2月7日 オンエア
2人の伝説の捜査官 第二の3億円事件に挑む!!
 

アンビリアカデミー賞 スゴい日本人部門第2位!
執念の捜査で大事件を解決した二人の伝説の捜査官。

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今から38年前の11月、東京・有楽町で現金輸送車が襲われ、3億円以上の大金が何者かに強奪される事件が起きた。 マスコミはこの事件を『第二の3億円事件』などと呼び大々的に報道した。
第一の3億円事件とは、この18年前に起こった『府中3億円事件』のこと。 東京・府中市で白バイ警察官に扮した男が現金輸送車を襲い、3億円を強奪。 その後時効を迎え、迷宮入りした事件である。

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実はこの2つの3億円事件、両方の捜査に携わった二人の男がいる。
その一人が塚本宇兵(つかもと うへい)、鑑識課指紋係で、長いキャリアを持つ指紋捜査のスペシャリスト。 彼のことを当時の同僚たちはこう呼んでいる…『指紋の神様』
犯人を追い詰める粘り強さと、鋭い洞察力を兼ね備えた指紋捜査によって、数々の難事件を解決してきた。 そんな塚本が解決できずに時効を迎えた府中3億円事件の悔しさを抱えたまま、再び対峙することになった第二の3億円事件。 彼は雪辱を果たすために、執念の捜査を開始する。

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その日、世田谷区池尻にあった三菱銀行の事務センターから現金輸送車が出発。 支店の営業資金およそ11億円を積んでいた。
午前8時20分、有楽町支店に到着。 現金を渡すために、後部のハッチドアを開けた…まさにその時だった!
犯人たちは、現金の入ったジェラルミンケース7個のうち2個を奪うと、乗ってきたワゴン車で逃走。

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現場にいち早く到着した塚本ら鑑識係は、すぐさま指紋採取を始めた。
その時…被害額は3億円以上だという報告が上がってきた。 金額を聞いて、真っ先に脳裏に浮かんだのは、かつて解決できずに終わった『府中3億円事件』だった。

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そしてこの時、塚本と全く同じ思いを抱いた捜査官がもう一人。 それが、緒方保範。 この事件の指揮を執ることになった捜査一課の刑事である。
これより21年前、東京・渋谷のど真ん中で発生した銃乱射事件。 緒方はライフルを持った犯人に決死の覚悟で体当たり。 銃弾しながらも犯人逮捕に導いた伝説の刑事だった。

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2人の関係は古く、塚本が新米巡査の頃、指導してくれたのが3つ年上の緒方だった。 寮生活を共にする中でこう指導された。
「警察官は、一人一人が捜査感覚を研ぎ澄ませて、悪と対決するんだ。その中で、俺がやらなきゃ誰がやるっていう気概をもってやらなきゃいけないんだ」
そんな緒方の教えこそが、塚本の正義感を育て、やがて二人は互いに一目置く存在となっていた。

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実は、府中の3億円事件で、塚本は犯人のモノと思しき指紋を見つけていた。 それは…白バイに付着していた、ひとつの指紋。 当時、塚本はその指紋だけに絞り込み、捜査することを訴えたのだが、まだ若かった彼の意見は受け入れられず…事件は時効を迎え、迷宮入りとなった。 そして緒方もまた、一人の刑事として犯人を挙げられなかったことに責任を感じていた。

そして事件発生から1時間後、捜査は大きな展開を迎えた。
事件現場からほど近い西銀座の駐車場で、犯行に使用されたと思われるワゴン車が発見されたのだ。 しかも車内には多くの遺留品が残されていた。 毛布、枕カバー、ジャンパー、手袋、そして犯人が顔を覆い隠すために使ったと思われるフルフェイスのヘルメットにマイケル・ジャクソンを模したマスクなどが見つかった。

