オンエア
先月、二人の日本人がノーベル賞を受賞するという快挙に、日本中が沸いた。
その一人、京都大学の北川進氏は、記者会見の際、若い世代の研究者に対し、こんなメッセージを残した。
北川「『無用の用』、今役に立つと思われていないけれども、違う視点でやれば、そちら側が非常に大きくなるという事もあり得る。すでに皆さんがいっぱいやったから、もうやることはないと諦め気分にならずに、ますますチャレンジ精神でやっていただきたい」
これから紹介するのは…周囲から無駄な研究と言われ続けたが…それでも、決して諦めず続けたことにより…多くの人に求められるモノを誕生させた、熱き研究者たちの物語である…!
今から16年前、小岩井乳業からグループ会社である、キリンに研修で出向していた城内は、ある研究所への配属を命じられた。
それは、会社の言う事を聞かずに一人で乳酸菌の研究をやっている男のところ。
この男が、噂の尖った研究者、藤原大介。
会社が酒類と飲料のドリンク事業を推進する中…未知の乳酸菌の研究をただ1人続ける、超がつくほどの変わり者。
しかも、その研究内容は、驚くべきものだった。 プラズマサイトイド樹状細胞 通称pDC、いわば免疫細胞全体の司令塔だ。 この細胞を活性化することが出来れば、未知の感染症が発生したときでもパンデミックを抑えることができるはず。 それを唯一可能にするのが乳酸菌だと藤原は考えているのだ。 この当時、インフルエンザ以外の未知の感染症によるパンデミックが日本で起こる事など、多くの人が想像もしないことだった。
ウイルスや細菌から人間の体を守ってくれる全身にある免疫細胞、それに司令を出す免疫の親玉がpDC。
pDCは、ウイルスや細菌などの異物が体内に侵入した際、しばらく経ってから、スイッチが入り、体内の免疫細胞たちに司令を出す。
すると、免疫細胞は活性化し、異物を排除する。
しかし、排除までに時間が掛かると、かかった分だけ侵入したウイルスが体内で増殖し、風邪などの症状が悪化してしまう。
つまり、もし前もってpDCのスイッチを入れ、臨戦態勢にする事ができれば、ウイルスなどが入ってきた時、すぐに対応でき、排除にかかる時間を短くし、症状を和らげることが出来るはず。
そして、一部の免疫細胞を活性化させる働きがあると言われているのが、乳酸菌。
そのため、『免疫細胞の司令塔であるpDCのスイッチを入れる乳酸菌も存在するのではないか?』というのが藤原の仮説だった。
だが当時、pDCのことは、ほとんど判明しておらず、『免疫細胞の司令塔pDCを活性化させる乳酸菌はない』という論文が世界的製薬会社の研究所から発表されたのだ。
だが、藤原は注目している研究者が他にもいたということは、適合しているものがまだ見つかっていないだけで、自分の仮説が正しい証拠だと考えた。
だが、一般的には、乳酸菌は数百種類と言われているが、同じ菌種でも異なる性質を持っていることがあるため、ほぼ無数の乳酸菌を調べる必要があった。
そして…城内の移動から1年半後。
pDCを活性化させる乳酸菌が見つかったのだ!
城内「pDCを活性化させる乳酸菌が見つかりました。すごく光ったので自分でもびっくりしちゃって。藤原さんの所にすぐ行って、『こんなに光りました』と見せに行った」
城内はすぐに藤原に報告した。
だが、藤原の反応は淡々としたものだった。
なぜ、あまり反応しなかったのか。
その時の事を、本人に聞いてみた!
