オンエア
良純「人が事故に巻き込まれる時とか 最悪のケースでは命を失うことって、本当に細かいことの積み重ねなんだなっていうのを。一歩間違うとそういうことになっていたのかもしれない」
それは、今から38年前の元日。
ダイバーズパラダイスと言われるパラオ共和国に、父・慎太郎と母、兄・伸晃の4人で出かけたダイビング旅行での出来事だった。
ダイビング中、インストラクターが言っていたのと潮の流れが逆だと気づいた良純さん。
だが…
慎太郎「潮の流れに乗って そのまま行くぞ!」
楽しいダイビングになるはずが一転。
この父・慎太郎の判断が、まさに命の危機を呼び込むことになってしまう。
後に慎太郎さんは、この時の心境を著者に綴っている。
『この自分はまだいいが、まだ若い子供達をこんなことで、こんなところで死なせてしまったとしたら、誰よりもこの二人に何とも申し訳が立ちはしない。自責と悔しさと腹立たしさと、いてもたってもいられないような気持ちだった」
良純「僕が25でしょう。独身で。うちの兄はテレビ局に勤めていて、兄弟4人いるんですけど、弟たちは学生だったり就職したばっかりっていうこともあったんで、家族4人ででかけることになった」
パラオ共和国は、グアムの南西に位置する、300以上の島々からなる国。
手つかずの自然が残る海には、世界中からダイビングを目的に観光客が訪れる。
元日のこの日も、良純たちは朝から2本のダイビングを楽しんでいた。
通常、一本のダイビングは30分から1時間ほど。
体力的なことを考え午前と午後で1本ずつ潜るのが基本だという。
良純「2ダイブ終わって、今日も もう潜ったし帰ろう。帰ってプールだなって言ったら、うちの親父が『まだタンク残ってるよな? もう1本いくか』『まだ潜るの?もう帰ろうよ』これ正直な気持ち」
パラオでは、潮の流れに乗って移動していく、ドリフトダイビングというスタイルが主流。
普段はあまり見られない、サメやマンタといった大型の回遊魚などが見られるとあって人気だった。
あまり気乗りはしなかったものの、良純さんも準備を始めると、それまで一緒に潜っていた母が「私はもうやっぱり疲れたから 船で待ってるわ」と言った。
すると、船長が「代わりに私がご一緒しますよ」という。
船長のスランゲルさんは、ダイビングをパラオの観光の目玉に押し上げた有力な国会議員。
日本の著名な政治家で、当時 運輸大臣を務めていた慎太郎さんをもてなしたいと思ったのだろう、船の操縦をするはずの船長が一緒に潜ると言い出したのだ。
そして、年末年始で留学先のアメリカから帰省していた、二人の息子たちに 船の操縦を任せた。
通常のダイビングは 船から海に潜り、船に戻ってくる。
一方、ドリフトダイビングは、潮の流れに乗って移動するため、船はダイバーが吐く泡を目印に、その後を追う。
そのため、船長には確かな操船技術が求められた。
だが、船長の息子たちは、まだ大学生。
操船はできるものの、ドリフトダイビングの経験はほとんどなかったという。
良純「船長が俺も潜ると言った。待てよ? これ誰が操縦するんだ? うちの息子が普段運転しているからって言って、これ本当に間違い! ダイバーのチームを変える。ウォッチを半分素人に任せる。尚且つ厄介なのが、この船長というのがパラオの国会議員なんだよ。インストラクターより偉いんだよ。インストラクターも嫌だな、面倒くさいなと思ったと思う。でもやると言ったら嫌とは言えないので、結局うちの家族3人とインストラクターと船長の5人で潜ることになった」
そして、ダイビングの場所、時間、水中での行動、全てを決める権限を持つ、インストラクターのブリーフィングが始まった。
当時の記録がなく断定はできないが、内陸の方へ流れる潮に乗って移動し、30分ほどで 海岸付近に浮上する予定だったという。
こうして良純さんは、父と兄、そして 船長、インスタラクターの5人で海へ潜っていった。
まず5人は船の下、水深10mの場所に集合。
ところが…
良純「海底に着いたら 明らかにさっきのレクチャーと塩が逆なんだよ。これ潮 逆じゃん どうすんの? どうすんのこれ? そしたら うちの親父が 逆潮を泳ぐのは嫌だって言っている」
潜ってみると予想していた方向と潮の流れは逆。
海では潮の流れが変わることは珍しいことではない。
このときインストラクターは、船長の息子が操縦していることなども考え、プラン通り進むことを提案した。
しかし、ベテランダイバーだった慎太郎さんは、こう主張した。
慎太郎「潮の流れに逆らうなんて疲れるだろ。ドリフトダイビングなんだから 潮の流れに沿ってそのまま行こう」
インストラクターは、当然、反対したのだが…慎太郎さんに忖度した船長が、潮の流れに乗っていくと強硬に主張した。
結局、インストラクターもパラオの国会議員だった船長には逆らえず、船にプラン変更を伝える間もなく、船長と慎太郎さんが先導し、反対方向へ。
パラオの海は素晴らしく、様々な魚が群れ、大型魚にも遭遇、かなりの大きさのサメも見ることができるなど、ダイビングそのものは 十分楽しむことができた。
30分後、ダイビングを終え、良純さんが海面に浮上してみると…なんと、一行を待っているはずの船がいない!
