8月25日 オンエア
日本一バズった料理研究家リュウジ
 
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今、日本で最もバズッっている料理研究家がいる。
出版されたレシピ本は16冊、累計115万部。 SNS総フォロワー数680万人超え、その料理研究家の名は…『リュウジ』、36歳。
「料理学校は全く行ってない。全部独学ですね」
20年前は料理なんて全くしたことがない普通の高校生。 そんな彼がなぜ料理の世界で大成したのか? 運命を切り開いたのは、数奇な巡り合わせと、食への深いこだわりだった。

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リュウジさんが初めて料理をしたのは、今から20年前、高校生の時。
母子家庭のため仕事も忙しく、病気がちだった母の代わりに料理をしようと思ったのがきっかけだった。 つくり方はネットで検索し、見よう見まね。

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安く手に入る鶏のムネ肉などを簡単にソテーするくらいしかできなかったのだが…母は「美味しい」と言って、喜んでくれた。
さらに友人にも振る舞ってみると…「美味い、美味いじゃん」と言ってくれた。
美味しいといってもらえる喜び、人に食べてもらうことの楽しさを知った。

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19歳になると、親元を離れ一人暮らしを開始。
当時、アルバイト生活で稼いでいた月収は10万円。 家賃は3万円と格安だったが、それでも月々の食費に割けるのはわずか1万円程度、工夫が欠かせなかった。
そんな生活を送っていると…お勤め品の熟しきったトマトを使うと普通のトマトよりも安く美味しく作れるなど、節約による工夫が料理の知識を増やしてくれた。

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その後、21歳でホテルに就職。 レストランのホール担当になると…料理が好きだったことから厨房に出入りしているうちに、自然とプロの調理方法や高級食材への知識が身についた。

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さらに、正社員となり稼ぎも増えたことから、食生活が一変。 外食が増え、新しい料理との出会いも増えた。 気になったメニューは同じ食材を揃え、同じ味を再現しようと研究。 そのうちに一度食べた料理は、すぐ作り方が分かるまでになっていた。

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実はこの頃から、『自分の店を持ちたい』という夢を抱き始めたリュウジさん。
東日本大震災でホテルが事業を縮小し、辞めざるを得なくなったのをきっかけに、イタリアンレストランに転職。 だが、ここで彼は思わぬ落とし穴にはまることとなる。

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料理が得意だったリュウジさんは、厨房勤務になると数週間でメニューをすべてマスター。 めきめきと頭角を現し、店長からもすぐに店を任せられるようになると期待されていた。
だが、そこは人気のフランチャイズ店。 毎日100人を超えるお客、そしてつくるのは決まった人気メニューばかり。 帰宅する頃には午前0時を回り、時間に追われる日々。 いつしか自分の好きな料理を研究する時間もなくなっていた。

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食べる人の喜ぶ顔が見たくてレストランに勤め始めたのに…仕事にした途端、料理をつくる喜びが消えていた。
いつか店を持ちたいという夢も失せ、たった3ヶ月で退職。

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次に転職したのは、高齢者専用マンションの事務職。 あんなに好きだった料理とは全く縁のない仕事だった。 業務内容は、入居者の出入り記録をつけたり、宅配便を預かったりといったコンシュルジュ的な仕事。 店を持つという、かつての夢とはかけ離れた生活が3年間続いた。

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そんなリュウジさんを最も心配していたのが、上司の日向さんだった。 ある日のこと…「リュウジ君、君はどんなことに興味があるんだね」と聞かれ、料理をすることが好きだと答えた。
日向さんはこう話してくれた。
「初めてみた時はうつむき加減で目が死んだような感じで、まずいなって思いましたね。やっぱり仕事って1日の中でもかなりの時間を要するものなので、やっぱり楽しく仕事をしていないっていうのは、本人にとっても良くないし、職場にとっても良くないし。やる気を持って仕事に臨んでもらいたいなっていうのは思いました。」

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そこで日向さんは、リュウジさんが得意の料理を振る舞う場として、入居者を対象とした懇親会を企画! その名も「ナイトクラブ」。 開催場所は施設内のラウンジ、誰でも気軽に立ち寄れる会を意識した。

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しかし…結果は惨敗。 片手で数えられるほどの人数しか集まらなかった。
日向さんは、「最初からうまくいくことの方が難しいさ。また再来週もやろう!」と言ってくれた。 高齢の入居者にどんなものなら喜んでもらえるのか…退勤後には一人で試作を繰り返す日々。

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そして、再び訪れたナイトクラブ開催の日。 以前と同様…やって来たのは興味を示してくれた人、数人だけ。
この時、リュウジさんがつくったメニューは、千切りしたキャベツを湯通しし、塩コショウ・ごま油・うまみ調味料をかけ、シラスを加えるという実に簡単なもの。
いくらでも食べられるその美味しさから、『無限キャベツ』と名付けた。

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リュウジさんは、食べる人の立場にたった料理を次々と考案。 その味は徐々に評判となり、最初は数人だった参加者もやがて50人ほどに!
しかし、一度に50人分の料理を一人で作ることは困難を極めた。 もちろん、味も妥協はできない。 そこでリュウジさんは、身近な材料で簡単に効率よく作れる料理を常に模索。 こうして、ナイトクラブのため考案したオリジナルレシピは、150品を超えた!
例えば…冷凍の枝豆をにんにくとオリーブオイルで炒め、コンソメ・塩・バター、そして胡椒で味付け。 仕上げに粉チーズをかけたこの『ペッパーチーズ枝豆』は、施設でも大好評だったそう。

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さらに、これらのレシピをツイッターやYouTubeにアップしたところ、毎日の献立に悩む主婦や、自炊の必要な学生から支持を集め、フォロワーが急増。
コメント欄には『初めて作ったのに、店で出せるレベルの物ができた!』
『夫にリュウジさんのチャンネルを見せたら、面白がって料理を初めて作ってくれました』など、賞賛の声が多く寄せられた。

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そして今から4年前には、料理研究家として独立。 店を持つよりも、より多くの人を笑顔にできるかもしれないと考えてのことだった。
その2年後に出した8冊目のレシピ本では、料理レシピ本大賞を受賞。 料理本としては異例の20万部を達成した!

『簡単で美味しいレシピ』で人気を集める一方、その手軽さゆえ『誰でも作れるようなレシピで料理人を名乗るな』などと、批判されることもある。
だが…リュウジさんはこう話してくれた。
「料理研究家が目指す形は、自分ではなく人が作っておいしいレシピを研究すること。だから、腕前があるから作れるレシピというのは必要とされていない。なので、腕前が全くなくても、この人の真似をすればおいしくできるというレシピを作らなければいけない。そうじゃないと意味がない。料理研究家って。」

一度は料理から離れたものの、ひょんなことから再び料理の道へ戻ったリュウジさん。
彼が目指すありかた、それは…「全人類のみなさんの生活に役に立つような料理研究家でありたいと思っています。」