オンエア
埼玉県吉見町、ここにアンビリバボーなミステリースポットがある!
それがこちら!
フェンスで囲まれた岩肌に…錆びついた柵のようなもの。
他にも複数の穴が空いている。
いったい、これは何なのか?
地元の方に聞いてみると…なんと 40年近く立入り禁止になっているという。 そこで、吉見町に問い合わせてみたものの…立ち入りはNG。 詳しい情報も得られなかった。
さらにリサーチを続けると…このミステリースポットについて詳しい方がこちらのお店にいるという。
早速訪ねてみると…なんと、農民がたった1人でつくったという。
いったい、これは何なのか!?
突然ですが皆さん、その正体が何かわかりますか?
はじまりは、今から122年前(明治37年)…農業を営んでいた高橋峯吉(たかはし みねきち)という男が…たった一人、巌窟の掘削を開始したことだった。
なんと道具は、自作のノミ1丁。
この辺りの岩は岩の中では比較的柔らかいとはいうものの、もちろん一定の強度はあり…30センチ掘り進むのに1日かかる、気の遠くなるような作業が続いたという。
峯吉の構想は、3階建て。完成までに150年を要するという壮大なものだった。
峯吉が無心に岩を掘る姿は村中の噂になっていった。 住民が何をやっているのか尋ねた時、「巌窟掘ってる」という返事を聞き間違え、『巌窟ホテル』と呼ばれるようになったという。 だが、この通称『巌窟ホテル』、ホテルとは呼ばれたものの宿泊施設ではない。
では、峯吉がつくり続けた『巌窟ホテル』とはいったいどんなものなのか?
当時の写真を見てみると…風化などで表面が剥がれ落ち、現在は不気味な見た目をしている岩窟ホテルだが、色が塗られ、模様も描かれており、1階の中央部には立派な玄関。
2階にはバルコニー、まるで洋館のような佇まいをしていた。
そんな巌窟ホテルは徐々に話題となり、掘削途中でありながらも一般公開されると、当時の皇族も訪れるほどの観光名所となった!
峯吉は67歳で亡くなるまでの21年をかけ、1階と2階の途中まで掘り進めたが、完成までには至らなかった。
その後、息子である2代目の泰次さんが掘削作業を引き継ぎ、孫に当たる3代目の良則さんが岩窟ホテルの管理をしていたのだが…今から39年前(1987年)、台風などの影響により、落盤事故が発生。
さらにこの年、2代目が亡くなったことを受け、3代目は閉鎖を決意。
その後、土地ごと吉見町に売却した。
そして、崩落の危険性があることから、岩窟ホテルはそのまま立入禁止となったのだ。
では、最大の謎。
峯吉は21年の歳月をかけて、なぜこの『巌窟ホテル』をつくったのか?
峯吉は生前、こんな言葉を残している。
「何ら功利上(こうりじょう)の目的はなくただ純粋な芸術的な創作欲の満足のため」
実は、この巌窟ホテルのすぐ近くには…『吉見百穴(よしみひゃくあな)』という古墳時代に作られた横穴の墓が残っている。
これをヒントに江戸から明治に変わる、激動の時代を過ごした峯吉は『新時代の精神や生活の様式』を岩窟ホテルという芸術作品で表現したかったのではないかと言われている。
『巌窟ホテル』の内部の様子は…玄関を入った先に広がっていたのは、シンメトリーに彫られた中央大広間。
その全てが手作業で作られており、部屋の中央には上へと続く立派な階段。
天井部分には、見事なアーチ状の装飾が施されている。
一階の向かって左側には、科学実験室と呼ばれる謎の部屋。
驚くなかれ、部屋の花瓶や棚も岩を掘り抜いて作られているのだ!
一階の右側にも階段が存在し、その先は…外から見えたバルコニーにつながっているという。
高橋「よく考えるとすごいものを作ったんだなって本当におじいさんに感心させられますね」
実は今回、お話を聞かせてくれたのは、3年前に亡くなった閉鎖を決めた3代目の奥様!
埼玉県・吉見町にあるミステリースポットの正体。
それは、今から120年余り前、壮大な夢を抱いた男が一人で作り続けた情熱の結晶だった!