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また塚本たちは、被害にあった現金輸送車や、逃走用のワゴン車などから700個以上の指紋も採取した。
指紋には、多くの線のなかに「特徴点」と呼ばれるところがある。 枝分かれしたり、途中で切れたり、線で囲まれているなど特徴的な箇所が一人につき100近くあると言われている。 日本では、そのうち一つの指で12箇所特徴点が合致すれば、同一の指紋と特定される。 過去の統計から、一つの特徴点が合致する確率は10分の1と言われている。 よって2点が合致するのは100分の1、12点が同じとなると、確率は1兆分の1となる。 つまり、地球上の全人口が約80億人であることを考えるとこの世に同じ指紋の人間はまず存在しないことになるのだ。

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しかし今回の場合、遺留品から犯人たちは手袋をして犯行に及んでことは明らかだった。
これは現場から見つかった指紋が、犯人のものである可能性が低いことを意味していた。

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そんな中、事態は大きく動き始める。
犯人に持ち去られた現金の一部が発見されたのだ!
場所は東京・赤坂、豊川稲荷の地下駐車場。 千円札ばかり、1万5000枚がゴミ袋に入れられ放置されていた。
そのうち3000枚が新札券だった。
元指紋捜査官、小川巳奈夫さんによると…
「旧札の場合は流通性のものですから、いろんな人の指紋が出て来ます。汚れも出て来ます。」

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しかし、市場に流通する前の新札の場合、そこから指紋が検出されることは稀。 逆に採取できれば、その指紋は犯人のものである可能性が高いことになる。
早速、鑑識係は、捨てられていた新札3000枚から指紋検出作業を行った。 するとそこから7つの指紋が採取できたのだ。

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しかし、まだ犯人以外の指紋の可能性も残っている。
日本の場合、新札は日本銀行から各金融機関へと送られる。 その際、行員がお札に触れる可能性があるため、事前に彼らの指紋を除外しておく必要があったのだ。 他にも造幣局の人間の指紋も除外しなければならなかった。

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こうして銀行員と造幣局員、200名を超える関係者の指紋の採取、照合が行われることに。
ところが銀行はスムーズに協力してくれたものの、造幣局はそうはいかなかった。 「新札を造る過程で、お札に手を触れることはない」と申し入れを断ってきたのだ。
しかし塚本は、こう言って譲らなかった。
「世の中に絶対なんてない。触った可能性はゼロじゃない。関係者の指紋を省かなければ、犯人のものと断定することは出来ないんだ。」

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その後、度重なる交渉の末、なんとか造幣局の了承を得ることに成功。 照合の結果、7個の指紋の内のひとつが造幣局員のモノと合致した。
こうしてひとつの指紋を省くことが出来た。 残された6つの中に犯人がいる!

犯行に使用されたワゴン車からは、多くの遺留品が見つかっていたものの、そこから犯人につながるような指紋は検出されていなかった。
そこで緒方は遺留品を、大きく『2つ』に分類。 ひとつはヘルメット、覆面、スプレー、手袋といった『実際に犯行に使用されたもの』。 これらはいずれも大量生産されたもので、犯人に結びつく可能性は極めて低いと考えていた。

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もうひとつは直接犯行に使用されていないもの。 犯人が寝泊まりする時などに使ったと思われる『生活用品』である。
ワゴン車からは、犯人が普段使用していたに違いない毛布や枕カバーなどが見つかっていた。
中でも緒方が注目したのが、毛布。 それはタグのついたレンタル品だったのだが…調べるとリース会社が判明。 遺留品と同じ型の毛布が49枚貸し出されていた。

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塚本はその後、新札券から絞り込んだ6つの指紋を、ひとまず『AFIS』にかけることにした。
AFISとは、コンピュータによる『指紋自動識別システム』のこと。 有楽町3億円事件が起きる3年前に、警察庁に導入されたばかりだった。
犯罪歴のある者、およそ600万人分の指紋をデータベース化、検索できるようにしたもので、1秒間に1000個近い指紋を照合出来た。 そして、コンピューターが同じと判断した指紋を最終的に人間の目でチェック、本当に合致しているか否かを判断するのだが…どれも前歴者とは符号しなかった。

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捜査は振り出しに戻ったかに思われた。 しかし…塚本はこう言った。
「落ち込むことはないぞ、これで俺たちはまた 犯人に一歩 近づいたんだ。」
この検索で2つのことが判明したからである。 1つは犯人が過去に犯罪を犯していなかったこと。 2つ目は、それは日本においての話であるということ。

