オンエア

菊池風磨X命の恩人 一体だれ? 正体はあの人気芸能人

続いて 九死に一生を得た芸能人は…菊池風磨! timeleszのメンバーとして、いま、世間が、時代が注目する菊池。 アイドルとしてはもちろん…ドッキリなどバラエティでも活躍! 渾身のリアクションが大きな話題を呼んだ!
実は彼には人生を大きく変えた『九死に一生』の出来事があった。
風磨「紛れもなく命の恩人ですね その方がいらっしゃらなければ、今の僕はないですし 芸能界ということだけじゃなくて、この世に存在していないという本当に極めてありがたいというか、感謝してもしきれない存在ですね。その方がいらっしゃらなければ timelesz 存在していないんで」
菊池風磨が『命の恩人』と感謝するその人物とは…誰もが知る、あの有名人だった!

菊池風磨が生まれたのは1995年。 幼い頃は、母親の言うことを全く聞こうとしない、やんちゃな子供だったという。
そんな彼の心には、母親から聞いた『ある話』が今も刻まれている。
それは風磨が10歳の頃、テレビを見ていると…母から「あなた、この人に感謝しなきゃね」と言われたのだ。 さらに「この人がいなかったら、あなた、生まれてなかったかもしれないのよ」と。
風磨「神様はいるんだよっていうのを伝えられたに等しいというか、その方がいらっしゃってくれたからこそ私がこの世に生を受けたっていう。ある種すごく特別な存在なんですけど、ある種それが常というか。神様がいるから人間がいるよね。あの方がいるから菊池がいるよねっていう存在ですね」

それから、その人は風磨にとって命の恩人、いや神様となった。
しかし、風磨が子供の頃から『神様』のように思ってきたその人は…当時、体を張った過酷なロケにも果敢に挑戦していた。 それを見た風磨は…
風磨「許せなかったですね。いろんな方にいじられたりとか。僕にとっての神様がイジられているみたいな感覚なんで。なんで この人がイジられなきゃいけないんだ。体を張らなきゃいけないんだっていう。なんでロケに出てるんだっていう。スタジオで大回ししててほしいっていうのは本当に、幼い頃 本心で思ってたことですね」

『命の恩人』を特別な存在として見つめる一方で、この頃の風磨には、もう一つ大きな憧れが。
それは…『嵐』!
物心ついた頃から国民的アイドルグループ『嵐』に夢中だったという。

「僕も嵐みたいになるぞ!」
そう決意した風磨は…中学2年生の時、履歴書を書いて 自ら応募すると…見事、合格! 嵐の後輩としてデビューを目指すことに。

こうして、夢への第一歩を歩み始めた風磨。 ある時、母親から こんな話をされたという。
「もしあなたがデビューすることができて、芸能界で『あの人』に会える日が来たら…あの時の 助けてもらったお礼を伝えてくれる?」

その後、風磨はレッスンに明け暮れる日々を送った。 ダンスに歌、そして先輩たちのバックダンサー。デビューを夢見てひたすら努力を積み重ねていった。
そして2011年、『Sexy Zone』として念願のCDデビューを果たす。 デビュー後は、少しずつテレビの出演も増えていった。

しかし、風磨が『命の恩人』について語ることは一度もなかった。
そこには、ある理由が…
風磨「僕が言うのにふさわしくない存在だったからですね。何度かちょっとしたタイミングでお伝えできる機会はあったんです。例えば 隣のスタジオで収録なさっているとか。大勢いる中でご一緒させていただくとか。それだとあまりに声が小さいと思ったんで、影響力が少ないと思ったんで、少しでも影響力がある時にその方への感謝を申し上げたいなと思って。生意気なこと言うつもりないんですけど、タレントとして少しでも影響力がないと、その感謝を申し上げるのはその人にとっては、おいしくないなっていうところが本心ですね」

