6月22日 オンエア
実録! 白衣の悪魔 看護師連続保険金殺人事件
 
photo

今から21年前、ある事件が日本中を震撼させた。 学生時代から親友だったという40歳前後の女4名が、それぞれの夫を次々と保険金目当てに殺害するという、耳を疑うような出来事だった。 さらに世間に衝撃を与えたのは、彼女たちが全員、看護師だったということ。 人の命を救う白衣の天使たちがなぜ、およそ人間とは思えないほどの身勝手で残虐な犯行を繰り返したのか。

photo photo

悲劇の始まりは彼女たちが逮捕される10数年前まで遡る。
看護学校卒業から10年、看護師として働く春田さゆり(仮名)は、周囲からの人望も厚く、患者からも慕われていた。 そして、この後起こる一連の事件で最重要人物となる、茅原明美(仮名)と再開。 およそ10年ぶりの再会だったが、二人はたちまち学生の頃のように意気投合。

photo

そして、再開のおよそ半年後には、明美がわざわざさゆりと同じ病院に移り、一緒に働き始めるほど親交を深めていった。
自分は結婚して家庭があるにも関わらず、独身のさゆりを心配して度々訪ねてくるほど、明美は親身になって接してくれたという。

photo

この頃、さゆりは別れ話がもつれ、元交際相手からのストーカー被害に悩んでいた。 警察には相談したが取り合ってもらえず、また相手が妻帯者だったため、家族や友人にも相談できないまま追い詰められていた。
明美に相談すると…明美は「先生ならなんとかしてくれるとやろか」と呟いた。
『先生』は、政界にも顔が利くうえに、警察も動かせる人物なのだという。

photo

数日後、明美はこう言ってきた。
「先生がね、もうあの男のことは大丈夫だから安心しなさいって。でもね、逆恨みされとるみたいやけんここからはすぐに避難した方がいいって先生が!」
そして、一時避難先として、明美が家族と共に暮らす自宅に匿ってくれた。 その日を境にストーカー男からの接触は一切なくなり、さゆりは久しぶりに安息の日々が送れるようになった。 そしておよそ1年後、明美が夫と別居することになると、明美の子供たちと共に同居を始めることに。

photo

そんなある日のことだった。 さゆりがクレジットカードを紛失したため、カードを止めようと電話に手を伸ばすと、明美はその手を押さえて、「大丈夫。私が助けてあげるったい。先生にリサーチしてもらえば、すぐにわかるけん」と言った。
後日、「わかったとよ。あなたのお姉さんの旦那さんが盗んだらしか」と言った。
さらに、カードを不正に利用する瞬間を現行犯で抑えるため、あえてカードは止めないようにと先生から指示があったということだった。 これだけ自分によくしてくれる明美と先生のいうことに間違いはない。 さゆりはその指示に従うことにした。

photo

そして数日後、明美が『先生』と電話をしていた。 だが、明美が電話をしていた先は…「気象庁発表の1月20日午後11時4分現在の気象情報をお知らせします。」
そう、『先生』なる人物などどこにも存在しない。

photo

だがこの時には明美が『先生』の話題を初めて口にしてから、すでに2年近くが経過。 さゆりはすっかり『先生』の存在とその「強大な権力」を信じ込んでしまっていた。 そのため、この頃にはさゆりの給料や預金通帳まで「先生の指示」によって明美が管理することになっていた。 結果、明美は当初一千数百万円ほどあったと思われるさゆりの預貯金全てを2年足らずで使い切ってしまったのだ。

photo photo

「贅沢」「嘘」、それこそがこの女、茅原明美の全てだった。
幼少期から裕福ではない家に生まれたことをコンプレックスに感じていた明美は、同級生に嘘をつくようになっていた。 嘘は真実の姿を隠し、称賛を得る手段になる。 そのことを知った明美は、以後 嘘を重ねるようになり、看護学校時代には、ニセの募金活動をでっち上げて友人から金を騙しとるなど犯罪行為を繰り返すようになった。