藤原「やっぱりあったかと。ちゃんと探せばあるんだということを改めて確かめられたかなと思います。色んな試験をこれからしなければいけない、安全かどうか、人間に実際に効くかどうかなど、あらゆるハードルがある。長い長い長い道のりの第一歩でしかない」
のちの研究で、見つかった乳酸菌は人体に無害である事がわかり、動物に与えたところ、無事pDCの活性化が認められた。 そして、pDCの正式名称、『プラズマサイトイド樹状(じゅじょう)細胞』から、『プラズマ乳酸菌』と名付けられた。
藤原たちは、自ら小岩井乳業に掛け合い、プラズマ乳酸菌入りの飲むヨーグルトの試作を依頼。
出来上がったものを試飲してみると…とても匂いがきつかったのだ。
乳酸菌は、種類によって匂いが異なるが、プラズマ乳酸菌は、チーズが腐ったようなニオイがした。
藤原「ヨーグルトを開発してくれていた開発センターの方が非常にロックな方で。『こんなことは俺の方でどうにかするから任せておけ』と言われた」
藤原は営業部員から、例え製品化できても売れるわけはないと言われていた。 彼らが扱うのは食品。 そのため、医薬品とは違い『免疫を向上させる』といった効果を食品に表示し、身体への働きを売りにすることは、当時の法律上、禁止されていたのだ。
他にも、大きな問題が。
効果を証明するためには、人間での臨床試験が必須。
しかし、被験者や医師・看護師への謝礼など、莫大な費用がかかる。
だが、そんな予算などあるわけがなく、謝礼が出せないため、社内でボランティアの被験者を募るしか術はなかった。
必死に頼んで回り、なんとか臨床試験を受けてくれる人たちを集める事ができた。
さらに、通常であれば、臨床試験を請け負う会社に、医師や看護師の手配など、全て任せるのだが、ほとんど自力でやることに。
そして、格安で依頼することに成功。
こうして臨床試験を行うことに。
すると、プラズマ乳酸菌を摂取した人の方が免疫力が維持されるという結果が出たのだ!
だが、まだ大きな問題が残っていた。
そう、あの腐ったチーズのような匂いの問題!
そんな時だった。
ヨーグルトの開発センターの担当者が改良したものを持ってきてくれたのだ。
飲んでみると…とても美味しくなっていた!
今から13年前の12月、ついに満を持して、プラズマ乳酸菌を配合した、飲むヨーグルトを発売。
世間の反応は…期待に反し、全く売れなかった。
免疫機能への働きを表示できないため、キャッチコピーは『まもるチカラ』。
これだけで、プラズマ乳酸菌の機能が世の中に伝わるはずもなく…営業部員でさえ、「プラズマ乳酸菌って 本当に効くのか?」と聞いてくる始末。
藤原「当時の健康食品の胡散臭さみたいなものが、私は非常に課題だなと思っていました。結局、営業部の方には、同列のものとして映っているんだなと、その言葉ではっきりと認識しました」
藤原は、医学会にプラズマ乳酸菌の効果を認めてもらえるようにさらなる検証を積み重ねることを決意した。
城内は、藤原に「どうして無駄になるかもしれないことにそんなに一生懸命になれるんですか?」と質問したという。
藤原は、自分もかつては『こんな研究、誰の何の役に立つのか?』と疑問を抱いていたという。
だが、アメリカに留学中にpDCの存在を知り、すごいと思った。
だが、アメリカでやっていた研究はpDCとは何かを解明するための研究で、それを役に立てようという発想はなかったという。
そして、帰国した藤原は、あるネットニュースを目にした。
それは新たなウイルスが、局地的な流行を生んでいるというもの。
国際線の低価格化などにより、多くの人が、日本と海外を頻繁に行き来するようになった時期でもあった。
このままだと、遠くない将来、未知のウイルスが日本にやって来て、パンデミックを起こすかもしれないと思ったという。
しかし、研究されているのは、既存のインフルエンザワクチンばかり…このまま未知のウイルスの対策をしないでいたら大変なことになると危惧したという。
そんな瞬間は一生来ないかもしれない…もし来たとしても、自分の研究が役に立つかもわからない。
それでも万が一の可能性があるならたとえ無駄になるとしても信じてやり続ける…それが研究者だと藤原は言う。
岩手県の小中学生を対象にした調査では、プラズマ乳酸菌によって、インフルエンザにかかった人数を、最大で3分の1程度、抑える事ができた。
それでも…プラズマ乳酸菌の商品が売れることはなく、既に『死にプロジェクト』と化していた。
だが、城内は治験に行った岩手の小学校で「プラズマ乳酸菌のおかげで、生徒たちの健康を守れました」と感謝され、子供達の笑顔を見て、もっと多くの人に届けたいと、決意を新たにした。
その後、さらなる研究を進め、医師や研究者たちに認めてもらうため、靴底を減らして各地を飛び回った。 時には、大学に出向いて講演を行い、プラズマ乳酸菌の効果を力説。 そして、知り合った大学病院の医師たちと共に、更なる研究を積み上げて行った。
しかし、商品はほとんど売れないまま、発売から3年が経過。
ずっと一緒に研究をしてきた城内はチームから外され、その後、小岩井乳業に戻された。
さらに一年が経過。
研究の終了を命じられるのも時間の問題…そんな時だった。
社長からプラズマ乳酸菌を社会貢献のための新規プロジェクトの候補として考えていると言われたのだ。
新規プロジェクトの候補と言っても、あくまで候補の一つ。
誰も応募者がいなければ、今度こそ研究を打ち切られるかもしれない。
だが、プラズマ乳酸菌の新規プロジェクトに手を挙げた人たちがいたのだ!
