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事件簿NO.4 マサカの理由で罪を重ねた「悪魔」の看護師

今から9年前、横浜市神奈川区の病院に入院していた、88歳の男性が亡くなった。 最初はどの病院でも起きる病死だと思われた。
しかし、これが日本犯罪史上類をみない連続殺人事が発覚するきっかけだった!

その男性は前日まで異常は見られなかったが、容態が急変し、帰らぬ人となった。 その際、一人の看護師がある異変に気付いたという。 それは…この患者に投与されていた点滴袋が異様に泡立っていたこと。
これを不審に思った看護師は医師に報告し、他の患者用に保管されていた点滴袋も確認した。 すると、同様に泡立つ袋を複数発見。 さらに、注射針で刺したような穴も見つかったのだ。

病院は事件性があるとみて、神奈川県警に通報。
捜査の結果…点滴袋から消毒液の主成分が検出された。 それが血液中に入ると、肺や腎臓の組織を破壊、臓器障害を引き起こす可能性があり、死にいたることもある恐ろしい事態であった。 さらに調べると、数日前に亡くなった他の患者2名からも同じ消毒液の成分が検出されたのだ。

神奈川県警は、3名の患者に対し、何者かが点滴に消毒液を混入した殺人事件とみて、本格的に捜査を開始した。
そして、病院関係者に話を聞いたところ、被害者の一人の病室にある女性が一人で入っていったという目撃情報を得る。 さらに、病院関係者の制服を調べたところ、その女性のポケットのみから消毒液の成分を検出。

これらにより、その女性に任意の事情聴取を行った。
その人物は…当時、この病院に勤務していた看護師・久保木愛弓。
疑わしき人物が現れた事で、この事件の報道はさらに加熱。 連日、メディアが久保木の姿を追い続けた。 カメラの前で彼女は容疑を否認。

決定的な証拠もなく、警察も逮捕することは出来なかったが、およそ2年にわたって、粘り強く久保木の聴取を続けたのだという。 すると、彼女は良心の呵責に苛まれたのか、ついに自供。 患者3人に対する殺人容疑で逮捕された。

さらに、久保木は恐るべき衝撃の事実を告白。
「他にも20人くらいに同じことをしました」
事件の発覚より2ヶ月も前から、多くの患者の点滴袋に消毒液を混入し続けていたというのだ。 一体、彼女はなぜ、そんな罪を犯したのか?

不器用で内向的な性格であり、母に勧められるがまま看護師になったという久保木。 そんな彼女は常日頃から「自分は看護師に向いていない」と感じていたのだという。
実は、以前勤めていた病院で、患者の家族に手際の悪さを注意された事があった。 さらに、同僚の看護師が、遺族らに大声で責められている姿を目撃。 強いショックを受けたことにより、その病院を退職していた。

その後、事件の舞台となった病院で、再び看護師として働くことになったのだが、久保木が担当することになったのは、終末期の患者を多く受け入れる病棟。
事件発覚から5ヶ月ほど前。 久保木が看護していた患者が、突如容態が急変し、亡くなるということがあった。 この時、患者の遺族が「死んだのは病院の責任」と怒鳴り込んできたという。

無論、この患者に対しての看護体制などに問題はなく、久保木にも責任はなかったという。
しかし…彼女の中に「いつまた、自分の担当する患者が亡くなるか分からない」という恐怖。
さらに、「それを自分の責任にされ、遺族から責められるのではないか」という不安も重なり、強いストレスを感じるようになったという。

そして…「亡くなったことを私のせいにされたくない。怒られたくない…そうだ、自分がいない時に患者が死ねばいいんだ」
その恐ろしく身勝手な思考に辿り着いた結果、自分の勤務時間外に投与される予定の点滴袋に、消毒液を次々と混入させていたのだという。
事件が発覚する前の3ヶ月間、この病院で亡くなった患者の数は…48人。 その供述が事実であれば、約半数が久保木によって殺害されたことになる。

しかし裁判が始まると、久保木は3人の殺害以前の供述については黙秘を貫いた。 亡くなった患者は、すでに火葬されており、久保木が異物を入れた点滴によって亡くなったということは、立証不可能であった。 立件されたのは、3人に対する殺人と、点滴が使われる予定だった5件への殺人予備の罪となった。
裁判の結果、犯行は確定的殺意を伴う残虐なものではあるものの、恨みや不満から、他人の命を積極的に奪ったような犯行とは異なるとも指摘され、去年の7月、控訴審で無期懲役の判決が下された。
決して擁護できる事件ではないが、久保木の不安やストレスの逃げ道、それを避ける方法などが事前にあれば、悲劇は防げたのかもしれない。