今から14年前、アメリカ・カリフォルニア州プレザントン。
この街の警察署の殺人課に所属していたダナは、当時33歳。
真摯に事件に取り組み、有能と評判の刑事だったが…現場に出られないことを不満に思っていた。
当時ダナは1歳の長女の育児に奮闘しながら第二子を妊娠中。
そのため、業務が制限されている状況だった。
そこで彼女が向かったのは、未解決事件、通称コールドケースが眠る部屋だった。
ダナさんは、当時の思いをこう話してくれた。
「被害者に最後まで寄り添いたくて刑事になりました。しかし妊娠中のため、刑事として出来る仕事が限られてしまった。捜査令状は書けても捜査に出る事が出来ない状況だったので、コールドケースに目を通してみようと思ったのです。」
当時アメリカには、24万件ものコールドケースが存在。
(カリフォルニア州では殺人事件に時効はない)
その中で新たな証拠が発見されるなど、解決に至るのはわずか1%に満たないとされていた。
プレザントン警察の管内で発生し、未解決となっている事件に目を通していくと、ある事件に目が留まった。
始まりは、この24年前の4月5日、午後3時頃だった。
この日、一人の少女が殺害された。
彼女の名はティナ、地元・フットヒル高校に通う1年生の生徒だった。
その日のうちに遺体は発見され、警察の捜査が始まった。
捜査に当たったのは、ベテラン刑事のビルと新人刑事のジム。
現場となったのは、幹線道路沿いにある、舗装もされていない場所だった。
そこは雑草が生い茂り、木々に囲まれた場所。
そして、遺体があった地点から少し歩くと…人が通れる大きさの排水路トンネルがある。
さらに、ティナの遺体の周りには、彼女が持っていた教科書やノートなどが散乱していた。
死亡推定時刻は午後3時ごろ、第一発見者は被害者と同じ高校の生徒だった。
ティナが通っていたフットヒル高校は、幹線道路の西側に位置するが、東側に住む生徒たちが帰宅するには、歩道橋まで遠回りをしなくてはならなかった。
だが、幹線道路の下を横断する排水路トンネルがあったため、そこをくぐって近道する生徒が多くいた。
刺し傷は44箇所にも及んでいた。
中には深さが13センチをこえるような傷もあった。
しかし、その凶器は現場周辺では発見されなかった。
この当時は、まだ犯罪捜査にDNA鑑定が用いられていない時代。 そのため、指紋や足跡が重要な手掛かりとなっていたが…地面に散らばっていたティナの教科書やノートなどからは、第三者の指紋は採取できなかった。 また、現場には雑草が生い茂っており、明確な足跡は残っておらず、犯人を特定する事はできなかった。 さらに、通報した第一発見者の生徒にも特別怪しい点はなく、事件とは無関係と結論づけられた。
遺体の近くにあった木の枝に、バッグがぶら下がっていた。 バッグはティナの物と判明した。なぜそんなところにあったのかは不明だったが、犯人と揉み合っているうちに手から飛んで引っかかったと推察された。 バッグの生地は凸凹しており、きちんとした指紋は採取できなかった。
だが、分かったこともあった。 刺し傷には相当深いものもあり、刃の根元まで突き刺したと考えられた。 それは、体重をかけ、力一杯刺さないとできない傷だった。 仮に、ナイフの柄の部分に手を怪我しないためのガードが付いていた場合、ガードの跡が少なからず腹部に残る。 しかし、ティナの刺し傷にその跡は全く見られなかった。 それは、凶器のナイフにはガードがない可能性が高いということを示していた。
さらに、ガードが付いていれば、力を入れて刺してもそれが指を守ってくれるが、ガードが付いていない場合、手が滑り、刃元が指に当たる可能性があった。 つまり…犯人は指に怪我をしている可能性があるということになる。
事件翌日には、マスコミでも悲劇が大きく報じられ、プレザントンの住民は不安に包まれていた。
まず聞き込みを行なったのは、ティナが通っていたフットヒル高校。
そこで、ティナの親友がある事実を語った。
彼女の名は、ケイティ。
ティナは数人の女子生徒からいじめを受けていたという。
ティナがいつもあの場所を通っていたのも、そのいじめが原因だったいう。
ケイティから話を聞いた捜査官たちは、ティナをいじめていた生徒たちの犯行当時のアリバイを調べたが、彼女たちには確固たるアリバイがあった。