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犯行時のことを思い返してみても、あれが初犯とは思えない…プロのやり方だった。 にもかかわらず、日本の犯罪前歴には引っ掛からなかった。 犯人は外国人である可能性が高いと考えられた。 さらに、塚本は、千円札から見つかった指紋はどれも日本人にしては太いと感じていた。

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しかし、AFISに引っかからなかった以上、地道な捜査を続けるしかない。 日本全国で毎日のように、事件は起こっている。
そこで塚本は新たな事件で浮かび上がってきた、外国人容疑者の指紋を特捜本部に送ってもらい、それと6つの指紋を照合するように指示した。 しかし、部下の中には、不安を覚える者もいた。 彼らは新たな外国人容疑者の指紋と事件現場に残された700個の指紋、そのひとつひとつを照合すべきと主張したのだ。 それでも塚本は…「犯人は必ず、6つの指紋の中にいる。この指紋の持ち主を突き止めるんだ」と指示した。

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塚本がこの指示を出したのは、ある事件での苦い経験からだった。 それこそが…第1の三億円事件、府中三億円事件である。
発生当初、特捜本部の関係者たちは犯人逮捕を楽観視していた。 犯行現場近くから、偽の白バイや逃走用の乗用車など、犯人が残したと思われる150点の遺留品を発見。 さらにそこから30個もの指紋も採取されたからだ。
鑑識課はそれらの指紋を犯罪歴のある者の指紋と照合することになったのだが、まだコンピュータなどまだなかった時代。 それはとてつもなく困難な作業だった。

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塚本が正式に3億円事件の担当になったのは、発生から3年後の1971年のこと。 3億円事件を担当する鑑識課は、スタッフ総出で照合作業を行った。 だが、この時までに処理を終えた指紋は、まだ数十万人分だけだった。 現場から採取した30個の指紋と前歴者600万人分の指紋との照合…それを行えば確かに合致する可能性もあった。 しかし、作業はあまりにも膨大だった。

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塚本は、現場に残っていた『顕在指紋』にしぼって作業をしたほうが良いと提案した。 顕在指紋とは、肉眼で確認できる指紋の事である。
実は犯行に使われた偽の白バイのボディに、塗装が乾く前につけられたと思われる、指の指紋がはっきりと浮き出ていたのだ。 しかし、鑑識課は上の命令が絶対。 塚本は特捜本部が指紋の捜査に重きを置いていないことに、大きな苛立ちを感じていた。

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そこで思いを直接、特捜本部を指揮する警部補にぶつけた。 塚本が注目した顕在指紋は、白バイの膝当てを剥がした燃料タンクに付着していた。 そこは、自分で塗装でもしない限り、触れることなどまずあり得ない場所。 それゆえ…犯人の指紋の可能性が非常に高かった。 だが、塚本の意見は全く取り合ってもらえなかった。

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この当時、犯罪捜査において物証は二の次、何よりも『刑事の経験と勘』が優先されていた。 刑事たちが事件の『筋を読み』、取り調べをとおし被疑者の自白を引き出す…それが捜査の王道だった。 多くの捜査員にとって、指紋は容疑者が犯人か否か最終的に確認する道具でしかなかったのだ。 鑑識課の塚本の意見が採用されることはなかった。

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そして…事件から7年後の1975年12月10日、時効が成立。 3億円事件は迷宮入りとなった。
鑑識課がこの時までに称号を終えた指紋は、600万人のおよそ4分の1、157万人分だけ。 塚本が恐れていた通り、物量との闘いに敗れ、犯人を取り逃がしたのだ。

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あんな思いは2度としたくない。 そして…部下たちにも同じ思いを味わわせたくなかった。 塚本は自分の捜査方針が間違っていた場合、辞職も考えていた。
こうして鑑識課は、6つの指紋に絞り、毎日のように特捜本部から送られてくる新たな指紋との照合作業に没頭。 しかし、犯人と合致する指紋は出てこないまま、事件発生から10ヶ月が過ぎようとしていた。 思い出される府中3億円事件。 マスコミは第2の3億円事件も同じように迷宮入りしてしまうのではないかと騒ぎ始めていた。

