PARA☆DO! 〜その先の自分(ヒーロー)へ〜

毎週水曜 よる10時54分 放送

BACK NUMBER

2018年6月

6月27日(水)

豊田まみ子選手

(バドミントン)

全ては2年後のために

豊田まみ子選手(バドミントン)

狙いを定めてサーブ

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パラバドミントン・豊田まみ子選手は思う。「あと2年しかない」と。
初出場した2013年世界選手権で優勝し、一躍シンデレラガールに。18年6月現在世界ランキング3位、バドンミントンが正式競技となる2020年東京パラリンピックではメダルが期待されている。
目標は、もちろん金メダル。
そのために豊田選手が取り組んでいるポイントが、肘から先が欠損している左腕の強化だ。
「今までは左腕を鍛えるという認識がなかった」というが、偶然テレビでパラ陸上の選手がトレーニング用の義手を使っていた様子を見て衝撃を受け、早速自分専用の義手を作った。左腕を鍛えることで体のバランスが向上し、ブレの少ないコンパクトなスイングができるようになるという。
「1年1年やるべきことをして、しっかり結果を残して東京パラリンピックに備えていきたい」
さらに、専属トレーナーをつけての体幹トレーニング、栄養士に食事の管理を依頼するなど、2020年へ向けやれることは全てやるつもりだ。

豊田まみ子選手(バドミントン)

左腕を鍛えるために義手を作成

豊田まみ子選手(バドミントン)

再び世界の頂点へ

1992年4月11日福岡県生まれ 26才 ヨネックス所属。
先天性左前腕欠損。小4からバドミントンを始め、健常者に混じってプレーしていたが、高校時代にパラバドミントンへ転向。大学3年生の時、パラバドミントン世界選手権で優勝を果たした。2020年東京パラリンピックからパラバドミントンは正式競技採用が決定。メダル候補として注目を集めている。

6月20日(水)

加世田 光義さん

(大田区・車いすプロジェクト 設計・製造業)

車いすバスケを陰で支える職人たち
大田区・車いすプロジェクト

加世田 光義さん(大田区・車いすプロジェクト 設計・製造業)

車いすバスケを陰で支える加世田さん

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車いすバスケットボールを陰で支える職人たちがいる。「最高の車いすを作りたい」と、東京都大田区の中小企業と車いすメーカーが共同で新たな製品の開発に取り組む“大田区・車いすプロジェクト”だ。

今回ものづくりのプロたちが着目したのは、車いすの走行を左右するキャスター。
設計を担当した加世田さんは「競技に使う車いすのキャスターはスムーズな回転性と耐久性が求められる。極限まで精度を上げるとともに材質を工夫することで軽量化を図った」と語る。
横のつながりを生かし、大田区の数社が力を合わせ試行錯誤し、およそ1年かけて究極の車いす「B-MAX made in Ota Tokyo Model」を完成させた。

しかし、職人たちの挑戦はまだ終わってはいない。車いすバスケットボールチーム「NO EXCUSE」などが実際にこの車いすを試合で使用した感想をフィードバック。今後さらに改良を重ね、2020年の東京パラリンピックを目指す。
大舞台で活躍する選手たち、その裏側には職人たちの熱い思いがある。

加世田 光義さん(大田区・車いすプロジェクト 設計・製造業)

競技用チェアーのキャスターは職人たちの技の結晶

加世田 光義さん(大田区・車いすプロジェクト 設計・製造業)

加世田さんをはじめ、大田区のものづくりのプロたちが技術を結集

1953年3月15日生まれ 65歳 鹿児島出身
株式会社カセダ代表取締役 設計・製造業
【大田区障がい者スポーツ用具製品開発事業】
大田区が主体となり、大田区中小企業と車いすメーカーの松永製作所が協力して車いすバスケットボール用の車いす「B-MAX made in Ota Tokyo Model」を製作。
実際に車いすバスケットチーム「NO EXCUSE」などが使用し、さらなる改良を加え2020年の東京パラリンピックを目指す。

6月13日(水)

秦由加子選手

(パラトライアスロン)

