オンエア
今から36年前、神奈川県相模原市に、ある商品を専門に売る店がオープンすることになった。
その店のアルバイト募集に、一人の女性が応募。
それは…40歳の主婦だった。
実は、この女性の奮闘によって『ある店』が、誰もが知る超人気店になる!
結婚してから18年間、専業主婦として家族を支えてきた。 2人の娘も手がかからなくなり、塾代の足しになればと、軽い気持ちでアルバイトに応募したのだが…この主婦は、極度のあがり症。 しかも接客業の経験は、ゼロ。
しかし、この主婦はまるで自分の家のように、至る所をピカピカに磨き…自分の家を片付けるように、商品の陳列にも気を配った。
社長「トイレも床もピッッカピカ!棚の商品もキッチリ!いつもありがとう。助かるよ」
彼女はこの社長の言葉に感激した。
彼女が社長の言葉に感激した理由。
それは…家では家事は当たり前…家族から普段、感謝の言葉をかけられることなど、なかったからだった。
主婦としてやってきたことが役に立ち、しかも…感謝までしてもらえる。
それが励みになり、あがり症も徐々に克服、接客も楽しめるようになっていった。
しかし、主婦という立場が邪魔をすることも…。
当時は、女性が家を守るのが当たり前という風潮が残っていた。
彼女としては、家事も仕事も全うしたかったのだが…仕事をしたくても、アルバイト仲間の手前、いい格好していると思われたくなく、後ろ髪をひかれる思いで、帰ることもあった。
そんな日々が一年ほど続いた、ある日…2号店の店長にならないかと打診されたのだ。
社長は、彼女の持つ、主婦としてのスキル、そして人に喜んで欲しいと頑張る姿をちゃんと見ていたのだ。
夫は「女性は家庭」という昔ながらの考え方の持ち主。
彼女の仕事に対する理解は、なかなか得られなかったが…それでも店長を引き受けた。
とは言え、失敗は許されない。
彼女は必死に働き、アルバイトを指導した。
しかし、彼女の必死ぶりは、アルバイトスタッフに全く伝わらず…足並みが揃わない結果、開店当初は1日10万円ほどだった売り上げは、目に見えて下がっていった。
そして、その年のクリスマス。 わずか一年、しかも あと一ヵ月で2号店を閉店すると告げられたのだ。
そのことをアルバイトたちに話すと…アルバイトたちは店を残そうと奮起!
実は、彼らも一人頑張るこの主婦を横目で見ながら、どこか申し訳ない気持ちを持っていた。
しかし…アルバイトの彼らには、給料をもらう以外に目標がなく、がんばるモチベーションが、どうしても上がらなかった。
だが、そんな彼らも、現実に閉店を突きつけられた事で目を覚まし、『店を残す』という目標が出来たことで、一致団結したのだ!
そして、1ヵ月後…実は、1日3万円しかなかった売り上げが、なんと…最高で、1日20万円以上にもなったのだ!
2号店の売り上げがV字回復したことが評価され、店舗は存続することに!
2号店の復活を足がかりに、この店は年々成長。
1号店のオープンから4年後には、100店舗にまで拡大した。
そして、この主婦は、いくつかの店舗を渡り歩き、会社に貢献していった。
そんな中、この主婦は、V回復させた実績が買われ…売り上げが低迷する、東京・八王子・堀之内店の立て直しを依頼されたのだ。
すぐさま彼女は、業務の改善に乗り出した。
短期間で結果を出さなくてはいけなかったため、細かいところまで、徹底的に指導していった。
そんな、年末のある日…あろうことか、年末年始の繁忙期に10人以上いた学生アルバイトが、新店長になった彼女に反抗し、出勤を拒否。
本部から数人の応援が来てくれたが、それでも人手は足りなかった。
そんな状況を打破すべく、彼女は様々なアイデアを閃く!
