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ベストセレクション! 老夫婦による大作戦

今から12年前、大阪府吹田市の静かな住宅地で、早瀬さん夫婦はある異変に気づいた。 子猫の鳴き声が聞こえるのだ。
鳴き声が聞こえてくるのは、雨水を側溝からの地下に流すための雨水溝と呼ばれる溝だった。 だが金網越しに覗き込んでみても、子猫の姿は見えない。

中を覗くと溜まった水を地下へ流すため、直径15センチほどのパイプが横に伸びていた。 子猫の声はそのパイプより、さらに奥から聞こえているようだった。
近くにマンホールがあるため、道路の下には排水管が通っているのがわかる。 パイプの奥にはその排水管に続く縦穴があるはずだと考えた夫婦は、子猫がその縦穴に落ちてしまったと推測した。 だが、その場ではどうすることもできず、家に戻ったが、夜になっても子猫の鳴き声は聞こえていた。

翌朝になっても子猫の声は聞こえていた。 その日は雨、さらに夕方から雷雨になるという。 富久美さんはすぐに消防に連絡し、子猫の救助を要請した。
しかし、隊員によると、確かにパイプの奥には排水管へとつながる縦穴があり、子猫はそこに落ちてしまったに違いないという。 だが、救出するには道路を掘るしかない。 他に方法は考えられないのか? そうは思ったものの言い出せなかった。
実は関西地方は8日前に、ゲリラ豪雨に襲われ梅田駅の地下水路が水没。 吹田市内でも浸水で消防が出動する被害が出ていた。
富久美さんはこう思ったという。
「こんな時期にそんなことで消防の人を引き止めたりする場合じゃない。なんとかせなあかんのかなと、我々で」

子猫に気付いてから3日。
2人は自分たちで救出すべく行動を開始。 まずは子猫がいる場所までロープを垂らして長さを測ろうと考えた。
だが、パイプの奥まで押し込む必要がある。 どうしたら子猫がいるであろう部分までロープを垂らすことができるのか? そこで、思いついたのは…重りをつけたロープをホースで押し込むこと。 これなら、直角に曲がる部分や、重りの重さで下方向にも対応できる。

計測の結果、横に伸びるパイプを2メートル奥へ進むと、深さ1.3メートルの縦穴があることがわかった。 合計すると、子猫が落ちた場所までは約3.3メートル。
この時のことを富久美さんは後にブログに綴っていた。
「構造と長さを考えるとこの時点で絶望的になりました」

2人はシーツを細かく割き、子猫が爪を引っ掛けてよじ登れるよういくつもの結び目を作ったロープを作成した。 先には縦穴に落とすための重りと餌となるソーセージを結びつけた。 自分たちがそばにいたら、子猫が警戒して外に出てこれないと思い、祈るような気持ちでその場を離れた。 だが、深夜になっても子猫の鳴き声はまだ地下から響いているようだった。

翌朝、様子を見に行くと、鳴き声はまだ地下から響いていた。
だが、シーツの先端につけたソーセージがなくなっていた。 シーツは間違いなく子猫の元に届いていた。

子猫に気付いてから5日、その日は一日中、雨が続いた。
鳴き声も聞こえない。 2人は、子猫は助からなかったのだろうと思った。

子猫に気付いてから6日、前日まで降っていた雨も止み、太陽が顔を覗かせていた。 子猫の声は全く聞こえず、夫婦は以前と同じ日常に戻ろうとしていた。
夫の建さんは、出かけたかと思うと「大変だ 母さん 大変だ」と言って戻って来た。 そして、富久美さんを雨水溝まで連れて行った。
すると…子猫の鳴き声が聞こえたのだ。 過酷な状況の中、子猫は生きていた。

エサに前回と同じソーセージと、缶詰のキャットフードを用意した。 ソーセージを重りをつけたロープの先に結びつける。 次にキャットフードの缶詰だ。 プラスチック製の小さなかごを半分に切り、キャットフードが溢れないように缶を固定。
2人は子猫のためのエサを静かに下ろした。 一度は諦めた小さな命が繋がっていた喜び、もう2度と諦めたり、悲しい思いをしたりしたくはなかった。

子猫に気付いてから1週間。
引き上げるとエサは綺麗になくなっていた。 体力の方はこれでしばらくは維持できるだろう。 だが、いつ大雨が降るかわからない。 時間がないことに変わりはなかった。
どうやったら助けられるか、考えを重ねるうち、建さんに突然アイデアが浮かんだ。 それは身近なあるものを使った救出方法だった。 そのあるものとは一体?

