オンエア
続いては、近年、都市部などでは身近な存在となりつつある『タワーマンション』を襲った大火災。
今から8年前の6月、4階での発生を発端に、タワーマンション全体が瞬く間に炎に飲み込まれ、イギリス史上最悪と言われる未曾有の大惨事へと発展した火災。
悪いのは火元の部屋の住人だと、火災後、多くの人々がそう断じ、誹謗中傷を浴びせかけた。
しかし、実際に消火活動を行った消防士は、こう証言した。
デイビッド「(火元の部屋の住人の)責任は決して大きなものでは、ありません」
イギリス史上最悪と言われた火災はなぜ起きたのか?
のちに多くの国民が憤りを覚えるとともに恐怖に震えたという!その真相とは!!
このマンションに暮らすマルシオ一家は、娘2人の4人家族。 彼らが住むマンションの名は『グレンフェル・タワー』。 1974年に建てられた地上24階の高層建築、ロビーエリアはグランドフロアと呼ばれ、その上の1階〜3階はオフィスなどが入る複合フロア。 4階〜24階までが127戸が入る居住フロアとなっていた。 築40年を過ぎ、外壁工事によって装いは近代的になったが、実際は富裕層向けではなく、区が管理する公営住宅だった。
消防署のベルが鳴ったのは、0時55分のことだった。
火に気づいた、火元の部屋の住人が自ら通報。
消防隊は、到着後、すぐに4階の現場へ。
中に入ると消防士たちは、消火活動にあたった。
火元は老朽化した冷蔵庫。
プラグやコンセントの接触不良が出火原因として考えられた。
ほどなくして、冷蔵庫を火元とするキッチン火災は鎮火された。
デイビッド「そこまで大きな火災ではありませんでしたが、消防隊は念のため、サーモグラフィーカメラを使って、消えきっていない場所はないかを確認しました」
すると!窓が空いていたため、窓枠を伝わって外へと流れ出ていた炎が、マンションの外壁で広がり始めていた。
キッチン火災の鎮火から、13分後。
隣人によって火災が起きたことを知ったマルシオは、21階の窓から外を確認したが…見えたのは数台の消防車のライトだけだった。
なぜなら、この時、炎が燃え広がっていたのは東側…マルシオたちの部屋は、火元となった部屋とは逆、西側に位置していたからだ。
どこの部屋でどれくらいの火災が起きたのか?
状況がつかめなかったため、念のため、消防に連絡を入れた。
その時、消防からはすでに消防隊が到着して消火活動を行なっているため、自室に待機するように指示された。
実は、イギリスでは火災が起きた際に、StayPut、室内待機をするのが原則。
しかも、この方針は消防士だけでなく一般市民にも広く知られており『火災時は室内待機』という意識が多くの住人に根づいていた。
これにはある理由があった。
この火災に詳しい編集者はこう話す。
ピーター「イギリスの集合住宅は、火災時には『炎を部屋の中に封じ込める』という設計思想に基づいて建設されています」
イギリスの建築基準法には、高層建築物で火災が発生した場合、炎が火元とは別の区画や共用部分に広がらないよう厳格な防火対策が定められている。
ピーター「火災が起きたとしても、すぐに全員を避難させる必要はなく、まず、火元の階の住人だけを避難させる。それが基本方針なのです。この段階で炎は外壁に燃え移っていたのですが、現場の消防隊からは、室内待機の指示が出たままでしたので、コールセンターも通報者にそう伝えていました」
加えて、イギリスでは避難階段が1か所しかない建物も多く、全住人が一斉に避難をすれば、大きな混乱を招く可能性があることも室内待機が推奨される一因だ。
その後も、火元となった部屋がある東側の住人からは、何件か通報があった。
延焼が進み、煙や炎が複数の部屋から見えたためだ。
14階に住むオマー兄弟は消防士に促され、部屋を移動していた。 室内待機とはいえ、正確な人数は把握しておきたい…そこで消防は、自室ではなく、特定の一室に住人を集めていたのだ。 そこには小さな男の子を抱えた母親…老紳士など多くの住人たちが集められていた。 ちなみに、まだこの時点では、火災はメディアでは報じられていない。
その頃、16階に住むエディのところに火元の部屋の近くに住む知人から電話があり、「今すぐ逃げたほうがいいわ」と言われた。
電話をくれた知人は、火元の部屋の玄関が空いていたため、そこから漏れ出す煙に気付き、外へ避難したのだという。
エディが部屋から出ると、火元の部屋の玄関から漏れた煙は、4階のロビーを経由して建物中央の非常階段に侵入、上昇し、階段一体に蔓延していた。
外は野次馬で溢れかえっていた。
そして、エディが振り返ると…激しい炎に包まれるグレンフェル・タワーがあった。
4階の窓外から急速に燃え広がった炎は、瞬く間に建物の東側を駆け上がった。
実は、マルシオが隣人によって火災を知った頃、すでに炎は、屋上付近にまで迫る勢いだったのだという。
しかし、火元の部屋付近の一部を除き、住戸内に煙は侵入していない。
非常階段に煙は蔓延していたが、階段へ行かない限りわからない。
待機している住人は、火災の状況など知る由もなかった。
もちろん、西側にいたマルシオ一家やオマーたちも全く状況がつかめなかった。 外壁へ延焼し始めてから、わずか10分で4階から24階の屋上にまで達した炎。 その延焼スピードに、現場の消防士も驚き、混乱した。 コールセンターと現場の消防士は連携を取っていたものの、急速に広がる炎の勢いにコールセンターは正確な状況の把握が難しかったという。 その後も、住人からは次々と通報が入っていた。
しっかりと状況が把握できないオペレーターは、現場からの指示を信じ、「部屋に待機していてください!」伝え続けた。
実は、この頃にはすでに国内の放送局も中継を繋ぎ、悲惨な状況を伝えていたが…コールセンターにあるモニターは、テレビにはつながっておらず、ニュースを目にすることはできなかったのだという。
この頃には、炎は東側から北側へと回り込み、その10分後には風向きが変わり、南側にも!
