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事件簿NO.6 人の心を支配する、恐怖のご近所さん

今から5年前、九州のとある県に住む1人の女性が逮捕された。 罪状は、我が子を死に至らしめた『保護責任者遺棄致死罪』。
さらに、この事件では、同時に逮捕された人物がいる。 それは…彼女のママ友
これは、ある女性がママ友からマインドコントロールされたことにより、起きた事件である。
「自分はマインドコントロールなどされない、関係ない」と思う人が多いかもしれない。 しかし、専門家は…
「誰にでも起こり得る人間関係の問題が、事件のカギとなっています。」
一体、どういうことなのか!?

今から9年前。 専業主婦の里美は、夫と3人の子供と、幸せな毎日を送っていた。 そんな彼女の楽しみは、同年代の子供を通して仲良くなった、ママ友たちとのおしゃべり。
そんな、ある日のことだった。 たまたま見かけた奈津子に声をかけ、元々仲が良かった2人を含め、4人のママ友グループとなった。 奈津子の会話は面白く、また困った事があると助けてくれ、頼りがいがある存在として、里美は徐々に彼女を信頼するように。

そして、奈津子とのママ友関係が始まって、2年が経過した、ある日。 里美の家に集まっていた時、奈津子から「あの2人ね、あなたがやたら家で集まりたがるのは、贅沢な暮らしを見せびらかしたいからって言ってたよ」と言われ、ショックを受けた。
さらに、自分以外のママ友たちでグループチャットを作り、悪口を言われているというのだ。
始めは、ちょっと不信感を抱いた程度だったが、その後も繰り返し奈津子から言われるうちに、だんだんとママ友2人を信頼できなくなっていき、最終的には…この2人と距離を取るようになった。

そして、ママ友は奈津子だけになったのだが…数日後、奈津子から2人のママ友が里美を訴えると言っていると聞かされたのだ。
奈津子から「私、頼りになる知り合いいるから、頼んでみようか?」と言われ、訴訟などの知識は全く、突然の話で頭が真っ白になった里美は、その場で奈津子の提案に乗った。

すると、奈津子の知り合いで暴力団と繋がりがある "ボス" が示談を成立させたという。 そして、そのボスが示談金50万を立て替えているから支払えという。 そういったことに無知な里美は、そのくらいの金額がかかるものなのだろうと思い、やむを得ず、支払うことにしたのだが、示談の条件は『秘密厳守』と言われたため、夫に内緒で子供たちの教育資金を取り崩した。 危機的状況を奈津子が助けてくれたと思った里美は、このことをきっかけに、より一層、彼女に信頼を寄せるように。

その後、示談金を払って事態を落ち着かせはしたものの、そもそもは「贅沢な生活を見せびらかしている」など、事実と異なる里美の悪口を言ったママ友2人が悪い。 そこで、示談金として支払った50万円を取り返すため、ボスがママ友2人に対する裁判を提起すると、奈津子から告げられる。 しかし、贅沢な暮らしをしていると、裁判が不利に進むかもしれないので、当面は質素な生活を送るよう指示された。
その上、ママ友たちが里美のことを監視していることが、ボスの調査で分かったので、細心の注意をするように釘を刺された。
にわかに信じられないかもしれないが、里美は奈津子の言葉をすっかり信じてしまい、冷静な判断ができなくなっていく。

さらに…奈津子はボスの調べで、里美の夫が不倫しているのがわかったという。 確かに夫は出張が多かったが、浮気を疑った事など一度もなかった。
だが、何度も奈津子から言われたため、疑心暗鬼になった里美は、夫と不仲になっていく。

いつも自分を助けてくれる奈津子の助言を受け、里美は子供たちを連れ、家を出た。 さらに、両親や姉妹とも距離を取ることに。
別居から4カ月後、里美は夫と離婚した。

離婚した当初、里美は介護施設で働いていたのだが、職場にスパイがいるという奈津子の報告で退職。 生活保護を受けながら、1人で3人の子供たちを育てることに。
そんな状況の中、里美が頼れるのは奈津子だけだった。

このように、周囲の人間から孤立させるのが、マインドコントロールの手口である。 今回我々は、この事件にも詳しい、立正大学、心理学部、対人・社会心理学科の西田教授に話を伺った。
「特別な信頼関係、親友といった関係を築き上げていくのが、この奈津子のやり方だった。誰でも裁判と言われたら不安になるんですよね。怖いじゃないですか。そこを『任せておけ』と『恩を着せた』というか『助け船』を出すことによって安心させて、依存的な気持ちを作り上げていった。『ありがたいな』という感謝の気持ちを持って、奈津子を深く信じるようになった」

こうして、マインドコントロールは完成
無論、『ボス』という人間も存在しないが…浮気の調査費を支払うためにと、奈津子に通帳とカードまで渡してしまう。 以後、児童扶養手当てや生活保護費などほぼ全てを、奈津子が管理することになる。
現金をすべて奈津子に渡し、実家とも連絡を絶っていた里美は次第に食べるものにすら困るようになっていく。 そんな彼女の支えとなったのは…困った時、いつも手を差し伸べてくれるのは奈津子だけ。 そう感じていた里美は、さらに彼女に依存していく。