子猫救出に使ったもの、それは…ペットボトル。 実は建さん、ペットボトルに子猫を入れて引き上げるという作戦を思いついたのだ。
そこでまずは、ボトルが通るのかを調査。 猫の重さを想定し、引き上げができるかどうかを確認するために水をいれておいた。
ゆっくり進めると縦穴に落ちる手応えがあった。 子猫が入ったとして想定し引き上げてみると…問題なく引き上げられた。 だが、方法としては理解できたが、富久美さんにはとても成功するとは思えなかった。

建さんは早速、仕掛け作りに取り掛かった。 名付けて、ペットボトル作戦だ!
猫が入る穴の位置をどこにすべきか? 穴の大きさはどれくらいにすべきか? 猫が入れなくては意味がない。 しかし、入ることができても、すぐに飛び出してしまうようではだめだ。 子猫の大きさは全くわからない。

結局、入りやすさを重視し、ペットボトルの側面に全体の3分の1ほどの穴を開けて、奥にソーセージをつけたものを作った。 30分後、ペットボトルを慎重に引き上げてみると…ペットボトルに仕掛けたソーセージは半分かじり取られていた。

釣りが趣味だった建さんは、その夜、昔使ったある釣り道具のことを思い出した。 それは魚を捕る時に使う「もんどり」と呼ばれる仕掛け。
特徴は魚が一度入ると返しが邪魔になり出られなくなること。 これをペットボトルに応用しようと考えたのである。

翌朝、健さんは仕掛けの制作に取り掛かった。
子猫は弱々しい声で鳴いている。
建さんはもんどりの特徴である返しを作るため、まずはボトルの上の部分をカット。 それを逆向きにして凧糸で留めてみた。 返の部分には切り込みを入れ、子猫が入りやすいように加工。 そして奥には誘導するためのエサをつけた。

ペットボトル2号機と名付けた仕掛けをゆっくりと入れていく。 1時間後、ガサガサッという音がし、ロープが動いた。 ペットボトルの継ぎ目がパイプの直角に曲がった部分に引っかかってしまい、引き上げに手間取ってしまった。 救出は失敗。
エサが食べられていたことから、穴の大きさは十分なことが確認できたが、凧糸が切れ、返の部分が外れていた。 原因として体が半分出ている状態で引き上げてしまった。 もしくは引き上げた衝撃に驚いて飛び出してしまった。 引っかかった時に逃げてしまった。 この3つが考えられた。

建さんは壁にぶつかっていた。
入り口さえ外れなければ成功していたかもしれない。 凧糸では弱いことがわかったため、強力接着剤を使うことなども考えたが、接着面が小さく強度は足りない。 空腹になった時間を見計らって、ペットボトル2号機を修復したものを投入した。 だが、前回の作戦で子猫に恐怖心が残ってしまい、中のエサにも一切、手をつけている様子もなく、作戦は失敗に終わった。

2人は新たなペットボトル作戦に挑むことにした。
ペットボトルを分解して組み立てると、どうしてもその部分の強度は弱くなる。 一番強度を保てるのは、ペットボトルの形をそのまま使う方法だ。 そこで、まず口の部分を子猫が入れるぎりぎりの大きさで切り取り、細かく切り込みを入れて返しをつけた。 そして子猫が入るときに安定するよう重りも取り付けた。
前回の恐怖心が残っており、子猫が体を中に入れてくれない可能性もある。 そこで、奥のエサだけではなく入り口から順番に間隔をあけ、3箇所にエサをセットした。 これなら手前からエサを食べながら自然と奥まで入ってくれるかもしれないと考えたのだ。

だが、猫がペットボトルに入ったとしても最後に大きな問題があった。 全く状況が見えない中、子猫が一番奥へ入ったことを知るためにはどうしたらいいのか? 失敗すれば猫は警戒し、2度と仕掛けに入らなくなってしまう可能性もある。
そこで、建さんはある釣り道具を取り出した。 魚がエサに食いついたタイミングが音でわかる、あたり鈴という釣具だった。

一番奥のエサに直接、鈴をセット。 3つのエサを繋ぐ紐には多少、たるみを持たせているので、手前や真ん中のえさを食べているときには、それほど大きく鈴が揺れることはない。 しかし、一番奥のエサだけは振動がだいれくとに伝わり、手前の2つよりも大きく揺れる。
つまり、大きな音が鳴った瞬間が子猫が一番奥へと入ったことを知らせる合図となるのだ。 これなら引き上げのベストなタイミングがわかる! 釣りが趣味である建さんだからこそ思いついた仕掛けだった。

翌日、作戦を決行。 満をじしてペットボトルをパイプに入れていく…底に到達した。
今回はタイミングが勝負のため、その場で待つことに。 やがてガサガサという音がした。
鈴の音が聞こえ、引き上げると…子猫はペットボトルに入っていた。 体重620グラムほどのメスの子猫。
小さな命が救われた瞬間だった。

すぐに家へ連れ帰り、洗って温めると子猫は安心したように眠り続けた。
だが問題は、子猫をどうするか。 建さんは猫が得意ではない。 早瀬家で飼うことはできない。 そう考えた富久美さんは、猫好きの娘さんに頼んで里親探しをしてもらった。
ところが…(夫は)『飼えへん そんな猫なんか』という感じだったんやけど、もう(娘に)渡してしまうっていうときに、飼ったらええやないかって豹変したんです」
健さんの鶴の一声で子猫は早瀬家の一員になった。 9月9日に助け上げたことからココと名付けた。
小さな叫びが夫婦を動かし、奇跡の救出劇へと繋がった。 そしてココは、今も早瀬さん夫婦と共に、元気に暮らしている。