その中には、かつて「こんなもの売れるわけない」と言っていた営業部の者もいた。
彼は藤原の熱意、そして研究結果を見て『プラズマ乳酸菌は社会の役に立つ』と確信したという。
『免疫』という言葉が使えなくても、売る方法を考えるのが自分たちの仕事だと言ってくれたのだ。
さらに…藤原の講演を聞き、感銘を受けたことで…彼と研究がしたいと、入社した者まで現れたのだ!
桑場「大学に藤原がプラズマ乳酸菌の説明をしにくる機会がありまして、すごく感動しまして、こんな乳酸菌がいるんだ!と。(藤原は)お話もすごくお上手で、実験というか、プラズマ乳酸菌が大好きなんだな、と感じたのを覚えていて、入社したいなと思いました」
プロジェクトには、キリンのヒット商品『氷結』などを手掛けたチームも参加。
『免疫』という言葉が使えないなら、と、英語で『免疫』という意味を含んだ、『イミューズ』という名前で、ブランド化を目指すことに。
こうして、プラズマ乳酸菌を使った様々な商品開発が進められた。
そんな中…藤原の研究を知る医師たちから、『プラズマ乳酸菌が欲しい』という問い合わせが寄せられたのだ。
その理由は…新型コロナウィルスによるパンデミックである。
未知のウィルスと闘う医師や看護師たちは、自らも感染するリスクを抱えながら奮闘していた。
そんな中、コロナへの検証はまだだと知りながらも、藁にもすがる思いで藤原に連絡してきたのだ。
もちろん、コロナへの研究はまだであり、症状を和らげる事が出来るかどうかもわからない。
だが、プラズマ乳酸菌が健康な人の免疫を活性化するという研究結果は出ており、少なくとも未知のウイルスと闘う人たちの恐怖を和らげる事ができるかもしれない。
藤原は、倉庫にあった商品を、ありったけ病院へ送付。
第一線で闘う医師たちが必要としてくれた…それは、藤原の研究に対する信頼の証だった。
そして藤原は、ある決意を固める。
『免疫』という言葉をプラズマ乳酸菌の商品に入れられるよう、改めて申請することにしたのだ。
藤原たちは連日徹夜し、これまで集めた治験データなどを整理。
プラズマ乳酸菌が免疫にもたらす効果を提出用にまとめる作業を始めた。
そして、申請をしてから、3ヵ月後。
食品にも関わらず、健康な人の免疫機能の維持をサポートする効果があると認められ…『免疫』という言葉を使うことが許可されたのだ!
これは、日本で初めての快挙だった。
藤原「非常に嬉しかったです。信じられないというか、アンビリーバブルな事でしたね」
そして、今から2年前の5月、プラズマ乳酸菌は、国内で最も優れた発明に贈られる、恩賜(おんし)発明賞を受賞。
過去に認知症薬の開発などが受賞した、およそ100年の歴史を持つ権威ある賞で、健康食品素材として、初。
食品会社が受賞するのは、なんと59年ぶりの快挙だった。
現在キリンは、医薬品として、プラズマ乳酸菌を利用することを目指している。
まだ研究途中ではあるものの、プラズマ乳酸菌が様々なウイルス感染症に対して増殖抑制効果がある事が確認されているという。
城内さんは、今から4年前、藤原さんに呼び戻され、今現在もプラズマ乳酸菌の研究を続けている。
城内「(この経験を通して)当たり前、定説とかをしっかり疑う、自分の目で実際やってみるっていうことがめちゃくちゃ重要だなって思いました」
そして、藤原さんは現在、常務執行役員となり、多くの社員をまとめる立場となっている。
藤原「今は、グループ全体の研究開発の戦略の統括をしています。『社会を少しでも良くしていく』というところに研究開発の目的を合わせたいと思っています。研究を発想する時には、この研究が完成した暁には、誰かの笑顔になるんだという事を全部のテーマに紐づけようと思っています」