12月2日 オンエア
超未熟児のパンダ 命をめぐる戦いの記録
 
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今から15年前の8月。 中国、四川省にある「成都パンダ繁殖研究基地」で、双子の母パンダによる出産が近づいていた。
それぞれにとって初めての出産。 最初に陣痛が始まったのは、妹の方だった。 初めての感覚に苦しそうな表情。
すると、次の瞬間! 赤ちゃんが生まれた。 愛しそうに抱き抱える母親。

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さらに産道を気にしている、これには理由があった。 そう、双子だったのだ。 弟を咥える母。 すると、同時に兄を落としてしまう。 しかも、必死に泣き叫ぶも、母親は見向きもしない。
パンダは野生でも人工保育下でも、約50%の確率で双子を産み、母親は強いと思う方だけを選んで育てる。 今回、出産を迎えたのは、かつて人工保育下で生まれた双子。 姉には母に捨てられ、人間に育てられたという過去があった。
そして今回、妹は我が子をひとり見捨てたのだ。 選ばれなかった兄はすぐに保育室へと運ばれた。

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そして双子の姉の出産が始まった。 経験のない感覚に苦しむ姉。 破水している。
そして…元気な赤ちゃんが生まれた。

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ここまでは予定通り。 だが、飼育員が一段落していた、その時だった。 それは彼らの前に突然、姿を現した。
母親は二匹目の赤ちゃんに気づいていた。 しかし選ばなかった。 小さなその塊は、産声をあげることもできない。 ただ必死に生きようともがいていた。

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母親に踏み潰される前に助ける必要がある。 布をくくりつけた棒で何とか救出に成功。
すぐに保育室へと運ばれ、体重が測られた。 重さはなんと…通常の約3分の1の51グラム。 これほどの超未熟児が、かつて生き延びた例はなかった。

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そもそも70グラム以下の赤ちゃんはほとんどが死産で、たとえ生まれても体が弱く、すぐ死んでしまうのだ。
そして体温が測られた。 温度は…34度、普通より約1度低い。 保育器の温度を上げ体を温める。 ようやく35度を超えた。 しかしまだ安心はできない。

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本来、パンダの赤ちゃんには、生まれてからしばらくの間、母親の初乳を飲ませる必要がある。 初乳には生きるために必要な免疫成分が含まれているからだ。 それは双子の片方を育児放棄した場合でも同様で、母親の隙を見て子供を取り替え、初乳を飲ませる。
ところが…兄の体重の3分の1しかない赤ちゃん。 口が小さく、母の乳首から初乳を飲むことは物理的に不可能だった。 そこで飼育員は母親に大好物のハチミツを与え、その隙に初乳を搾り、人間の手で授乳することにした。

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しかし、まだ問題があった。 通常使われるパンダの哺乳瓶の吸い口が口に入らなかった。 そこで飼育員は近くの獣医大学でネズミ用の哺乳瓶を入手。 なんとか初乳を与えることができた。
初めての授乳。 慌てると気管につまり、命を落とす可能性がある。 慎重に、根気よく与え続ける。 40分かけて飲んだ量は、小さじいっぱいの5分の1に満たない、わずか0.8cc。
しかし、人間が手助けできるのもここまで。 明日まで生きられるかどうかは、赤ちゃんの生命力にかかっていた。

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翌日、赤ちゃんは生きていた。 小さな体を必死に動かしている。 命の危機は脱したのだ。
平均の約3分の1。 51グラムで生まれたオスの赤ちゃんは、その体重から中国語で51、ウーイーと名付けられた。 そして、飼育員によって大切に育てられたウーイーは…少しずつ、だが確実に大きくなっていった。

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この日、ウーイーにとって運命の日が訪れた。 母親と会わせることにしたのだ。 母親に育てられなかった赤ちゃんは、成長する過程で様々な問題が起こるケースが多いという。 だが、会うことを拒否されれば、一生 母の温もりを感じることはできないかもしれない。
果たして…母親はすぐにウーイーを抱き上げた。 ウーイーが初めて感じる母の温もり。

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生後2ヶ月、目が開き、随分とパンダらしくなってきたウーイー。
この年 生まれた赤ちゃんが保育室に勢揃いした。 未熟児として生まれたことが嘘のように、ウーイーも元気いっぱいだ。

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そして生後半年が経った頃。 ある日を境にどれだけ母が待っていても、我が子が産室にやってこなくなった。
そう…親離れだ。

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親離れをした子パンダを待っているのは…保育室や産室ではない外の世界。
通称「パンダ幼稚園」と呼ばれる、子パンダたちのための遊びの広場だ。 さほど暑くない日は、彼らはここで1日の大半を過ごす。

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しかし月日が経っても、この幼稚園での生活に馴れない子パンダがいた…ウーイーだ。
なぜかイライラして他の仲間と喧嘩をしたり、そうでない時も、一人でいたりすることが多かった。 原因はなんなのか、飼育員にもその理由がわからなかった。
そして、季節は冬を迎えた。 ウーイーも間もなく、1歳半になる。
もうすぐ子パンダたちは幼稚園を卒業し、成年パンダが暮らす場所へと移動する。 餌もミルクから笹に変わり、集団生活ではなく数頭で生活するようになる。

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そして幼稚園の卒業を間近に控えた、この日。 飼育員たちはひとつの決断を下した。
イライラが収まらないウーイーを母親と再会させようというのだ。 もしかしたら何か変化が訪れるかもしれない、そう考えてのことだった。

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およそ1年ぶりの親子の対面。 しかし、ウーイーの姿がない。 母親が近づいてきた途端、ウーイーはその場から逃げてしまった。
兄は久しぶりに会う母親にべったりとくっつき離れない。 その様子を少し離れた場所から伺うウーイー。

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すると、母親が動き出す。 そして、ウーイーの元へ。
どこか怯えているようなウーイー。 だが…甘えだした!
兄もやってきた。 親子水入らずの時間。
飼育員によると、この日以来、ウーイーはイライラすることが減ったという。 そして仲間とも仲良く遊ぶようになった。

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たった51グラムで生まれたパンダは、たくさんの愛に包まれ懸命に生きた。
そして現在…ウーイーは15歳、人間で言うと約40歳になった。 今は親元を離れ、別のパンダ研究所に移ったウーイー。 なかなか増えなかった体重も増え、食欲も旺盛。 幸せな毎日を過ごしている。