7月28日 オンエア
住民を襲う前代未聞の恐怖
 
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今からちょうど30年前の7月、この日、県内のホテルに宿泊していた1人の男を神奈川県警の捜査員が包囲していた。 追いつめられた犯人は、捜査員に銃を向け、発砲。 男が所持している凶器は刃物と聞いていたため、捜査員は拳銃を持っていなかった。
彼らは全員、防弾チョッキを着ていた。 しかし、撃たれた捜査員は飛びかかろうと前傾姿勢になったところ、その隙間から被弾。 銃弾は彼の心臓を貫通し、後方にいた捜査員の左ふくらはぎに当たった。 心臓を撃たれた捜査員は収容先の病院で、その後、死亡が確認された。

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そもそものきっかけはこの6時間ほど前、ホテルの従業員が客の車を確認するため、駐車場の見回りを行なっていた時のこと。 見覚えのあるナンバーがあった。
フロントにあった警察からの手配書と照らし合わせると、強盗致傷容疑で逃走中の男が乗っているらしき車のナンバーと一致。 彼は警察に通報した。

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この車の所有者が北山健治(仮名)だった。
ひと月ほど前、男性を刃物で脅迫し怪我を負わせ現金を強奪したため、強盗致傷容疑で指名手配されていた。
捜査員を殺傷し、逃亡を図った北山が、次に人前に姿を現したのは、ホテルから150メートルほど離れた公園だった。 北山は公園にいた男の子を人質に取り、逃走。

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さらに200メートルほど走ると、建築現場で鍵を挿したまま止められていたトラックを発見。 助手席に子供を乗せ、逃走を続けた。
北山が乗ったトラックは猛スピードで神奈川県内を走り抜け、東京都に入った。 そして、事件発生から10分ほどが経った頃、赤信号を無視して交差点に侵入、乗用車と衝突した。

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事件発生直後から、神奈川県警の通信指令本部には、多くの110番通報が寄せられていた。 職員はその対応に追われていた。
神奈川県内で捜査員に発砲し逃げた男が、今度は都内で交通事故を起こし逃亡を続けている。 その第一報が東京の警視庁に入ったのは、事件発生から30分ほど経った頃だった。

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神奈川県の大和市と東京都の町田市はいずれも都心に近く、ベッドタウンとして知られる街。 そこを銃を持った男が車で逃げている。 次の被害を未然に防ぐべく、神奈川県警と警視庁は1300人以上の機動隊員も含めた警察官を動員、北山を追う一方…付近の住宅街でも見回りを行い、近隣住民に注意を呼びかけた。 だが、北山の行方は一向に掴めない。

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その頃、北山は女性を銃で脅し、車を奪い、人質にして逃走を図ろうとしていた。 女性は必死になって、抵抗、銃を手で押さえた。 北山は発砲。
間もなく銃声を聞いた近所の主婦が駆けつけた。 銃弾は女性の右の掌を貫通したものの、幸い彼女は一命を取り留めた。

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盗んだトラックで、神奈川県の大和市から東京都の町田市へと向かった北山は、再び県境を越え横浜に入り、そこで運転しやすい乗用車に乗り換えるために女性を襲撃したのだ。 トラックは直前に乗り捨てていた。
そして、人質として連れ去られた男の子は、車内に取り残されていたところを発見され、女性警官により無事 保護された。

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その後、北山の足取りはパッタリと途絶えた。 捜査員を殺傷し、一般市民にも危害を加え逃げ回る凶悪犯、マスコミはこぞってそのニュースを報道。 閑静な住宅街は一瞬にして恐怖に包まれた。
いつ銃を持った男が現れるか分からない…住民たちはそれぞれ自衛策を講じた。 友人同士連絡を取り合い、一緒に過ごす者もいた。

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しかし…捜査員たちによる必死の捜索にも関わらず、北山の行方はようとして知れない。 北山は山林に逃げ込んだ可能性が高い、そう踏んだ捜査本部は機動隊員、300人態勢で山狩を敢行。 さらに捜査本部は誘拐や人質事件を専門に扱う、特殊捜査班の出動を決断、万が一の事態に備えた。

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そして事件発生からおよそ7時間、住民たちにとって、恐怖の夜が訪れた! 中にはすぐに逃げ出せるようにと、普段着のまま布団に入る者もいた。 しかし恐怖からなかなか寝付くことができない。
警察の必死の捜索にもかかわらず、北山の居場所は一向に突き止めることはできなかった。 そしてこの後、とある一家に本当の恐怖が訪れる!

