PARA☆DO! 〜その先の自分(ヒーロー)へ〜

毎週水曜 よる10時54分 放送

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2018年1月

1月31日(水)

HANDSIGN (ハンドサイン)


(ボーカル&手話パフォーマンスグループ)

手話ダンスで、手話をもっと身近なモノに

手話とダンスを融合させた、手話ダンスというジャンルを開拓したHANDSIGN。
リーダー&ボーカルのTATSUが14年前に手話を題材にしたドラマを観て興味をもち、独学で手話を勉強した。そこから手話ダンスグループを結成、メンバーも増えて5人組ボーカル&手話パフォーマンスグループとして活躍している。
「手話って聴覚障害の人と健常者が一緒に話せるツールなんです。でも手話を知っている健常者の方って少ないじゃないですか、手話って難しいとかよく分からないとか…
だから、僕たちは手話をもっと皆に知ってもらい、興味を持ってもらいたいんです」
そんな所から始めた手話ダンス。
「聴覚障害の方もダンスだとリズムがわかって、そして手話で歌の意味がわかるんです。それでアーティストとしてカッコいいと思ってもらえば興味を持ってもらえるんじゃないかな」
以前、聴覚障害の娘さんと健常者のお母さんがライブに来てくれてた時に
「一緒に音楽を楽しめるのは初めてです。とっても嬉しい」って言ってくれたのが忘れられない言葉だと言う。
今の夢は2020年の東京パラリンピックの開会式に参加する事だと言う。
「日本語の手話だけではなく、英語の手話とかも取り入れて世界中に観てもらいたい。そうすれば、もっと多くの人に手話ダンスを知ってもらえると思うから」

HANDSIGN (ハンドサイン)(ボーカル&手話パフォーマンスグループ)

リーダーのTATSU

HANDSIGN (ハンドサイン)(ボーカル&手話パフォーマンスグループ)

ライブ前、廊下で最終確認

HANDSIGN(ハンドサイン)
リーダーでボーカルのTATSU
ボーカルのSHINGO
パフォーマーのJiN、OzA、西田隆人
の5人組ボーカル&パフォーマンスグループ
2009年NYアポロシアターコンテスト「アマチュアナイト」で優勝
2013年「デフリンピック」日本選手団応援ソングを制作
地元、神奈川県を中心に中学・高校を回り手話エンターテイメントのLIVE活動をしている

1月24日(水)

宇城元選手

(パワーリフティング)

アスリートとして人としてベストを尽くす

宇城元選手(パワーリフティング)

筋肉フェチでもある宇城選手

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宇城選手の練習を取材して感じたこと。【パワーリフティングは想像以上に繊細な競技である】
一見1キロでも重いバーベルを挙げ競い合う単純な競技に見えるが、そこには限界に挑む為のポテンシャルを持った体、集中力を研ぎ澄ませ一瞬にして最大の力を引き出す心、そしてミリ単位でブレずに真上へ挙げる技術、この3つが全て揃わないと試技は成功しないという奥深さがある。
「この競技は自分を冷静に分析することが一番大事。当日の自分のコンディションを見極めて、1キロ単位で今の自分は何キロ挙げられるのかという感覚が無いと勝負できない」と宇城選手が言うように、己の体を知り尽くすことが、勝利へのカギとなる。
彼が理想とするアスリート像は、自身の憧れの人がそうであるように“人格者”であるということ。競技歴がベテランの域に達した今、自分がそういう姿になり、後輩たちにアスリートの理想像を示せる存在になりたい。彼の究極の目標はそこにある。

宇城元選手(パワーリフティング)

挙げる前の精神統一

宇城元選手(パワーリフティング)

パワーMAX

宇城元(ウジロハジメ)
1973年1月28日生まれ 44歳 兵庫県出身 順天堂大学所属
2004年 アテネパラリンピック 男子67.5kg級 8位(147.5kg)
2012年 ロンドンパラリンピック 男子75kg級 7位(180kg)
21歳の時にバイクに乗っていて、交通事故。それが原因で下半身不随となる。入院中に差し入れられたボディビルマガジンを見たことがキッカケでパワーリフティングを始める。
一昨年に左肘を手術し、現在はリハビリも順調。競技に真摯に取り組む自分の背中を見せて、後輩たちの競技力向上を願い、自らも2020年に輝けるよう日々努力している。

1月17日(水)

川除大輝選手

(クロスカントリースキー)

将来のエース候補!クロカンは辛いけど楽しい!!

