オンエア
小太りのおじさんが、突然 服を脱ぎ出すと、バレエダンサーが着るチュチュを身につけ…踊り始めた。
どう見ても変わったおじさん。
実は彼、街のいたるところで、裸にチュチュという姿で写真を撮り続けている。
なぜ彼はそんな格好の写真を撮り続けるのか?
そこには…世界を感動で包んだ深い愛の物語があった。
今から41年前、ボブ・キャリーさんは大学を卒業後、地元アリゾナで写真家として働いていた。
翌年、彼は友達の紹介で、ある女性と出会った。
彼女の名はリンダ。
二人は意外なところで気が合った。
彼は突然無茶なことを提案する変わった人物だった。
ボブ「彼女は私がすることを認めてくれて、お互いが気持ちよく過ごせるような関係を築けました」
出会ってから2年後、二人は結婚。
リンダさんは写真家のボブさんのアシスタントとなり、公私にわたりサポート。
子宝には恵まれなかったが、いつも笑顔に包まれ幸せな生活を送っていた。
そんなある日のこと。
バレエのプロモーション活動の仕事が舞い込んだ。
依頼はダンサーの撮影ではなく、アートの一環としてバレエを表現してほしいというものだった。
しかし、仕事を引き受けたものの、ボブさんは一度もバレエを見たことがなかった。
そんなボブさんにリンダさんはこう言った。
「あなたみたいにバレエに興味がない人が見て楽しめる写真を撮ればいいのよ」
リンダさんの言葉でボブさんにはあるアイデアが浮かんだ。
そして、ボブさんが撮った写真を見て、リンダさんは笑った。
それはボブさんが上半身裸になって、バレリーナのスカート、チュチュを着た姿だった。
リンダさんは夫がスタジオに一人こもって、真面目にこの写真を撮っている姿を想像したら、笑いが止まらなくなったのだ。
こうして無事、依頼された仕事を終えたボブさん。
そして翌年、ボブさんはニューヨークというアートの最先端の街で勝負してみたいと言い出した。
順調だったアリゾナでの仕事を捨て、新天地での挑戦。
突飛なことを言い出すボブさんらしい提案だった。
ボブさんとリンダさんは、今まで慣れ親しんだアリゾナを出てニューヨークに引っ越すことに。
当時二人は43歳、新たなる冒険に胸を躍らせた。
しかし、ニューヨークに拠点を移したものの、すぐに仕事の依頼が来るわけではなかった。
そして更なる試練が二人を襲う。
リンダさんが乳がんになったのだ。
ボブさんは異常なまでに動揺した。
彼には乳がんに対してある恐怖心があったのだ。
実はボブさんの母、祖母、さらには友人までもが乳がんで亡くなっていた。
彼にとって乳がんとは死の象徴だったのだ。
ボブ「リンダの病名を聞いた時、治療方法やどのようにしたら彼女の力になれるかなどを考えようとしたのですが、やはり少し取り乱してしまいました」
がん発覚から3週間後、リンダさんは乳腺切除の手術を受け、化学治療や放射線治療を続けながらの闘病生活が始まった。
ボブさんは死の恐怖心と闘いながら、彼女にできるだけ付き添い、懸命に看病した。
実はこの頃…仕事は未だ軌道に乗らず、リンダさんの手術代、入院費など経済的にも追い込まれていた。 だが、妻の前ではそんな辛い顔を見せず明るく振る舞った。 そしてリンダさんも、夫に心配をかけまいと気丈に振る舞った。
しかし、乳がん発覚から3年後、さらなる過酷な運命が二人を襲う。
がんが肝臓へ転移していたのだ。
リンダさんから日に日に笑顔が消えていった。
特に副作用の強い化学治療を受ける時は、憂鬱な気持ちを隠すことができなかった。
辛い治療で苦しんでいるリンダさんに対して、そばにいても何もしてやれない自分が情けなかった。
そんなある日、ボブさんは何かを思い立った。 そして、あるものをリンダさんに見せた。 ボブさんが見せたもの、それは…昔リンダさんが笑ってくれたことを思い出し、改めて撮影したチュチュを着たあの写真だった。
さらに、ボブさんの思いは意外な効果を生んだ。
ボブさんの写真は、リンダさんの辛い治療の何よりの薬となった。
ボブ「妻が笑ってくれた時は幸せでした。彼女が喜んでくれることが私の喜びなんです。
ボブさんは、リンダさんに新作を披露し続けた。
リンダさんもその時だけは笑顔になり、闘病生活の辛さを忘れることができた。
それがボブさんにとって何よりも嬉しかった。
しかし実際は…変質者と間違えられたり、またある時は…自殺志願者と間違えられ、通報されたりもした。
それでもボブさんは写真を撮り続けた。
愛する妻の笑顔のために。
クスッと笑えて、けれどどこか心が温まる。
そこにはひたすらに妻を想う、ボブさんの深い愛が溢れていた。
写真の効果は絶大だった。
病院内で落ち込んでいる他のがん患者にボブさんの写真を見せると、みな笑顔になり、病室が笑い声に包まれた。
ボブ「リンダが皆に写真を見せて笑っているのを見て、とあるプロジェクトを思いつきました」
それがリンダさんと同じような、乳がん患者を支援する団体、『チュチュプロジェクト』。
団体では、ボブさんのチュチュ姿を撮った写真集を販売、その収益を乳がんの治療が必要な患者のサポートのために寄付しているのだ。
そしてリンダさんが乳がんを宣告されてから23年が経った今年、我々は現在ボブさんが住む、マンハッタンの自宅を訪ねた。
前回の取材から12年。ボブさんは変わらずお元気で、現役の写真家として精力的に活動を続けているという。
そしてリンダさんも…変わらず、温かい笑顔で出迎えてくれた。
リンダ「私は今も乳がんと向き合っていて、肝臓に転移してからもう20年近くになります。私のように長く元気に過ごせるケースは珍しくて、医師からは『奇跡的な存在』なんて呼ばれているんです」
現在も化学治療を続けてはいるが、病状は落ち着いた状態を保っているという。
写真集の販売から始まった『チュチュプロジェクト』。
ボブさんのこの活動は海を超え、ヨーロッパ他、世界各国で大きな話題を呼んだ。
その後、みんなでチュチュを着て歩き寄付を募る『チュチュウォーク』を開催するなど、支援の輪は世界中へ広がっている。
リンダ「これまでに50万ドル(約7,500万円)以上の寄付金が集まりました。近所の12歳の少女5人が、バザーで1,400ドルを集めて大雨の中、小切手を届けに来てくれたこともあったんです。この出来事は私たちにとって特別な体験でした」
『妻を笑わせたい』その一心で身に纏ったピンクのチュチュ。
二人が生み出した温かい希望は、これからも世界中を包み込んでいくことだろう。