オンエア
愛知県 蒲郡市三谷町、三河湾を望むこの町は古くから港町として栄え、豊かな漁場からは深海魚をはじめ多くの海産物が水揚げされている。
しかし、この穏やかな海には不気味な名で呼ばれる場所が存在した。
それは…『死者の海』。
『死者の海』の真相を探るべく、現地で話を聞いてみると…地元の人は聞いたことがないと言う。
その後、聞き込みを続けても『死者の海』を知る者はいなかった。
そこでスタッフは、海を知る者が集まる港へ向かった。
この港で働いている方に聞いてみた。
しかし、ここでも『死者の海』のことは分からないという。
そこで、危ないと言われているような場所がないか聞いてみたところ…
「よく聞くのは仏島」という返事が。
仏島…その名からして『死』を連想させる不気味な島。
三河湾に浮かぶ、三河大島のさらに沖に存在する小さな島。
三河大島は、夏季限定で海水浴場が開かれ、本土との間を船が行き交う。
しかし、人は住んでおらず普段は無人島。
その先に浮かぶ小島や仏島も、同じく無人島だという。
取材班は船をチャーターし、仏島への案内を依頼した。
仏島周辺は船で近づくことができない海域だというが、安全なルートを通り、できる限り仏島の近くまで行ってもらえることになった。
港を離れ、いざ仏島へ向かう取材班。
船を走らせること20分。
海面にぽつんと浮かぶ剥き出しの岩場。
しかし、これこそが仏島だという。
さらに、岩場の頂上付近に何やら人工物のようなものが。
一体これは何なのか?
もう少し近づきたかったのだが、ここが近づけるギリギリのラインだという。
実は、仏島周辺には複雑な岩礁が広がっており、近づけば船底が岩に接触し、座礁する危険があるという。
残りは、わずか50m。
しかし、これ以上の調査継続は困難だった。
すると、ゴムボートなどの船の底が浅いものなら行くことが出来るかもしれないという。
船長によると、近くの無人島・三河大島には、マリンレジャー用のカヤックがあるという。
船長の紹介で、急遽カヤックを借りられることに。
船長からの連絡を受け、すぐにカヤックスタッフが駆けつけてくれた。
カヤックに乗り換えた取材班は、いよいよ仏島へ。
三河大島から仏島までは、およそ1.5キロ、カヤックでおよそ20分。
そしてついに、仏島が目の前に。
草木はほとんど生えておらず、剥き出しの岩肌。
まるで人を拒むような異様な景観。
岩場の中で異様な存在感を示していたのが、この石碑のようなもの。
明らかに自然のものではない。
一体、これは何なのか?
近づいて、確かめてみる。
すると、滑りやすい岩場に足を取られ、転倒。
なんとか起き上がると…そこにあったのは、仏が彫られた石像。
仏島と呼ばれる島に、ぽつんと建つ仏の像。
果たしてその理由とは?
そして『死者の海』とは一体何なのか!?
石像の周囲を確認したが、この場では何の手がかりも得られず、島の記録が残されている可能性を求め、市街に戻り、市役所を訪ねた。
そこで仏島と死者の海について聞いてみると…仏島には古くから伝わる民話があり、その中でこの海域に『仏島』ができた理由が語られているという。
市の職員によると、日本昔ばなし協会がその民話をアニメ化したものがあるという。
それがこちら!
昔々、兄弟の船頭が船で海を渡っていた。
この地域は石の産地であり、村の石材店からの依頼でお釈迦様を供養するための石塔を海の向こうの村まで運ぶ途中だった。
すると突然、海が荒れ狂いだした。
船は見る間に島へと流され、大事な石塔は海の底へ。
岩陰から白い衣の亡者たちが現れ、「こっちへ来い」と手招きするではないか。
2人は命からがら浜へ逃げ延びた。
それからしばらくして、再びそこを通りかかると、またしても不思議な力で島へと引き寄せられてしまう。
兄弟は必死に念仏を唱えた。
そして、島を見上げると…なんと海に沈んだはずの石塔が岩の上に立っていた。
実はこの海域は、海底に切り立った岩礁が広がる危険な浅瀬だった。
そのため、古くから海難事故が絶えず、多くの命が海に消えていった。
「これは亡き人たちが供養を求めておるんじゃ」
そう悟った兄弟は、村の人々と共に手厚く魂を弔ったという。
この一件以来、海難事故はなくなったそう。
その後、人々はこの島を『仏島』、この海域を『死者の海』と呼ぶようになったという。
日本昔ばなし協会・代表理事、沼田さんによると…
「恐怖の対象というものは、近づいてはいけない、危険な目に遭わないように怖いものとして表現される場合が多いと思います」
歴史的な資料を保存しているという、蒲郡市博物館で話を伺うと…
戦国時代、暴風雨で遭難した武士が観音様に祈り、助かったことから感謝を込め、仏島に観音像を彫ったという伝説が!
現在の石像は、その伝説にちなみ、今からおよそ70年前の1957年に有志によって建立されたものだった。
仏島に残されている様々な言い伝え…人々が海の危険を語り継ぐために生まれたものであり、それが『死者の海』という異名を生み出していた。