川除大輝選手(クロスカントリースキー)

まだあどけなさが残る川除選手

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身長160センチの川除大輝選手の第一印象は、とってもシャイでおとなしい少年であった。「生まれつき両手足の一部がなく、クロスカントリースキーを始めた頃はストックが持てなくて一歩進むのがとても難しく何十回も転んで大変だった」と話す彼はどことなくうつむき加減。
小学校4年生のときに出会った金メダリスト新田佳浩選手の影響で本格的に競技に進んでいき、13歳のときには障害者スキーW杯旭川大会にオープン参加するまでになった。
「クロスカントリーは楽しい?」と聞くと、「競技中は苦しくて辛いけどクロカンだけしかない上り下りがとっても魅力的で、そういう所が楽しいです」とさっきまでと違い正面を向き楽しそうに話してくれた。
今では憧れの新田選手と同じ日立のチームに所属して、平昌パラリンピック代表候補として将来のエース候補にまで成長。
「平昌パラリンピックでは入賞して、その4年後の北京パラリンピックではメダルを取りたい」そう言う顔は自信が溢れている様に見えた。

川除大輝選手(クロスカントリースキー)

富山県スキー選手権大会の様子

川除大輝選手(クロスカントリースキー)

平昌パラリンピック 日本代表ノルディックスキーチーム荒井監督と

川除大輝(かわよけだいき)
2001年2月21日生まれ 16才
富山県立雄山高等学校
日立ソリューションズ「チームAURORA」所属
生まれつき、両手足の指の一部欠損
小学校低学年でクロスカントリースキーを始める
昨年、平昌で行われたW杯で7位と健闘
現在は平昌パラリンピックに向けて調整中

1月10日(水)

沖野敦郎さん

(義肢装具士)

スポーツ義足を作って一緒に走りたい

沖野敦郎さん(義肢装具士)

義肢装具士の沖野さん

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東京、新豊洲のチューブ状の変わった形の建物「新豊洲ブリリアランニングスタジアム」の中に「ギソクの図書館」があります。ここには様々なメーカーのスポーツ義足が30足ほど置かれ、誰でも500円で気軽にスポーツ義足をつけて走る体験が出来ます。
技師装具師の沖野さんは、「ただ義足を作るだけでなく、一緒に走りたい」という思いで、義足の人々のためのランニング教室を開催していますが、少しずつ参加者が増えスポーツ義足が足りなくなった為、「ギソクの図書館」を利用しているのです。
取材に伺ったこの日、ランニング教室に集まった人々は、小学生から大人まで幅広く、初めてスポーツ義足をつける人もいました。沖野さんが参加者一人一人に合ったスポーツ義足を取り付けると、いざグラウンドへ。
沖野さんは、明るく大きな声でコーチしアドバイスを送り続けます。
はじめはおっかなびっくりだった子供も大人も、もう一度「走る」ことの楽しさに気付き、みんな自然と笑顔が溢れていたのが印象的でした。

沖野敦郎さん(義肢装具士)

ギソクの図書館

沖野敦郎さん(義肢装具士)

ランニング教室に参加した子供たち

沖野敦郎(オキノアツオ)
39歳。大学在学中にシドニーパラリンピックをTVで見て、義足で走るアスリートの姿に心を打たれる。卒業後、義肢装具製作を学び国家試験合格後、「鉄道弘済会義肢装具サポートセンター」に入社。現在は、オキノスポーツ義肢装具を設立。日常生活用と共に競技用の義足製作を数多く手がけている。