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明け方5時半頃、この家の主がトイレに行くために目を覚ました。 すると部屋に見知らぬ男が座っていた。
主は男に気付かれぬよう、外に出て助けを求めることにした。 だが、あと一歩のところで男に見つかってしまった。

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その家の主婦は、話し声が聞こえてきて目を覚ました。 そして、ベランダに出て、巡回していた警察官に必死にサインを送った。 女性の決死のサインは、警察に届いた。

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その夫婦の家があったのは、東京・町田市の閑静な住宅街。 立てこもり事件の場合、まずは犯人がどこに潜伏し、人質はどのような状況に置かれているのか? 犯人に悟られずに内部の情報を掴む必要がある。
そして人質が危険な状態にある場合を除き、時間をかけ犯人の疲労を誘う。 疲れてくれば、強行突入のタイミングを取りやすくなり、説得に折れる可能性も高まるからだ。

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そこで捜査員は、サインを送ってきた女性宅が見える近隣の家を訪ねることから始めた。 隣の家の女性曰く、北山がいると思われる家には、ともに60代の山口正さん(仮名)、恵子さん(仮名)という、熟年の夫婦が住んでいるという。
実は前日の夕方、夫が不在で家に1人でいるのが不安だと、恵子さんが訪ねて来た。 そして事件のことなどを話し過ごしていたのだが…午後7時頃、夫が帰宅する時間になったため彼女は自宅に戻ったという。

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警視庁と神奈川県警は合同で隣の家に臨時の前線本部を設置。 無線機などを運び入れ、監視体制を整えた。 一方、特殊捜査班のメンバーは北山に気づかれぬよう、家の裏側などに盗聴マイクをいくつも仕掛け、中の様子をうかがった。 さらに前線本部の捜査員は、障子に開けた穴から、山口さん宅で犯人が不審な動きを見せないか交代で見張り続けた。
また、合図を受けた後、すぐに警察は山口さん宅へ続く道を封鎖。 半径50mの範囲は 外部からの侵入をシャットアウト。

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前線本部の捜査員が障子にあけた穴を少し大きくしようとしたところ、障子を破いてしまった。 するとその時、この家のベランダに血痕が付着していることに気がついた。
警察はこう推察した。 逃亡の途中で怪我を負った北山は、山に潜伏。木に登り、このベランダにやって来た。 しかし、2階の窓は鍵がかかっていて入れなかったため、隣の山口さんの家の中に侵入した。

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それは、遡ること十数時間、北山が車を奪おうと主婦に発砲した時のこと…銃弾は彼女の右の掌を貫通、北山の左腕に当たっていた。 その後、警察の包囲網をかいくぐり逃亡を続けた北山は、夜になると木に登り、この家の2階のベランダに侵入。 窓の鍵がかかっていたため、中には入れず、ベランダで一夜を明かした。

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翌日の午前4時過ぎ、目を覚ました。 ベランダから外を見ると、警戒中の警察官が目に入った。 ここにいては捕まる、そう思った北山は屋根伝いに隣の家の2階のベランダに向かった。 すると窓の鍵が偶然開いていたため、そこから部屋へと侵入したのだ。

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そう、警察の推理は的中していた。
しかし当時の捜査員にとって、これはあくまでも推測。 北山が本当に山口さんの家に潜伏しているという確証はない。 もし事実だとしても、男が家のどこにいて、夫婦がどのような状態で監禁されているのかはわからない…うかつに手が出せない状況だった。 特殊捜査班が仕掛けた盗聴マイクも微かな雑音しか拾わず、中の様子を正確に把握することまではできなかった。