恩人への感謝を胸に秘めたまま、風磨は努力を重ね、テレビや映画、CMと活躍の場を広げていった。
そしてついに…その日が訪れる。 それは、デビューから4年後の2015年のこと…風磨はある音楽番組へ出演することになったのだが…
風磨「ちょっと震えましたね。台本でお名前を見つけた時に金色に 輝いていましたね。いや もう何か僕なんかが喋っていいのかっていう緊張感がありましたね。他の先輩方とは違う 感謝もありますし。この人には嫌われたくないっていうのもあるし。少しでも面白いと思われたいっていうのもありましたし。この人に何かマイナスな印象を与えたくないっていうのはすごく思ったんで」

ついに訪れた、恩人へ感謝を伝える瞬間。
風磨は番組収録の前に、その人物の楽屋へと向かった。 そして…胸に秘めてきた感謝の想いをついに伝えたのだ!
菊池風磨にとって大切な命の恩人、その人物とは…キャイ〜ン、天野ひろゆき。

しかし、なぜ風磨にとって、天野ひろゆきが命の恩人なのか?
それは今から32年前…風磨がまだ母親のお腹の中にいた頃のこと。 妊娠5ヶ月の母親は、この日、買い物に出かけていたのだが…その時だった。 つまづいて、転びそうになった! その時、公衆電話で電話をしていた男性が、すんでのところで支えてくれ、転ばずに済んだのだった。

そう、この時、お腹の中にいる風磨と母親を守った人物こそ、32年前の天野ひろゆきだったのだ! 当時の心境を 風磨さんのお母さんに伺うと…
「もし あのまま倒れてしまっていたら、赤ちゃんがどうなっていたか。その方が天野さんだとはわかっていましたが、とっさのことだたったので きちんとお礼を言えなかったんです」
風磨「思ってもできますかっていうところですよね。反射的に体が動くのかっていうところもありますし。公衆電話ということは何か用事があったにもかかわらず、それを投げ打ってでも すぐに行動できますかっていうところ、やっぱり神様ですよね。できないです 普通は。やばいなと思っても体動かないじゃないですか。その優しさがやっぱり目元に出てますよね」

改めて天野さんに当時の心境を伺うと…
天野「『えーっ?』っていう驚き。それまでも共演というか ニアミスみたいなのはあったんですけど、がっつり共演する時に初めてその話を風磨くんから直接聞いて『えーっ?』と思って。話を聞くと 場所であるとかシチュエーションであるとかって、うっすらそんなことはあったかなというくらいの感じなんですけど。でも(風磨さんの)お母さまの方はすごく憶えているということだったんで。そしていい話なんで『あっ!それは僕です!』っていうことにしています」

さらに…
天野「子供がですね 非常にtimeleszのファンで。特に風磨くんのドッキリのリアクションとか、そういうノリも大好きでですね。『お父さんは実は風磨くんを助けたことがあるんだよって言って、風磨くんがまだお母さんのお腹にいる時 お母さんを助けたんだ』って話をしたんですけども 子どもはポカンとしてましたね。お父さん そんなことするわけないみたいな感じで、あんまり信じてもらえてなかったんですけど、リアクションが怪しかったですけど。まあ日頃のお父さんの生活態度を見てたら そんなことするわけないなって、あと僕自身も半信半疑なところもあるんで。もしね、チャンカワイくんだったらどうしようかなと思ってますよ。タイムマシン3号じゃないことを祈ります」

改めて風磨さんのお母さんに確認したところ、天野さんだったということでした。
お子さんが信じてくれない!という天野さんに、風磨さんからメッセージ。
風磨「お子様がですね、timeleszを応援してくださっているっていう、これもまたご縁だなと思ってまして。(天野さんがいなければ)僕及びtimeleszはないと思うので お子様はこの話を全く信じてないっていう。そのために今日出させていただいたっていうのもあるんですよ。本当なんだよっていうのを伝えに僕はここに来ました。我々timeleszはお父様がいらっしゃらなければ存在していません。信じてあげてください。そしてどうか言うことを聞いてあげてください」