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ドジャースをクビになった男の逆転劇

昨年11月、大谷翔平、山本由伸、そして佐々木朗希。 日本人3選手の活躍により、昨年、ワールドシリーズ2連覇を達成した、ロサンゼルス・ドジャース。 そんな最強軍団に『ある選手』が2024年まで在籍していた。
ジミー・ルイス…彼は高校時代から、ピッチャーとして活躍し、メジャーからも注目される選手だった。 しかし、高校3年生の時に肩を負傷。 多くのメジャー球団が彼に見切りをつける中、それでもジミーの将来性を感じていたのが、ドジャースだった。 そして、なんとドラフト2巡目で、彼を指名したのだ。

こうして入団したジミーは、いずれメジャーの舞台に立つことを夢見て、ドジャース傘下のチームでリハビリと練習に励んだ。 そんな中、彼の心情に変化が…
ジミー「以前のように投げたいと頑張りましたが、結果が出ませんでした。早く復帰しないといけないというプレッシャーを感じてしまい、いつの間にか、投げる日が一番辛い日になって、子供の頃のように、野球を楽しむことが出来なくなってしまったのです。」

それでも…根がポジティブで、陽気な性格だった彼は、自分なりにチームに貢献しようと奮闘。 試合に負け、仲間が落ち込んでいる時には…陽気なダンスで場を盛り上げ、チームメイトを励ました。

そんな中、2023年12月。 大谷翔平が10年総額7億ドルという、当時としてはMLB史上最高額の契約でドジャースに入団。 その4ヵ月後、怪我の影響で以前のような投球をすることが出来なくなったジミーは…戦力外通告を受け、チームを去ることになった。
こうして 彼自身も、『自分の野球人生は終わった』と思っていた…のだが!
契約を解除されてから、わずか1年あまり後の2025年。 4万人以上の観客で埋め尽くされた、メジャーリーグのスタジアム、その大舞台のマウンドに立っていたのは…人生のどん底にいたはずの、ジミーだったのだ!

夢破れ、ドジャースを戦力外になった選手の復活劇。 しかし、その奇跡は、ある男がいないと起こり得なかったのだ。
その男の名は、ジェシー・コール
今から23年前、大学で野球に全力を注いでいた。 投手として活躍する一方…バッターとしても非凡な才能を発揮。 二刀流として、メジャーの強豪『サンディエゴ・パドレス』や『ニューヨーク・メッツ』など、多くの球団から注目されていた。

しかし…二刀流としてフル稼働していたためか、大学4年生の時に肩を負傷。 この怪我が長引き、卒業まで試合にも出られなくなった事で…メジャーへの夢は絶たれた。 そう、奇しくもジミーと同じような境遇だったのだ。

それでも野球に携わりたかったジェシーは…卒業後、大学生で行うサマーリーグに参加するチームのコーチに就任した。
アメリカの大学野球のシーズンは、2月から6月。 そして、オフシーズンも実績を積みたい大学生の選手が自主的に参加するのが、サマーリーグである。 これに参加することで、メジャー球団へのアピールに繋がることもあるという。

このサマーリーグは正式な大学野球ではないため、各チームは自分たちの責任で様々な費用を、チケット収入やスポンサーからのサポートによって賄う。 そのため、誰かが新しいチームを作って参加する事も出来るし、逆にお金が用意出来ず、解散するチームもある。 そして、ジェシーがコーチに就任したチームは、4州にまたがる15チームで争うサマーリーグに参加していた。

ジェシーは、コーチ就任の翌年、チームのオーナーから、そのやる気を買われ、ゼネラルマネージャーに昇格。 そこでノウハウを学び…その8年後、ジョージア州を拠点とした自らのサマーリーグのチームを設立した。
しかし、ジェシーのチームを含め、サマーリーグに参加しているチームのいくつかは、チケットがわずか数枚しか売れない日がざらにあるほど、実力も人気も低迷していた。

このままではチームは赤字、存続も危ぶまれるほどに追い込まれたジェシー。 すると…彼は、ある意外な行動に出る!
熱心にウォルト・ディズニーの本を読むジェシー。 彼は、沢山の人に球場へ足を運んでもらうため、まずは『ワクワクする球場体験』を作ろうと考えたのだ。
こうして、様々なエンターテインメントの書籍を読み漁った彼は…地元のおばあちゃんたちによるミスコンならぬ、ミセスコンを攻守交代の合間に開催! さらに!料理を用意し、食べ放題付きのチケットを売り出すなど、奇抜なイベントやサービスを導入したのだ! すると、徐々に観客が増えていくことに!