小さな武器で大きな成果をつかみたい

秦由加子選手(パラトライアスロン)

ブリヂストンのサポートを受け、飛躍を誓う秦由加子選手

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「なんだ、これは…って感じでした。滑らなくて走りやすい」
秦選手は、最初に渡された試作品の義足用ゴムソールを使った時の感想をそう表現した。
トライアスロンは街の中、一般道を走る。ヨーロッパなどでは石畳のコースもあり、何度かスリップして転倒する事があった。
「そうすると、怖くて走れなくなっちゃうんです」
そんな時に、ブリヂストンがタイヤ開発で培ってきた技術で義足用のソールを開発した。
その責任者が小平美帆さん。秦選手の要望に応えるために何度も試行錯誤し、走りに応じたパターンデザインを分析。グリップが良く、耐久性に優れたゴムを開発して、レース用のソールを完成させた。
元パラ水泳選手である秦選手は、得意のスイムで他の選手を離してもバイク、ランで追いつかれ、抜かれることがあった。
滑る心配をせず、安心して走れる義足用ソールは小さな部品。しかし、2020年に向かって、とても大きな武器となる。

秦由加子選手(パラトライアスロン)

ブリヂストンの技術が凝縮された義足用ソール

秦由加子選手(パラトライアスロン)

新たな義足用ソールを武器に20年東京を目指す

1981年4月10日生まれ 37歳 千葉県出身 
マーズフラッグ・稲毛インター所属
13歳で骨肉腫を発症し、右大腿部より切断。幼少のころに経験した水泳を2007年に再開し、2008年から障がい者の水泳大会に出場。2010年から2012年まで「日本障がい者水泳連盟」の国際大会強化指定選手として国内外の大会に出場。2013年にトライアスロン競技へ転向し、2014年7月にはJTU(日本トライアスロン連合)のパラトライアスロン強化指定選手A指定を受ける。
2015年ITU世界シリーズ横浜大会パラトライアスロン(PT2-W)優勝

6月6日(水)

前川 楓選手

(走り幅跳び)

「世界と戦う二十歳」
東京2020走り幅跳びでメダルへ!

前川 楓選手(走り幅跳び)

2020年に向かって飛躍を誓う前川選手

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世界と戦う二十歳のパラアスリート前川楓選手。
バスケットボールに夢中だった中学3年で交通事故に遭い、右大腿部を切断した。絶望の中で見つけた光が“走り幅跳び”だった。
「跳んでる時が何よりも楽しい」と語る彼女は、2016年リオパラリンピックに出場すると3m68を跳び、いきなり4位に入賞。メダルまであと一歩の活躍を見せた。
そして、世界と戦うために「もっと強くなりたい」と、17年春から同じ三重県に住む井村久美子コーチに指導を依頼。井村コーチは現役時代にイケクミ(旧姓:池田)の愛称で人気を博した健常の女子走り幅跳び日本記録保持者(6m86)である。実はそれまで自己流のフォームで跳んでいた前川選手。井村コーチのアドバイスで記録もどんどん上昇。5月12日、13日に開催された中部実業団対抗陸上競技選手権大会では、追い風参考記録ながら目標だった4mを超える自己ベスト4m05をマークした。
さぁ、この勢いで東京2020へ!義足のジャンパーはメダルの夢へ向かって飛躍する。

前川 楓選手(走り幅跳び)

世界選手権銀メダリストの跳躍

前川 楓選手(走り幅跳び)

井村コーチとのタッグで練習に励む

1998年2月24日生まれ 20歳 三重県出身 チームKAITEKI所属
中3の時に交通事故に遭い、右大腿部を切断。
高校入学後、リハビリ担当医の勧めで義足を使った陸上競技に取り組む。
16年リオデジャネイロ・パラリンピックは4位、17年世界パラ陸上ロンドン大会では銀メダルを獲得。
17年から女子走り幅跳びの日本記録保持者である井村久美子(旧姓:池田)さんにコーチを依頼し、東京2020でのメダル獲得を目指す。
自己ベスト4m05(2018年5月中部実業団対抗陸上競技大会・追い風参考記録)