ミステリアスな立ち入り禁止のスポットは東京にも!
それが…こちらの島!
この島がある場所は…レインボーブリッジのすぐ横!
そう!お台場!
人気観光地にあるこの島、実は単なる島ではない!
その正体を解き明かすヒント、それは…『台場』という地名!
そもそもこの場所がなぜ『台場』と呼ばれるのかみなさんはご存じだろうか?
実は、この地名には歴史的に有名な誰もが知っている『あの人物』が関係している。
それは…黒船来航でおなじみのペリー。
今から173年前(1853年)、ペリー来航に危機感を持った江戸幕府は品川沖に5つの小島を建設し、砲台を設置。
それ以降この地域は、砲台があることから『砲台場』と呼ばれるようになり、それが短くなって『台場』となったのだ!
その後、明治から昭和にかけて、東京湾の航路整備や埋め立てにより、5つあった台場は次々と姿を消していき…今でも残っているのが第三台場と立ち入り禁止の島となった一辺140mほどの第六台場なのだ!
ちなみに、第三台場と第六台場の近くにある場所は、古くに作られた防波堤の一部だという。
第三台場は現在 公園になっており、誰でも中に入ることが可能。
一方、第六台場は人の立ち入りが固く禁じられている!
海に囲まれているとはいえ、一体なぜ立入禁止になっているのか!?
このミステリーの真相、みなさんわかりますか?
お台場にあるこの島は、なぜ立入禁止になっているのか?
その真相を確かめるべく、中に入れないか、島の所有者である東京都に問い合わせることに!
だが、返事は上陸NG!
しかし、我々はこの謎を解く鍵を握る重要人物に行き着いた!
日本の軍事史研究家、淺川道夫さん。
すると彼の口からアンビリバボーな言葉が!
淺川「実は以前に第六台場に上陸したことがあります。中に入りました」
しかも先生は、内部で撮影した写真を持っているという。
それがこちら!
これは先ほど立ち入り禁止の看板があった船着場から島の中へ入った場所で撮影されたもの。
島の中央部は草木が茂り、特別なものは他に見当たらない。
では一体なぜ、第六台場は立ち入り禁止になっているのか?
淺川「(第六台場を)外側から見てみると立ち入り禁止の理由がこれかな?ってわかると思います」
みなさんは、第六台場が立ち入り禁止になっている理由、わかりますか?
お台場にある「第六台場」はなぜ立ち入り禁止となっているのか?
島をよく見てみると…木に大量の鳥が止まっている!
そう、この鳥こそ、第六台場が立ち入り禁止となっている理由なのだ!
この鳥の正体は、川や湖に生息するカワウ。
今からおよそ30年前、都民の憩いの場でもある、特別史跡の浜離宮恩賜庭園(はまりきゅう おんしていえん)は、カワウが住み着き、糞害によって植物が枯れるなどの問題を抱えていた。
そこで東京都は、カワウの巣を人や天敵がいない第六台場へ移動。
安全な場所としてカワウはこの地に定着したのだが、今後人が立ち入れば危険を感じ、別の場所へ移動してしまうおそれがあったため、カワウを保護する目的で第六台場を立ち入り禁止としたのだ。
ということでミステリーの真相は『カワウを保護して、糞害をなくすため』でした!
世界有数の穏やかな内海として知られる瀬戸内海。
そこに、世界で唯一のミステリアスな『あること』が起きている立入禁止の島がある!
それが、広島県、東広島市の沖合にある『ホボロ島』。
今から70年以上前に撮影された写真には、20mほどの高さがある島が写っている。
この島で一体 何が起きているのか?
その謎を探るべく、島がある東広島市・安芸津町へ!
地元の方に話を伺うと…なんと、島が小さくなっているという!
そこで、過去に撮影された他の写真を並べてみると…島が小さくなっていることがはっきりと分かる。
現在はさらに小さくなっているという!
だが、ここは穏やかな瀬戸内海。
雨や波風だけで、ここまで急速に島が小さくなるとは考えづらい。
しかも、近くの他の島では、そのような現象は報告されていないという。
急速に小さくなっているホボロ島。
このミステリーの真相、皆さんはわかりましたか?