photo

そんな明美にとってさゆりは、元より金ヅルでしかなく。 これ以上はさゆりから搾り取れないと判断すると、今度は看護学校時代の別の友人、庄野奈津(仮名)に狙いを定めた。
明美は奈津に会うと、いきなりこう言った。
「井田佳寿恵さんとの話は進んどると?いろいろ大変そうやね。」
何の話か分からない奈津に「なんって、佐藤里香さんのことやんね」と言った。

photo photo

佐藤里香というのは、奈津が結婚前に勤めていた病院の後輩看護師だったのだが、仕事のできない里香に奈津は苛立ち、つい辛くあたっていた。 さらに、里香の婚約者でもある病院の医師に悪口を吹き込んだこともあった。

photo

明美「なっちゃんのせいで結婚が破談になって、他の男と結婚したら酒乱で、暴力ば振るわれて……妊娠中も殴られとったせいで生まれてきた子供にも障害があって、里香さんはなっちゃんのことすごい恨んどるらしか」
そして井田というのは、そんな里香の代理人に当たる人物で、顔の広い明美とは以前から知り合いだという。 さらに、井田のバックには暴力団がついているという。 怯える奈津に明美はこう言った。
「大丈夫。私が助けてあげるけん」

photo

もちろん、井田という人物は明美がでっち上げた架空の人物であり、佐藤里香の結婚相手が暴力を振るっているというのも真っ赤な嘘。 それでも、かつて後輩をいじめていたという実際の弱みを持ち出されたことで動揺した奈津は、すっかり明美の話を信じてしまった。 そしてそれ以来、何かと理由をつけて「井田」が要求していると言われた金額を明美に渡し続け、その総額は2年間で2800万円にも登った。

photo

さらに奈津は金を捻出するために借りた消費者金融への返済のため専業主婦を辞めて、明美たちと同じ病院で働くようにもなった。 だが、すでに自分自身の人生が破滅するほどの大金を失い、今後もいつその要求が終わるともわからない地獄のような状況にあるにも関わらず、奈津もさゆりも、明美を疑うどころか、逆に大きな感謝の気持ちを抱いていたという。

photo

そして、奈津は夫が浮気しているのではないかと、明美に相談を持ちかけた。 すると、明美は「良かったら私が調べてあげようか?」と言った。
この時、奈津が何気なく打ち明けたこの相談こそが、のちに彼女たち全員を本当の地獄に突き落とすきっかけとなる。

photo

後日、明美はこう言ってきた。
「やっぱり黒やった。あんたのダンナ、何年も前からサラ金からお金ば借りて、愛人を囲うてたんよ。あんたと子供に5000万円の保険金ば掛けて殺そうとしとるんよ。」
警察に行こうとする奈津を「警察は何かあってからじゃないと動いてくれん!」と言って止めた。 そして、「やられる前にやる。…抹殺たい」と言い出した。
ついに口にされた、殺人計画。 そしてこの後、明美だけではなく、それまでは詐欺の被害者に過ぎなかった友人たちもまた破滅への道を転がり落ちていくことになる。

photo

明美の狙いは、奈津の夫が死ぬことで得られる保険金。 奈津の手に入りさえすれば、後から自分のものにする方法はいくらでも思いつく。
もちろん、奈津の夫が家族の殺害を計画している事実など全くなく、そもそも彼は浮気すらしていなかった。 それでも保険金を得るためには、事故や病気に見えるよう死んでもらうほかない。
そこで、明美は「先生が看護師として優秀なさゆりの力を借りろっておっしゃているの」と言って、さゆりを巻き込んだ。 この頃にはさゆりも「先生」の指示には、絶対に逆らえないということを強く信じきってしまっていた。

photo

後日行われたのが3人で殺害の方法を決めるための「殺人会議」
心臓が原因で亡くなったように見せるため、睡眠薬とカリウム製剤を投与して急性心不全を誘発させる方法を取ることになった。 全員が看護師で医療知識が豊富にあったため、その方針はことのほかあっさり決まったという。