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一方、緒方率いる特捜本部。 実はこの時…彼もまた犯行に使用されたスプレーが外国製品で、日本での入手が極めて困難だったことから、「外国人による犯行の可能性が高い」と考えていた。
そんな緒方の元に『ある捜査報告』がもたらされる。 彼らは遺留品の中にあったレンタル品の毛布の貸出先を追っていたのだが、リース会社から同じ型のものが49枚貸し出されていたことはわかっていた。

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その一枚一枚を追った捜査官たちは、10ヶ月かけてようやく…最後の一枚の貸出先を割り出した。 東京・麻布のウィークリー・マンションだった。 管理人など関係者によると、事件後、姿を消した住人がいたという。 しかも、それは…外国人。 そう、塚本と緒方が睨んだ通りだった。

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これを受け、特捜本部はすぐに消えた外国人の行方を追った。 外国人は事件の2週間前に、マンション契約のために現金で45万円支払っていたことが判明。 犯人は外貨を日本円に換えるために両替している可能性があるため、麻布近辺の金融機関に犯人の痕跡がないか徹底的に調べることに。

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それから3日後のことだった。 マンション近くの銀行で両替をした外国人が判明した。
捜査官は、両替の際に提出した国際免許証の控えを入手。 それは、フランス国籍の男のものだった。
特捜本部は、すぐにフランス政府に問い合わせ、免許証にあった氏名や顔写真から経歴の照会を要請した。 すると名前は偽名だったということが判明。 しかし、顔写真から過去に犯罪経歴を持つ人物が浮上した。

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事件からおよそ11ヶ月が経過したこの日、鑑識課ではフランスから届いた指紋の照合が行われていた。 照らし合わせるのは…もちろん千円札の新券から見つかった『6つの指紋』である。 彼らの頭の中には、それぞれの特徴はすでにインプットされている。 そして、フランス人の男の指紋が、新札に残された『6つの指紋』のひとつと完全に一致したのだ!

指紋の男は、麻薬取引や強盗を重ねるギャングの一員で、フランス警察も行方を追っていた人物だった。 そしてこの男には、他に3人の共犯者がいたことが判明。 犯行グループは事件直後、海外へ逃亡していた。
その後、ICPO(国際刑事警察機構)を通じて指名手配され、1人は現在も逃走中であるが、1人は何者かによって射殺。 残る二人は潜伏先で逮捕された。

指紋の神・様塚本は、1996年に警視庁を定年退職するまで、指紋捜査の第一線で活躍。 その後、指紋の重要性を後進に伝えるべく、警察学校などで講師を務め、現在は地元で静かに暮らしているという。
緒方もまた、退官後も時折捜査本部に顔を出し、後輩を鼓舞し続けていたというが、4年前、87歳でその生涯を閉じた。

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塚本には、今でも忘れられない出来事があるという。 それは、有楽町3億円事件の時、共に犯人を追い詰めた緒方がとった『ある行動』だった。
事件発生から9か月が経過した頃、一向に成果が出ず、世間でも迷宮入りが囁かれ始めていた頃…
緒方が鑑識課にやって来て「私は、特捜本部で指揮を執っている緒方です。皆さま、ご苦労様です。」と言って頭を下げた。
その光景は、異例だった。

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府中3億円事件の時は、捜査一課の中に鑑識課を軽視しているものも多かった。 その悪しき傾向は、年々薄れていき…鑑識の重要性は高まってきていた。 だが、特捜本部のトップである緒方自らがわざわざ鑑識課を訪ね、しかも…鑑識課のメンバー一人一人に頭を下げるなど異例中の異例の行動だった。
緒方の訪問は、それまで重たく沈んでいた鑑識課の空気を変えた。 そして…捜査一課と鑑識課の結束はより一層強いものとなり、事件は無事、解決に至ったのだ。
塚本宇兵と緒方保範、二人の功績は、犯罪捜査の歴史に刻まれ、今も語り継がれている。