだかまりは消えた。「ただの子供だよな」。
 ついにハルの手術日が決まった。「すばらしい!」。手放しで喜ぶハル。しかしエリナは怖さを感じていた。ハルから内緒で打ち明けられたミキも不安だった。もし失敗したらハルはどうなるのか?
 いよいよ手術が始まった──。

<第3回>
 手術を終えたハル(ユースケ・サンタマリア)は病室で目覚めた。「無事終わったよ」「じゃ、ボクは頭が良くなっているのですね」。ハルは心配そうに見ているエリナ(菅野美穂)におかまいなく病室を飛び出した。ハルは研究室でくつろいでいた徳永(田口浩正)につめ寄った。「アルジャーノンと勝負です!」。ハルは勝つ気満々で天才ネズミのアルジャーノンとの迷路勝負に挑んだ。しかし結果は以前どおりにアルジャーノンの圧勝。ハルはまったく歯が立たない。「きっと徐々に成果は出てくるはずです」。建部教授(益岡徹)は手術の成功に自身を持っていた。しかし当のハルはすぐにも頭が良くなるものと確信していただけにショックは大きかった。「ボクはまだバカです」。ハルはうなだれた。「仕事休んで頭でも良くしてもらったのか?」。エリナに連れられて帰ってきたハルを桜井パンの同僚たちは軽い気持ちでからかった。「でもボクはバカです」。ふだんなら天真爛漫な笑顔が返ってくるはずなのに、ハルの表情は沈みこんだまま。恭子(中島知子)は心配になった。ハルはミキ(榎本加奈子)だけには本心を打ち明けた。「ごめんなさい。失敗でした。しょんぼりです」。
 ハルは職場でも教室でもしょんぼりとして元気がない。研究室では繰り返しアルジャーノンと競争したが、結果は常にハルの負け。「そろそろ何らかの兆候が見えてもいい頃なんだが」。建部教授がため息をもらすと、ハルはがっくりと肩を落とした。「ボクはダメです。お母さんもお迎えに来ません」。
 落胆するハルを送り届けたエリナが帰ろうとする恭子に呼び止められた。「あんた、自分が何したか、分かってんの? 明るいだけが取り得のアイツにさ、なんであんな哀しそうな顔させるのよ!」。恭子に責められてもエリナは一言も言い返せなかった。そんな2人の様子をたまたま工場の前を通りかかった高岡(吉沢悠)が息をひそめて見ていた。
 「あなたが悪い人じゃないことは分かるけど」「そうじゃないんです。私には弟がいたの」。エリナには3歳違いの、ハルと同じ知的障害をもった弟がいた。エリナはハルのようにいつもニコニコしながら、彼女のあとをついてくる弟のことがうっとおしかった。母親に頼まれて2人で買物に出かけたある日、エリナは憧れの先輩に出会った。「弟のこと、見られたくなかった」。エリナが逃げ出すと、パニックになった弟はあとを追った。そこへ車が飛び込んだ。「私が殺したの」「もういいよ」。思いもかけない告白に今度は恭子が言葉を失った。ショックを受けた高岡はその場からそっと離れた。
 「エリナ先生、どうしましたか?」。ハルが不思議そうに2人を見ていた。「あんたが元気ないからだよ」。恭子に言われたハルはパン粉を頭からかぶっておどけてみせた。ハルの気持ちが分かった恭子とエリナは大笑いした。「楽しい!すばらしい!」。騒ぎに気づいたミキがぽかんとした顔で見ていた。「ミキちゃんもおいで」。4人は粉まみれになってはしゃぎまわった。
 アルジャーノンとの競争では依然として負け続け、職場と教室では失敗ばかり。それでもハルの表情に笑いがよみがえった。「ボクは笑った方がいいので」。ハルの気持ちを知ってしまったエリナと恭子は、そんな健気なハルを見ているのがつらい。高岡もハルのことが頭から離れなくなった。「お前さ、エリナ先生のこと、好きか?」「はい、大好きです」。高岡はエリナと結婚したい気持ちをハルに打ち明けた。「幸せにしたいんだ」。
 「エリナ先生笑うとボクもうれしいです。ともだち」。ハルから握手を求められた高岡はやっと安心した。ハルがエリナを女性として見ているはずがない。気持ちに整理のついた高岡はエリナに告げた。
 「エリナの弟の話、聞いちゃったんだ」。エリナは表情を強張らせたが、高岡はもうためらわなかった。「もう十分やったんじゃないか。結婚しよう」。エリナの目に涙があふれた。
 その頃、ハルは休みを返上して研究室でアルジャーノンとの競争に挑んでいた。徳永と留美子(石橋けい)は信じられない思いで顔を見合わせた。「やった!」。ついにハルが勝ったのだ。知能は間違いなくアップしている。「すばらしい!」。3人は抱き合って喜びを分かちあった──。


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