現在の姿を確かめ、謎の真相を突き止めるべく、役所から特別に許可をもらい、普段は立入禁止となっているホボロ島へ!
船に乗ること5分。
われわれが目にしたのは…変わり果てた現在のホボロ島の姿。 島というより、もはやただの岩場。 高さは6mほどまでに小さくなっている。
その原因を探るため、いざ 島に上陸。
すると、よく見ると…無数の蜂の巣状の穴が…その大きさは直径1センチ〜2センチほど。
そんな穴が島のいたるところにあいている。
島がどんどん小さくなっている理由、それは…穴の中から出てきたこの丸い物体の仕業!
原因は、このダンゴムシによく似た体長1センチほどの『ナナツバコツブムシ』。
こんな小さな虫がどうやって島を小さくするというのか?
ホボロ島の調査を行った広島大学の沖村名誉教授に話を聞いてみた。
沖村「大体1匹が1つの穴、深いところで5センチくらい。穴の奥で卵を産んで子育てをするんです」
ナナツバコツブムシは岩をかみ砕いて穴をあけ、その中で繁殖をするのだという。
現在この島に生息する数は…約100万匹。
さらに今から70年ほど前には、その約10倍!
1000万匹近くが生息していたと推測されるという。
この大量のナナツバコツブムシによって穴だらけになった島は非常に脆くなり、雨風や波による侵食を受けやすくなったため、どんどん小さくなってしまったというのだ。
では、もうひとつ大きな謎。
このナナツバコツブムシはどこからやってきたのか?
専門家によると、流木などにのってたまたまホボロ島にたどりついたところ、島を構成する岩が比較的柔らかく、繁殖に適していたため、大量発生したと考えられるとのこと。
ホボロ島のように、ナナツバコツブムシによって島が小さくなるといった事例は世界でも類を見ない希少な現象なのだという。
100年後には、ホボロ島は完全に消えてしまう見込みだ。
ということで、ミステリーの真相は『大量の虫が島に穴を開けているから』でした!
続いては、広島県三原市。
ここに…空につながる大きな橋が存在するという。
その真相を確かめるべく、早速現地へ!
目の前に現れたのは…のどかな風景の中にそびえ立つ、赤い建造物!
長さはおよそ600メートル。
高さはおよそ60メートル。
ビルでいうとおよそ20階に相当する!
橋の幅は2メートルほどしかなく、電車や車が走れるようには見えないが…よく見ると、手すりのようなものが!
歩行者専用の橋なのか?
だが、橋が繋がる山側に対し…反対側は、なんと 途中で切れている!
工事中のようにも見えるが…この建造物は30年以上前から、同じ形でここに存在しているのだという。
まるで『空につながる大きな橋』のような謎の巨大建造物。
皆さんはその真相、わかりましたか?
この場所を管理している職員の方に話を伺うと…なんと橋の場所まで連れていってくれることに!
入り口に到着!
実はこの場所、一般の人は立入禁止。
テレビカメラが入るのは初めてなのだという!
いざ、巨大橋の中へ!
橋の先に秘密が隠されているのか!?
その真相を探るべく、600メートル先の橋の端へ!
歩くことおよそ10分、先端に到着。
だが、端まで来たものの、行き止まりになっており、これといって何も見当たらない。
すると、その時…上空を飛行機が通過!
実はこれがこの謎を解くヒントだという!
橋の先には、滑走路が!
そう、この橋がある場所は…広島空港!
この橋の正体は『進入灯橋梁』という空港の設備なのだ!
夜間や悪天候などの視界が悪いとき、パイロットは『進入灯』というライトを目印に滑走路へ着陸する。
この進入灯は、空港への設置が義務付けられているのだが…広島空港は山あいに造られた空港のため、平坦な土地が少なく、滑走路の先に進入灯を並べることが難しかった。
そこで採用されたのが『進入灯橋梁』。
点検がしやすく、耐震性にも優れた橋型の土台を使い、滑走路の延長線上、空中にライトを設置することにしたのだ!
ということで、空につながる巨大橋のミステリー。
その真相は『飛行機を滑走路へ導くための空港の設備』でした!