2月21日 オンエア
解剖医が体験した不可解な事件 遺体からのメッセージ
 
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兵庫医科大学で法医学講座の主任教授を務める、法医解剖医、西尾元(にしお はじめ)さん。 これまで20年以上にわたり、3000体以上の遺体を解剖してきた西尾教授は、自らの仕事についてこう語る。
「解剖が終わると、遺体は葬儀で火葬されるだけ。人生の一番最期の姿を私たちが面会者として立ち会っている。」
遺体には時に、死者からの最期のメッセージが秘められていることがある。

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西尾教授には、今も忘れられない遺体があるという。
5年前のこと…西尾教授のもとに女性の遺体が運ばれて来た。 遺体の第一発見者は、一緒に暮らしている母親だった。 母親が外出先から帰宅したら娘が倒れていたという。 母親はすぐに救急車を呼んだものの、その場で娘の死亡が確認された。 そして、事件性があるかどうか、警察の検視官が死因の調査を行った。 頭に打撲の痕があったものの、部屋は密室で金品が盗まれた形跡もなく、また頭部の打撲も、それ自体が致命傷になるようなものではなかった。 いったい、女性の身に何が起こったのか?

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法医解剖室に入った西尾教授は、離れたところから遺体全体を観察した。 遺体には、左側の頭部の他に、左肩の外側、そして同じ左側の腰にも打撲の痕があった。 さらに…体の左側のものよりも小さかったが、右膝の外側にも打撲の痕があった。
そして遺体の解剖が始まった。 メスで胸を開くと、肺が真っ白になっていた。 通常、肺や心臓といった血液が流れている臓器は、死んだ後も血液がとどまっているため、赤い色をしている。 しかし、女性の肺は真っ白だった。

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さらに、腹部を開くと、骨盤周辺の組織が真っ黒に変色していた。 西尾教授が周辺をさらに詳しく調べてみると、骨盤が折れていることが判明した。 そのことから、頭部の打撲は致命傷ではなく、女性は骨盤の骨折によって、出血性ショックを起こしたことがわかった。
出血性ショックとは、出血により体から大量の血液が失われ、全身の臓器に障害が起こることを言う。 骨盤の中には血液を作る組織があり、血液は毛細血管から血管に送られ、全身を流れている。 彼女の場合、骨盤骨折により、血管の中の血液が流出、周辺が真っ黒になっていたのは、それが変色したためだった。

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女性の遺体には、左側の頭部、肩、腰の3箇所と、右側の膝の1箇所に打撲の痕があった。 西尾教授は、このアザのつき方は交通事故によって出来たものだと言う。
そして、警察の調査によって、女性は自宅で死亡しているのが発見される数時間前に交通事故に遭っていたことが判明した。 なぜ西尾教授は、女性が交通事故に遭っていたとわかったのだろうか?

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西尾教授は、女性の体に出来たアザから、こう推測した。
女性は歩行中、自分の右方向から走ってきた車に右膝付近に衝突され…転倒。 左側の腰を激しく打って骨盤を骨折した。 そして、さらに肩と頭部にも打撲を負った。 4つのアザの位置は、こうした事故があったことを示していると確信したのだ。

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そして警察が調べてみると、女性の自宅周辺でそれに該当すると見て間違いない事故が通報されていたことがわかった。 しかし、女性はなぜ外出先ではなく、自宅で亡くなっていたのだろうか?
骨盤骨折による内出血は激しく、またその損傷具合から、歩くことなどほぼ不可能。 にもかかわらず、彼女の遺体は外出先ではなく、自宅で発見されていたのだ。

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西尾教授によると、女性は事故が起きた時はまだ生きていたという。 遺体の肺は真っ白だった…女性がもし即死だったなら、血流はすぐに止まり、血液もその場に留まるため、肺は赤い状態を保っているはず。 だが、白くなっていたということは、骨盤骨折による内出血後も、心臓などの臓器は動いていて血流があったことを意味していた。 結果、徐々に血液が失われ…肺が白くなってしまったのだ。
彼女は事故の後、しばらく生きていた。 だが、骨盤を骨折していたため、とても歩ける状態ではなかったはず、一人で自宅に戻ったとは考えられない。 誰かが彼女を運んだとしか考えられないという。

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だが、警察の調べで意外な事実が分かった。
女性を轢いてしまった運転手が救急車を呼ぼうとしたのだが、彼女自身がそれを断ったのだという。 そして、運転手に自宅まで送って欲しいと言ったという。 運転手は、女性が大丈夫だと言うので警察や救急車を呼ばなかったが、自宅まで送って行った後、心配になり、警察に届け出たのだ。

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西尾教授によると、運転手が女性の大丈夫だと言う言葉を信じたのは、やむ得ないことだったという。 なぜなら、女性の右膝のアザの状態からすると、車はそれほどスピードが出ていなかったと推測されるという。
もし、速い速度でぶつかられると、バンパーとぶつかった所が骨折するはず。 だが、女性にはバンパーとぶつかった所に骨折はなかった。 それは、それほど速い速度でぶつかったわけではないことを意味していた。 しかし、速度が遅かったにも関わらず、なぜ女性は骨盤骨折という重傷を負ったのか?

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ゆっくりした速度の車にぶつかった時は、その場で真横か真後ろに転倒する。 その時、倒れた時に飛ばされることなく、ほぼ垂直に倒れることになる。 そのため、路面から体の中心部に向かって垂直に力が加わりやすい。 そうすると、体の中心分に大きな損傷ができることがあるという。 車のスピードはゆっくりだったが、骨盤に負った骨折は重傷で、出血はゆっくりと広がっていく。 おそらく彼女は、自宅に送ってもらった時には、まだ意識がはっきりしていた。 しかし、その間も出血はどんどん続き、そして徐々に意識が遠のき、命を落とした。

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女性はなぜ病院に行くのを拒んだのだろうか?
実は、彼女はアルコール依存症だった。 それが理由で数年前に離婚していた。 母親は、一人でお酒を飲むことをきつく禁じていたという。
母親は警察の現場検証のあと、娘がアルコールを買って来ていたことに気づいた。 だがまさか、買い物の途中で交通事故にあっていたとは、想像もしていなかった。 女性はお酒を買いに行ったことが母親にバレてしまうことを恐れて、病院に行くのを拒否したのだ。 もし、すぐに病院で適切な処置を受けていれば、助かった可能性も十分にあったという。

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密室で亡くなっていた女性の死の背後に隠されていた、思いもよらない真実。 それを明らかにしたのは、『最期の面会者』である法医解剖医だった。
西尾教授は、こう話してくれた。
「私どもで解剖しているとよくあることなんですが、予想外な亡くなった時の状況がわかったりすることがある。大抵は悲しいことがわかってしまう。遺族にとっては真相がわかって、なぐさめになったり、安心したりすると思う。」