そんな中、警視庁には他にもすべきことがあった。 マスコミへの協力要請である。
2人の捜査員を殺傷し、逃亡を続ける凶悪犯、一般市民に発砲することも厭わない。 そんな男がもしニュースなどを通じて、自分が包囲されていることを知ったら何をしでかすかわからない。
午前6時半すぎ、警視庁はメディアに対し、現場周辺における取材や報道の自粛を要請。

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警察官がベランダであのサインを見てから数時間、依然、山口家に変化はない。 焦りは禁物とはいえ、人質の年齢や体力を考えれば、このまま待ち続けるワケにもいかない。 そう考えた警察は、女性に電話してもらい、犯人が本当に潜伏しているのか、そして人質は無事なのかを探ろうとした。 女性は警察に指示された通りに会話をして、2人の無事を確かめた。
だが安心は出来ない…山口さん夫婦の心労は限界に近づいているはず。 とはいえ中の状況がわからないまま、強行突入を行えば、人質の命を危険に晒してしまうかもしれない。

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そこで捜査本部は次なる手段に打って出る。 捜査員自らが電話をかけ、犯人との直接交渉を試みることにしたのだ。
しかし、北山は一切、電話に出ない。 その後も、目的や要求などを訴えることはなく、沈黙を守り続けた。 極度の緊張状態にあるのは犯人も同じ。 このまま北山が疲れ、交渉に応じるようになるまで待つしかないのか?

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神奈川県警の捜査員が足を使い見つけてきた、滝田という人物が前線本部にやって来た。 聞けば、北山が兄のように慕う男で、神奈川県警の捜査員曰く、信頼に足る人物であるとの触れ込みだった。
滝田は「あいつは私の言うことなら聞くと思う。直接、行って話してきますわ」と言った。

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滝田の言葉を受け、防弾チョッキ、ジェラルミンの盾を装備した機動隊員や特殊捜査班の隊員が山口家の周りを取り囲んだ。 前線本部は北山が人質を傷つけようとした場合には、躊躇なく狙撃する方針を固め、自宅周辺に狙撃手を潜ませた。

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捜査員との交渉には一切応じなかった北山だったが、兄と慕う滝田とは会話している様子だった。 5分ほどして、滝田は戻ってきてこう言った。
「ヤツはあの家から出たがっている。山口さんの家の車で逃げると言っている。じゃあ俺が運転手になると言ったら、お願いしますと答えた」
滝田が交わした会話でこの後、事態が動く。

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犯人の目的は逃亡のはず。 家を出て車に乗り込むまでの間、その隙を狙い身柄を確保する他ない。 現場は一気に緊張に包まれた。
北山は恵子さんを人質にして玄関から出て来た。 そして滝田が駐車場まで北山を誘導、車に乗り込んだ。

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一瞬の出来事だった。 車内に雪崩れ込んだ特殊捜査班が北山を確保した。
そして、警察官を殺害した容疑、および殺人未遂容疑で逮捕
山口さん宅に潜伏していることがわかってから、約8時間が経っていた。

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恵子さんは衰弱が激しかったが、怪我はなく、命に別状はなかった。 夫・正さんも無事、保護された。

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後に判明した事実によれば…北山に指示され、タオルで手を縛った2人は、布団で横になっているようにと命令されたという。 起き上がることを許されたのは、トイレや電話が鳴った時だけ。
そんな状況下でも正さんは、何度も自首をすすめた。 しかし、北山は顔色を変えることなく、終始無言だったという。

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逮捕された時、北山は拳銃を所持していなかった。 逃げている最中に山の中に捨てていたのだ。
その後、殺人や殺人未遂などの罪に問われた北山には、無期懲役の判決が下された。
平穏な街を恐怖に陥れた殺人犯。 事件を解決へと導いたのは、捜査員たちの執念と勇気ある協力者たちの行動力だった。