マンションは、3面が燃え盛る炎に包まれていた!
14階の部屋に集められたオマーたちは、このままでは逃げ遅れるのではないかという意見と、消防士の指示に従い待機した方が良いという意見で割れていた。
だが、この十数分後には、多くの部屋の窓枠が燃え、住戸内に煙が侵入!
フロアーの住人が集められたオマーたちがいる14階の部屋にも瞬く間に煙が充満した。
突如、現れた消防士に避難を促され、オマーは階下へと急いだ。
実はこの頃…ようやく待機指示が撤回され、現場の消防士は救助活動へ。
コールセンターからは、通報者に避難指示が出されるようになったのだ。
そして…火災発生から1時間40分後、オマーは命からがら、なんとか生還することができた。
その後、オマーは、まだ部屋に集められた住人が残っていることを消防士に説明し救助を求めた。
しかし、この時、火の勢いはさらに増すばかり、すでに12階より上には消防隊すらもいけない状況だったという。
同じ部屋に避難していた兄のモハメドは…逃げることが叶わず、この火災で残念ながら命を落とした。
一方、21階のマルシオ一家、高層階の救助は劇的に遅れ…火災発生から2時間半がたってもまだ取り残されていた。
しかし、炎が侵入したことをコールセンターに告げると…室内待機が解除されていたことを、マルシオはこの時ようやく知らされたのだ。
実はこの時点でまだ100人以上の住人が、グレンフェル・タワーに取り残されていたという。
一体なぜ、キッチンの小さな火災が、ここまでの大規模な火災になってしまったのか?
まだ炎が燃え盛る中…この火災に『ある見解』を示した専門家がいた!
火災科学者のギレルモ・レインだった。
彼は炎に包まれるグレンフェル・タワーのテレビ中継映像を見るなり、こう伝えたという。
ギレルモ「この火災の原因は…外装材だよ」
ピーター「グレンフェル・タワー火災の主な延焼原因は、建物に取り付けられていた外装パネルでした。アメリカの企業が製造していたこのパネルは、大規模火災を起こす危険性が極めて高いものだったんです」
アルミニウム製品など、多くの金属製品を手がけるアメリカの企業・A社。
この会社が販売していたのが、発泡樹脂をアルミ板で挟んだ『アルミ複合材』と呼ばれる製品。
アルミ複合材そのものは、決して特殊なモノではなく、日本でもホームセンターに並んでおり、様々な用途で使用されるもの。
アルミが燃えやすいのではなく、内部の樹脂が燃えやすいのだが、多くの製品は樹脂部分に不燃加工が施されている。
だが、火災が起きるおよそ10年前、A社の販売部長は、ヨーロッパの社外機関に依頼した調査で衝撃的な事実を知った。
自社のアルミ複合材は十分な不燃加工がされておらず、これを外壁として使うと、大規模火災を引き起こすと忠告されたのだ。
当時、イギリスでは、高層建築における可燃性外装材の使用に対して厳しい規制はなかったが、その危険性が専門家の間で問題視され始めていた。
販売部長は、それを幹部に報告した。
もし、この外装材を使った高層建築で火災が起きたら、多くの死者が出る可能性があると。
ピーター「少なくともヨーロッパ部門の幹部たちは、危険な製品を危険な形で販売していることを認識していたと言えます。人命を奪ってしまう可能性があることも理解していたのです。しかし、確かに当時のイギリスでは、規制はありませんでしたが、A社は『安全性よりも利益を優先』という判断をしたのです」
A社が本社を置くアメリカ国内では、規制により、可燃性外装材の使用は認められていなかった。 しかし、A社は規制がなかったイギリスで、危険な可燃性アルミ複合材を販売し続け…その結果、グレンフェルタワーの外壁工事にも使用されることになったのである。 さらに…外観の美しさを優先した建設業者は、アルミ複合材を板状のまま貼るのではなく、縁を折り曲げて【箱状】に加工し、ビスなどの固定金具分が外から見えない仕様にした。
実は不幸なことに、これも短時間での延焼拡大の一因となってしまったのだという。 箱状にすると、断熱材とアルミ複合材の間に空気層が生まれる。 炎は酸素によって勢いを増し、激しく燃え上がる。 箱状で取り付けたアルミ複合材は、通常の10倍の速さで燃え広がるのだ。
悲劇を拡大した【外観の美しさ】。
しかし、それを追い求めることになった背景にも、ある意味、不運な真実が潜んでいた。
グレンフェル・タワーがあるノース・ケンジントンの街は時代とともに都市開発が進み、タワーの回りにはどんどん新しい学校や娯楽施設が建設されるようになっていった。
そんな中で1970年代に完成した公営住宅、グレンフェル・タワーの古臭い外観を気にする市民たちが増えていたのだ。
その声を受け、区議会は外壁工事に着手。
だが、コストが重視された結果…比較的安価だった可燃性のアルミ複合材が選ばれてしまい、かつ、外観を気にした結果箱状で取り付けられてしまったのだ。
外壁工事がはじまったのは火災のおよそ3年前。
実際のところ、当時すでに世界各地で同じ外装材を使った建物が大規模火災を起こし、問題になっていた。
フランス・リールでは犠牲者が出る事態となった。
そのため、フランスをはじめヨーロッパ各国では規制が進み、高層建築には可燃性の外装材は使用できなくなっていた。
しかし、まだ規制がなかったイギリスでは、多くの専門家がその危険性を訴えていたが、法が整備されることはなかったのだ。
実はここにもタイミングの不運が!