しかし、ジェシーの行動はこれだけにとどまらず…なんと客席を撮影しだしたのだ。
実は、以前よりも観客が集まるようにはなったものの、試合内容に飽きて、途中で帰ってしまう観客も多いことに気付いたジェシー。 そこで…試合の流れや時間が、観客にどのように影響しているのかをトコトン分析!

こうして観客の動向を徹底的に洗い出し、分析した結果、ジェシーは…サマーリーグに参加する他のチームの関係者に、あるトンデモない提案を持ちかける!
それは、新ルールでの野球だった! しかし、周囲はサマーリーグが勝手にルールを変えることに猛反発!

だが、ジェシーには一つの信念があった。 彼が8歳の時、両親は離婚。 仕事で忙しい父に引き取られ育ったため、一人で過ごす日がほとんどだった。
そんな彼の唯一の楽しみが…大好きな父との野球の時間。 その時に、バットに当たるか分からないからとバットを振らないジェシーに父はこう言った。
「いいか!バッターボックスに立ったら、怖がらずに振るんだ。振らないことには 当たらない。振らないことには、何も始まらないぞ
失敗を恐れているだけでは何も始まらない…とにかくやってみようと周囲を説得。

ジェシーはその後、チームの選手たちにも同じ提案をした。 すると、ほとんどの選手が賛同してくれた。
とは言え、他のチーム関係者の中には『野球』と呼ぶにはルールが違いすぎると言う人も多くいたため、賛同してくれたチーム間だけで新たな名前を付けて開始することに。
その名前は…『バナナボール』

この『バナナボール』という名前、なぜ、『バナナ』というワードだったのか? この人に聞いてみました! バナナボールを生み出した張本人、ジェシーさん!
ジェシー「響きがよかったのでバナナボールと名付けました。周りからは変な名前だと言われましたが、ルールが面白ければ問題ないと思っていたんです」

実は『バナナ』は英語のスラングとして、『常識はずれ』と言う意味を持つ。 そして、文字通り『常識はずれ』と言える、独自ルールでプレーされる『バナナボール』は、サマーリーグの日程の合間に、数チームで試験的に行われた。
すると…『従来の野球よりもエキサイティング!』と、観客の心を鷲掴み!瞬く間に人気を集めていったのだ!

では、その『バナナボール』とは、ルールをどのように変えた野球なのか?
バナナボールの独自ルール、
その①『バントをしたら即退場!』
その②『観客がファウルボールをノーバウンドでキャッチしたらアウト!』
その③『フォアボールを出したら野手全員でボール回し!その間バッターとランナーは走り放題!』
他にも試合が間延びしてしまうため、マウンド上での話し合いは禁止。 打者がバッターボックスから出るのも禁止。 さらに、試合は原則9回までだが、展開が遅い時は2時間で強制終了!など…様々なルールを設定したことで、人気を集めていった、バナナボール!
ジェシー「観客からは、『こんなの今までに観たことない!』と言われたんです。『これは野球界に革命を起こせる』と思いました」

そこで、今から3年前、ジェシー率いる『サバンナ・バナナズ』は、サマーリーグを脱退し独立リーグを設立!
その翌年には、新たに作った3チームと共に、全米を巡りながら年間およそ80試合を行うことに! ジェシー自身は、この独立リーグ全体の主催者となったのだ!
独自ルールはあるが、あくまでも試合そのものは真剣勝負! そのため、実力のある選手を揃えるべく、入団テストも行なっていたのだが…ジェシーが目指していたのは、『観客が楽しめる試合』
飽きずに観戦してくれないと意味がない…そう考えていた彼は、もう一つ、普通の野球では絶対あり得ないものを導入することに!

ある入団テストの時…実力の足りない選手の入団を断っていた。 すると…
ジェシー「彼は私に『竹馬で野球ができる』と言いました。すると、竹馬の格好でバッティングを始めたのです。私はすごいと思いました。世界のどこにも、こんなことをやっている選手はいない。彼とすぐに契約をしました」

ジェシーがもう一つ導入したもの、それは『エンタメ性』
独自のルールだけでなく、衝撃的なパフォーマンスも取り入れていったのだ!
他にも…めちゃくちゃ高い位置から投げる、トランポリン投球!
こちらは、内野の選手がマウンドに集まり、ぐるぐる回転。 そして…5人のうち誰が投げるか分からない、分身の術投球!
ボールを燃やす、ファイヤー投球! 投げる瞬間には火は消えているが…ボールは、熱々!
これに対抗しての…ファイヤーバットも! こちらは打席に立っても、先端でチョロチョロと燃え続けています。 まるでショーを見ているかのような、仰天パフォーマンスの数々に、観客は大興奮!
これらのパフォーマンスは、試合のバランスやスムーズに行えるかなどを考慮し、最終的にジェシーが決めていくという。 さらに、ド派手なパフォーマンスだけではなく…バク宙しながらボールをキャッチするなど、トリックプレイも見所の一つ!