そんなある日こと…三男の直人が勝手に外に出たと、奈津子は激しく叱りつけた。 実は、ボスから幼稚園や学校に行く以外、子供たちを外出させてはいけないと指示されており、その言いつけを守っているか、ボスは監視していると告げられていた。
そして、ボスへの支払いが滞っているため、何か売れるものを出せという。 しかし、それでもボスへの支払い金額は足りず、消費者金融から借金まですることに。 ボスに支払う総額は3500万円…そう信じていた里美は、生活費を切り詰めていくしかなかった。

当然、奈津子が持ってくる食料だけで足りるはずもなく…幼稚園や小学校の教諭たちが、子供たちが痩せてきたことに気付き始めた。
心配した幼稚園の教諭が家に尋ねてきた時、応対したのは奈津子だった。 そして、里美の三男である直人君は、幼稚園を辞めさせられた。

さらに、奈津子はしつけやお仕置きと称して、直人君を押入れに閉じ込める事も頻繁にあったという。
子供たちの異常な泣き声に気づいた隣人は、児童虐待を疑い、警察に通報。 だが、警官が訪ねてきた時も奈津子が応対し、誤魔化した。

そして2020年、世界中で新型コロナウイルスの感染が拡大。 小学校も休校となったため、長男と次男の大きな栄養源になっていた給食がなくなってしまった。 少ない食料は、母と3人の子供たちに足りるわけもなく、一家の栄養状態はさらに悪化。 不要不急の外出を控える世の中となったことにより、誰かが異変に気付けるチャンスも失われた。

そして…三男の直人の様子がおかしいことに長男が気がついた。 里美は、携帯電話は料金未払いで止められていたため、無料でwi-fiが使用できるコンビニに向かい、奈津子に連絡した。
呼ばれた奈津子は「心配ないよ。こんなことでいちいち呼ばないで」と言って、相手にしなかった。

しかし、その3時間後…直人君は、全く動かなくなった。
このときになって、ようやく119番通報がなされ、救急搬送されたが、間もなく直人君の死亡が確認された。
餓死であった。
死亡時、直人君の体重はわずか10.2キロ。 5歳児の平均の半分ほどだった。

その後、長男と次男は養護施設に保護されることに。
そして、直人君の死から2カ月後。 警察に事情聴取され、里美は初めて気付くことになる…ボスなんて人物は存在しないことに。 ママ友に陰口を言われていなかったことも…初めて知る。 夫も浮気などしていなかった。 すべて奈津子が里美からお金を搾り取るための嘘だった。

今から5年前の12月、奈津子が詐欺容疑で逮捕された。 翌年3月、里美と奈津子は、直人君に故意に食事を与えず死亡させたとして、保護責任者遺棄致死容疑で逮捕、起訴された。

他のママ友や夫、親や姉妹との関係を断ち切らせ、孤立した彼女に寄り添う素振りで信頼を得て、暴力団と繋がっているというボスを作り上げ、恐怖感を植え付け…常に監視されているという不安感や、食事を最小限しか与えない事によって、正常な判断力を失わせ…里美をマインドコントロールしていった、奈津子。

そのきっかけとなったのは…
奈津子「あの2人、あなたがやたら家で集まりたがるのは、贅沢な暮らしを見せびらかしたいからって言ってたよ」
この些細な言葉。 だが、里美は何故、悪口を言っているというママ友2人に、本当に言っているのかどうか確認することが出来なかったのか?

西田教授は、ここにこの事件の大きなポイントがあるという。
「里美は子供の事を大事にしていた。決して虐待をするという事はなかったと言われています。この事件は子供を真ん中にしたママ友のコミュニケーションが重要な鍵を握っている。ママ友というのは意外と上辺で付き合っている。子供の関係が優先されるわけですので、その子供達の関係を悪くしないために、親は我慢して言いたいことも言わない。本当に親しい人だったならば、『私の事、悪口言った?』とか『言いたいことあったらいいなよ』とか、ちゃんと問いただす事って出来るはずですが、良い関係をとにかく続けなければいけないよような『ママ友』関係ですと、なかなかそれが言いづらい。問いただしたいと思っても、控えてしまうというような事ってよくあると思う。しかし、これはママ友だから起きたのではなく、誰にでも起こり得る問題です。SNSという新しい道具が栄えてきたことで、色んな人と薄く広く付き合うというのが、スタイルになっている。(会社でも)テレワークというスタイルも生まれたので、上辺の人間関係の構築という形で留まる。そういう事が希薄な人間関係に繋がる。適当に関係を維持しようとすると、本音を言うよりも、相手に合わせて、適当な事を言っておいた方が効率が良い。そういう人が多くなっているんだろうと思います」

今から3年前に行われた裁判で、奈津子は容疑を否認。 しかし、里美を心理的に支配したこと、金銭をだまし取ったことは明らかとして、保護責任者遺棄致死罪と詐欺罪で懲役15年が言い渡され、上告せず、確定した。

里美は全面自供し、保護責任者遺棄致死罪で、懲役5年の実刑判決が下された。
里美は、長期間のマインドコントロールから解けたとき、深い後悔に苛まれた。
里美は今も毎日、獄中で残された子供たちに向けたメッセージをノートに書き続けているという。