そんな時だった、ティナと同級生だったスティーブンが捜査官に声をかけてきた。 彼は事件当日、幹線道路の脇に入って、排水路トンネルに向かうティナを見たと言う。 そして、ティナの後を付けるかのように入っていく男子生徒、ジェフ・マイケルソンも見たと証言した。
翌日、捜査官たちは再び高校を訪れ、ジェフについて聞き込みを行なった。 すると…ジェフは学校でも有名な有名ないじめっ子だという。 さらに、ジェフにいじめられているのは、捜査官に声をかけてきたスティーブンだというのだ。
スティーブンがいじめられた腹いせにジェフを犯人に仕立て上げようとしている可能性も出てきた。 だが、その後もジェフについて聞き込みを行うと…彼は時々、女子生徒に言い寄り、強引に身体に触れる事があったという。 さらに…ジェフはいつもナイフを持ち歩いているという。 ジェフを疑うに足る、重要な情報だった。
ジェフに話を聞きに行くと、ジェフは指に怪我を負っていた。 その怪我の理由を尋ねると…バイト先のキッチンで皿を割った時に切ったのだと言う。 また、ジェフには、犯行時刻にアリバイがない事も判明。
警察は、彼のナイフを押収し、血液が付着していないか、綿密に調べた。
捜査で用いられるルミノール反応は、仮に血液を洗い落としたとしても普通に洗ったくらいでは反応が出る。
その結果…血液は出なかった。
指の怪我の理由もバイト先でのウラは取れなかったが、ジェフを逮捕できるほどの証拠も得られなかった。
ただ、他にも疑わしい人物が出てきた。
事件の翌日、警察は高校で聞き込みをすると同時に、殺されたティナの母親、シャーリーを訪ねていた。
シャーリーはシングルマザーでずっと一人でティナたちを育ててきたという。
だが、数ヶ月前から恋人のキースと一緒に暮らしはじめた。
キースはまだ20代と若かった。
そして、お酒を飲むとシャーリーに暴力を振るっていたことから、ティナとその弟はキースのことを嫌っていたという。
ティナが殺される少し前、ティナがキースに出ていけと言ったため、家を出て行ったという。
そして彼らは、ジェフの捜査を行いながら、キースが事件の日、16時ごろに出勤したという工場で同僚から話を聞いた。
同僚によれば、事件があった当日、シャーリーからキースに電話があったという。
そして、シャーリーから「ティナが誰かに殺されたから来て欲しい」と言われ、同僚はキースをシャーリーの家まで送った。
キースはいつも腰にナイフをつけていたが、娘がナイフで殺されたと知ったシャーリーをこれ以上動揺させたくないと言って、同僚にナイフを預けたと言う。
キースのナイフには、ガードが付いていたが、形状はあくまでも推測。
血液が付着していないか、検査することになった。
しかし、キースのナイフからも血液は検出されなかった。
しかも、事件当日のアリバイも立証された。
これで捜査は行き詰まるかに思われたのだが、新たな容疑者が浮上したのだ!
すぐ近くの街で女性を暴行しようとした男が逮捕された。
被害者はティナと同じ未成年。
しかもこの男、ティナが殺害された日には、プレザントンにいたという。
彼の祖母がプレザントンに住んでいて、急に訪ねてきたと証言している。
男の名前は、ウォルター・ナイトマン。
ティナが殺害されてから、23日。
ウォルターは拘留中だったが、令状を取り、本人立会いの元、彼の自宅を捜索した。
そこで、血のついたナイフとTシャツが発見された。
三度目の正直とばかりに、このナイフとTシャツの血液を検査。
その結果は…なんと動物の血だったのだ。
その後、警察は報酬金も用意して目撃者を募ったが、有力な情報は出てくる事なく、捜査は完全に行き詰まってしまった。
数年後、捜査にDNA鑑定が用いられるようになったため、ティナの洋服に他者の血痕を始め、何か痕跡がないか検査されたが、ティナ以外の血液は検出されず…事件は未解決のまま迷宮入り、つまり、コールドケースとなった。
この事件がにダナの目が止まったのは、その残虐性からだけではなかった。 疑わしい人物は3人もいた…だが全員証拠がないという事は、犯人は他の人物なのでは? そう思ったからだった。 ダナは、ティナが殺害された後に事件があったプレザントン周辺で発生した被害者が未成年の事件を調べてみる事にした。 すると、疑わしい人物が浮かび上がった!