photo

そして、ついに決行の日。
奈津は遅く帰った夫に睡眠薬入りの夕食を食べさせた。 そして、まだ2歳の娘が眠る傍で殺人計画が実行に移された。 奈津が病院から盗んできた注射針を取り出し、夫の足の甲にカリウム製剤を注射。

photo

痛みのためか一瞬夫は起き上がったものの、睡眠薬の効果でまたすぐ眠りに落ちた。
明美「このままじゃバレる。エアーば入れてみよう」
静脈に空気を注入すると、やがて血液を出し入れする心臓のポンプ機能に障害が起き、まもなく酸欠状態となって死を招く。 奈津は夫の体に何度も空気を入れ続けた。

photo

その後、夜が開けると、女たちによる一世一代の大芝居が始まった。
奈津は遺体の解剖を拒否。 結局、殺人を疑われることはなかった。
そして1カ月後、夫の死亡保険金3498万円が奈津に振り込まれたが、そのうち3450万円を奈津は井田への支払い名目として明美に渡した。 こうして、言葉巧みに人を操る明美の完全犯罪は成立した。

photo

生命保険金というこれまでにないほどの大金を得たことに味をしめた明美が、次なるターゲットにしたのが…またも看護学校時代の親友の一人、秋山貴子(仮名)だった。
実は明美はすでにこの数年前、貴子が夫の浮気に悩んでいたことに乗じて、架空の訴訟トラブルをでっち上げ、解決金として貴子から750万円を騙し取っていた。

photo

明美は貴子に「あんたの夫、あんたが世間体を気にして離婚だけはしないのを良いことにずいぶんめちゃくちゃやっとるみたいたい」と言った。
するとその時、貴子の元に電話がかかってきて、こう言った。
「私、ご主人のケイ様に対して損害賠償訴訟を準備している複数のご家族から依頼を受けているコバヤシと申しますが」
驚いて電話を切ってしまった貴子に、明美は「私がまたちょっと調べてみてもよかとよ」と言った。

photo

しかし、これも明美の罠だった。
この頃にはすでに共犯関係になっていた奈津やさゆりにも、詐欺の片棒を担がせるようになっていたのだ。

photo

そして…「あんたの夫、あれからまた方々に借金してる上に、あちこちで人ば騙してお金巻き上げてたわ。しかも騙されて自殺してしまった人もいるみたいな。」
遺族の中には金が用意できないなら、夫の保険金で払えという過激な意見もあると説明すると…夫の殺害を提案。

photo

もちろん、これらは全て明美の作り話であり、貴子の夫が人を騙して金を巻き上げた事実などない。
それでも明美は気の弱い貴子に夫を殺すことを約束する抹殺誓約書まで書かせると、その数日後、再び殺人会議が開かれた。 そして、今回は急性アルコール中毒死に見せかけることにした。

photo

それから数週間後、計画は再び実行に移された。 その日貴子は長男の進学のことで話があると別居中の夫を呼び出し、睡眠薬入りの夕食で眠らせると、マーゲンチューブと呼ばれる医療用のゴム管を鼻から挿入、直接胃に大量のウィスキーを流し込んだ。
そしておよそ2時間後、夫は死亡。
この時も彼女たちの犯行は誰にも疑われることなかった。 保険金3257万円が貴子に支払われたが、遺族への慰謝料という名目でその後すべて明美が受け取った。

photo

こうして手に入れた保険金で明美はマンションを購入し、その生活はさらにハデになった。
そして、友人3人…いや、今では殺人の共犯者となった3人の女たちを同じマンションの下の階に住まわせると、奴隷のようにこき使うようになったのである。