すると、SNSを中心に話題となっていき、チケットはたちまち完売するほど、大人気となったのだ!
観客「普段、あまり野球は見ないんだけど、バナナボールは、とても面白かったの!野球だけじゃなくて歌やダンスもあるから、時間が経つのが早くて、あっという間だったわ」
観客「バナナボールは、色んなトリックプレイが観られるから、とても楽しいんだ」 ジェシー「『バナナボール』は、ただ野球が上手いだけでは入れません。どんなにボールを遠くへ飛ばせたとしても、ファンを楽しませる気持ちがなければいけないのです。」
実は!…グッズ売り場を見てみると…売られているユニフォームは『背番号1』だけ。 それには、ある理由が。
ジェシー「『バナナボール』のファンが『背番号1』という意味です。ファンが一番大事ですからね」

ド迫力のプレーで、観客を魅了していったバナナボール! すると!ニューヨーク・ヤンキースや、シアトル・マリナーズなど、メジャー球団の本拠地であるスタジアムでも満席で試合を行い…さらには、7万人も収容できるアメフトのスタジアムでも試合を行ったのだ!
中でも『サバンナ・バナナズ』の人気は凄まじく、TikTokフォロワー数では、MLB全30球団の中で一番多いドジャースが、270万人なのに対し…『サバンナ・バナナズ』は、その4倍!およそ1100万人! 試合のチケットも、ドジャースより入手困難と言われるほどに!

さらに、注目度が高まるにつれ…元メジャーリーガーなども参加!
そしてなんと、あの日本人も、その舞台に立っていたのだ。 その人物とは…元・北海道日本ハムファイターズの杉谷拳士
杉谷「エンターテイメントミーティングというのがありまして、それを2時間くらい。『えっ!戦術ミーティングじゃないの!?』と思って、その姿を見て この選手たちはエンターテイメントに本気で取り組んでいるんだと思って、心打たれましたね。『メジャーのグラウンドに立てる選手になりたい』と若い頃はずっと思っていましたけど、その願いは叶わなかったけど、サバンナ・バナナズに入れてもらって、ペトコ・パーク(パドレスの本拠地)で打席に立てたのは、一生忘れることのない体験でしたね」

そして、もしかしたら大谷と一緒にプレーしていたかもしれなかったのに、怪我により入れ替わるようにドジャースを退団したジミー・ルイス。 彼もその実力をかわれバナナボールに参加したのだ!
ジミー「ドジャースを退団したあと、母から、『バナナボールの入団テストを受けてみたら?』と言われました。母はバナナボールの大ファンで、ずっと試合を観ていましたからね。最初は、あまり乗り気ではなかったのですが、『絶対に楽しい』と勧めてきたので、試しに受けてみることにしたんです」
こうしてジミーは、もう決して立つ日は来ないと思っていた、大観衆が見守るマウンドに上がる夢をかなえたのだ! しかも、攻守交代の合間には得意なダンスを披露し、観客を盛りあげた!
ジミー「一度は怖くなった野球ですが、マウンドに立つと、子供の頃に戻ったように楽しめました。僕はこのために野球をしてきたと感じていますし、バナナボールにはとても感謝しています」

創設から3年、年々 人気が高まっているバナナボール。 今年は新たに2チームが加入! 全6チームで、およそ180試合を行う予定だという。
怪我により、メジャーで活躍するという夢を諦めたジェシー。 しかし、バナナボールを作った事で、満員のスタジアムで、多くの観客を楽しませることが出来た。 そして、彼と同じように怪我によって夢を絶たれた選手たちも、バナナボールのお陰で再び笑顔でプレーできるようになったのだ!
ジェシー「今までやったことのないことをやるのは怖いと思います。ただ、挑戦することを恐れないで欲しい。その結果、私は今、大勢の人の前に立っています。恐れないで思いっきり飛び込んでください。そうすれば、あなたも何だって出来るはずです」