それは、当時の首相キャメロン氏が掲げた政策と関係していた。
ピーター「当時の政府は『規制緩和』を一つの柱として掲げ、企業活動を妨げる規制の撤廃や見直しを進めていました。それが、革新や新しい技術開発の促進につながるという考え方には、確かに一理あります。しかし、その一方で健康や安全に関わるリスクが、十分に考慮されなくなる危険性もあるのです。今回の火災についてはタイミングが悪く、専門家たちが訴えた規制は、進められることはありませんでした」
様々な不運と思惑が重なって起きた大火災。
必死に消火を試みるも、炎は勢いを増すばかり。
外壁から内部の断熱材へ燃え移った炎が窓枠を焼きつくし、多くの部屋に炎と煙が侵入した!
そして、その代償を背負わされることになったのは…何の罪もない住人たちだった。
実は住人たちの一部は、火災発生時の安全対策が不十分だという指摘をしていたが、管理業者は彼らの指摘を軽視し、十分な対応をしてこなかったのだという。
怯える家族を励ますために、マルシオは一番後ろから声をかけ続けた。
その時だった…階段にはたくさんの死体が転がっていた。
マルシオたちは煙が充満する階段を必死に下へと降り続けた。
気づくと娘のルアナの声は後方から聞こえていたという。
マルシオはいつの間にか追い越していたのだ。
娘の元に戻ろうとしたマルシオだったが、やって来た消防士に止められてしまう。
それでも娘がまだ上にいると、必死に助けを求めた。
火災発生からおよそ3時間、マルシオは消防士によって救助された。 妻と次女は、先に救助されていた。 ルアナは避難途中で気を失っていたものの、消防士によってなんとか救助された。
結局、火災は出火からおよそ24時間後の6月15日午前1時14分にようやく鎮火した。
この未曾有の大火災によって、わかっているだけでも、72名の尊い命が奪われた。
ピーター「この火災によって人々は、行政も民間も何を信じたらいいのか、わからなくなりました。表向きは古くなったマンションの再生。でも、その裏は、欲と嘘でまみれていました。もちろんそんな見方は健全ではありませんが、これがグレンフェル・タワーが突きつけた。真実だと思います」
その後、調査委員会によって開かれた公聴会では、関係者から様々な聞き取りが行われた。
区議会は、業者へ委託していたため、外装材の危険性は認識していなかったと主張した。
建設業者も、同じような主張をしていたが『使用予定の外装材は安いが防火性能は劣る』という社内メールが見つかった。
さらに可燃性の外装材を販売したA社は、要望されたにもかかわらず、公聴会に出席することすらなかった。
そして、全ての調査が完了し、火災から7年が経った昨年、ようやく最終報告書が公開された。
この調査報告を受け、住人と遺族による団体が刑事告訴を考えているという。
調査委員会には罰則や補償を命じる権限はなく、責任の追求は今後の刑事裁判に委ねられる。
ヨーロッパの中でも、規制が遅れていたイギリスだが、火災の翌年には法律が改正され、高層建築における可燃性外装材の使用禁止が明文化された。
しかし、使用を禁止しているのは、新築及び改修をする場合と限定されており、既存の建築物に対しては適用されていない。
安全措置の実施が推奨されてはいるが、今も尚、イギリス国内では数千棟の建物に可燃性の外装材が使用されているのではないかと言われている。
日本の高層建築物では、外壁に不燃材料または準不燃材料を使用することが義務付けられている。
未曾有の大火災から生還したマルシオさん現在、二人の娘は19歳と21歳になった。
マルシオ「避難している間、煙で咳き込み続け、本当に耐え難い状況でした。今年 建物の解体がはじまり、記憶からも消えていくでしょう。二度と同じことが起きてほしくないと思っています。私たちが経験したことは変えられません。でも未来を変えることはできるのです」