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2010年 情報制作局 環境プロジェクト とくダネ!家族で考える環境

[2010年11月5日更新分]

<今年のテーマは「水」>
今年は国連が定める国際生物多様性年。
生物多様性とは、あらゆる生物種の多さと、それらによって成り立っている生態系の豊かさやバランスが保たれている状態を言います。現在確認されているだけでも175万種もの生物種が、それぞれの環境に応じた相互の関係を築きながら多様な生態系を形成し、地球環境と私たちの暮らしを支えているのです。

その生物多様性を担保するために欠かせないものが。地球上には14億km3の水があるといわれていますが、飲み水に使えるのはそのうちわずか0.01%。それほど貴重で、私たちの生活で欠かせない「水」を入り口に、 環境について家族で考えるきっかけを提供するのが私達のねらいでした。

<水にまつわる5つのギモン>
水の大切さを考える上で私たちは5つのギモンを設定し、5日間にわたってとくダネ!とく撮コーナーで放送しました。

8月16日(月)
大阪・淀川の水は飲めるのか? ~源流を突き止めて見えた一滴の輝き~

初日、私たちが注目したのは滋賀県から京都府を抜け大阪湾に流れる淀川でした。淀川水系には、水質ワーストランキングの上位に挙げられる川があります。そうしたことからか、流域の大阪府では多くの家庭で浄水器を設置。水道を全く信用していないようです。しかし、昭和50年くらいまでは淀川で子どもたちが遊び、水道水は夕飯の調理にも欠かせないものでした。

なぜ、こんなことになったのか?そこで、私たちは大阪在住で、水道水を全く子どもに与えていない家族とともに淀川をつぶさに見てみることにしました。 すると、下流付近で汚れていた水も、上流へ近づくに従い、水の透明度は増し、様々な水生生物が生きる川であることに気づきます。そして、最終的に滋賀県内の山にある源流にたどり着きます。そこは下流とは別世界、岩の間から流れ出る冷たい澄んだ水はもちろんそのままでおいしく飲めます。このことから、では、どこで淀川は汚れてしまったのか考え、その原因が私たちの暮らしにあるという「気づき」を導きました。

8月17日(火)
子どもはなぜ川で遊ばなくなったのか?~岐阜・郡上八幡で見た“川の絆”~

2日目は、子どもたちの川遊びから水との関わりを考えてみました。かつて子どもたちの夏の遊び場といえば川でした。魚をとったり、泳いだり…。しかし、最近、子どもたちが川で遊ぶ様子を見かけません。「危険」ということから、学校や親たちは子どもだけで川遊びをすることを禁止しているところが多いのです。

そこで、私たちは東京都内に暮らし、水遊びをしたことがないという兄弟のいる家族とともに岐阜県の郡上八幡地区を訪ねました。ここでは、今でも、川は子どもたちの最大の遊び場。放課後ともなると、子どもたちが川で泳いだり、飛び込んだり…。もちろん、そこに大人の姿はありません。上級生がリーダーとなり、危ないところは避け、無理をさせず、みんなに目配りしながら遊んでいるのです。誰に「そうせよ」と言われたわけでもなく…。

そして川と深い関わりを持っていたのは子どもたちだけではありませんでした。郡上八幡の町を歩くと、川の水を引いた用水路が家々の間を走り、そこでは大人たちが野菜を洗ったり、飲み水にしたり。しかも、水路の使い方は用途に応じて、細かく決められており、誰もが気持ちよく水が使える不文律がありました。

ここで私たちは水遊びの大切さを再確認します。水を大切に使う大人たちもかつては子ども。夏場は川で遊んでいたはずです。この「川遊び」が大切だったのです。子どもの頃から川に親しんでいた彼らだからこそ、水の大切さを知っており、自分の子どもたちがのびのび遊べる川をずっと守っていきたいという思いがあったのです。


8月18日(水)
魚の住める水は取り戻せるか? ~家庭排水から見えた海の汚れ~

3日目は私たちの生活排水から水の大切さを考えてみました。
川の水を汚している最大の原因は生活廃水です。しかし、その事実はあまり普段、意識されることはありませんし、ましてやどれだけ汚しているかなど想像もつきません。

そこである家庭に協力してもらい、一度の料理でどれくらいの水を汚しているかを検証。汚さない調理法を考えるとともに、例えば、牛乳コップ一杯を下水に流したときにどの程度、水が汚れ、これを魚が住めるまでに回復させるためにはどれだけの水が必要か、子どもたちにバケツリレーで体感してもらいました。