photo

だが、彼女たちの地獄はそれだけで終わらなかった。
貴子は明美の指示で、一人、さゆりの母・みさえの自宅を訪れると…さゆりの母に大量のインスリンを投与することで低血糖症に陥らせ、殺そうとしたのだ。
だが、注射が深く刺さらず計画は失敗。 それでもさゆりの母が認知症を患っていたこともあり、この件がすぐに事件化することはなかった。

photo

明美は貴子に「今回の制裁金300万。あと死んだダンナのトラブル処理で遺族からあと3000万って言われとるんよ。」と言った。
この要求は貴子にとって限界を超えていた。 数日後、貴子は相談した伯父に伴われついに警察に出頭、殺人を含めすべての罪を告白するに至ったのである。

photo photo photo

翌2002年4月。 4人の女たちは全員逮捕された。
その後、日本中の注目を集めた裁判が開かれると…
春田さゆり、求刑 死刑に対し、無期懲役。
秋山貴子、求刑 無期懲役に対し、…懲役17年。
庄野奈津、死刑を求刑されていたが、一審の判決を待たず、卵巣ガンで死去。

photo

そして、主犯格の茅原明美は、求刑通り死刑を宣告された。
明美は今から7年前、女性として戦後5人目となる死刑の執行をうけた。 56歳だった。
面倒に巻き込まれたくない、傷つきたくない。 そんな弱さ…あなたの中にもないだろうか。 悪魔はそんな誰にでもある心の隙間をいつも狙っている。

photo

日本中を震撼させた看護師4名による連続保険金殺人事件。 友人たちの心の隙間をついた、明美とは一体どんな人物だったのだろうか?
この事件を長年取材し事件に関する書籍を執筆したジャーナリストの森功氏によると…
「高校生ぐらいの時も割とクラスの中心人物ではあったようなんです。口が上手いといいますかねそこはもう天才的なところがあって、嘘をついても相手を丸め込んでしまって相手に反論させないような、そういう話術を持っているので、人気者で割と友達は多かったと思います。」

photo

森氏は明美の公判に毎回傍聴へ訪れ、その後明美本人とも何度か手紙のやりとりも行ったそうなのだが、彼女から送られてきた手紙の内容は、 『すごく頭の切れる優秀な弁護士さんを紹介して頂きたい』というものだった。
「もう事件が明るみになって、もう多分死刑しかないっていう状況は分かりつつも、これは冤罪事件だということを取材者である私に切々と訴えてくる訳ですよね。それを本にしたら売れるからこの印税で稼ぎましょうよみたいな、そういうところまで言ってくる。そこまでできる犯罪者のもなかなかいないですよね、そこまで歪んでしまう。自分が友達の旦那さんを二人も殺して(さゆりの)お母さんまで殺そうとしたっていうような、そういう良心の呵責は微塵も感じない。後にも先にもあんなすごい犯罪者にはお目にかかったことがないぐらいのモンスターかなという風に感じましたね。」

しかしその一方で、森氏は取材を通してこのような事件に巻き込まれる可能性は私たちの誰にでも起こりうる、とも感じたという。
「やっぱり人は嘘をつくんですよね。で、嘘をつかれた人は客観的に見れば、その嘘っていうのは分かりそうなものなんだけど、つかれた嘘を信じ込んでしまう。本人にしてみたら、それは本当にこう、どんなバカな嘘でも信じ込んでしまい得る要素があって、そこを巧みにつく嘘つきが世の中にはたくさんいるし、実際に取材の中なんかでも嘘をつく証言者っていうのもたくさんいるし、自分を守るためには、人間ってのは、わりとどんなことでもするというか、そういう本質もあるし、また嘘を信じたいというのが、どこかにあるわけですよね、騙される人は。例えばいろんな投資詐欺なんかに騙される人は金儲けしたいという自分の下心というか弱さを見透かされて、そこについつい騙されてしまう。だからやっぱり一歩引いてそこは周りの意見を聞くとか、または相談するとか、そういうことをしないと自分自身で判断がつかないことは、多々あるということだと思いますね。」