1月19日 オンエア
家族が目撃した不可解な行動 心優しき青年に何が?
 
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今から52年前、アメリカ、マサチューセッツ州で、4人きょうだいの末っ子として生まれたエド。 心優しかった彼に奇妙な行動が目立ち始めたのは、大学生になった頃からだった。
エドの姉は、ある日…階段を後ろ向きで上る弟を目撃したという。
さらに…「あじすあいぎ まをすしあす」
エドは意味不明な言葉を呟いていた。
謎めいた行動は他にも…なぜか偶数だけをひたすら数えあげ、その後、小さい方へ数え直していたという。

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やがてエドは大学へも行かなくなり、地下室に閉じこもるようになった。 家族も一切中に入れず、風呂にも入らない。 毎日、部屋で映画を見ていた。 それも何度も巻き戻し、同じシーンを。
外出を頑なに拒まれ、病院へ連れて行くこともできない。 果たしてこの時、エドの身に何が起こっていたのか?

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そんなある日、エドとそっくりな症状の話をテレビでしている人物がいた。 家族は藁にもすがる思いで、その人物に連絡を取った。 すると、その人物が家を訪ねて来てくれた。
この人物こそ…ハーバード大学教授のマイケル・ジェイナク博士。 ある分野の世界的権威だった。 彼の研究分野、それは…強迫性障がい

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マイケル博士が研究する強迫性障がいとは? みなさんは、こんな経験はないだろうか?
物の配置のズレが気になり、直さずにはいられない。 何かに触れるたび、汚れたような気がして必要以上に手を洗う。 外出する時、鍵をかけたか不安になり、何度も確かめる。
心当たりのある方は、ふとしたきっかけで強迫性障がいに陥ってしまう可能性があるという。

原井クリニックの原井宏明院長は、こう話してくれた。
「強迫性障がいとは精神障がいの一つです。本人もやめたいと思っているのに、どうしても湧いてくるような強迫観念と、それを打ち消すためにある強迫行為、この2つからなる病気。これを繰り返すうちに(一度で)終わってしまうのではなく、悪循環になり、強迫行為を繰り返せば繰り返すほど、どんどん悪化していって、強迫観念がひどくなっていく病気です。」

強迫性障がいに陥るかもしれないという、これらの事例。 もちろん多くの人にとって特に心配する必要はない。
だが、エドの場合、それがあまりに重症化し、日常生活もままならなくなっているとマイケル博士は考えた。

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早速、マイケル博士はエドの治療にあたった。
エドはマイケル博士が地下室に入ることを拒否した。 マイケル博士はそれを了承し、さらに「要望があれば何でも言ってくれ」と言った。 まずは信頼関係を結ぼうという考えだった。
すると…エドはこう言ってきた。 「二人きりでなら話す。何を話したかは家族に言うな。リビングで待っててくれ」

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エドが地下室から出てきた。 しかし、ここからが長かった。 偶数を唱え、階段の上り下りをひたすら繰り返す。
不安を打ち消そうとする「強迫行為」を、博士は儀式と呼んでいる。 後にわかったことによれば、階段の上り下りも、最初は少ない回数だった。 しかし途中で失敗すると、次はその倍 行わなければならないと考えるようになり、回数が雪だるま式に増えていったのだという。
辺りがすっかり暗くなった頃、ようやくエドが姿を現した。

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その後マイケル博士は、何日もかけ少しずつエドの心を開いて行った。 果たして彼の胸に潜む不安とは?
ある日、彼はこう語った。
「僕は幼い頃、とってもお母さん子だったんです」
末っ子のエドは特に溺愛され、母は世界の中心だった。
しかし、その幸せは長くは続かなかった。 母が病で倒れ、癌であることが発覚したのだ。

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そして、エド11歳の冬。 夜、呻き声に目を覚ました。 いつになく、苦しげな母の声を耳にした途端、エドは歩き出していた。
そして…母の臨終の瞬間を目の当たりにした。 そのショックから、極度に死を恐れるようになったエド。 時間が進めば、人は死んでしまう、そんな考えに囚われるようになった。

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もうこれ以上、大切な人を失いたくない…そのために 自分に何ができるのか?と考えるようになった。
マイケル博士「大切な人を死から守るために君は?」
エド「時間を巻き戻す」

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そう彼は、儀式を行うことで時間を巻き戻し、家族を死から守ろうとしていたのだ。
後ろ向きに歩くのも、ビデオを巻き戻すのも、数を数え、また小さい方に数え直す行為も、全て時間を巻き戻すための儀式だったのだ。 彼は1度行った行為を打ち消すために、もう一度同じことを、もしくは逆から行うことを徹底した。 つまり偶数回にこだわった。 エドは奇数を不吉、偶数が安全と考えた。 家族が耳にした意味不明な言葉も、実は…言葉を逆から言っていたのだ。