こうした検証によって水河川汚染の大きな原因が私たち一人ひとりの生活排水にあることを再確認し、考えてもらうきっかけにしました。


8月19日(木)
なぜ水を買うようになったのか?~豪・バンダヌーンで見た飲み水の常識~

4日目は水を買うことを改めて考えてみました。
日本で、最初に水が缶入りで販売されたのは80年代、旧国鉄の自販機。その後ペットボトルが現れ、2000年代前後に急速に販売量を伸ばします。

しかし、ここでひとつのギモンが浮かびます。そもそも世界で最も上質の水が、しかも安価で利用できる水道網のある日本で、なぜ人々はペットボトルの水を買う必要があるのでしょうか?その理由を探るためオーストラリアの人口2000人ほどの町・バンダヌーンを訪ねてみました。

この町は去年、住民投票によってペットボトルの水の販売を禁止したのです。もちろんこんな条例は世界のどこにもありません。住民たちは、ペットボトルの水なしに、どのような毎日を過ごすのか、ある家族に密着して見てみました。すると、学校へ、職場へ、自分の水筒に水を入れていく習慣が定着していることがわかります。その「習慣」をバックアップするために町のいたるところに給水所も設けられていました。

こうまでして水を買わないことを徹底している理由を探ると、実は、水資源の枯渇という大きな問題が見えてきました。同じオーストラリアには、大手清涼飲料水メーカーが大量に水を吸い上げたために、町全体が水不足になったところがあったのです。本来、降った雨が川となり、これを人々が利用。水蒸気となって上空へとあがり、また雨となって地面を潤す…そんな自然が織り成す絶妙のサイクルがあります。

これを無視して大量に取水すると、たちまち水が枯渇するという恐ろしい現実が待っていたのです。同じ轍は踏まない、これこそ住民たちが水を買うことをやめた理由でした。果たして、水道の整備された日本で、水を買うとはどういうことなのか、オーストラリアの取材を通じて、問いかけました。

8月20日(金)
東京で掘った井戸の水は飲めるのか?~井戸を掘って見えた水の価値~

最終日は、昔、当たり前に利用していた井戸をきっかけに水を考えてみました。色あせつつある言葉の一つ、「井戸端会議」。かつて井戸は町の要所に存在し、人々が暮らしの水を求め集まっていました。自然とよもやま話に花が咲く…。

井戸は生きるための水を提供してくれる同時に、地域の人々を結びつける機能もありました。そんな井戸の“役割”は蛇口をひねれば水が出る現代の人は知る由もありません。それならば!と私たちは東京都内在住の家族に井戸を掘ってもらいました。果たして飲み水は堀あてられるのでしょうか?
ただし、これはあくまで家族への説明にすぎません。私たちは水を掘り当てることを目標にしていたのではなく、真夏に汗をかきながら井戸を掘るという作業を通じて、家族に水道水のありがたみを実感して欲しいと考えていたのです。

今も現役で活躍する井戸掘り職人の監修のもと、井戸を掘り進めること3日、無事、水は湧き出ました。しかし、この先が私たちの予想とは違ったものになりました。井戸水を飲むのは自己責任。飲んで罰せられるというものではありませんが、安全のためにもと水質検査を行ったのです。すると、結果は飲み水に不適切と判定されたのです。昔は降った雨が地面をくぐっていく中で自然にろ過され、井戸水として飲めていました。

ところが、現代はどうか?町へ目を向けるとほとんどがアスファルトかコンクリートで覆われ、雨水が自然にしみこめる環境はほとんどありません。農地に目を向けても農薬が四季を通じて散布され、これらもやがて土へとしみこんでしまいます。苦労して掘った井戸の水が飲み水としては使えないという現実を突きつけられた家族は、現代人の環境を省みない暮らしが足元の水へひずみをもたらしていたことに気づきました。

「水は大切」…、そんなことは誰でも思っているはずです。しかし、水道水をひねれば簡単にきれいな水が得られる生活をしている私たちは、アタマで大切さを理解していても、なかなか実感はできていないのではないでしょうか?
今回、5つのギモンを設定し、家族みんなが実際に汗をかきながら水の大切さを実感してもらうという手法をとったことで、視聴者の方々にも水の大切さをより深く心に刻んでもらえたのではないかと考えております。

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