兵庫医科大学で法医学講座の主任教授を務めている西尾元教授。
法医解剖医として、これまで20年以上にわたり、3000体以上の遺体を解剖してきた。
西尾教授は、原因がはっきりせずに亡くなった人の死の間際の様子を『最後の面会者』として、法医解剖室で明らかにしてきた。
そんな教授の元に運び込まれてきた赤ちゃんの遺体。
もしあなたが西尾教授なら…その遺体から、果たしてどのような死の真相を思い浮かべるだろうか?
赤ん坊は、救急対応の病院に運び込まれたが、手の施しようもなく命を落とした。
病院から事故死の報告を受けた警察は、両親から話を聞いた。
母親が入浴中に、父親がぐずった赤ん坊をあやそうとして、誤って床に落としてしまったという。
床にはカーペットが敷いてあり、その時は何ともなさそうだったのだが…しばらくして様子がおかしくなったという。
西尾教授はいつものように、まず遺体の表面の観察を行った。 頭部には打撲の痕やあざは見当たらなかった。 解剖は胸を開くところから始められた。 体内の臓器などもつぶさに調べるためだった。
そして、胸の臓器をすべて取り出した。 すると…背中側の肋骨に複数の骨折があり、折れたところに血が滲んでいた。 骨折したところからは出血が起こるのだが、何日も前に折れたなら、もう血は滲んでいないはずだった。 つまり、それは…赤ちゃんが亡くなる直前に折れたことを意味していたのだ。
さらに、助骨には過去にも骨折したことを表す痕が残っていた。 骨折は放っておいてもくっつくが、治ったところはコブのように膨らむのだ。 赤ちゃんは、日常的に虐待されていたのだろうか?
続いて頭部の解剖が行われたのだが、皮膚に出血の痕は見られず、また頭蓋骨にも損傷はなかった。
だが、頭蓋骨を外してみると…かなり出血していた。
硬膜下血腫…頭蓋骨のすぐ内側にある硬膜という膜と脳との間に血が溜まった状態をいう。
そこで、西尾教授は、眼球の一部を取り出し、網膜を調べることにした。 西尾教授は、遺体の顔を傷つけるのを避けるため、頭蓋骨の一部を取り除き、眼球の後ろ側を切りとった。 すると…赤ちゃんの網膜のあちこちに、出血が見られたのだ。 これを見た西尾教授は、赤ちゃんが亡くなった原因を確信した。
間もなく警察は亡くなった赤ちゃんの両親を訪ね、死因を伝えた。
赤ちゃんの直接の死因は、硬膜下血腫で脳が圧迫されたこと。
ではなぜ、硬膜の下で出血が起こったのか?
西尾教授によれば、硬膜と脳がズレ、脳の静脈が切れたため、硬膜の下で出血が起こったのだという。
カギは、脳内の血液の流れにあった。 脳には心臓から血液が供給されているが、脳の表面に供給された血液は、最終的に脳の一番てっぺんのところにある架橋静脈と呼ばれる静脈を通って硬膜の中に送られ、最終的には心臓に戻るという。 脳の本体は、頭蓋骨という閉じられた空間の中に豆腐のように浮かんでいる。 そして、この架橋静脈によって、あたかも、硬膜から吊り下がったような状態になっている。 そのため…脳と硬膜にズレが生じた時に架橋静脈が切れることがある。 架橋静脈が切れてしまうと硬膜の下で出血が起こるのだ。
ではなぜ、硬膜と脳にズレが起こったのか? その秘密を解く鍵は肋骨の骨折の痕にあった。 赤ちゃんは、助骨を左右対称に骨折していた。 左右対称の肋骨の骨折、目立った損傷の見当たらない頭部、網膜の出血と死因となった脳内の出血、これらが意味するものは…? 事故当日、父親はぐずって泣いていた赤ちゃんをあやすために、揺すっていたのだ。
生後半年ほどの赤ちゃんは、首がまだしっかり座っていない。 そのため、体を揺さぶられると、その影響で頭部が振り子のように大きく揺れてしまう。 すると、頭蓋骨の内部で脳自体も大きく揺れ、結果、硬膜と脳に大きなズレが生じることがある。 肋骨の骨折も、両手で赤ちゃんを掴んだためにできたと考えられた。
父親は 1ヶ月ほど前にも、同じように赤ちゃんをあやしたようだった。 この時は脳の静脈が切れることはなかったものの、肋骨は折れたと考えられる。 赤ちゃんは骨折の痛みを訴えたかもしれないが、ぐずって よく泣いていたためか、両親は気づかなかったと思われた。
さらに、揺さぶりが硬膜下血腫の原因だということの決定的な裏付けとなったのが、網膜の出血だった。 頭部が揺れた時に起こる眼底出血の仕方というのは、特徴的なものだという。 そのため、眼球の一部を取り出したあとに顕微鏡でどの辺りに出血しているのかを調べたのだ。
最後に西尾教授は、こう話してくれた。
「(親が子どもを)かわいいと思ってしている動作の中にも、頭が強く揺れることがあると、虐待しているときと同じような(脳内の)出血が起こったりするので、首が座っていないような赤ちゃんを抱きかかえて揺するようなことは避けてもらいと思う。」