ダナが着目したある事件。 それは、ジェームス・ディベジオという男が起こしたものだった。 ティナ殺害事件の13年後、ジェームスは帰宅途中の若い女性を拉致。 激しく暴行を加え、殺害していた。 その後逮捕され、この当時服役中だったのだが…ジェームスはフットヒル高校の卒業生だった。 ティナが殺害されたフットヒル高校への近道も知っていたはず。 さらに、ジェームスが女性を誘拐した場所は、ティナが殺害された場所のすぐ近くだったのだ。
ダナは、事件の再捜査への協力をとある上司に願い出た。 その人物とは…ティナの事件発生当時、捜査に当たっていたジムだった。 ダナは、ジェームスに事情聴取をさせてほしいと訴えた。 事情聴取は許可されたが、妊娠中のダナに行かせるわけには行かないと言われた。
数日後、ダナの同僚刑事が、ジェームスの取り調べを行った。 だが、ジェームスは犯行を否定、ティナとは全く面識はないと証言した。 ティナを殺害した犯人…それは、ダナが怪しいと睨んだジェームスか、ティナと同じ高校に通っていたジェフか、同居していたキースか、同時期に女性を襲ったウォルターか…容疑者としてあがってない人々も現段階ではその可能性は否定できない。
ダナは、2万ページ以上ある捜査資料を見返す事にした…事件発生時の現場を想像しながら。 するとある写真に目が止まった。 木の枝にぶら下がっていたバッグの写真だった。 事件当時は、犯人と争っているうちに手から飛んで引っかかったのではと推察されていた。 だが、偶然引っかかる確率はかなり低いのではないかと、ダナは思った。
誰かが意図的にぶら下げたとしたら? それは犯人が吊るしたと考えるのが妥当。 犯人が自宅から犯行現場の位置を確認するための目印にしたのではないか? そう思った彼女は、犯行現場が見渡せる可能性のある範囲を絞ってみた。 そして、半信半疑ではあったが、もし推測が正しければ、犯人はその範囲内に住んでいるだろうと思い、4人の容疑者の当時の住所を確認してみた。 だが、4人とも犯行現場が見渡せる場所に住んではいなかった。
ダナは、あることを閃いた。 当時の捜査では、凶器のナイフにはガードがなく、犯人は指に怪我をしたかもしれないと推測されていた。 もしも、ティナを刺している時、推測通りになっていたとして、同じ人物がバッグを木に吊るしたのなら、バッグに犯人の血液が付いているはずだ。 事件当時は、まだDNA鑑定が捜査に用いられていなかったため、バッグの検査はされておらず、その後も洋服しか鑑定されていない。
そこで、ダナの提案でティナのバッグに彼女以外の血液が付着していないか、鑑定してもらう事に。
すると、バッグからティナ以外の人物の血液が検出された。
しかも、犯罪歴がある人物だったので、誰の血液かも判明した。
DNAが一致したのは…スティーブン・カールソン。
事件当初は未成年であり、ティナの同級生、さらに目撃者の一人、そうとしか思われていなかったスティーブンが事件の真犯人だったのだ! スティーブンの自宅の場所を確認すると、そこは、犯行現場が見渡せる場所だった。
DNA鑑定を行った当時、スティーブンは薬物使用等の罪で服役中。
そのため、すぐにDNAを特定できた。
凶器となったナイフは見つかることはなかったが、バッグの血液は証拠としては十分だった。
そして、事件発生から27年経った2011年。
スティーブンは、ティナ殺害容疑で逮捕された。
その手錠を掛けたのは、発生当時 捜査に関わっていたジムだった。
その後、彼は無罪を主張し続けたが、逮捕から9年後の2020年、遺族宛に手紙を書き、殺害の動機などを自白した。
スティーブンは、ジェフたちにゴミ箱に閉じ込められた事により、怒りや苛立ちが込み上げていた。
そして、車で帰宅している途中に幹線道路沿いでティナを見かけたのだが…「あの野郎、オレを見下した目で見やがった。」
本当にティナがそんな目をしていたのかどうかは分からない。
ただ、冷静さを失っていた彼にはそう見えていた。それが、動機だった。
しかし、なぜバッグを木に吊るしたのか、その理由を本人が語らなかったため、バッグを目印にしたという、ダナの推測が正しかったかどうかは定かではない。
ただ、スティーブンの当時の隣人から、ある証言を得た。
事件発生時刻の直後、スティーブンは自宅の2階から遠くをずっと見つめていたという。
その視線が向けられていたのは事件現場の方角だった。
そして現在スティーブンは、第2級殺人罪で15年から無期の刑に服している。
妊娠中で業務が制限されていたために、たまたまコールドケースの捜査を開始したダナ。
この偶然がなければ、今も事件は闇の中だったかもしれない。
ダナさんはこう話してくれた。
「コールドケースにもっと優先権が与えられればと思います。被害者家族は置き去りにされているのですから。だからこそ、自分に出来る限りの事をして、解決に向けて小さな変化を起こしたいと思ったのです。」
妊娠中で現場に出させてもらえなかったために、コールドケースの捜査を開始。 そして見事、27年間、未解決だった殺人事件を真実へ導いたダナさん。 その犯人を特定した直後、彼女は無事に男の子を出産した。 長男の出産を機にダナさんは警察官を退官。 その後は、専業主婦として2人の子供を育て、暖かい家庭を築いている。