オンエア
少年は、2人兄弟の次男として生まれた。
幼い頃は、戦隊シリーズに夢中になり、将来は子どもたちのヒーローになることを夢見ていた。
現在、子どもから大人まで、世代を問わず大人気!
子供の頃からクラスで人気者だった…というわけではなく、人前で何かするのは苦手で、どちらかというと目立たない少年。
ただ、好きなものにはひたすらのめり込む性格!
雪国出身ということもあり、小学生の頃からスキージャンプに打ち込んだ!
すると今度は「将来 オリンピックに出場し、金メダルを獲ってヒーローになりたい」という夢を抱くようになった。
そんな彼の人生に転機が訪れたのは、中学2年生の時。
テレビCMで見た、あるパフォーマンスに衝撃を受けた!
そのパフォーマンスが出来るようになりたいと、練習にのめり込むように。
それ以来、部活ではスキージャンプ、自宅ではあるパフォーマンスの練習に没頭する日々を送っていた。
スキージャンプでは、全国大会で8位になる実力を持ち、数々の成績を残していった。
一方、パフォーマンスの方は…誰からも認められることはなかったが、日々 練習は続けた。
そして高校3年生の時、スキージャンプを諦め、パフォーマンスで子どもたちのヒーローになる道を選んだのだ!
そのことを家族に伝えると…母親は否定することなく、背中を押してくれた。
とはいえ、当時、そのパフォーマンスだけで暮らしていくのは難しかった。 そのため、上京してスーパーに就職することに。 朝から晩まで働いても 生活は楽にはならない。 昼食と夕食は、ご飯と味噌汁におかずが一品の200円定食。 働き詰めで余裕のない日々、肉体的にも精神的にも追い込まれていった。
そんな日々の中、仕事のストレスを忘れさせてくれたのは、あのパフォーマンスだった。
彼はヒーローになる夢を諦めたわけではなかった。
休みの日には、路上やライブハウスでパフォーマンスを披露。
しかし、全く手応えはない…現実は厳しいものだった。
そんな中、母親は夢を応援し続けてくれた。
彼は子どもたちのヒーローになるという夢を叶えるため、ひたむきに努力を重ねていった。 近所に迷惑がかからないよう、アパートの風呂場でひたすら練習した。
そして上京から2年後。
突然、彼が磨き続けたパフォーマンスがアメリカで話題に!
そして、このパフォーマンスが話題になったことをきっかけに、彼はパフォーマンス以外にも様々なことに挑戦するようになった!
すると、たちまち子どもたちの人気者に!
幼い頃の夢『子どもたちのヒーロー』になったレジェンドとは!?
その人は…HIKAKIN!!
HIKAKINの運命が大きく動き出したのは 高校1年生の時。
当時 認知されはじめたばかりのYouTubeを友人から教えてもらうと、世界中から次々にアップされる動画をずっと見ていた!
次第に見るだけでは飽き足らず、風呂場で磨きをかけたパフォーマンスを投稿!
残っている中で一番古い、今から18年前に投稿された動画は『ヒューマンビートボックス』!
そう! 風呂場で磨き続けたのは、口や喉、舌などを使ってリズムや音楽を表現する『ヒューマンビートボックス』のパフォーマンスだった。
しかし当時、閲覧数は全くと言っていいほど伸びなかった。
YouTubeでは食べていくことができず、スーパーに就職。
就職後もひたすら動画を投稿し続けていると…21歳の時(2010年)ある動画がHIKAKINの人生を大きく変えた!!
その動画は…スーパーマリオブラザーズのBGMをヒューマンビートボックスで再現した映像。
それが2週間で200万再生を記録し、日本国内月間再生数1位を獲得!
海外でも高い人気を誇るマリオの音楽だったこともあり、世界へ拡散!
アメリカのニュースで取り上げられたのだ!
その後は、ヒューマンビートボックスだけでなく、さまざまなチャレンジ動画を撮影し、投稿するようになった。
「やってみたい!」という好奇心をそのまま形にした動画で子どもたちの心を掴んでいった!
上京から約4年後、YouTubeに専念すると、収入は想像を超える勢いで跳ね上がっていった!
黎明期から日本のYouTube界を牽引!
今に至るまで、常に先頭に立ち歴史を作ってきた。
さらに最近では20億円とも言われる都内の大豪邸を公開!
話題を作り続けている。
これまでの動画の総再生回数は なんと247億2758万回!
昨年2月には、チャンネル登録者数が世界で1900万人を突破。
子ども達がワクワクしながら楽しめる動画、YouTubeという世界で、子どもたちのヒーローとなったのだ。