極力、無駄な動きをなくし、常に商品を補充。
さらに…『いらっしゃいませ』の声を、やまびこのように次々とつなぎ、従業員がたくさんいるように見せかけたのだ。
そんな中、彼女はある事を考えていた。
それは、なぜアルバイトたちはボイコットしたのか?ということ。
何かに気づいた彼女は…スタッフたちに『あること』を伝えていく。
すると、残ったスタッフ全員が…積極的に動くようになったのだ。
こうして嵐のような数日間を乗り切った頃…ボイコットしていたアルバイトたちが戻ってきた。
それまでとは正反対の、生き生きと働くスタッフの姿を見て、ボイコット組も働き始めた。
そんな彼らにも彼女は、残ったスタッフたちと同じ『ある言葉』をかける。
それは『褒め言葉』。
ボイコットしたことを咎めるのではなく、スタッフが行った事をどんどん褒めていったのだ。
やったことが認められる…それだけで、人はやる気が出る。
それは、彼女が身をもって体験してきたことだった。
そして、1カ月後…彼女が頑張るスタッフを褒めに褒めた事で皆のモチベーションが上がった結果…売り上げ不振で喘いでいた店が、約100店舗のトップに登り詰めたのだ!
さらに、少人数で店を回すという苦肉の策から生まれた「ダッシュ」「出し切り」「やまびこ」は、全店のスタンダードになった!
その影響もあり、この店は、全国400店舗にまで拡大!
そして、元々パート主婦にすぎなかった彼女は、その中心的な人物として、様々な店舗を渡り歩き、活躍を続けた。
一方、家庭での評価は…娘たちは彼女を応援してくれたが、夫の理解は得られることはないままだった。
そして、彼女が『この店』で働き始めて16年後のある日、奇妙な電話が…「社長からの伝言です。明日までに美容院に行って、髪を染めてくるように、と」
その理由は、アンビリバボーな、ある発表をするためだった!
さらに、彼女も知らなかった、ある人物の秘められた想いが明らかに…。
たくさんの報道陣が集まる中…緊張した面持ちで、前に立つ彼女。
パート主婦から、当時全国800店舗を超える、企業の社長になったのだ。
そんな前代未聞の出来事は、大きな話題に!
その会社とは…書物を中心に中古品の買取と販売を行う、国内最大級のチェーン店『ブックオフ』!
彼女の正体は、2代目社長の橋本真由美さん。
ブックオフ創業者だった前社長は、学歴や経験ではなく、橋本さんの主婦感覚と誰よりも人を大事にし、現場スタッフのやる気を育てる手腕を評価したのだ。
しかも!橋本さんの人を思いやる心と謙虚な姿勢によって、彼女はブックオフで誰もが目にしている、アレを爆誕させていたのだ!
それは…『本、お売りください』という、キャッチフレーズ!
多くの中古品販売店は、謳い文句として『高価買取』という言葉を掲げているが…『上から目線な言葉』だと感じた橋本さんは、『買わせていただく』という気持ちを込め、『お売りください』というキャッチコピーを作ったのだ。
橋本さんは、今から8年前、69歳の時、ブックオフを惜しまれつつ退社。
28年ぶりに主婦に戻った。
だが、この時すでに、夫である拓(ひらく)さんは、他界。
橋本さんは、会社生活に後悔はないが、拓さんに対しては、ずっと罪悪感に近い感情を抱いていたという。
そんな中、夫の同僚から思いがけない話を聞いたという。拓さんは、いつも『ウチの奥さんすごいんだぞ』と自慢していたというのだ。
夫の拓さんも、生前、態度にこそ表さなかったが、一生懸命働いている橋本さんのことを密かに応援していたのだ。
橋本「(夫の)会社の人が『奥さんの記事を嬉しそうに新聞を切り抜いたり、スクラップしたりしていましたよ』と聞いた時に『何も反対じゃなかったのか』と、亡くなってから初めて気付いた。亡くなってから気が付くってね」
パート主婦から始めてブックオフと歩んだ28年…そこで得たものとは?
橋本「ノウハウを作ろうと思った事もないし、社長になろうなんて、もちろん思った事もないし、ただ目の前の事に夢中になる。『色んな事をやってみれば、色んな世界が待っているよ』という事を、終わってからですけど、今思っていますので、ぜひ一歩踏み出していただきたいと思います」