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事件簿NO.5 異様な嫉妬心に駆られた通り魔

昨年12月、福岡県のファストフード店で、中学生の男女が見知らぬ男に刺され、1人が死亡、1人が重傷を負うという無差別殺傷事件が起きたのは記憶に新しい。 さらに今年1月、長野駅の前で、またしても見知らぬ男に男女3人がナイフで刺され、うち1人が死亡するという通り魔事件が発生。
いつ、どこで起きるか分からない犯行に我々は恐怖する以外なす術がないのが現実である。 それだけに、事件が起こるたびに注目されるのが、犯行の動機。 犯人はなぜ、見ず知らずの人に危害を加えたのか?

今から22年前に愛知県で起きた通り魔殺傷事件の犯行動機は、我々の理解を遥かに超えるものだった。
3月30日、名古屋市内の病院で看護師を勤める、22歳の女性が友人と帰宅中、見知らぬ女性に道を尋ねられた。 そして、その女性にナイフで刺されてしまったのだ!
腹部を刺された女性は、その後、すぐに病院に搬送された。 しかし、2日後、多臓器不全で亡くなった。 将来は海外青年協力隊で困った人を助けたいという希望を持っていたが、その夢はあまりに理不尽な形で閉ざされてしまった。

この事件から2日後の4月1日。 襲われたのは、22歳の女性。 全治1ヶ月の重傷を負ったものの、なんとか一命は取り留めた。
被害者たちは、襲ってきた犯人の顔に見覚えはないと証言。 さらに、誰かに恨まれる心当たりもないと話した。
相次ぐ通り魔殺傷事件。 単なる物取りの犯行なのか? 移動手段が自転車だったことを考えると、犯人が市内に住んでいる可能性も高く、名古屋市民は恐怖に震える。

そして、事件からほどなく、警察は被害者の証言を基に、2件それぞれの犯人の似顔絵を作成し公開した。 2枚の似顔絵にそれほど類似点があるようには見えなかったが…警察は、同一犯による犯行と睨み、本格的に捜査を開始。 しかし、2件目の事件を最後に通り魔はなりをひそめ、目撃証言以外の手掛かりもなかったため、捜査は難航した。

しかし、事件発生から5ヵ月後、意外な展開を迎える。
この日、窃盗事件で1人の女が逮捕された。 高田幸子、38歳。

警察は、彼女に窃盗の余罪があるのではないかと部屋を捜索した。
すると…2件目の通り魔事件で被害者が持っていたバックと同じものが見つかった。 鑑定の結果、そのバッグは2件目の被害者から奪った物と判明。 さらに、部屋で発見されたキーホルダーが、1件目の通り魔事件で看護師の友人から奪ったものであることも明らかとなった。
こうして、窃盗の容疑をかけられた女は、2件の連続通り魔事件の容疑者として再逮捕された。

実はこの女、事件の3年ほど前から、名古屋市内でよく知られた存在だったのだという。
10代や20代の若い女性が好む、メルヘンチックな服装に身を包み、街を闊歩するアラフォーの中年女性。 その服装を見せびらかすように歩く姿から、彼女はこう呼ばれていた。 『ひらひらさん』と。

最初は、金目的と供述していた幸子。 だが、メガネをかけて変装をするなど、計画的に若い二人の女性を襲った犯行に、警察は「動機は別のところにあるのでは」と睨んでいた。
そしてこの後…お金だけではない、彼女のアンビリバボーな動機が明らかとなる。

幼い頃、両親が離婚し、母と4歳年上の姉と暮らしていた幸子。 中学を卒業後は、進学せずにホステスをしていた。 容姿端麗だったため、どこへ行っても人気を集めていたという。 普段の生活でも言い寄る男は数知れず。 そして、25歳の時…毎月15万円ほどの援助を約束する男が現れたのを機に働くのをやめた。

実は、幼い頃、離婚して家を出ていた父親からも毎月10万円ほどもらっていた上に、実家で母親と一緒に生活していたため、働かずとも生活できるようになっていた。
幸子はそれ以来、15年近く一度も働くことはなかった。

そして時は流れ…彼女は何かが少しずつ変わっていくことに気付く…年をとったのだ。 年齢を重ねるうち、徐々に周りから相手にされなくなっていくように感じた。 それが彼女には許せなかった。 年齢に抗うように若者向けのひらひらした服を買い、それを着て、まるでランウェイのように街を歩いた彼女は…やがて『ひらひらさん』と揶揄される存在となった。

そして唯一、甘えられる存在の父親とも…関係が悪くなっていった。
実は、父親に交際相手ができたことで、幸子は父が自分に無関心になったと感じ、嫉妬して交際相手の服を燃やしたのだ。 そして、父親から「仕送り増やしてやるから、もう2度と、来ないでくれ!」と突き放されてしまった。
幸子の精神は少しずつ、歪んでいく。

そして、あの夜を迎える。 返り血を浴びても目立たないように赤いレインコートを着て、メガネをかけて変装。 家にあった包丁を持ち、赤い自転車に乗り、街中を走り、ターゲットを見つけた。
幸子は後の取り調べで、こう供述したという。
『誰でもいいから若い子を刺せば、スッキリすると思った』と。

誰からも可愛がられた、若い自分…それを失った今、引き換えに生まれたのは、若く美しい女性への憎しみ。
事件発生からおよそ3年後、名古屋地裁は『連続して若い女性を狙った事件として、社会に与えた衝撃は大きい』として、無期懲役の刑を言い渡し、彼女が控訴しなかったため、確定した。
犯行の動機について、彼女は取り調べでこう語った。
『若さへのねたみと、老後への不安があった』と。