よく見ると、波の合間に遠くの船影が見え隠れしている。
船を任された船長の息子2人は、追いかけるべき泡を見失い、本来 浮上する予定だった場所に行っていたのだ。
慎太郎さんは緊急用の笛を鳴らした。
この時、船との距離は500メートル以上。
この距離では、船から波間に浮かぶダイバーの頭を見つけることは 不可能に近い。
5人は完全に漂流状態になってしまったのだ。
異国の海で、突如 漂流状態になってしまった良純たち5人。 専門家によると、たとえ遠くに船や島が見えても、泳いで向かうのは危険。 体力を消耗し、疲労から意識を失って溺れる危険性が高まるという。
万が一、漂流してしまった時は、無理に泳がず浮いたまま体力を温存することが命を落とさない最善の方法だという。
そのため、慎太郎と同じく経験豊富なダイバーだった兄の伸晃は…「ウエイト!ウェイト!」と叫んだ。
伸晃「ウェイトと言うのは『ウェイトを捨てろ』って意味で言った。胴のウェイトを5~6kgくらい。これ全然楽になるんですよ。良純がちょっと後ろの方に居たんで『おい良純 ウェイト! ウェイト ウェイト!』って言ったわけ。良純がなにを間違ったか、そこでステイしなきゃいけない。『ウェイト(待つ)』だと思ってジーっとしてて」
ダイビング経験の浅かった良純さんは、「ウエイトを外せ」の声を「待て」という意味の「ウェイト」だと思ってしまい、重りを外さなかった。
そうしている間にも、5人は潮によりどんどん流されていた。 このままでは広大な太平洋の沖合に出てしまうのは、時間の問題。 そうなれば、発見される確率は格段に低くなる。
5人を疲労感が襲ってくる。 海では、体重や体格の違いなどで流され方も変わるため、すぐに離れ離れになってしまうという。 そうなれば全員が発見されるのは難しい。 5人は手をつなぎ、輪になった。
漂流してから30分、辺りが少し暗くなり始めた。
夕方から潜り始めたため、午後5時半の日没まであと30分。
日が暮れ暗くなった太平洋で漂流することになれば、絶望的だ。
この時の心境を慎太郎さんはこう綴っていた。
『この太陽をこの光を目にするのはこれが最後だと思うと、今まだ明るいうちに子供たちに何かいっておかなくてはならないと気は焦るのだが、何をなんというべきか それが頭にまとまらない』
この時、5人は最大の試練を迎えていた。
専門家によると漂流する事故で危険なのが脱水症状。
しかも、ダイビング中 乾燥したボンベの空気で呼吸していた彼らは、より脱水症状に陥りやすい状況だった。
さらに、パラオは海水温度が高いうえ、保温性の高いウエットスーツも着ているため、その危険性は非常に高く…このまま水分が取れないと、頭痛、吐き気、めまいなどの症状が現れる。
また、海水は人間の体液よりも塩分濃度が高く、飲んでしまうとさらに脱水症状は進む。
体力が急速に奪われ、溺れて命を落とす危険が極めて高くなるという。
しかもこのとき、彼らに迫っていた危険はそれだけではなかった。
慎太郎「サメだ!ジタバタすると襲ってくるかもしれないぞ!」
サメの多くは 基本的に人を獲物とは見ていないが、海面に漂う人を亀などと間違え襲ってくることもあるという。
そうなれば、逃げ場はない。
まさに、絶体絶命のピンチ。
もう船影は見えず、日暮れは間近。
5人の体力は 限界を迎えようとしていた!
船長「私が船まで泳いで 助けを呼んできます」
日本からの客を死なせるわけにはいかない!と思ったのか、船長は一人輪から離れ、猛然と泳ぎ始めたのだ。
どんどん離れていく船長のスランゲルさん。
やがて、その姿は見えなくなった。
そして、ついに日が暮れようとしていた。
その時!遠くから近づいてくる船影が見えた。
こうして、九死に一生を得たのだ。
船にいたメンバーは、少し長めのダイビングとしか思っていなかったという。
まさに、九死に一生を得たと思った良純さんだったが、漂流の原因をつくった慎太郎さんは…
良純「嬉しそうに笑って酒飲んでるのがムチャクチャ腹立ってさ。『飲んでる場合じゃないでしょ なんだと思ってるの』『お前 こういう時は笑って酒飲むしかないんだぞ』って言ったのが、さらに腹たったね」
番組が当時のことを調べたところ、船長のスランゲルさんは、今年4月に亡くなっていた。
しかし、当時、操船を任されていた船長の息子さんを発見、コンタクトを取ることに成功した。
実は、船長の息子さんの1人、スランゲル・ウィップス・ジュニアさんは、現パラオ共和国大統領だった。
今回、特別にインタビューに答えてくれた。
「良純さんも当時は若かったはずです。彼の父親は当時 国会議員で、私の父も当時パラオの国会議員でした。何よりもこの出来事によって、良純さんがパラオでのダイビングを嫌いにならなかったことを嬉しく思います。その後、何回もパラオに来て ダイビングをしていたことを知っていますよ。最近 パラオが日本人が選ぶダイビングスポットで一位になったと聞いています。私はよくパラオのことを『手つかずの楽園』だと話しています。パラオの海には 約1,300種の魚と約500種のサンゴが生息し、世界有数の生物多様性を誇ります。良純さんをパラオにお招きし、今度は私がダイビングへお連れしたいと思います。前回より良い体験にしますから。少なくとも私と一緒にいる限り、あのような経験はさせないとお約束します」