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この考えに囚われはじめたのは、子供の頃だったが、最初は自分で抑えられていたという。 しかし、その不安が大人になるに従い、徐々に抑制できなくなっていったのだという。
そんな彼にとってシャワーを浴びるのは何よりも苦痛だった。 一度排水口から流れた水は元に戻せない、時間を巻き戻すことができないからだ。

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「君はこの儀式を続けたいのかい?」というマイケル博士に、エドは…「やめたい。人に変な目で見られるし、外出が怖くなった。元の普通の生活に戻りたいんだ!」と答えた。
こうしてマイケル博士とエドの闘いが始まった。

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マイケル博士の方針は、薬で不安を抑えると共に、認知行動療法を行うというもの。
認知行動療法とは、実際に行動することで、誤った考え方を変えていこうとする治療。
エドの場合、家族を死から守るために、時間を巻き戻す儀式を行うようになり、徐々にその数が増えていった。 そこで、儀式の数を減らしても家族は死なないと認識させようとした。

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マイケル博士は、毎回片道2時間をかけエドの自宅を訪問し、根気よく治療を行った。
兄のトムはこう話してくれた。
「マイケルは治療費を取ることはありませんでした。彼はエドに対して、とても寛大でした。具体的な話というより、その言葉がいちばんの説明になると思います。」

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精神医学の権威である彼が、なぜそこまで労を厭わず、エドの治療にあたったのか?
実は若い頃、彼はベトナム戦争に従軍した経験を持っていた。 無事生還し、その後医師になったのだが、戦争から20年が経った頃、突如当時の記憶に苦しめられるようになった。 心的外傷後ストレス障がい、いわゆるPTSDだった。
治療の甲斐もあり、その後、PTSDを克服したマイケル博士。 そんな彼にとって、母の死という過去のトラウマに苦しむエドは、かつての自分と同じ。 何の治療もせず放っておくことなど できなかった。

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その思いが実ったのか、エドに変化の兆しが見え始める。 なんと地下室に博士を招き入れた。
実は、マイケル博士がエドにシャワーを浴びてみないかと提案したのだ。
シャワーを2年間も浴びていなかったというエドは、不吉なことを考え、シャワーを中断しないよう、ずっとマイケル博士に話しかけてもらった。 これが突破口になる、そう思われたのだが…博士の献身的な治療の甲斐もなく、それ以上、症状に大きな改善が見られることはなかった。

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そしていつしか…治療開始から2年の月日が流れていた。
「もう全てやり尽くした。私が彼に出来ることは、何もない」
そう思い始めていた頃…エドが何時間もかけ、リビングにやってきた。 エドの目も気にせず、マイケル博士は涙した。
「エド、許してくれ。もう治せない、私は君を救えなかった。」
悔しさ、申し訳なさが、一気に吹き出した。 治療開始から2年。 強迫性障がい研究の権威、マイケル博士はエドの治療を断念した。

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その後2人は、電話でときおり連絡をとっていたものの、会うことはなく、1年が過ぎた頃だった。
久しぶりに家族に招かれ、エドの家を訪れることになったマイケル博士。 出迎えてくれたのは 見知らぬ男性だった。
すると…「久しぶりじゃないかマイケル。エドだよ!」
彼こそ1年前、家の外に出ることすらできなかった、あのエドだった。

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エドは、マイケル博士の涙を見て「こんなにも周囲の人を苦しめている強迫性障がいは敵だって。ぶちのめしてやりたい」と思ったという。 さらに、マイケル博士に恩返しをしたいと思い、自ら行動したのだ。
少しずつ、儀式の回数を減らすよう、自らに言い聞かせ、実践。 こうして自力で回復したエドは、1年ぶりに マイケル博士との再会を果たした。

博士との再会から24年。 エドさんは今、どうしているのか?彼の元を訪ねた。
「あの時 マイケルの喜ぶ顔を見られて本当に嬉しかったです。病気は まだ完治したわけではありませんが、コントロールする方法を学びました。適切な知識やスキルを持つことで、不測の事態に対処できるようになったんです。」

今では 強迫性障がいに悩まされることも、ほぼなくなったというエドさん。 実はその後の生活に大きな変化が…結婚していたのだ。
マイケル博士との再会を果たした後、地元のレストランで出会ったという二人。 彼女はエドの病を受け入れてくれたという。 その後、2人の娘にも恵まれ、エドさんは今や、家族を支える頼もしい父親になっている。

エドさんは現在、自らの経験を生かし専門家として、強迫性障がいに苦しむ人の治療にあたっている。
「重い症状の人が手遅れになる前に、日常生活を送れるよう専門家としてサポートをしています。私が味わった辛さを他の誰にも経験してもらいたくないんです。」